ぶつらーのつぶやき


24:三十年ぶりの明日香の記憶。

明日香にはもう30年訪れていない。
まだ若いころ 結婚前にこの地を訪れたときに
家内とこれまでに至っても考えられないくらいの大喧嘩をした。
もちろんその原因は些細なことで
大喧嘩の原因が些細なことでなくちゃんとした原因があったなら
当然、結婚なんかしていなかっただろう。
でも、その喧嘩のイメージが二人とも余りに強かったせいで
それから明日香に行く気がまるでおこらなかった。
明日香=大喧嘩=イメージ悪し!
となってしまっていたのだ。
人間というのは悪い記憶をドンドン消去していくようで
今となっては明日香村の記憶さえない。
もう30年もたったのだから飛鳥寺の記憶もまるでないので
どうだろう、行ってみないか?と尋ねたところ まあそろそろいいか との返事
これくらいで勘弁してやろう的な返答だ。
喧嘩というのは自分が悪かったとしてもそんな記憶は消え去っているのだから
どうも高いところからのコメントに聞こえる。
でも、ここはぐっとこらえておこう。
飛鳥寺に行きたいには僕のほうなんだから。

昔は大阪からだったら阪奈道(当時高速はない)で生駒を越えて後は一般道
もしくは西名阪の郡山あたりから南下していくしかなかった。
だからど田舎の明日香村に行くには一苦労だったし時間もかかった。
でも今は南阪奈自動車道に乗ればあっという間に明日香村に到着。
わが家から50分で着いてしまった。
便利な世の中だ。



さて飛鳥寺は日本最古の寺として知られている。
そして日本最古の仏像 飛鳥大仏(釈迦如来坐像)がご本尊である。
609年の作であるからそれからの長い時間の中で火災などを受け
修復を多く受けているから国宝ではなく重要文化財だが
残された姿からも飛鳥時代の金銅仏らしい雰囲気を現している。
お寺の方の説明が終わったところで参拝者から
「写真撮ってもいいですか?」
なんちゅう質問すんねん、あかんに決まっているやろ と思っていたら
「あ、いいですよ」
じゃ、僕も撮らせてもらおうとはじめてお寺のご本尊に向けてシャッターを押した。



飛鳥寺を後にして岡寺に向かうが車を置いて歩く途中で雨が降り出し
どんどん強くなってくる。
やはり明日香は相性が悪いか?
岡寺はあきらめて車に乗り込むと雨が上がって日差しまで戻った。
では橘寺に向かおう。



橘寺は聖徳太子が生まれたところと伝えられている。
正門には芙蓉の花が美しい。
雨の後に夏の日差しが戻ったものだから湿度が高くまるでサウナ風呂状態。
まずは本堂聖徳太子像を拝するが遠くてよく見えない。
次に観音堂に如意輪観音像を拝見する。
橘寺の如意輪観音は観心寺の如意輪観音のように色っぽくはないが
しっかりとしたタッチの造りで美しい仏像である。

明日香は石の造形物が多く出土されていることでも知られている。
ここ橘寺にも左右に善悪の顔を持つ二面石
日、月、星の光が輝いたとされる三光石などがあり
この後行った飛鳥資料館で見た噴水石や石人像と
確かにそれら石には不思議な存在感を感じさせられる。



30年ぶりの明日香。
今回大喧嘩をしなかったことはもちろんである。

(2009年8月11日)


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