不可解
「……何を楽しそうにしている」
「そう見えます?」
殊更不思議そうな表情を浮かべてソロモンはこちらを振り返った。口元に指をやって自分の表情を確かめるソロモンは、しかしまたすぐに笑みをそこに取り戻す。
「そう見えるな」
ジェイムズは小さく頷き、笑みを浮かべて立つその男を見る。
微笑を浮かべたその整った顔は確かに、美しいと言っていい。
ただ、美しいことと好ましいことはイコールでは結ばれない――作為そのもののような笑みを常に浮かべているこの『兄』、ソロモンに好感情を持ったことは全くと言っていい程なかった。それはこの笑みもそうだが、この男の不可解な感性にある。
「そうですか――そうですね、楽しいのかも知れませんね」
一人納得するように呟いてくすくすと笑うソロモンを、ジェイムズは無表情に見遣る。その表情はいつもと変わらないようにも見えたが、何となく、いつもよりも上機嫌にも見えた。
この兄の表情が読める程度まで長い付き合いになっていることを改めて認識し、ジェイムズは軽い目眩を覚える。自分は、この類の人間となるたけ関わらないようにして生きていきたい、と思っていたはずだが。
「……貴様お気に入りのカールがいなくなって、てっきり不機嫌になっていると思っていたがな」
「僕が、ですか?」
ソロモンは端的にそれだけ聞いた。だがすぐにその意味は解る。そんなことが有り得るはずがないでしょうと言いたいわけだ。例えどんなに不機嫌になろうと、それを他人に気取らせるような振る舞いを見せる男ではない。ポーカーフェイスと言うよりは、虚構が虚構で完結完成してしまったと言う具合だ。
この男について考えることも馬鹿らしいとジェイムズは考えているけれども……同情しないではなかった。崩れない崩さない虚構の内のソロモンはいかなる気持ちでいるのか。それを思うと、ジェイムズは憂鬱になる。この姿のままこの笑顔のまま、数十年をこの男が生きて来たと思うと、戦慄すら胸の内に沸き上がる。
もっとも、ジェイムズは、自分の抱く同情をソロモンに示す気は全くなかった。それをしたところで、ソロモンはこの微笑のまま首を傾げるだけだろうが。
「――そうだ。お前がだ」
ジェイムズは素知らぬ顔で頷いてみせると、低く告げる。ソロモンは少し俯き、視線をジェイムズの首辺りへと向ける。
「僕はどちらかと言うとね、今、嬉しいんですよ」
「……何だと?」
流石にその返答は予想していなかった。目を瞬き、ジェイムズはソロモンを見つめる。ソロモンはただ、笑顔のままに軽く目を閉じてみせ、
「ええ、本当に久々に、驚きを感じることができましたから」
何でもないような口調で、そんな言葉を紡ぐ。
「何の話だ?」
「僕もだったんですよ」
「?」
「僕も恋をしていたんですよ」
意味が解らなかった。
解らなかったが、この男がこんな風に勿体振って話す限りはろくでもないことなのだろう。突っ込んで聞く気は起きない。そうか、とそれだけ返すと、ソロモンは少しだけつまらなそうに、そうです、と返して来た。ソロモンが言うにはジェイムズは『面白みがない』そうだが、この男に面白いと認定された日には、それこそ目下行方不明のカールのような悲惨なことになる。カールのようにソロモンに構われたいと思う程、ジェイムズは破滅願望を持ってはいない。
沈黙は短かっただろうか。やがて踵を返し、ソロモンはジェイムズに背を向けた。
「ディーヴァの様子を見てきますね」
「――解った」
それだけ返す。ソロモンはちらりとだけこちらに視線をくれて、悠然と歩み去っていった。その視線の意図も解った。
本当に貴方は――つまらない、と。
「……馬鹿馬鹿しい」
白いスーツが視界から消え去るのを待って、ジェイムズは小さく言葉を吐き出す。面白いとか面白くないとか、そんな基準で人を判断されては堪らない。
「しかし、『恋』とはな」
その対象が誰なのか、考える気にもなれなかったが。
とりあえずは、兄の恋の相手に心中で同情し、ジェイムズは嘆息した。
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