「――ッ!」
自分の喉から搾り出した声が果たして人間のものだったのかは解らない。目の前に立つこの男の存在が許せなかった視界の全てが赤く染められるような思いがした全てが弾け消し飛ぶような怒りと痛みに吐き気がした。
気付けば飛び掛かり、男に圧しかかっていた。仰け反った男の喉に手をかける。
触れる皮膚はその下の肉は軟らかくそこに流れる血潮の熱さをはっきりと感じた。目も眩むようだった。頭の中で光が明滅し酷い喉の渇きを覚えた。がむしゃらに手に力を籠める。男の首は見た目通りに酷く細く、呆気なく折れてしまいそうだった。だが、そう簡単には行かなかった。それでも喉を押さえる親指に力を篭めていくとただでさえ白い顔色が紙のようになっていた。
それなのに、男はいつものような柔らかな微笑みをその顔に浮かべているのだった。
それが厭だった。ずっと昔から本心全てを微笑み一つで覆い隠し誤魔化してきたこの男が嫌いだった。
いや。
違う、と、思う。
横たわったままに微笑を浮かべ喉にかかる指を外そうとするでもなくこちらを見つめる男の目を見返してぼんやりとそう思う。
これはただの嫌悪ではなく、そんな単純なものではなく、――
男の指が動いた。
自分の喉にかかる手にそっと触れて男は笑みを深くする。碧い目が細められ、男はゆっくりと、
「 」
唇を動かした。声にもならない空気の動き。
それだけだった。
それだけに過ぎなかった。
だと言うのに指先から力が抜けていくのを感じた。脱力する。全ての力が萎えていく。背筋を冷や汗が流れ落ちていくのが解った。自分の唇から獣じみた呻き声が漏れるのを感じた。全身を駆け巡り肝を冷やすような、それは、
「……カール」
手首を掴むソロモンの手に大した力は篭められていなかったが、それでもカールは酷く狼狽したように身を竦めた。ソロモンは首を傾げ困ったような微笑みを浮かべ彼の弟を見た。宥めるように手を伸ばすソロモンから、カールは逃れるように身を引いた。僅かに開いた唇からは何の言葉も零れることはなかった。ソロモンはカールの腕から手を離し、
「カール」
その響きを確かめるようにソロモンは彼の名前を読んだ。
カールはその場に座り込んだまま、俯いて身体を震わせる。その目がこちらを捉らえているのかはソロモンには解らなかった。ただ、
「――カール」
次には促すように、ソロモンはカールの名を呼ぶ。身を起こしながら、彼の弟に手を差し延べる。カールがゆっくりと顔を上げたその表情を確かめて、ソロモンは漏れ出る笑いを堪えるように顔を俯かせた。
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