朝日が昇り、今年という新しい年の幕が開けた。
前日――と云うよりは『今日』と云った方がいいかもしれない――夜更かしをして、それでもなんとか根性で目蓋を上げた彼らは、いつもの朝と同じように顔を洗い、髪を梳かし、身支度を整え、食卓に向かう。
そして、一言。
「あけましておめでとう」
そんな、年明け。
なんの変哲もない朝なのに、何処か違って見えるのは何故だろうか?
あけましておめでとうな日。
では、それぞれの朝の情景を見てみよう。
《その1。栗色の髪の魔導師と金髪の剣士の場合》
彼らは現在、ゼフィーリアにいた。
リナの里帰りに、ガウリイも当然のごとくそれにつき合ったのである。
朝、布団から顔だけ出して窓の外を見れば、そこは真白い雪に覆われた、いつも見ているハズなのにそうではない――何度見ても見慣れることはない、不思議なセカイ。そしてソレが陽の光りを反射して、まるで宝石のように輝く様は、実に神秘的で、同時に現実的だった。
くぁ……
猫がするように大きな欠伸をすると、いよいよ本格的に覚醒し始める。
彼は、シパシパする目をこすりつつ、温い布団の中から這い出た。
「あー! おっそいわよガウリイっ!! もう朝食の準備終わっちゃってるんだからねっ!!」
「…………ていうか、なんでこんなに早いんだリナ…………」
ガウリイがダイニングルームの戸を開けると、そこではすでにリナとルナが朝食をテーブルに並べていた。
時刻は朝の8時。それほど早い時間ではないが、寒さが苦手なリナが普段、ガウリイより早くに起きてくることは珍しい。実はこう見えて、ガウリイはなかなかに早起きさんなのだ。
驚いたように――いや、実際驚いているのだろう――目を瞠ってリナを見るガウリイに、見つめられた当の本人は、う゛っ、という顔で、
「…………こんな日くらい早く起きて手伝わないと、ねえちゃんにはたき起こされるのよ…………」
と、小さく呟いた。
なるほど、確かに、それはごめんこうむりたい。どんな手段で起こされるか分かったものでは――否、限りなく手荒に起こされるであろうことだけは想像がつくが。
ガウリイは、リナの頭をポンポン、と軽くはたいてから、
「お疲れさま。
で、オレはなんかすることあるか?」
「あ……。じゃあ、人数分のお茶、入れてくれる?」
「おう」
「そんでさ、ガウリイ」
「ん〜?」
リナは、朝食の配膳をしながら。
ガウリイは、人数分の湯飲みを準備しながら。
「…………アケマシテオメデト。今年もヨロシク」
そう、小さな声でリナが云うと。
「おめでと。こちらこそ、今年もよろしくな」
そう、のたまった。
…………そんな二人の様子を、キッチンから見ていたルナは。
「…………なんていうか…………新婚さんみたいねぇ」
料理をしていた母と食器を出していた父も、長女のそんな意見に同意するかのように、こっくりと大きく頷いた。
《その2。黒髪の王女と異形の魔剣士の場合》
セイルーン王宮に隣接する神殿では、朝も早くから、新年の儀式が厳粛に執り行われていた。
もちろん、聖王都の巫女頭を勤め、王族でもあるアメリアは、この儀式に参加する――――というより、絶対に参加せねばならないのだ。
だが。
ばったーんっ!!
「あけましておめでとうございますゼルガディスさんっ! 新たな年の始めにふさわしい朝ですよっ!!」
何故か、元気よく客間を襲撃していたりした。
淑女にあるまじき乱暴さでドアをぶち破ったアメリアは、そのまま部屋の中を突っ切り、入ってきた扉の反対側に位置する窓のカーテンを開けた。シャッ、という軽い音と共に、眩しいけれども柔らかい、一年の始まりにふさわしいと思える光が、室内を明るくうつしだす。
ん〜っ、と大きく背を伸ばし、
「やっぱり陽の光は気持ちいいです〜v」
「…………ていうか、なんでお前はこんなところにいるんだ?」
御機嫌なアメリアに対し、彼女に無理矢理起こされるハメになったゼルガディスは、少しばかり機嫌が悪そうだった。
寝台に上体を起こし、頬杖をついてため息をこぼす。それからジロっ、と視線を窓辺の少女へ向け、
「新年の儀式にでるんじゃなかったのか?」
「いいんですっ!」
てくてくと歩み寄り、ベッドの端に腰掛け、アメリアはにっこりと綺麗に微笑んで見せた。
普段以上に幼い、しかし何処か大人びた笑み。
そんな表情を平然と、しかも寝台腰掛けた状態で男に向けるなよ、と、さわやかな朝に考えるべき事ではない思いを胸に隠しつつ、ゼルガディスが「何がいいんだ」と問えば、
「ちゃんと父さんの許可を貰ってます。
それより見てくださいっ!!」
そう言って、己の左腕を差し出した。
そこには、なにやら見慣れぬ腕輪がはめられていた。
「…………どうしたんだ? コレ」
「今日届いたんです! 姉さんからっ」
「姉…………って、第一王女のグレイシアとかいう?」
「そうです♪ 姉さんは年に一度、一年のはじまりの日に、こうして物を送ってくれるんです!」
へへへっ、と照れたように微笑む彼女の顔は、『セイルーンの王女』でも『巫女頭』でも『セイギノミカタ』でもなく。
――ただただ、もう久しく逢っていない姉を想う妹の顔をしていた。
「…………よかったな」
実際に顔を合わせる事はなくとも、彼女の姉である人物が、どれだけ彼女を大切に想っているかがわかる、年始めの小さな儀式。
笑う彼女を見て、思わず自分も微笑んでしまう、そんな微笑ましい…………
「……っと。
言い忘れるところだったな」
「? 何がですか?」
きょとん、と首を傾げるアメリアの額を軽く小突いて、
「あけましておめでとう。今年もよろしくな」
「…………はいっ!」
――良い一年に、なりそうだ。
「…………ところでアメリア?」
「何です?」
「いい加減、出ていって欲しいんだが。お前がいたんじゃ、いつまで経っても着替えられん。
…………それにお前も……その、寝間着のまま男の部屋に入ってくるのはどうかと思うぞ」
「…………………………………………っ!!!?」
はた、と。
己の姿を見てみれば、彼の云うとおり寝間着のままで。
――どうやら、姉からのプレゼントに舞い上がり、そのまま身支度もせずにゼルガディスの客間まで押し掛けてしまったらしい――
アメリアは、一瞬で真っ赤に顔を染めると、慌てて部屋からでていった。
…………はぁ。
部屋には、青年のため息だけが響いた。
《その3。黄金竜の巫女と古代竜の青年の場合。》
「あああああああああああもうっ!! なんでこんな状態のまま新年を迎えなくちゃならないんですかぁっ!!?」
「…………フィリアのせいだろう?」
「なーーにーーをーー言うんですかヴァル!? わたしはただ、一年の始まりを綺麗に磨いた骨董品と共に迎えるべく、壺磨きに専念していただけじゃぁないですかっ!!」
「その結果、室内の掃除をすっかり放り出して、な」
「う゛っ!?」
「オレの部屋と居間、あと蔵の掃除はオレがやったからいいとして…………あとは店のカウンターとキッチン、それに風呂だな。自分の部屋の片付けは自分でしろよ」
「あう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ」
「さて。じゃ、オレは換気扇の掃除から始めるか…………」
――かくして、こちらでは『あけましておめでとう』どころではないようである。
年末の大掃除を年始にまで引きずって、彼ら二人の一年はスタートすることとなったのだった。
そんなこんなで始まった一年。
今年はいったいどんな年になるのやら。
それは誰にも分からない。
でも、たった一つだけ、言えることがある。
そう、それは――