何処かの次元の何処かの世界、その、何処かの国の、とある都市。
四方を砂漠に囲まれた、地図にもギリギリ申し訳程度に載っているだけの、小さな小さな都市。
人口は、都市のサイズに見合っただけの人数。緑は、街の外に比べれば格段に。そして水は、外界の渇きを知ることなく滾々と――――ただし、街中を川が流れています、なんてコトは無かったが。
とにかく、知名度や規模と比較すると勿体ないほどの資源に恵まれた都市だった。
そんな小さな都市の、中心部から少しはずれた、大通りの曲がり角。
柵に囲まれたその土地に建つ、土レンガ造りの立派な建物。
建物のわりに貧相な門の側には、ちょこん、と控えめに立つ、薄汚れた明らかに去年の使い回しな門松――――それと共に、古びた立て看板が寂しげに立てかけてあった。
いったいいつの頃からそうしてあるのか――――風雨にさらされ、砂塵の洗礼を受け、大分くたびれた調子の立て看板は、元はしっかり書かれていたはずの文字を、かろうじて伝えている程度になっている。
果たしてソコには――――『国営郵便配達局』と書かれていた。
ある元日のいつもと逆な出来事。
その局の一室。
現在、微妙につまらぬ正月番組がBGMとして流れる中、複数の人影が年賀葉書選別の真っ最中だ。
元日といえば、郵便屋さんが一番忙しい日である。
朝も早から――――それこそ日付が変わり、ちまたのご家族が「あけましておめでとう」やら「ハッピーニューイヤー」やら「今年もよろしく」やらを宣っている時間から…………そう、太陽の本体どころか朝日すら拝めぬ時間から、年末に投函された年賀状を配達せねばならんのだ。
はっきり言って、これがメチャメチャ辛い。
ただでさえ寒い時期であるし、さらに砂漠は昼と夜の寒暖の差も激しく、当然、夜はかなり冷え込む。普通ならこたつに足を突っ込み、年越しそばを啜りつつテレビでも見ているはずなのに、それなのに、仕事。そして、ようやくソレを終えても、また、遅れて投函された年賀状の選別+配達。ようするに、仕事。
「――――つまらない…………はっきり言っても何もない気はするがよーするにつまらないのだよ…………っ!!」
だん、と。
堅く握りしめた拳を作業机に叩きつけ、平素より若干低い声音でそう呟くのは、室内にも関わらず鍔の大きな三角帽子を被った、年齢性別ともに見ただけでは判断できない、一見アホな黒ずくめ。一応、配達員の一人である。
…………一見どころでなく真性のアホであろうことは、皆様ご想像の通りである。
黒ずくめは、握りしめた手とは逆の手に消印日の掘られた判を持ち、さっ、と横から滑り込んでくる葉書達にソレを押す。何やら大げさすぎるジェスチャーで嘆いていてもそのスピードは劣ることはなく、流石プロとでも云うべきだろうか――――というか、云っていいのだろうか。
「ああっ! 本来ならば今頃は掘り炬燵に足をツッこんで暖かさ独り占め! 蜜柑も煎餅も餅だってすでに用意してあるというのにっ!
全くっ。年末年始、一年の締めくくりと始まりはお休みだという常識は何処へいったのかっ!!」
「随分昔の常識だけど。ソレ。今は大晦日もお店は営業してるし、元日は福袋なんて売り出してるでしょ。若い世代は年越しをカラオケボックスやライブ会場なんてのも珍しくないらしいし。
ていうか、郵便配達局に年末年始お休みがある方が、なんだか間違ってる気もするよ? 世間の常識的に」
「ボクの常識的には間違ってないのだよっ! 我が相棒っ」
「それ、常識って云わない」
ぴしゃり。
一体何処から飛び出てくるのかわからぬアホトークを見事ばっさりと切り捨てたのは、作業机の上をちょこちょこ動き回り、葉書の仕分けを手伝う一匹のミニブタだ。しかも、かなり目つきの悪いミニブタである。
彼(?)は、その特徴的な鼻で葉書の山を黒ずくめへと押しやると、
「お仕事。」
「ぬぅ……」
きっぱりと、一言で黙らせた。
コレで銭を稼ぎ、生活をしているのだ。そういわれてしまえば、退屈しのぎの愚痴でさえ、口にすることは憚られる。
黒ずくめは深い深いため息を吐いて、
「仕方のないこととはいえ…………こんな正月にはいい加減うんざりだな。ボクはコタツで正月料理が食べたい。
お雑煮かまぼこ伊達巻き栗きんとん田作り昆布巻き黒豆数の子に鱠…………」
「お腹が減るからそれ以上云うのやめて」
「却下する。なんといっても、選別作業をしたまま年を越してしまったせいで、未だ正月っぽいことを一つもしていないのだぞ。云ってこのイライラを発散させるくらい良いではないかっ」
「うざい。止めて」
再び一刀両断。
黒ずくめは机に沈んだ。重ねられていた葉書の山が、沈み込んだ振動で崩れ、黒ずくめの姿を隠す。
ああ、せっかく地域別に分けておいたのに。
ミニブタは軽いため息をついた。
――――と。
「…………そんなにお正月っぽいことしたい?」
何かを思いついたらしいミニブタが、そう問うと、
「したいっ!」
即答である。
「…………イベント事好きだもんね」
「うむっ! よくわかっているなっ、流石だ我が相棒っ!!」
黒ずくめ簡単に復活。
己を覆っていた大量の葉書を押しのけ、頬の筋肉をだらしなく弛めつつ、
「で、何かさせてくれるのかっ!?」
「うん。いいよ」
にっこりと。
悪い目つきを微妙に歪め――――はっきりいって可愛くはなかった――――て、ミニブタはこう宣った。
「ぷりーず ぎぶ みー あ にゅーいやーずぷれぜんと」
「……………………」
沈黙。
「……聞いてる? ぷりーず ぎぶ みー あ にゅーいやーずぷれぜんと」
にやにやと不気味に笑うミニブタ。
ご丁寧にも先ほどに言葉を繰り返してみたりしている。
が、そんな見いても面白くもなんともない笑みを向けられた当の本人の頭の中は、現在真っ白だ。
――――落ち着け。冷静に考えろ。
あまりにあまりな発音だったが、今の言葉は異国語だったはず。
てことは、ボクの記憶が正しければ…………
ぷりーず ぎぶ みー あ にゅーいやーずぷれぜと
↓
Please give a New Year's present.
↓
お年玉ちょーだいなv
「…………」
「わかった?」
「…………わかった」
「良かった。お年玉ってお正月ならではでしょ?
ちょーだい」
この時黒ずくめは思った。
――――ねだるのは本来ボクの役目なんだがね、と。
ようやく現実に戻ってきたらしい黒ずくめは、本日何度目とも知れぬため息を吐いた。額に指を押し当てて、軽く、左右に振ってみせる。
そして、ごくごく小さな笑みを口元に掃いた。
「却下だっ! きゃ・っ・かっ!!
何故新年早々所有物も満足感も増えぬままにボクの懐が痛まねばならんのだっ!!」
「えーっ!? なんでーケチーっ!!」
――――何はともあれ、あけましておめでとうございます?
明けましておめでとうございます(礼)
持ち帰らせていただきましたニューイヤーズプレゼント。いわゆるひとつのお年玉。
今年も来るだろう来るだろうと待ち構えていましたら、やっぱり来たなヤッホウ!(テンションが高い)
ミニブタくんと配達員さんはやっぱり最高です。新年、有難うございましたと言うか、ご馳走様でした。