「僕は天上院吹雪って言うんだ。天の上に、上院下院の院!……あ、吹雪でいいよ」
 差し出された手は柔和な顔立ちの割にがっしりとしていて、ああそう言えば、こいつは男なのだな、と亮はぼんやり思った。
 名前と言い、立ち振る舞いと言い、どこか浮世離れしているように見えて、手を握るまで目の前にいるのが本当に同じ人間なのか、ちょっと疑ってみたくなるほどだった。握った手は確かに血が通った人間のものだったので、要らない緊張をしたな、と亮は軽く息を吐く。
「丸藤亮だ。字は――」
「知っているよ、君は有名だから」
 相手に倣って字を説明しようとした亮をまるで歌うような口調で遮り、吹雪はにっこりと微笑んだ。声の抑揚なのかそれとも表情のなのか、いちいち妙に華やかで様になっている。亮は思わず目を瞬かせた。――こんな人間がいるのだ。
「入試で一番の凄い決闘者にしては、かわいい名字だな、と思っていたんだ」
「……関係あるのか?」
「ないねえ」
 思わず問うた亮に、吹雪はうふふ、と口の中で笑ってみせると、軽く握っていた亮の手を離した。からかわれているのだろうか。亮はちょっと顎を引く。
「僕、君の亮って言う字も好きだな。いい名前だ」
「……よくある名前だ」
「関係ないよ。こった名前だからいいとか、ありふれた名前だからよくないとか、そんなこと、ないだろう?」
 優しく言い聞かせるような口調。亮は何故か顔が熱くなるのを感じて、吹雪から目を逸らした。
「僕、君のこと亮って呼びたいな! いいだろう?」
「それは……構わない」
 そっぽを向いたまま、亮は小さく答えた。ちらりと目を向けると、吹雪は見たこともないような満面の笑みを浮かべている。
「ありがとう、亮!」
 腕を広げて感極まったように叫ぶと、吹雪は思い切り亮に飛びついてきた。存外に強く抱き締められて息が詰まる。
「ねえ亮、あっちにデュエル場があるんだ。今から一緒に行かないかい?」
「あ、ああ」
 肩に手を回され、ほとんど強制的に歩き出しながら、亮は何とか頷いた。それを受けた吹雪が何か歓声を上げたようだったが、亮にはよく聞き取れない。
「実はデュエル場に僕の友達が待っているんだ。藤原優介って言うんだけど――そう言えば藤の字が二人同じだね。彼もとてもデュエルが強くてねえ、亮とはきっと仲良くなれると思うなあ……」
 矢継ぎ早な吹雪の言葉を半分も呑み込むことができないまま、亮は目の回るような思いで、とにかくこの男がひどく変わった奴なのだと言うことだけは心底から理解した。




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