俺色に染まれ




 彼の苦手とする兄弟は、いつものように人懐こい笑顔を浮かべて、それを差し出してきた。
「何だこれは」
「いいから、どうぞ受け取って下さい」
 押し付けてくるようなことはしないが目の前にそれを持って立っているのならばカールにとっては同じようなもので、それを受け取るしかない。
「服?」
「開けてみて下さい」
 手に触れる感触は布の類だった。カールは相変わらずニコニコと音の聞こえてきそうな笑顔を振り撒く――本当に意味もなくこの兄弟は常にこの薄ら笑いを浮かべている――ソロモンを見上げ、怪訝に眉を寄せる。
「カール、そう睨まないで」
 そんなつもりはなかったが、睨んでいるように見えたのなら、そうなのだろう。カールは兄弟を見つめることをやめて渡された包みに目を向けた。
 白い柔らかな紙包みはシンプルな青いリボンで結ばれている。華美ではないが結果、品の良さと言うのか粋と言うのか、少なくともカール好みの飾り付けではあった。ソロモンが意識してそう言う風にしたのだろう。
 だが、こんなのはまるで、女に贈るような装飾だ――思いながら、カールはリボンを解く。そうしないわけには行かない。ソロモンの期待するような眼差しがカールにそれを強制する。
「……何だこれは」
 出てきたのは、リボンと似た色の蒼い服だった。目を奪われ――と言うよりは呆気に取られて、カールは沈黙する。
 丁寧に畳まれたそれを開き、カールはソロモンを睨んだ。ソロモンは揺るがない。笑みを浮かべ楽しげに返してくる。
「この国の民族衣装ですよ。アオザイと言って……」
「そんなことは知っている」
 どうもこいつとは噛み合わない。数センチズレて世界を見ているような気分になる。
 カールは溜息をついて、アオザイを畳んだ。
「僕の聞きたいのは、何で兄さんが僕にこんなものを渡すかで」
「似合うと思って」
「何、」
「アオザイが、貴方に」
 ソロモンはおよそいつも通りの、完璧な微笑を浮かべて言った。
 ……一体、この男はどう言う思考回路で生きているのだろうか。意図は解った。だが、発想も動機も意味不明だ。
「……」
「着てくれますよね? カール」
 有無を言わせない口調だった。カールは唇を引き結び、アオザイを持つ手に力を篭めた。皴になりますよ、と言うソロモンの声を、カールは顔を俯かせて黙殺する。
「カール」
 ソロモンの声が咎めるような響きを帯び、白い指が視界の隅で動いた。アオザイを掴む手袋に包まれたカールの手に、ソロモンは上からそっと己のそれを重ねた。カールを覗き込み、首を傾げる。
「ね、カール――折角、貴方の色に合わせたんですから。そんなことはしないで下さい」
「僕の色……?」
「そう」
 重ねていた手を、ソロモンはゆっくりとカールの右腕へ移動させた。触れるか触れないかのところで、手首から肘の方へと、動かしていく。
 カールは思わず身を引いた。アオザイを凝視し、奥歯を噛み締める。放り出してしまいそうになったが、そこまではソロモンの眼差しに押し止められる。
「な、……」
「きっと似合いますよ」
 ただ優しげにそう囁くソロモンを見返し、カールは身を震わせた。それきり、絶句する。
「カール」
 ……一体どう言ういやがらせなんだ。これは?
 眼差しに問いを篭めたつもりだった。だが勿論ソロモンがそんなものを受け取るはずもない。相変わらずの微笑を浮かべて、ソロモンはカールの肩に手を置いた。
 それを払う気力は、カールにはなかった。




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