退屈




退屈




 時計の音が煩い。カップが皿と触れ合う音が煩い。熱い紅茶に躊躇いがちに息を吹きかける音が実に煩い。極めつけは微笑を浮かべてにこにことこちらに目を向けながら紅茶を飲むソロモンの顔だ。何ゆえにそのような能天気と言うのか、間の抜けたと言うのか、笑みを浮かべられるのかは理解に苦しむ。作り笑いぐらいなら自分もよく浮かべはするが、ソロモンは心底楽しそうに笑う。その笑顔でこちらをじろじろ見ている。
 何がおかしい。
 カールは苛々と、ただ音を立てないよう細心の注意を払いながら紅茶のカップを皿に置いた。
 要するところカールは暇を持て余し、その暇のあまりに常ならば決して自分からは近寄らないソロモンの元に紅茶を飲みにやってきていたのだがそれでもやはり暇、と言う大変に贅沢な状況の中にいた。人生でこれ程暇過ぎる状況と言うのもそうはあるまい……この平和さにも関わらず、何たることか憂鬱な気分になるのだった。いつもならば本を読むだの、音楽を聴くだの、手慰みに何か書いてみるだの、と言ったことはあるのだけれどどうも気分が乗らない。
 気分が乗らないからと言ってソロモンと茶を飲み、結局は暇している自分はどう考えても阿呆の類だ、とカールは思った。
「…………」
 ふと我に返れば意識せざるを得ないのは時計の音である。いつもは饒舌なソロモンは何故か今この瞬間に限って黙っている。自分も、黙っている。何故か言葉が出てこない。この不毛な瞬間瞬間が勿体無いと思いつつ有効な活用法などまるで思いつかない。
 一体何だと言うのだろう。この状況は。
 時間だけが無為に過ぎてゆく。
 ……だと言うのに、何でこいつはこんなに幸せそうな顔をしているのだ。
 カールは顔をしかめた。だが、言葉は出てこなかった。



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