皇帝と王と教皇
「……で、サイバー・エンドでダイレクトアタックだ」
「うっわ、負けたー!」
手札をばらばらとフィールド上に放り出して、藤原が悔しそうな声を上げる。
サイバー・エンド・ドラゴンのカードの上に手を置いて、藤原のフィールドに突き出した状態のまま、亮はニヤリと笑った。――ディスクを使わない、デュエルフィールドを使っての調整めいたデュエルとは言え、『デュエル・アカデミアの孤高の天才』であるところの藤原優介に勝ったのだ。笑みの一つも零れてくる。
「サイクロンの使い方がまずかったな、藤原」
「あそこであの伏せがブラフだとは思わないって……くっそ、読み負けるほど悔しいことはないな!」
乱暴に髪を掻き回し、背もたれに体重をかけて、藤原は口を尖らせる。亮は肩を竦めて、サイバー・エンドを融合デッキに戻した。
狭い丸テーブルの上で二枚のデュエルフィールドを突き合わせ、電卓でライフを計算してデュエルする――デッキ調整や肩慣らしなどにいちいちデュエルディスクを使う必要も無い、と言うわけで、デュエルモンスターズが世に出た当初から変わることなく、机上でのデュエルは行われている。
海馬コーポレーションの社長である海馬瀬人の開発したソリッド・ヴィジョン・システムは、デュエルモンスターズの可能性を爆発的に――あるいは、海馬本人が意図しなかった方向にまで――高めたが、狭い室内でのデュエルには向いていないのだ。
それに――ただの映像とは思えない程にリアルなモンスターを従え、戦略・戦術を尽くして互いのライフを削り合う……そんな
「さすが亮くん! 僕が認めたデュエルアカデミアの
「何だ、それは」
その呑気な雰囲気をぶち壊すような騒々しい声に、思わず亮は眉根を寄せた。
二人のデュエルの一部始終を横から見ていた天上院吹雪である。
デュエル中は静かだったのだが、終わった途端に自重しない。
「丸藤」
藤原は完全に吹雪を無視して亮に目配せをすると、墓地から何枚かカードを取り上げてフィールドに並べ、またデッキに戻した。亮も心得たもので、軽く頷くとカードを並べ替え始める。あっと言う間に、打ち合わせもせずにフィールド上に何ターンか前の状況が再現された。
「八ターン目だね」
吹雪は笑みを浮かべて、何と言うことのないように呟くと、
「何って、僕が付けた亮のあだ名だよ。かっこいいでしょ」
「ようやっと藤原に勝率五割の俺が皇帝か。どんな面の皮だ……ああ、ここか」
「攻撃対象しくったなーとは思ったんだよ。結果論だけどな。
いいんじゃない? カイザー亮、似合ってる似合ってる」
フィールドに目を向けたままの投げやりな藤原の言葉に、セットしてあるモンスターカードを開く手を止めて、亮は渋面を作る。
「藤原、適当なことを言うな。吹雪はすぐに調子に乗って、あっと言う間に広める」
憂鬱な亮の視線を受けて、藤原は顔を上げ、ちょっと笑みを浮かべた。
「――だから、いいんじゃない?」
「お前、人事だと思って」
「こっちに攻撃していれば、あと何ターンかは持ってたんだよなー。ただのプロト裏守備とは」
亮の抗議を遮って、藤原は亮の手に手を添えて開きかけのカードを開かせた。亮は笑うような怒るような、微妙な顔で口許を歪ませる。
「警戒しただろう……繰り返すが、人事だと思っていると痛い目を見るぞ、藤原」
「セオリーを逆手に取ったってわけだネ」
横から口を出し、吹雪が軽く言って笑う。
「亮の言う通り。僕と藤原のあだ名も、もう考えてあるのさー」
「ちょっと待てちょっと待て」
本当に人事だと思っていたのか、藤原が泡を食って吹雪を見やる。何故か吹雪は得意げな顔をしていた。藤原の方を向いて立ち、胸を張ってサムズアップまでしてみせる。
「まずこの僕、天上院吹雪はキング! フブキングさ!」
「ダサッ!」
至極素直に叫ぶ藤原の向かいで、亮は冷めた顔で魔法・罠ゾーンの伏せカードを開く。
「いきなり王朝が乱立したな。…言っておくが、攻撃の無力化も伏せてあった」
「――え? うわ、じゃ、どっちにしろエンド来てたのか」
「サイバー・プロト・ドラゴンを攻撃していたのがベターだったのは確かだがな。……で、藤原は?」
「藤原はねー、『ハイエロファント』!」
沈黙。
デッキにカードを戻しながら、亮は胡乱な目で吹雪を見た。
「はいえろ……なんだって?」
「『
満面の笑みを浮かべている吹雪に代わって、藤原が頭痛を堪えるような顔で答えた。それから吹雪へ向けて、
「……緑だから?」
「すまん、緑と法皇の関係がまるで解らない」
「あー、気にするな。大したことじゃないから……で、天上院。何でだ」
額を押さえて問う藤原に軽く頷いてみせ、吹雪は大きく腕を広げる。
「いやぁ、これでも色々考えたんだよ? 藤原に相応しいあだ名! 高貴で、気高く、厳しさと美しさを併せ持って――」
「すらすら言うなそう言うことを。恥ずかしくないのか?」
「あ、照れた? ゆーくん照れた?」
「その呼び方もヤメロ」
「もう、かわいいなあゆーくんは!」
「やめろって言ってるだろ!」
こうなっては吹雪は調子に乗る一方だ。顔を真っ赤にした藤原を、無邪気な笑顔でひたすらからかい続ける。
……吹雪の悪い癖だな。
知らん顔をしてデッキをシャッフルしながら、亮は胸の内だけで呟いた。
自分のペースに巻き込んだが最後、どこまでも調子に乗り続け、際限なく脱線して行く。相手をしないのが無難な対処法だが、それも確実ではないし、躱し切れないこともある。そうして一度構ってしまうと……
「恥ずかしがらなくていいんだよハニー! 君はただ、僕の思いを受け入れてくれさえすればいいんだ!」
「キモっ! 本当にキモイ!」
この始末である。ふざけているのか本気なのか解らないような調子で抱きつこうとして来る吹雪の顎を掴み、藤原が必死の形相で押し退けようとしている。――端から見ている分には面白いが……亮は軽く溜息をつく。そろそろ、助け舟を出した方がいいだろう。藤原に後で文句を言われるのも面倒だ。
「吹雪、いい加減にしておけ」
「んー?」
藤原に抱きつこうとしている体勢のまま、吹雪がぐるりとこちらに顔を向ける。顎は藤原に捕まれたままで、両頬を押さえられて間抜けな顔になっていた。
「亮、妬いてくれるのかい?」
「藤原、どうする、もう一戦やるか?」
「無視はよくないと思うなぁ、亮くん!」
「あ、ああ……」
藤原はちょっと迷うようにテーブルの上のデッキに目を向けて、
「ちょっと検討させてくれ。カードを入れ替えるか考えたい」
言いながらサイドデッキに手を伸ばす。……吹雪は既に身を引いている。そう言うところでむやみに邪魔をすることはない……亮は自然に浮かぶ笑みを噛み殺すように、小さく顎を引いた。
「解った、待とう」
「じゃあ、その間僕と
吹雪はそう言うとデッキケースを取り出し、軽く振って示してみせる。亮は軽く頷き、
「藤原、構わないか?」
「オッケー」
藤原は頷いてデッキをまとめると、席を吹雪に譲った。ケースからデッキを取り出しながら、吹雪はにやりと笑う。
「僕が勝ったら、カイザーのあだ名はめでたくアカデミアじゅうに広まるってことでどう?」
「負けたのに皇帝はおかしくはないか」
「いいんじゃないかな、僕はキングだし……と言いたいところだけど、そうだね。確かにそうかも」
吹雪は考えるように視線を彷徨わせ、不意に含み笑いを漏らして亮を見る。いたずらっぽい光が、その目には宿っている。
「じゃあ、亮が勝ったら亮がカイザーで。僕はキングを諦めるよ」
「……そんなことを言っても、手は抜かんぞ」
「当たり前だよ! 僕だってそうさ。僕が勝ったら、藤原のあだ名を広めるんだからネ!」
「か、関係ないだろ俺は!?」
いきなり思ってもない取引が飛び出したことに、藤原が悲鳴を上げる。吹雪はへらっと笑って藤原へ目を向け、
「だって、万一亮の気が引けちゃったとしてだよ、それで僕が勝っても、お互いのためにならないじゃない。だからさ」
「俺のあだ名を持ち出して丸藤がやる気出すか? 関係ないだろ!?」
「心配しないで藤原、僕、絶対勝ってみせるから☆」
「勝つなァ!」
「心配するな、藤原」
亮はデッキをシャッフルしながら、薄く笑って藤原に声をかける。
「俺も、負けるつもりはない」
「……」
藤原はちょっと目をしばたいた後、苦笑いを浮かべて肩を竦めた。サイドデッキを手の中で弄びながら、
「まあ、丸藤は……そうだろうけどな」
「それでこそカイザーさ!」
吹雪は妙に誇らしげにそう言ってから、もちろんまだ決まったわけじゃないけどね、と付け加えることを忘れない。吹雪とて、まるで負けるつもりはないのだ。カイザーは応えるように笑って、デッキゾーンにデッキを置いた。
「先攻はどっち?」
「俺はどちらでも構わない」
「なら、僕が先攻だ!」
君の勝ちパターンを破って見せるとも。目を煌かせて、吹雪は初手の五枚を引く。亮もそれに倣い、二人は机越しに視線を交し合った。
「
二人の声が唱和する。
かくて、あだ名を賭けたデュエルが始まった。
本当は法王はエドですが。法皇=鳳凰=フェニックスとかけてあるって言われて初めて気付いた。茶目っ気あり過ぎるスタッフが好きだ。
ハイエロファントはどう考えてもあだ名には不向き。
藤原のキャラは多分間違ってる。
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