何処かの次元の何処かの世界、その、何処かの国の、とある都市。
 四方を砂漠に囲まれた、地図にもギリギリ申し訳程度に載っているだけの、小さな小さな都市。
 人口は、都市のサイズに見合っただけの人数。緑は、街の外に比べれば格段に。そして水は、外界の渇きを知ることなく滾々と――ただし、街中を川が流れています、なんてコトは無かったが。
 とにかく、知名度や規模と比較すると勿体ないほどの資源に恵まれた都市だった。
 そんな小さな都市の、中心部から少しはずれた、大通りの曲がり角。
 柵に囲まれたその土地に建つ、土レンガ造りの立派な建物。
 建物のわりに貧相な門の側には、申し訳程度の植物――それらと共に、古びた立て看板がぽつん、と立てかけてあった。
 いったいいつの頃からそうしてあるのか――風雨にさらされ、砂塵の洗礼を受け、大分くたびれた調子の立て看板は、元はしっかり書かれていたはずの文字を、かろうじて伝えている程度になっている。
 果たしてソコには――『国営郵便配達局』と書かれていた。










ある聖夜祭の
当たりな出来事。











 そんな、郵便局の一室。
「さて。世の中には『飛べないブタはただのブタだ』という名言がある……ご存じかな? 我が相棒」
「いやあの……それと現状とどういう関係があるの?」
「ちなみに本日はクリスマス。神の御使いといわれた聖人、イエス・キリストの生誕日だ」
「いや、会話のつながりがわからないし。
 ねぇ、だからそれとこれ……」
「その起源は太陽の新生を祝う『冬至の祭り』で、それがキリスト教化されたものがクリスマスだ。ただし25日のクリスマスとはカトリックでの聖誕祭であって、ギリシア正教会での聖誕祭は1月6日なのだよっ。
 うむっ! これはいわゆる豆知識というヤツだねっ! 覚えておけばちょっぴり優越感にひたれるかもしれないっ!」
「聞いてないし。ていうか、聞こえてないでしょ?」
「さてっ! ここで問題だ我が相棒っ! そのクリスマスに食べるものといえばっ!?」
「……はい?」
 だから、何処をどうしたらこういう話の流れになったのだろう――本来相棒であるはずの、この、眼前で己の言い回しに酔いしれるアホな全身黒ずくめ――年齢性別その他一切不詳。外見で判断するなら、年齢は二十歳はたち前。性別は……男のようにも女のようにも見える――は、全く人の言葉に耳を傾けることをしないで、自分の世界を誰にはばかることなく展開しまくっている。
 一向にこちらの話を聞く素振りすらなく。
 一応振り向いてはくれたものの、ドングリ型のひょうきんそうな漆黒の瞳はただ『向いている』だけで、こちらを見てはいなく、別の何処か遠い世界を視て・・いる。
 彼は――怪しい黒ずくめに『我が相棒』と呼ばれた目つきの悪いミニブタは、これ見よがしにため息をつき。
 ――答えを求めることを、あきらめた。
 黒ずくめによって簀巻きにされ、普段その相棒がよく寝そべっているハンモックに転がされたまま、その状態に抗議することすら許されず――というか無視されたまま――、ミニブタは虚空へ目線をやり、
「ううんと……ケーキでしょ? シャンパンに……あとはターキーとか?」
「そうっ!! 問題はそれなのだよっ!!」
 ……いつものことながら、これ以上なく唐突である。そして、これ以上ないほど自分本位に会話を進めてくれる。もはや呆れる以外にすることがない。
 しかし――
 クリスマスの祭典を夜に控え、その話題でてくるのはわかる。聖誕祭の由来に祝いの食べ物、その辺りは会話中にでてきても、今の時期なら疑問に思う者などいるはずもないだろう。それはいいのだ。
 だが、疑問はもっと違うところにあって。
 ――何故自分は今簀巻きにされているのだろうか?
 そんな相棒の苦悩には全く気付かず――というか、この状況に追い込んだ本人である――性別不明の怪しげな黒ずくめは、鼻息も荒く、濡れ羽色の瞳をキラキラさせ、
「本日はクリスマスなのだよ我が相棒っ! シャンパンは食前酒! ケーキは食後っ! となればメインは当然ターキーだろうっ!!?」
「……で?」
「…………反応が冷たい…………」
 ミニブタの反応に、黒ずくめのテンションが一気にさがる。
 いじいじと、膝を抱えてしゃがみ込み、床に「の」の字を書き始めた相棒に、ブタは再びため息をついた。
 全く。
 だいたい、ヒト――というか、ブタなのだが――を簀巻きにしておいて、いったいどんな反応をしろというのだ。そもそも、ノリの良い反応を期待するほうが間違っているだろうが。
 とまぁ、普通の人間にならこの正論が通ずるだろうが、このネジが抜けまくった相棒に通ずるはずもなく。
 黒ずくめは一通り落ち込んでみせると、それはそれはあっさりと復活し、トレードマークらしい大きな鍔のある漆黒の帽子を被り直し、にやり、と笑みを浮かべ、
「だから、ターキーなのだよ。我が相棒」
「うん。だからそれがどーしたのさ?」
 ハンモックの上でごろごろと動き回りながら、そう問い返す。
 すると、黒ずくめはその笑みを不気味に深め、
「まぁ、各ご家庭それぞれメインとなるモノは違うが、とりあえずボクはターキーでなければ認めない」
「……で、もう何度も聞いたけどさ。それと僕の今のこの状態はいったい何の関係があるの?」
 いい加減、ハンモックの上をゴロゴロと動くのにも飽きてきたのか、脳天気だったミニブタの声音に険が混じり出す。
 だが、黒ずくめは平然と、
「では、この問いに答えられたらもれなく、キミの今後の運命を教えてあげようっ!」
「……運命……?」
 瞳の輝き三割り増しで、何処をどう見ても浮かれたアホにしかみえない黒ずくめの言葉に、ミニブタは、背筋を走る悪寒を感じた。
 やばい。
 なんか、すっごくイヤな予感がする。
 そして、世の鉄則というかなんというか、すべからく、嫌な予感とは当たってしまうものであって。
「さて、我が相棒。ターキーとは何の肉であったかな?」
 ……いやな、予感が……
「……確か、七面鳥……」
 …………ものすごく、嫌な予感が…………
「うむ。その通りだ」
 黒ずくめは微笑んだまま、満足げに頷いた。
 がしかし、次の瞬間思い切り眉を寄せ、だんっ!と近くにあったテーブルに拳を叩きつけ、
「しかしっ! し・か・し・だ・ねっ我が相棒っ!! ボクはついうっかり予約を入れておくのを忘れてしまったのだよっ!! 今の時期あっちでもこっちでも引っ張りだこでモテまくりなボクの愛しいターキーをっ!! そんなこんなで今年はターキーが無いっ!!!」
「へぇ……」
「だがっ! ボクはターキーが存在しないという切ないクリスマス・ディナーを過ごすなんて、断じて出来ないっ! しかしターキーが手に入らぬ以上、別の代用品でその心の隙間を埋めることにしたっ!!」
 にやり、と。
 凶悪な笑みで、優雅な動作で椅子から腰を浮かし、カツンカツンと靴音を立てつつ近寄ってくる姿は、先ほどからある『嫌な予感』が、まさに的中してしまったことを示していて。
 ミニブタは、その綺麗な桜色の肌の一部――ようするに顔である――を紫色変え、ハンモックの上で簀巻きにされた状態ながらも、根性で器用に後退る。……が、所詮無駄な足掻きというヤツで。
 ついに黒ずくめの手が顎に掛かり、くいっ、と目線を合わせられてしまう。
 ――どうでもいいけど、これってなかなか凶悪で鬼畜なヴィジョンだよね、僕が人間なら。
 何処かへ飛んでしまった頭でそんな事を考えているミニブタの視線の先……黒ずくめは、やはり先ほどと変わらぬ凶悪な笑みを浮かべたまま、さらりと、
「だから、ボク的にターキーよりはいくらか劣るものの、この際スペアリブで手を打とうと思うのだよ。我が相棒」
 そんなことを、のたまった。

 ――……ふーん、スペアリブね。それで満足出来るならそれでいいんじゃない? というか、それはいいんだけど、いったい何で僕がこんなメにあってるのか説明が…………って、ん? スペアリブって…………

 はた、と。
 唐突に気付き、身体を硬直させたミニブタに、黒ずくめはことさらキレイに微笑んで見せ、
「うむっ! と、いうわけで尊い犠牲をありがとうっ!! ボクはキミを忘れないっ!!」
「って僕っ!? やっぱり僕なのっ!!?」
 一瞬――本当に一瞬の空白の後、硬直を解いたミニブタは、いつの間にやら黒ずくめの小脇に抱え上げられていて。
 これはもう完全に、いただかれますコースまっしぐらだ。
 慌ててその短い手足をばたつかせ、脱出を謀ろうにも、簀巻きにされているため、せいぜい頭を振り回す程度の抵抗しか出来ない。紫を通り越し蒼白になってしまった顔色は、はっきり云ってブタじゃなかった。
 対して、いただきますコースまっしぐらな黒ずくめは、至って上機嫌で、
「はっはっはっ。仕方なかろうっ! こんな近くに食材があるというのに、使わぬ料理人がいると思うのかいっ!?」
「食材じゃない食材じゃないっ!! ていうか郵便配達所こんなところに料理人なんていないでしょっ!!?」
「ふっ。甘いな我が相棒っ!! 素敵な美人達さんに見合う人間であるこのボクにかかれば、スペアリブもおせち料理もブイヤベースもお茶の子さいさい屁の河童なのだよっ!」
「その微妙な料理の取り合わせとかツッコミどころはいっぱいあるんだけどっ!
 そもそも僕を食べようって発想はどこからきたのさっ!?」
「うむっ。ナイスな質問だねっ。それは海よりも深くエベレストよりも高い理由があるのだが……」
「……何?」
「キミのそのぽってりお腹を見ていたら、ふと、美味しそうだな、と」
「〜〜っ! 単純すぎっ! ぽってりお腹で悪かったなっ!!
 だいたい、僕はミニブタなんだから、食べるにしてもそんなに量とれないし、美味しくないよっ!!?」
 すでに大分論点がずれているのだが、ぶち切れているミニブタは、そんなことには気づかない。そして無論、元々何処かイっちゃった感のある黒ずくめは、疑問に思うはずもない。
 ミニブタの何処かずれたセリフに、小脇に相棒しょくざいを抱えたまま、黒ずくめは、ふむ、と顎に手を当てて、
「……確かにそれはそうだな」
「でしょ? でしょっ!?」
 ミニブタ、自分の身に迫る危険を回避すべく、必死に頷く。
 性別不明な黒ずくめは、その場に立ち止まり、ふむ、とさらに考えてから、にっこりと笑みを浮かべ、
「しかし、今から買いに行っても、スペアリブに最適な肉が売れ残っているとは限らないだろう?」
「って結局僕っ!!? 自分の食欲を満たすためだけに、長年連れ添った相棒をっ!!?」
「ふふふ。だから一番最初に云っただろう? 『飛べないブタはただのブタ。あとは喰われるだけ』と」
「後ろ半分を聞いた覚えは全くありませんっ!
 とにかくいーやーだーっ!! なんで聖なる日に、よりにもよって自分の相棒に食べられなきゃならないのさっ!!?」
「うむ。これがきっとちまたで云う『主のお導き』というヤツ……」
「断じて違うっ!! キリスト教徒さんにケンカ売ってるのっ!?」
「何をいう。そんなことは無いぞ」
「説得力ない!!」
「はっはっは。そんなに息を切らせてまで怒ること無いではないか。ハゲるぞ?」
「元々抜けるような毛ないしっ! いいからいい加減おろ……」
「――お前ら……仕事放りだして、何やってるんだ?」
 ふと。
 脳天気な声とヒステリックな叫び声が飛び交う中に、もう一つ、明らかに呆れているのだと知れる低い声が、混じった。
 声の音源は、広い作業室――手紙の仕分けなどをする場所である。同時に、職員の休憩室でもあるのだが――にたった一つだけある、重厚な扉の、その手前。
 壁に寄りかかるようにして立つ壮年の男は、大量の郵便物を抱え、小さく苦笑を浮かべていた。
「仕事中だろう、今は。さっさと配達してきてくれ」
 そう云って苦笑を深め、机の上に手紙を放り出した。
 今日はクリスマス――ということで、封筒はみなクリスマスカラー。ようするに、ここにある全て、クリスマスカードと云うことだ。
 黒ずくめは、まずその手紙の山を見、腕に抱えた相棒しょくざいを見、最後に、壮年の男へ不満たらたらの瞳を向け、ぶぅ、と拗ねるように唇を尽きだしてみせ、
「実にバットタイミングな登場ですな所長。生憎、ボクは愛しのターキーを食べられない切なさを軽減するため、これよりスペアリブ作りに勤しまねばならぬのでありまして、配達に出ている暇はなっしんぐっ!!」
 ぐっ、と無意味に決意した表情で拳を握る黒ずくめの配達員。
 ミニブタはもう、言葉もない様子。
 だが、入室したばかりらしい『所長』は、これ見よがしにため息をついて、
「仕事放り出してまで作るなよ」
 ともっともな事をつっこみ、さらに、
「それに、ターキーなら仕事の後食べることになっていただろうが」
 と。
 何を云っているんだと云わんばかりの呆れた声音が、そう、云った。
「「…………は?」」
「だから、今年は仕事の後にみんなで飲み食いすることになっていただろう? お前、ターキーははずせない、必ず用意しろって、ざんざ云ってたじゃないか」
 こともなげにそう云ってくる所長に、黒ずくめとミニブタが固まって。

 …………ぽむっ。

 黒ずくめが、手を打った。





「ばーかー。ばーかーっ。大っ嫌いだどっ畜生」
「はっはっはっ。そう拗ねるでないよ我が相棒っ! 終わりよければ全てよしという言葉もあるではないかっ!!」
 日が落ち始めた夕暮れ。
 何処かの次元の何処かの世界、その、何処かの国の、とある都市。
 街の中央を走る街道に人影は少なく、気の早い家の灯りが、人の存在を示すばかりだ。
 そんな寂しい空間に、性別不明な黒ずくめの配達員と、その相棒である目つきの悪いミニブタの影が伸びる。
「いやぁ、ボクとしたことが、こんな大事なことを忘れるとはねっ。云われてみれば、ターキーを予約しなかったのは、所長が代わりに予約しておいてくれたからだったよ」
「『だったよ』じゃない。こっちは昇天するかと思ったんだけど」
「うむ。まぁ、結局しなかったのだから良かったのではないか?」
 にっこりと。
 上機嫌でしまりのない笑顔を浮かべっぱなしの相棒に、ミニブタはあきらめてため息を吐いた。肩口にしがみついて、手紙を次々に投函していく相棒を横目に、ああ、結局僕の災難なんて、この程度の扱いにしかならないんだよね、なんて、胸中で愚痴ってみたりする。
 そして、同時に。
 彼は、胸中で祈った。

 ――ああ……神様仏様大仏様キリスト様……もうこの際誰でもいいから、来年、このねじが抜けまくった相棒が、また今年と同じ事を繰り返さないように――と。

 哀れなミニブタの願いが叶うか否か――それは、来年のクリスマスにならねば、わからない……




+Fin+