薔薇園の奥、ひっそりと壁に這うように生える青い薔薇を見下ろして、カール=フェイオンは躊躇うように震えながら息を吐き出した。
ゆっくりと手を伸ばし、薄い花弁に恐る恐るに触れる。手袋越しに感触など解るはずもないが、カールは笑みを浮かべて花の輪郭をなぞり鋭い刺の生え揃う茎へと指を動かした。
……この薔薇は、きっと彼女に似合うだろう。
彼女の瞳の色と同じように彼女が紅く染まる、血に濡れた白い肌に、青い薔薇を添えるのだ。
それはまだ叶わない夢想の中だけの光景だけれども、こうして待ち続けていれば、いつかきっと彼女と再会を果たすことができる。
その時こそ、彼女にこの薔薇を捧げよう。彼女と共に踊り、彼女をこの手にかける……
カールは身を震わせた。目を見開き、薔薇を手折るように茎を握り締める。刺が手袋の生地を突き通し彼の肌を傷付けた。血の滲む指は直ぐさまに癒えて行くが、カールは更なる傷を求めるように力を篭めた。
「……小夜……」
囁くような声は殆ど吐息に等しい。
歪みきった憎しみだった。憎しみの余り己を傷付けるに至る程の激しい憎悪に、彼は身を焦がしている。
だがそれこそが、今のカールが恃むべき、唯一の感情だった。彼はそれのみによって成り立ち、生き続けている。
血の通わない手が動き、掻きむしるように胸に指を立てた。それは服に皴を作るだけだったが、本当ならば、胸を突き破ってしまいたかった。
歯を食いしばり、カールは刺を握り込んだまま拳を壁に押し付ける。
カールは震える唇を噛み締めて、ゆっくりと瞑目した。
「……早く、早く来い……小夜」
憎しみだった。憎しみだけだ。何よりも深く暝い心地良い憎悪がある。そこに足りないものがあるなら唯一、カールが待ち続ける彼女だけだ。彼女だけが足りない。此処にいない。
だからカールは待ち続ける。彼女が現れるまで、その夢を見ている。
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