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2011.10.10 精神病を扱った映画について 久しぶりに、神保町で精神医学関連の書籍を入手して来た。一つは、「映画にみる心の世界」(中村道彦著)と言う本 この本によると 「シャイン」―天才ピアニストとしてロンドンの王立音楽院に留学していた主人公が発病して、10数 年を精神病院に過ごした後、あるレストランに立ち寄りピアノを弾いたことから評判となり、新しい生活を切り開いていく 物語―もあることが分った。視点が、病気にあるわけではないので、統合失調症を扱ったという感じはしてこなかったが 知っておいていい。 尚、「映画でみる精神分析」(小此木啓吾)が素晴らしいとされているので、チェックしておこう。 統合失調症に限らず、精神病を扱ったものとして、興味ある映画は順次当たっていき、良いものは、折に触れて紹介して いきたい。 第1段、早速「レナードの朝」という素晴らしい映画に出くわした。 あらすじ―医動物学者マルコム・セイヤーがニューヨーク、ブロンクスのベインブリッジ病院に採用された。ここは慢性 の神経疾患患者が多数いて絶望が支配する所だった。彼は、ある日、患者の素早い動作をみて、患者達の正常な意識を直感 し 、それを目覚めさせようと努力を始める。その時Lド―パを知り、レナードという患者と協力して、試験的治療を開始 する 。映画は劇的な“目覚め”と、その直後副作用や効果の減弱を経験し落胆していくところも描き出す。パパーキンソ ン氏病に対する、ドーパミンの奇蹟と長期投与の限界を名優ロバート・デ・ニーロが余すところなく演じていた。 ドーパミンをどう脳内に取り込むか?また、代謝誘導で効果の減弱を来すことなど、今も取り組まなければならない問題 点がそのまま、当初からあったことを知り、感慨深いものがあった。医療関係者必見の素晴らしい映画だと思う。 同書によるストレスと休息効果 海はいつでも安全ではない。思いもよらぬ出来事が起こる。直ぐに処理できれば苦労はないが、出来なければいつでも葛藤と向かい合いながら悩み苦しむことになる。そこで目障りな葛藤を無意識の世界に押し込めて(抑圧)、当座は悩まされなくなる。それには、エネルギーを必要とする。抑圧に関わるメカニズムは、自我を守ることに役立つために自我防衛機制と呼ばれている。抑圧に使われるエネルギー消費は、疲労として自覚される。自我防衛機制は、目の前の不安を隠して安心を得るが、その代償として疲労が残ることになる。 果たして、統合失調症の皆さんの“疲れ”を説明できるでしょうか? 10月の行事 <10月1日>クラブハウス町田理事会 <10月5日>池袋サンハウスから見学 <10月17日>症例検討会(白石教授) ドキュメント我が母を悼む
○山さん2011/07/21 (木)
14:32
いつもありがとう。でも最後が近づいたようです。皆さんに良くしてもらって、心残りはないと思っています。連休にもと言われ、107病棟に泊まり込みをしています。今日は、遂に食欲が落ちてしまいました。あばあちゃんは、“授かった命は粗末にしない”とどんな時も食べて生きようとしてきました。その姿はあっぱれです。
小○里さん・○井さん2011/07/21 (木) 14:53
田舎(石川県七尾市)から約2年前、癌が見つかり東京に迎えた母が、1週間ほど前から急に悪化し(再発?)、駒込に入院しています。危篤状態に近いので、ひょっとすると31日に行けない可能性が、出て来ました。
○井さん・小○里さん2011/07/25 (月) 20:23
おばあちゃんの病気は、T―セルリンパ腫ということになりました。ウイルス性でないそうです。元々は、上愕がんで放射線治療でかなり良くなっていて、再発しているものの小さいとの事です。大腸がんもありましたが、OPで切り取り完治しています。ということで、転移ではなく、新しく血液がんがみつかったということになります。高齢で、胸水・腹水がたまって呼吸がしにくい状況で、何が起こっても不思議ではない状況ですが、今日・明日にということではないそうです。
○井さん・小里さん2011/07/30 (土) 16:19
おばあちゃんは、呼びかけに応えなくなってきましたが、呼吸、血圧などバイタルサインは異常ありません。数日前には、娘にまだ死なないと強い意思を示していました。本当に、忍耐強く、生命力溢れる人と思います。主治医と相談し、緩和医療のお世話になることになりました。今日、危ない場面があり、心が騒ぎました。
小○里さん・○井さん2011/08/01 (月) 16:55
母は、緩和チームも加わり、手厚く医療・看護をしていただいています。これで、2週間以上泊りこみ体制で、何やら連帯感も生まれ、女医・看護師さんとも随分打ち解けました。
薬剤科のみなさん2011/08/03 (水) 14:00
母の出棺を見送っていただき、本当にありがとうございました。何しろ、予想をしていなかったので、私も舞い上がり、気の利いた言葉ひとつを発することが出来ず、後で後悔しています。私にとって、母を駒込病院で治療出来たことは、最大の誇りです。母も、少なくとも医療・看護には満足して逝った事と確信します。だから、母を失った悲しみより、これまでの皆さんの心使いの方が、私の心を満たし、なにやら充実感すら感じています。
小○里さん2011/08/03 (水) 20:25 お盆には、故郷に帰り、お墓と家の整理をと思っています。
9月の行事
<9月12〜14日>三楽病院検査入院
<9月26日>ピアホームU会議
クラブハウス町田講演会報告 6月25日、三度、大熊一夫さんを講師に迎えての「日本の精神医療を考える会」に参加して来ました。今回は、日本での未発表の映画を大熊さんが持参して下さいました。 1960年代はバザーリアがゴリッツア精神病院で、最初の改革を試み、利用者の起こした事件をきっかけに、一旦、挫折する時期です。映画はこの最初の改革の息吹を伝えるものとなっています。 この改革は挫折しましたが、バザーリアはこの改革を行うに当たって仲間を増やすことを心がけました。1971年トリエステの病院長となって、新たに実践を開始するに当たり、その仲間は大きな力となり、やがて1978年のバザーリア法制定に繋がっていきます。 改革はなぜできたか?大熊さんは @ 病院から精神保健への人材移行 A トリエステの実践と法制化 ができたことと見ています。 翻って、日本の現状は、――民間に丸投げして来た日本の精神医療は利害関係が複雑に絡み合ってしまい、身動きが取れない状況です。日本では、改革と言っても病院改革でせいぜい良心的な医療の提供に止まり、脱病院は中々期待しにくい状況との認識です。 勉強会で認識を深めていっても、どう打開していくのかというところで足踏みし、歯がゆい思いです。 抗精神病について ―夏の勉強会より― T クロルプロマジンの発見とその薬効とは― 2 ハロぺリドールとは― 3 クロザピンと非定形抗精神病薬― 4 4つのドーパミン経路 l 黒質線条体ドーパミン経路 :錐体外路系の一部である。 l 中脳辺縁系ドーパミン経路:精神病の幻覚妄想に関係している。 l 中脳皮質ドーパミン経路 :陰性症状あるいは抗精神病薬による認知面での副作用に関係している。 8月の行事 <8月3日>症例検討会(白石教授を迎えて) <8月3日>板橋GH会議(レジデンス虹) <8月7・8日>クラブハウス町田合宿 <8月22日>ピアホームU連絡会
自己紹介部分の抜き出し文 ○六 ○忠さん 昭和49年6月8日生まれの34歳です。 ○柳 ○子さん 昭和45年1月30日生まれの39歳です。
○沢 ○則さん この度、ピアホームに入居しました○沢です。入居に当たっては、TV・洗濯機を頂戴し、本当にありがたく、心から感謝いたしております。また、皆さんに手伝っていただいて、お部屋まで運んでもらい、本当に助かりました。 ○野 ○呂○(黒井 十字架)さん 派遣労働法の不条理を考えているうちに妄想が始まり発症? 自己紹介(原稿到着順) ○田 ○大さん
平成18年7月から、アパート、ピアハウス(現ピアホームU)で、自立して3年が経ちました。その間、自分なりに、一人の人間として、少しずつ生活基盤を作ってまいりました。これからという時に、ここからという時に、平成21年度より、グループホームになったそうです。 自己紹介(原稿到着順) 3月からピアホームに入居しましたM・Uです。3週間ぐらいは、まだ家電が全部揃っていなかったこともあり、洗濯物を出しに実家に帰ったり、また、ホームに戻ったりの1泊しては次の日は実家という生活でした。
自己紹介(原稿到着順) ○山○一 始めまして、中山と申します。
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ピアホームだより過去ログ |
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2011.7.10 奇蹟が起きる高島平生活 私達が、高島平団地に住むようになったのは、娘が小学校入学の時からです。それまでは志村坂上のマンションに住み、成増厚生病院に勤めていた妻の通勤の都合で、高島平のもみじ保育園に娘を預けていました。 高島平団地の住人は圧倒的に共稼ぎが多く、保育園の父母仲間は、とっても活発で、“共に子育てをしよう”と私達を高島平によく呼んでくれました。狭い部屋にぎゅうぎゅうにつまりながら、わいわい話して、活気があり、生き生きとしていました。志村坂上に住みながらも、楽しいご近所が出来たのです。 それまでの私は、家と会社を往復するだけで、地域と無縁に過ごしていました。東京には憧れて出て来ましたが、いつも違和感でいっぱいで、頭からベールを纏っているようでした。 そんな私でしたから、保育園でのお付き合いは有難かったのですが、やがて終わるものと淡白に考えていたのです。 娘が小学校入学の3週間ほど前だったと思います。菅谷さんが、「しーちゃんも高島五小来なきゃ」と言ってくれたのです。 こんな言葉をかけられるなんて――、その後1週間ほど、必死に家を探し、運よく団地の賃貸を見つけました。 さて、引っ越し当日、私達は知り合いも少なく、ささやかな引っ越し作業をし、高島平に着きました。ところが、思いもかけず保育園仲間が大勢出迎えてくれて、一気に引越しを片付けてくれました。 こんなことがあるのですか? こんなに嬉しかったことはありません。今も思い出すと、胸が熱くなります。この時から、私は、高島平の住人になりました。 引越し―もう一つのエピソード 娘、5年生の時、田附さんより団地の部屋を譲るとの提案がありました。私達は、賃貸で暮らしとなっていましたので、渡りに船、再び念願の我家を持つことになりました。2軒の引越しは、高島平の大イベント。当時は、何をしても楽しかったのです。 さて、高島平のお付き合いはまだまだ続いています。近頃は、退職がらみで、私どものアドボケイト会に様々な形でご協力願っています。 巡りあわせ―エピソードの結末、田附さん、ピアホームのサービス管理責任者に 不思議な巡り合わせが、また起こりました。 リトルハウス就労継続B型移行に向け、私のサービス管理責任者資格要件が不足して、困っていたところ、妻が、障害者教育従事者も対象であることに気付き、田附さんにお願いしたところ、快諾を頂けました。住居を譲り受けた20数年後、また、この様な形で協力をいただけるなんて、まるで、ドラマを見るような思いです。 2011.6 .10 恒例の交流会に参加 4月24日、顧問白石先生が年2回主催する恒例の交流会に参加してきました。午後からお話しいただいた「統合失調症の経過」は、ご自身の症例を例示しながら、大変深い内容となり、日々格闘する親にとって心の奥深くまで届くものでした。 統合失調症は、年数を経て何がしかの奇異な言動を伴うことが多々あります。 我が娘を例にとれば、現在、過食と異様な体型、過激な性的発言、極端な装いをしています。過去にも、1日中哄笑していたり、警察を何度呼んだか分りません。現在、娘には、1人の友達もいなくなり、親と理解いただいている大人の中でバランスを保ち、とりあえず幸せに生きています。初期の頃は、娘の歪んだ認知を直そうと必死に抑えにかかりました。逆に、昨今は諦めてしまっているのが実情です。早くから発病した娘は、若くして症状が固定すると言われる10年選手。白石先生の講演を聞きながら、なぜこのような言動をとるようになってしまったか考えさせられました。 ありきたりな見方かもしれませんが、娘は人との関係(異性を含め)を求めているのだと思います。その満たされぬ渇望が歪んだ形となって現れ、また、私も当初、その歪みを抑えにかかったために、余計なひずみを生じ構造変形・人格変化に繋がっていったのかも知れません。 10年以上にわたって形づくられて来た人格は、もう変えられないとみることが妥当との事でした。参加していた親御さんからも、では、どうしたら?と悲鳴のような質問がありました。私も同感です。先生からは、「やんわり注意してあげて、引いて、機会を見てまた、お話しして。」との主旨でお答えがあったと考えています。形づくられた人格は変えられなくとも、社会で生活していく上で、逸脱した行動は、辛抱強く「今は抑えてね。ここではだめだよ!」とのメッセージを出していくことは必要と捉えました。 重い重い課題を突き付けられた1日でした。10年の時を経て、私は、自分の運命を受け入れ、肯定的に生きていくことを心がけています。一時、娘の言動を嫌悪したこともありますが、今は多少笑い飛ばして過ごせるようになって来ました。でも、本当は、病気以来経験した悲しく、辛く、時に激しく怒ったあの時の思いは滓となって心に残り、何かの拍子に沸点に達してしまいます。 ピアホームUに石上さん入居 4月12日に、グループホームに引っ越してきて、早や、一カ月少し経ちました。世話人さんたちに支えられながら、何とか生活を送っています。本当にありがたいと思っています。これからも、宜しくお願い致します。
板橋グループホーム会議 4月12日、板橋区内のグループホーム会議を持ちました。昨年度は、我がピアホームがよちよち歩きで、失敗をやらかしてしまったこともあり、区の呼びかけで、数回交流会を持って来ましたが、今年度に入り、ぱったりお声がかからなくなり不満を募らせていたところです。レジデンス虹田口さんから、定期的に集まろうとの提案があり、大いに乗って、第1回はイオンで昼会食、今回は、新しいピアホームの見学を兼ねて、当所でお弁当を食べながらよもやま話と言うことになりました。 当日、グリーンハウスノーマ藤村さんの利用者に緊急事態発生、ドリームS木村さんは道に迷う、田口さんは用事で遅れるなど始まること午後1時、でもそれからは話が尽きず、利用者との面談が始まる5時頃までいっぱいいっぱい話をし、日頃の鬱憤も晴らしたというところでしょうか。利用者の事、防災体制、家賃の事、記録の事等様々なお話が聞け、何よりフランクに話せる関係が出来たように思います。 次回から、それぞれのGHを輪番制で回り、お互いの様子も知り関係を深めていけたらということになりました。それにしても、GHとは作業所以上に、重い仕事だなーという皆の感想です。それだけに、いっそう面白さもあり、やりがいも出てくるのではないだろうか?どうやら、この辺で一致しお別れとなりました。次回は、ドリームS木村さんの所での開催です。 クラブハウス町田の理事長就任 社会福祉法人クラブハウス町田の雇われ理事長となりました。理事長になるには、色々規定もあり兼務も難しいことから、取りあえず、私への依頼となったようです。 4月2日、初めての評議会・理事会があり、正式に就任となりました。理事には、既に知り合いの方―豊島区のサンハウス施設長平野さん、目黒区のワークイン翔施設長松原さん、同じ系列の柿木坂ハイツ岸川さんなどが入られています。交流が楽しみです。 中村さんとは志を同じくする(?)長年の友、久しぶりに心の底から冗談を楽しみました。 昔話(メモリー)は、人間を楽しませます。 4月より非常勤職員林田さん勤務 この4月よりピアホームUの世話人になります林田と申します。これまで、路上生活の方々の身体状況や生活・就労相談、子ども家庭支援センターで児童虐待のおそれのある家庭への支援を微力ながら行ってまいりました。共通することは、人の育ちの過程(=現在進行形)というのがいかに大切なものであるかということ、改めて人と人との関わりの中で人は成長していくものだということを感じます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
新年度になりました 23年度を迎えました。ピアホームUでは1年間勤務頂いた比嘉さんが辞められ、新しく林田さん(社会福祉士)が担当になります。また、ピアホームU利用者だった○田さんの退所後、4月中に○上さんが入所の運びとなっています。今後は、両所の連携も強め、ピアの名にふさわしい活動をしていこうと考えています。 激動の3月を振り返って 3月11日の東日本大地震をきっかけに、我がアドボケイト会にも次々と激震が走りました。GHの皆さんが大きな不安感を抱き、症状の悪化を訴え、その中で、順調に回復を見せていた○六さんが、徐々に興奮度を高め、遂に緊急入院に至ってしまいました。安定感も出てきていたことから、多少の揺れはきっと乗り越えていけるだろうと過信していたのが、仇となってしまったようです。皆さんにも悲しい思いをさせてしまいました。 ○六さん許して下さい! 緊急入院に至る手続きに思うこと 1 「ひまわり」は、ベッドがふさがり機能しなかった。 2 成増厚生病院はこころのクリニックのサポート体制がなかった。→緊急事態のためのサポート病院の必要性 3 措置入院までは、手続きが重視され過ぎ余りにも時間がかかる。―緊急措置入院ではなかったか? 4 措置入院であろうと期間限定されるものでないのに、絶対的な入院期間を言われ、肉親の動揺を招いた。 5 素人でも一目瞭然の状態を前に本人に説明する形式主義。鑑定が終われば、一転して、人道的配慮すら感じない過剰な拘束で搬送。 精神科救急の現場に立ち、激しい怒りが込み上げて来ました。そもそも長時間、拘束なしに我々は耐えてきたのです。 アドボカシ―法律事務所に相談 ○川さんの生活資金の件は、GH生活者の生保世帯分離に関する方針が撤回され、一件落着となりました。しかし、早くより、アドボカシ―法律事務所に予約をしておりましたので、年金問題に絞ってご相談することにしました。問題点は発症時期です。多くの精神障がい者は、劇的な発症に先立って予兆があり、その時期が年金の空白となっているケースが多いのです。 財政難の折、医療福祉支出のふくらみが大きく、障害者手帳の等級も次々と下げられてきています。なかなか理解されにくい症状特性を持つ精神障がい者は、その中でもターゲットとされているようにすら思えます。 今月は。精神障がい者の抱える根本的な問題に直面しました。私の意志はますます強固になり、逆にゆるぎないものに成長しました。現場にいることの大切さをしみじみ感じています。
東京都相談支援従事者研修から
2月2日、後半の東京都相談支援従事者研修がありました。この研修は、障がい当事者の生の声を聞き、その生活ニーズを把握して支援計画に活かしていくことを目的としているようです。障がいを持つ―聴覚障害・視覚障害・肢体不自由者・知的障害・内部障害・高次機能障害・精神障害の皆さんから代わる代わる実感のこもるお話しを頂きました。
一同に集まってお話しされたことから、障がいそれぞれの特徴が分り、身近かなものとなりました。印象に残った一人、高次障害の方のお話を紹介します。
高次障害については、これまで漠としたイメージしか持っていませんでしたが、精神障がいにも通じる日常の様々な困難を良く表現されており、回復に向けた日々の格闘に感動を覚えました。
例えば、このような記述がありました。
受傷してから困ったことの一つは、会話です.。
お2人とも、自分のネットワークをつくり、障がいをものともせず、生き生きと生活している様子が窺えました。
2月9日、講師に泉恵造研企画工房の泉恵造さんを迎え、第2回研修会・支え合いネットワークを考えるワークショップが開催されました。
板橋区障がい者福祉課課長、部長の出席を得、都のサポートも頂いたものでした。 グループに分かれ、意見交換をしながら板橋区の福祉の未来像をつくりあげ、ポスターセッションのような発表をしました。行政の施策をなぞったものとなる中、斬新な切り口の発表もあり、感心しました。果たして、やりっぱなしにならないよう願うばかりです。 2011.2.10 改正自立支援法の概要
―相談支援従事者初任者研修から―
1月11・12日、東京都福祉保健局研修所にて相談支援従事者初任者研修がありました。障害者のケアマネジメントに関する講義・ロールプレイと改正自立支援法の説明等がなされました。法改正についての把握が必要ですので、当所も関係する改正部分についてお知らせします。
1 利用者負担の見直し→応能負担原則に 支援決定プロセスの見直し
4 地域における自立した生活のための支援の充実→グループホーム・ケアホーム利用時の助成、精神科救急医療体制の整備等です。
精神病院はいらない!?
第2回「精神医療改革を阻んできたもの」 1月14日、稲城市地域振興プラザにて、同講演と討論会が開催され、参加してきました。友人の中村さん(町田市:ラ・ドロン)、」「わくわく」の東谷さん、そしてイタリアの精神医療を紹介し続ける大熊先生らが中心となって、連続講座実行委員会を組織し、日本の精神医療を変えていこうとの壮大な志を持った集まりです。今回は、小澤温先生(医療社会学者。現東洋大学教授)を迎え、大熊先生と2題の講演を頂きました。小澤先生から日本の精神医療の問題は、社会的入院のみならず、家族介護への依存が大きい点も指摘されましたが、今回のテーマ―脱病院(←病床削減と区別)という問題については、以下のように課題が絞られてきたように思います。
1 低成長下、財政的な制約が多い中で病院から地域への移行をどう実現していくか?マンパワーは民間病院職員をシフトできるか?ハードは、既存の民間病院を利用するのか?
2 地域移行に係る費用として障害者施策に多額の税を投入する必要があるが、国民の理解をどう得るか?小澤先生から、一般の方との共通言語を持つ必要性があり、学校教育から取り組む。大熊先生からバザーリアのような強力なリーダーシップが提起されました。
2011.1.10 新年度を迎えて 今年は、障害者自立支援法の事業―就労継続Bへの移行を行う大きな節目の年となります。昨年、11月より基本計画をたて、12月11日にはNPO法人アドボケイト会理事会で説明し、計画実行に向けて走り出しました。区との協議を経て、移行完了予定は24年1月となっています。今後は、NPO法人人材開発機構にスケジュール管理をしていただきながら、着実に進めていきたいと考えています。 就労継続B移行に向けた課題 人材開発機構との協議を重ね、移行に向けた課題を整理してきました。施設基準に関する点―主に相談室の整備は現行のままでも可と判断しています。ただ、職場環境―資料や個人情報の整理・整頓、清潔感・明るさなど工夫の余地がありそうです。就労継続支援Bの利用者人数は20人、工賃は3000円以上となっています。作業所リトルハウスの通所者数は厳しい現状です。移行に向け、新規リサイクル石鹸事業の立ち上げ、従来事業の見直し、イベントの企画などを計画し実施していきます。 顧問白石先生主催交流会に参加 11月13日、「家族と専門家の交流会」に参加してきました。この会は、事前に家族からの質問を受け、丁寧に応えていくスタイルをとっています。そのひとつで、ビデオで家族の対応を学びました。精神障害の場合、認知のゆがみがありますが、それでも家族がどこまでも受け止めることを前提に踏み込んで作ったものでした。また、統合失調症の慢性症状を特徴的な症状、他の精神疾患の特徴となる症状、病名に結びつかない症状、精神症状とは言えない言動と分けて説明して頂き参考になりました。普段、接する利用者の様々な症状を的確に見抜き、対処する規範になりそうです。 1月の行事 <1月15日>精神病院を考える連続講座 <1月20日>精神保健連絡会フォーラム 新年度に利用者の一言 ・料理のレパートリーを増やしたい。区内の有名な店に行く。 (○六) ・都営を当てて結婚し自立する。少しずつ働く準備もしていく。 (○田) ・この調子で、固く確実に前進していきたい。 ・健康管理に注意して元気に生活する。 (○川) ・パニックにならないようにコントロールし、就労に向けて頑張ってみる。 (○井) 2010.12.7 日本病院・地域精神医学会に参加して 11月5日(金)・6日(土)の2日間にわたり、第53回日本病院・地域精神医学会総会が開かれました。今回は、東京開催で、事務局は成増厚生病院でした。 12月の行事 <12月11日>NPO法人アドボケイト会理事会 世話人体制について 11月より、新しく非常勤世話人として秋月さんに勤務して頂けるようになりました。体制は、次にようになります。
はじめまして―新しい非常勤です 秋月美紀 私は今まで認知症の方々と向き合う仕事をしてまいりました。
ピアホーム利用者Nさんが、預金の底がつき、生活保護を決意しました。これまで年金(2級)を主体に工賃を合わせ7万円少々でやりくりしてきたようです。1日の食費は、通常1500円という数字目標を立てています。 ・無差別平等の原則(第2条) ・補足性の原則(第4条) ・申請保護の原則(第7条) ・世帯単位の原則(生活保護法第10条) 例外として、世帯分離という制度があります。Nさんは、GHで世帯分離し生活を送っている実態があることが考慮される―と考えてみましたが、これも、極めて例外的な処理方法として位置付けられていました。 11月の行事 <11月5・6日>病地学会 ピアホームIで独り暮らしを始めて― ○田○義 僕は、44歳になって初めて父母から離れて暮らしを始めました。僕は4歳の時に父母から引き離されて4ヶ月間辛い入院生活をした体験から、父母から離れて生活しているとどうしようもなく辛くなって来ます。今、7カ月半を過ごしてみて、不安や孤独や焦りや怒りや、父母が沢山愛をくれたことへの感謝の気持ちなど、色々な思いが込み上げて来ます。“今が踏ん張りどころだね。”と僕の彼女も世話人さんも言ってくれます。4歳から44歳までの40年間、僕は父母を辛い入院をさせたことへの怒りから恨んできました。でも父母は僕を嫌うどころか守って大事にしてくれていました。その父母の愛情を離れてみて実感出来るようになって来ました。僕は守られて来たのに恨んでいたのは我儘だったと気付きました。この後ピアホームに1・2年住んで心の成長が出来るようになりたいです。 マイペースで頑張ります。 2010.10.10 今日、(精神)障害者の就労の取り組みは、多岐にわたります。そこで、法律と見比べながら整理が出来ないものかと、少し調べてみました。不十分な捉え方もあると思いますので、より正確な知識を寄せてください。 就職斡旋機関(職業安定法) ハローワーク(公共職業安定所) <制度> ・障害者雇用率制度(障害者雇用促進法) 就労相談(障害者雇用促進法) 1 障害者就業・生活支援センター 職業訓練機関 1 障害者雇用促進法 2 職業能力開発促進法 3 雇用保険法が絡む 4 障害者自立支援法 5 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 <10月4日>都に施設設立補助金相談 <10月5日>消防訓練 <10月25日>ピホームUミーテイング <10月28日>ピアホームT食事会 多摩総合精神保健福祉センター主催第11回ピアカウンセリング講座に参加して 9月6・7日、JHC板橋会の一人として、 2010.9.10 サービス管理責任者研修に参加して ―利用者の立場に立つとは― 先日のサービス管理責任者研修の演習で、我が班は、サービス管理責任者とは応援団長という意見にまとまり、私が発表する羽目になりました。何を応援するかといえば、利用者の夢である。―とニーズという言葉を敢えて避け、専門家ぶらず、利用者と同じ目線を意識する表現となりました。 9月の行事 <9月18日>家コープフェスティバル <9月27日>ピアホームUミーティング <9月30日>日帰り旅行 2010.8.10 ―サービス管理責任者研修をうけてー 今回の研修の場で強調されたことの一つは、サービス管理責任者と、相談支援専門員とが連携すること、そして地域自立支援協議会へと繋げていくことでした。 <8月7日>板橋区花火大会見物 <8月11〜16日>夏休み <8月20日>都研修 <8月26日>ピアホームT食事会 <皆で遊ぶ川柳> 一歩後退 2010.7.8 新しい仲間 7月、ピアホームTに2人の新しい仲間が加わりました。これで、グループホームピアホームは、全ての部屋が埋まったことになります。2人とも、今月は、いわば慣らし運転で、ミーティングも徐々に参加を増やしていきます。
7月の行事 <7月14日>○山さんカンファ(病院で) <7月15〜16日>サービス管理責任者研修 <7月24日>外部交流(牧野さん招請) <7月27日>○井さんカンファ(リトル) <7月29日>ピアホームT食事ツアー <皆で遊ぶ川柳>
だれでも入院 いつでも入院 2010.6.10 精神病院を考えるシリーズ
講演・勉強会の報告
6月5日、クラブハウス町田において、今後の日本の精神保健の現状を打破しようと2回目の講演・勉強会が設けられました。今回は実行委員会(東谷(福祉ショップわくわく稲城)、加藤(パレッタ横須賀)が加わる)が結成され、前回の講師大熊一夫氏に、新たに伊藤哲寛氏(精神科医)を迎え、討論を深めました。
6月の行事 <6月5日>精神病院を考えるシリーズ 2010.5.10 ピアホーム1年 ピアホーム開設1年となりました。前回、振り返ったように、様々な経験をした1年でした。5月からは、非常勤世話人の交替もあり、新しいサポート体制を組んで実施していきたいと考えています。 ピアホームT 利用者の皆さんの成長に合わせ、全体ミーティングと個別対応のバランスを考慮していきます。 月曜日:個別対応 ピアホームU 当面は、これまでに準じて訪問し、対応します。訪問日程は勤務日に合わせ、以下のように少し変わります。
<5月10日>○六さん面談 2010.4.8
新年度を迎えて
昨年5月開所したピアホームも、後1カ月で1年となります。他の仕事ではとても味わえないような貴重な体験―本当の意味で人生経験をしたようです。
退院し、当ホームに入居し、病院のデイケアに通っていました。1カ月ぐらい経過したところで病状が急変し、病院・GHともその兆候を把握しきれず、トラブルを起こしました。その後、近隣との関係を配慮して退去となってしまいました。長期入院から地域へ移る場合、段階的なトレーニングや木目細かなサポート、急変への対応などの問題が浮き彫りになりました。 長期入院に至っています。日本の精神病院の実態も垣間見ることができました。本人の病気の状態と生活力を見極め、どのようなサポートが適しているのか、今後、本人と模索していく必要があります。
4月の行事 <4月22日>食事会 2010.3.4 講演会に参加して 1月28日、クラブハウス町田において、「精神保健の展望を語る」と題して、講演会が開催されました。演題は、 日本における生活支援の現状と課題 講師 谷中輝雄氏 やどかりの里創設、日本の精神保健先駆者 イタリアの精神保健から日本を語る 講師 大熊一夫氏 元朝日新聞記者、著書「ルポ・精神病棟」「精神病院を捨てたイタリア捨てない日本」他 講演の後、両講師による対談、両講師と会場参加者との討論・対談となりました。 討論は、日本の現状、とりわけ、医師を頂点とした精神医学会の大きな壁を打ち砕く困難性が語られ、やや諦めの境地といったところもありました。 障害者自立支援法に変わる障害者総合福祉法(?)の制定に向けた障がい者制度改革推進会議も設置され、法案作りには障害者自らが加わり検討していくということから、世界の現状を大いに参考としつつ、私たち自身も参加していきたいとの感想を持ちました。 この紙面では、イタリアの先進的な取り組みについて簡単にご紹介していきたいと思います。 イタリアでは、1978年、バザーリア法が施行され、社会から、精神科病棟をなくしていくことが目指され、まず、バザーリアが院長をしていたトリエステの病院を解体しました。そして、長い苦闘の末、2000年、イタリアでは、精神科病棟が基本的になくなったと宣言されました。 アメリカにおいても、ケネディの政策で、早くから、同様な試みがされましたが、受け皿の検討がなされなかったことから、多くのホームレスを生み、とん挫していました。 この経験も生かし、イタリアでは、もうひとつ、90年代の初頭に医療システム全体の改革がありました。 地域医療のすべてを管理する『地域保健サービス公社』(ASL)が州政府の下に人口10万から50万人に区割りされた地域に一つ設けられました。その公社の下の精神保健局の采配で、精神病の人々を支えるための医療・福祉資源のネットワークが築かれていきました。諸々の精神保健サービスの司令塔は3万〜5万人の区域に設けられた精神保健センターが担います。 精神保健センターの役割は多岐にわたり、◆精神医学的・心理学的訪問◆個人・カップル・グループ・家族への精神療法◆家族支援◆精神科的危機状況への介入◆医師など専門家への相談◆118番通報との協力◆証明書の発行◆薬剤療法◆社会サービスの斡旋◆諸々のサービス網の斡旋◆デイセンターなどへのリハビリの斡旋◆コムニタ(治療共同体)の運営、支援、入所照会◆カーザ・ディ・クーラ(私立精神科看護ホーム)への紹介と管理◆家族会への誘い◆ボランティアの育成などです。 日曜を除く週6日、朝8時から夜8時まで開かれています。センターと連携し、精神科救急(精神科診断治療サービス)ベッドが設けられています。これは、「総合病院に15ベッド以内の規模で設けるべし」と定められ、精神科を他科と同列に扱い、長期入院は避ける方針が貫徹されています。国や州が責任をもって、精神保健福祉事業を行い、精障害者は、生活協同組合に入り、当事者活動を通して仕事を得ています。住居は、グループホームが中心となっているようです。 詳しい事情は、大熊氏の「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」をご一読ください。まさしく目からうろこです。 <3月13日>アドボケイト会理事会 <3月25日>食事会 2010.1.7 新年を迎えて 今年は、いよいよ障害者自立支援法の見直しが始まりそうです。 新聞報道によると、法案の検討を障害者(団体)にお願いするという画期的な方法論をとるようです。これは、逆に当事者が大きな責任を負うことになりますから、心してかからなければならないと思います。 ネットで調べたところ、日本障害者協議会の案が良くまとまっているように思います。大きな争点は、支援費制度の経験を踏まえ、障害程度区分をどのような仕組みで行うかというところになると思います。 精神障害の分野では、これまでの試みを踏まえ、就労・退院促進といった今日的課題に、対応可能な事業類型をもう少し豊かにしていく必要性も感じています。 私たちの意見をどのように反映させていけるのか、私たち自身この過程に参加していきたいものです。 <1月5日>仕事始め <1月8日>GH入居希望者見学 <1月21日>食事会 2009.12.10 12月8日、東京都退院促進コーディネーター事業、第3回地域ケア会議が開催されました。今回は、板橋区障害福祉課も出席し、また、協力病院として江戸川区の村上病院の参加が報告されました。
<12月12日>アドボケイト会理事会 <12月24日>クリスマス会 2009.11.19 11月1日、ピアホーム顧問医・白石先生主催の“家族と専門家の交流会”に参加してきました。先生との出会いは、この会であり、かれこれ10年近いお付き合いになります。 11月の行事 <11月12日>食事会 <11月19日>ピアホーム1防災訓練 <11月28日>木谷さん歓迎会 善いことをすれば幸せに、悪いことをすれば不幸になる。自分の行いが、幸不幸の運命をつくる。 2009.10.29 10月13日、JHC板橋会の地域活動支援センター・スペースピア主催で、第2回、地域生活ケア会議が開催され、ピアホームも要請を受け参加して来ました。
<10月29日> GH担当者会議 2009.10.7 9月18、19日と日本病院・地域精神医学会に行ってきました。アドボケイト会を運営する中で知り合い、お世話になっている先生方が座長をやっているため、挨拶を兼ね、セクションをひと回りしたところ、ほぼ時間を使い果たしてしましました。 10月の行事 <10月1日(木)> ぶどう狩ツアー <10月10日> はすね会勉強会 <10月29日> GH担当者会議 2009.8.6 人間は社会的動物です。皆、関わり合いながら生きています。そして、特に社会(他人)に認められたいという欲求を持っています。孤独はきつい。孤立は耐えられない。関わりは煩わしくもあり、また、ないとさびしいという動物です。社会復帰へ向け、多くの皆さんがこの葛藤を抱いていること思います。社会復帰をためらっているように見える人も、本心は違うと信じます。 今日のひとこと(宮田法話) さいわいは心よりいでて我をかざる。 病院・地域精神医学学会に加盟しました。 今回は、第50回総会(京都)とのことで、これまでの学会の歴史を振り返り、また、現在、病院・地域が抱えるテーマについて論じられています。先日、ピアホームが経験した事件も、まさしく、この文脈で読むと良く理解が進みました。リトルハウスを立ち上げる中で支えていただいた多くの専門家の人達がこの学会で中心を担っています。これまで、自覚がなかったのですが、大変な財産をいただいていると思います。今後いっそう良いネットワークを築いていきましょう。 私の日中活動 ―飯沼病院のデイケア― ○柳○子さん 私が通う飯沼病院では、月〜金の週5日間デイケアを行っています。 (続く)
2009.6.4 2009.5.26 2009.5.11 5月の連休も明け、いよいよ本格的にグループホーム生活の開始です。初日は、皆さん寝不足になっているようです。少しづつ慣れてくださいね。 |