毎日のようにリナは砂漠に立つ。それが何かの儀式であるかのように。
毎日、毎日、あの山の峰に夕陽があたる頃。
calling you
喫茶店のようなコーヒーショップを経営しているリナは一人身の女主人だ。
さばくという辺境の地に店を構えながらも客足が遠のかないのは、彼女のコーヒーへのこだわり、そこから染み渡る絶妙な味からだろう。
さらには、彼女は大変な性格の持ち主だ。逆らって無事に済んだ者は一人もいない。
そんなスリルすら味わえる少し不思議なコーヒーショップはいまだ無名のままだ。
客は不思議がってつけるように言うが、彼女はその腰を上げようとはしなかった。
仕方がないので、人々は勝手に名称をつけ始めた。
呼ばれるように引き寄せられる場所。
“コーリングユー”と。
カラン、コロンと音が鳴り、無名の有名店コーリングユーの扉は開かれた。
中に入ってきたのは長い金髪の男。昔からの常連であり、古くからの友人の一人であるガウリィ=ガブリエフだ。
「よっ、相変わらずだなここは」
「大きなお世話よ。注文は?」
ガウリィはカウンターに座るとカフェモカを1つ頼んだ。そして黙って仕事に取り組む彼女をじっと見つめていた。
懐かしむかのように。愛しむかのように。
「何なのよ、いったい」
いいかげん視線がうるさかったのか、リナは真っ向から彼を睨んでやった。
昔からそうだ。ガウリィは不思議な視線を送ってくる。
時には何が言いたいのか分かる時もあった。
時には何が言いたいのかまったく分からない。
今は―――分からない。
「まだ一人なのか?」
「一人よ?それがどうかした?」
良いながら、彼の目の前に出来たてを置いてやる。
それからはたと気付いて
「あんたと結婚するつもりはこれっぽっちもないわよ?」
と言った。
以前、こいつに告白されたことがあった・・・と数年前の出来事を今更ながらに思い出したのである。
ガウリィは苦笑すると、一口、そのコーヒーを口に含んだ。
「あーあ、言う前から玉砕か」
「分かっててやる行為じゃないわね」
なんと言うか、呆れるわ。
そういう目でリナはガウリィを見る。
「・・・・・・まだ、待ってるのか、あいつを」
その問いにリナは答えない。
沈黙はYESなのだと言うことを、彼は知っていたのだから。
言う必要は何処にもない。
「もう、何年になる?」
「今年でちょうど10年よ。まったく、何処ほっつき歩いてるんだか」
苦笑して、懐かしむように言うリナを、ガウリィは暖かい目で見た。
何もかも分かっている友人だからこそ、リナにとってもありがたい。
彼女には10年前まで共に暮らしていた恋人がいた。
風変わりな若者で、周りからはとんちコンビとよく言われたものだ。
この店とて、本来ならその青年のものだった。
二人で店を上げて、気ままに暮らそう。それが彼らの理想。
“結婚する”という単語すら忘れてしまうほどに、すでに二人は。
だというのに10年前の夏の話。
幾分か過ごしやすい夕方、彼はコーヒー豆を仕入れに言ってくるといったまま帰ってくることはなかった。
同じ様に、夕暮れ時に帰ってくると確かに約束したのに。
約束を違える人ではなかったから。むしろ厳密に守る人だったから。
彼女は今でも夕暮れ時になると外へ出て、夫になるはずだった恋人の帰りを待つ。
「もう死んだとか、思わないのか?」
「思わないわよ。そんな気がしないもの」
自信たっぷりなその様子に、ガウリィは少しため息をついた。
都市から都市へ、砂漠を横切っていくトラックを運転する者は、決まって仲間にこう聞くものだ。
「コーリングユーに寄ってくだろう?」
「もちろんさ!」
今回、とあるトラックには客が一人乗っていた。
大きなリュックを背負ったその青年は、トラックの運転手に砂漠の途中で降ろしてもらえれば良いという。
「砂漠に?だったらコーリングユーで降ろしてやるよ」
「コーリングユー?」
「なんだあんた、砂漠のちょっとした名物を知らねーのかい?!」
驚いた運転手はあれこれとコーリングユーの話を聞かせてやる。
一人身の女主人のこと。名前がないので、客が勝手にコーリングユーと呼んでいること。
数年前にすでに定着しているこの話を知らないと言う方が、運転手には驚きだった。
「なんで名前がないんでしょうかねぇ」
「なんでも、10年程前に失踪した主人のつけるべき名前だから、そいつが帰ってくるまでつけないって話だぜ。まったく、何処で何してやがるんだろうねぇ、その主人とやらはさ!」
「そうですね」
青年は話に応えながら、顔を微笑ませた。
そうか、彼女はちゃんと待っていてくれているのか。
いつだって夕暮れはやってくる。
帰っていったガウリィの残したコップを片付け、彼女は今日も外に出る。
ちょうど、太陽の淵が山の端に触れたころだった。
これから空は闇に吸い込まれていく。
そんな、もう誰も訪れない時分に一台のトラックがこの店へとやってきた。
砂埃を上げながら駐車スペースに止まる。
また客か。と、少し疲れ気味に思う。追い返してしまおうか、とか。
トラックからは運転手と、大きなリュックを背負った青年が一人出てくる。
おかっぱ頭の青年を見て、リナは息を飲んだ。
向こうも、彼女に気付いてか大きく手を振ってくる。
間違いない。やつだ。10年も待った・・・・・・
「リナさーん!ただいま帰りましたー!」
笑顔の彼に、リナはかけより、抱きつくことなく
蹴り倒した。
「10年も店ほっぽり出して何処行ってたのよこの馬鹿!アホ!」
「いたた・・・・・・豆とってくるっていったじゃないですか。ほら、こーんなにたくさん“幻”って言われてる珍豆取ってきたんですよ!誉めてくれたって良いじゃないですか!」
「豆の仕入れに10年かけるアホがどこにいるか!途中連絡とか、手紙ぐらいよこしなさいよ!どんだけ人が心配したと思ってんの?!」
終いには涙ぐんでぼろぼろになってしまった彼女を慌てて抱きしめる。
久しぶりのこの抱擁感は実に心地良い。
「すみません。本当にすみません。でも、もうずっとリナさんと一緒ですよ、本当です」
「馬鹿、そこまで疑わないわよ」
言葉では悪態つきながら心では嬉しい。
こうしてまた再び会えて、抱きついて、話して、実感して。
夢じゃない。夢じゃないよ。
「ね、今までどこにいたのよ」
「それはですね・・・・・・」
「“秘密ですvv”は無しよ?」
「うっ・・・・・・?!」
これから埋めていこう、二人の時間。
まだ時はたっぷりあるから。
二人の理想を紡いでいこう。
「――――――おかえり、ゼロス」
>>end.