……つまりアンシェル=ゴールドスミスにとって世界は実験場に過ぎなかった。彼が計画し失敗した、世界中の全ての人間を翼手化することですらも目的ではなくひとつの実験であり、彼がそれによって何を明らかにしたかったのかは今では闇の中だが、手段でしかなかったことは確かだ。アンシェルが夢想する翼手の世の中に何を見たのか、何がしたかったのか。ディーヴァと翼手に魅入られ執着し続けた彼の目的を察することは不可能だろう。アンシェルは「飲み込まれた」ものだから。取り憑かれて身を滅ぼしたなんてお粗末過ぎるように思えるけれども。

 彼のそもそもの失敗は、ジョエルと共に行ったただひとつのことだろう。姉妹を切り離したこと……これだけだ(ジョエルはある意味でアンシェル以上に残酷な男だった。ディーヴァと小夜を切り離したあげくに小夜だけに愛情を注ぐ……理解はできるが、私はジョエルと言う男に嫌悪感を抱く) 彼女たちを引き離すべきではなかった。彼女たちを実験体として見るべきではなかった。そうしていれば翼手の世界など考えることもなかった。人間として死ねたはずだ(それが彼にとって幸福かはまた別問題として)

 アンシェルはディーヴァと共に死んだ。ディーヴァを発見するまでの彼の歩みと、それからの翼手としての生、どちらが長いのかは明白で、ディーヴァに捧げた生涯だったとも言えるだろう。だが、彼にとってのディーヴァは研究対象に過ぎなかった。彼はディーヴァを丁重に扱い、彼女を愛しているように振る舞ったけれども、それはただ、子供が大切な標本を扱うようなものであったろう。彼はディーヴァに意思があることを知っていたが、彼にとってのディーヴァはあくまで研究体だった。
 ディーヴァだけではない。
 グレゴリ=ラスブーチンも、マルティン=ボーマンも、カール=フェイオンもジェイムズ=アイアンサイドも、そしてネイサン=マーラーも。遠くとも血縁であるはずのソロモンですら。小夜も、ハジもそうだったろう。
 乱暴に言い切ってしまってもいいと言うなら、彼にとって……一面的には……全ては研究し解剖し解体し解明すべきものか、興味がないものかのどちらかだった。彼は人間らしい愛情を拒否・否定していたのだ。頭ではおそらく、そうだった。感覚的には解らない。彼はディーヴァを愛していたのかも知れない。『弟』たちのことも。素直なものではなかった。歪であったかも知れない。それでも彼の愛を私は否定しない。彼が自身の理性で否定したとしても、私は否定しない。


 ねえ。
 貴方。
 ……貴方が求めていた愛はもっと直接的で無条件で独占的なものだったんでしょう。でも、もしかしたら貴方、ずっと愛されていたかも知れない。貴方がそれに気付いていても結末は変わらなかったのでしょうけれど、……
 何だか、とてもやり切れないのよ。時々だけれどね。


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