つまりこの。
 緊迫した一瞬だとか一方的な緊張だとかが嫌なのだ。息が詰まりそうになると同時に叫び出したくなるような衝動に襲われる。だがそれはできない。同時に血が凍り付いてしまったかのように指先一つ動かせなくなる。無数の切っ先が肌をゆっくりと触れるか触れないかと言うように撫でて行くような、さらに言うならば人の手に包み込まれた虫けらが感じる類の恐怖とでも言えばいいのか……己を虫けらに擬えるのは気に入らないが、それが適切に思えた。ほんの気まぐれで、或いはちょっとした弾みで押し潰されてしまうようなあの儚い生き物になったような、気分になるのだ。
 布の感触を愉しむように、指先が腹から胸へとゆっくりと撫で上げる。体温を感じさせるように停止した掌はやがて喉に触れそれを包み込む。直に力が篭められていくのだろうその指先の感触。息苦しさを予期した身体は自ずと強張ってしまう。それを情けないと思う自分がいる一方で何処までも素直に……愚かなまでに素直に!……相手の意図通りに恐怖を感じている己がいることをカールは認めざるを得なかった。
 視線の先で男が笑っている。穏やかな、静かな微笑。それなのに酷く酷薄な。こちらに与える印象すら統御しているのではないかと言う程の……笑み。この笑みを見ないために目を閉じることはできなかった。それをすれば男は即座にカールの首を締め上げるだろう。意識が飛ばない程度に、際限まで苦しみを与えるように。それを意識的にも無意識にも両方で痛感している。だから、カールは相手が悪い気まぐれを起こさないように呼吸一つにすら気を払わなければならなかった。気まぐれ、が、ない限りはこの手はただカールの喉に熱を与えるだけのものに過ぎない。それがずっと起こらないままであることをカールは願うしかない。
 不意に視界が覆われた。瞬きすら躊躇っていたカールがそれが手であることに気付くのに、しばしの時間が要った。
 じわりと浸み混んでくる柔らかな体温が肌に馴染む前に。それが何のための目隠しであるのかカールが考えを巡らせる前に、唇に唇が重なった。




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