吐き気がする。
頭痛がする。
それが肉体的なものではなく心的なものを因としているのは明らかだった。冷めているような熱に狂っているような。であるならばこれは悪寒か。酷く乱れていた。体調が?――いいや、心がだ。そんなものは明らかだった、ああ、何て頭が痛い割れるようだ。気持ち悪い内臓が口から吐き出してしまえればきっと楽なのに。自分で追い払ったからハジはいない。ひとりにしてと言ったのは私だから彼はいない。だけど、傍に、いてほしかったかも知れないと身勝手なことを思う。自分で追い払っておきながら。我が儘にも程がある。いつの間にそんな、
――敵じゃない。
「……ッ!」
その言葉はむしろ静かに、私の胸を衝いた。
ただ彼が言葉を発した瞬間、目の前が真っ赤になった。
私は、本当に恐かったのだ、目の前の、あのひとが。血は繋がっていないけれど家族だと、言ってくれた彼があんなことを言うのが本当に恐ろしかっただって彼は私について回って……頼んでもいないのに――自らを危険にさらしてまで私についてきた――それはとても嬉しくて、だけどだからそれだから解らないどうしてそんなことを彼が言ったのか解らないわかるはずがないわかりたくは、ない。
――敵じゃじゃないんだ
「そんなはずない――そんなはずがないッ」
解ってる彼は惑わされているのだろうあの翼手たちの見た目に。桁外れの身体能力を除いてあのシフたちはただの人間に見えた。それ故に危険であると彼は理解していないのだ。翼手は人に擬態するって言っていたじゃない。あの理事長だってそうだったまるで人間だったのに最後には化け物になった。あの、ソロモンと言う人だってそうだったのだ明らかに人間なんかじゃなかった。優しげに言葉を吐いて私を、でも結局は私の前に立ちはだかった。ディーヴァを護るために。そうだ彼らは、人間ではないのだ私と同じように。私と同じように! 本当におぞましさで吐きそうだった。貴方だって見たじゃない。あれは人間じゃない人間に害成すしかないものたちだ!
確かにあれは見たことがない翼手だ(もしかしたら敵ではないのかも知れない)
カイはあれに接触して話を聞いて来た。そして生きている(あれらが人に害を成さない何よりの証拠じゃ無いか)
「……でも駄目だよカイ、だってあれは翼手だ」
翼手は一体遺さず葬らなきゃならない。それは誰の望みだっただろうああ頭痛がする。あの夜に船の上でデヴィッドさんが。ヴェトナムで小船の中俯いてクララさんが。そうだリクだってこんな悲しいことは終わりにしなくちゃって言った。ああでもそれは翼手が憎いからじゃないか――『誰が悪いの?』 今なら明確に答えられるもう一度聞いてよリクちゃんと答えるから。翼手が悪いって。翼手のせいだって。今度はちゃんと答えられる。だから私に聞いてよそれできっとこのわだかまりは消える。でも、
――あれは違う、あれは悪い翼手じゃない
間違ってもそんなことは言わないで、……だってどうしろって言うの。あれは化け物でしょう。人間じゃない化け物でしょう。私、と、
私は頭を抱えた。頭痛がする。どうして、どうしてなのカイ。どうしてなの。あれは翼手だ人じゃない人の血を喰らうケダモノなんだどんな人間みたいな顔をしてみせたって。やめてよカイ、その先は言わないでお願い、
――だったらハジやリクはどうなるんだよ。小夜は……
「違うッ! 違う違う違うそうじゃないそうじゃないの、そうじゃない。だってハジとリクは」
繋がらない。
その先が出てこない。決定的な矛盾・繕いようのない破綻。でも違う、そうじゃないんだったら!
「解ってよ、カイ……」
私には解らない。どうしてカイがそんなことを言うのか解らない。シフがどうして翼手がどうしてカイに助けを求めるのか解らない。人の顔をして化け物だった。翼手はいつだってそうだった私の妹であるディーヴァすら。私すら。
なら、カイは騙されてる? でも何故だろうそう考えるのはとても不実な気がして。
「私は……私は、戦うの、戦う翼手と戦う翼手は全て殺すそうじゃないともう一つも私は護れない」
護らなくちゃいけない。失うのはもう嫌だ。堪らない喪失。あれは何よりの恐怖で。
「……ハ、ッ」
気付けば息は上がり私は汗だくで頬を涙が伝いそれでも頭は痛くて、吐き気が、
「お願い、カイ、そんなこと言わないでよ……お願いよ、お願い……」
気付けば刀をきつく握り締めていた。私の新しい牙だとデヴィッドさんは言った。お父さんの(私が殺した)赤い結晶に涙が零れ落ちていた。慌てて拭う。そう護れなかった私が戦わなきゃ翼手を一匹でも多く殺さなくちゃ、ねえ、解るでしょ、カイ。
また、おとうさんがしんでしまうのよ
嫌でしょう。そんなのは嫌でしょ。解ってよ泣いていたじゃない叫んでいたじゃないカイ、貴方、家族をまた失ってしまう。嫌でしょうそんなの、嫌でしょう。ひとりきりになりたくないんでしょう。なのにどうしてよ、カイ。