何処かの次元の何処かの世界、その、何処かの国の、とある都市。
 四方を砂漠に囲まれた、地図にもギリギリ申し訳程度に載っているだけの、小さな小さな都市。
 人口は、都市のサイズに見合っただけの人数。緑は、街の外に比べれば格段に。そして水は、外界の渇きを知ることなく滾々と――――ただし、街中を川が流れています、なんてコトは無かったが。
 とにかく、知名度や規模と比較すると勿体ないほどの資源に恵まれた都市だった。
 そんな小さな都市の、中心部から少しはずれた、大通りの曲がり角。
 柵に囲まれたその土地に建つ、土レンガ造りの立派な建物。
 建物のわりに貧相な門の側には、ちょこん、と控えめに立つ門松――――それと共に、古びた立て看板が寂しげに立てかけてあった。
 いったいいつの頃からそうしてあるのか――――風雨にさらされ、砂塵の洗礼を受け、大分くたびれた調子の立て看板は、元はしっかり書かれていたはずの文字を、かろうじて伝えている程度になっている。
 果たしてソコには――――『国営郵便配達局』と書かれていた。








ある新年の
尽な出来事。









 そんな、局の一室。
 彼は今、これ以上ないほどの至福の中にいた。
 不安定に揺れるハンモック。その上に、年末バーゲンで安売りになっていて思わず衝動買いしたふかふかの布団を敷き詰めて、ただただ、惰眠をむさぼる。これを至福と云わずになんと云うのか。
 彼は、その身を埋めたまま、もごもごと口元を動かし――――
「うぅぅぅぅ……果実水飲みほぉだあぁぁいぃぃ……」
 へへへへ、と、だらしない笑みを浮かべた。
 どうやら、夢を見ているらしい。
 初夢には、その内容で1年を占う夢占いというものが古くからある。が、果実水飲み放題という夢は、果たして吉なのか凶なのか……
 まぁ、それはどうでもいいとして。
 とにかく、彼は睡眠をむさぼっていた。
 それはもう、これ以上ないほど幸せそうな笑みを浮かべ。
 ええそりゃもう、腹立たしいくらいに。
 ごろり、と寝返りを打ち、
「んんんんん…………もうむりぃぃぃ……」
「何が無理なのか30字以内に纏めて述べてみたまえってんだこのすっとこどっこいっ!!!」
  ごすっ!!

 凄まじい音と同時――――そのピンク色の柔らかな背中に、厚底のブーツが喰い込んだ。
 その瞬間、彼は覚醒と気絶という、相反する二つを入れ替わりで体験することとなったのだった。





「全くなんてヤツなんだろうねキミはっ! 唯一無二の相棒であるこのボクが年が変わる前からせこせこせこせこせこせここれでもかというほど地味にこつこつと職務に励んでいるというのにっ!!」
「…………っ」
「それなのにキミはなんだいっ!? ボクのハンモックを占領した上高級羽毛布団でのうのうと惰眠をむさぼるっ! こんなことがあっていいのかっ!? しかも、そのお布団を購求したのはボクなのだよっ!!?」
「…………っっ」
「ええいっ! ぶっちゃけた話非常にキミが妬ましいのだよっ!!
 ボクだって眠い! 惰眠をむさぼりたいっ!! 何故世間がつまらぬ正月番組を見つつこたつで寝そべりミカンを喰っているというのにこのボクが働かねばならぬのかっ!!
 聞いているかいっ!? 我が相棒よっ!!」
 もったいぶった云い回しと大仰な身振り手振りで、己の不満をひたすらぶちまけるのは、髪の色、瞳の色彩、身に纏う衣服の全てを黒で統一した、性別のよくわからない若者だった。厚底ブーツでもって、『彼』を奇襲した人物でもある。
 黒ずくめは、その腕にどデカイ箱を抱えたまま、憤った表情を浮かべ、
「なんなんだい全くっ! いくらキミがぽってりお腹と短い手足のせいで選別作業の手伝いが出来ないからと云ってっ!
 だとしたらせめてっ! せっ・めっ・てっ・相棒であるボクの愚痴にナイスな応答くらいするべきではないのかいっ!!?」
 そう、のたまった。
 その言葉が向けられた当の本人である相棒――――黒ずくめの云うとおり、ぽってりお腹と短い手足が愛らしい、しかし、目つきの悪いミニブタが、ハンモックから転がり落ちた先の床で、息も絶え絶えに悶絶していることなど露知らず。





 新年。
 お正月。
 この時期一番忙しいのは、おそらく郵便配達局職員であろう。
 人々が昨年末に出した年賀葉書を、年が明けたその日の、日も昇らぬうちから届けだし、さらに、予定外の人間から葉書を受け取った人間が再びその返事を出して……。
 稼ぎ時なのだから仕方ないと云われればそれまでだ。
 仕事だろう、と云われれば、それこそ返す言葉は無い。
 わかっている。
 黒ずくめとてわかっているのだ。
 ――――だが。
 ……わかっているからといって、納得しているわけでは断じて、ない。ないのだ。
 はああぁぁぁ、と、これでもかと云うほど大きなため息をついた黒ずくめは、やがて、何かを諦めるようにして、腕に抱えた箱を、作業台の上でひっくり返した。そして、無言のままに、選別作業を始める。
 ――――そう――――
 ミニブタの状況と存在を、きれいさっぱり脳裏から消し去って。





 ――――嗚呼、哀れなりミニブタ。
 一年の計は元旦にあり、という言葉通りならば、彼の本年は――――ただただ、哀れとしか云いようがない。
 そして――――
 おそらく、その言葉通りになるであろう。

 今はただ――――合掌。





+Fin+