甕造りからはじめる古酒造り ホームへホームへ

泡盛が好きだ。
あらゆるアルコール飲料の中で泡盛が一番好きである。
その好きが高じて「泡盛 大好き」というページを作っている。
ここでは買い求めてきた泡盛をテイスティングしてその感想を書き綴る内容だが
基本的には新酒ばかりを飲み試している。
泡盛は南蛮甕に入れて何年も熟成すると古酒と呼ばれそのまろやかで味わい深い旨みは
シマサケ好きを魅了する。

古酒の方が旨ければ古酒を飲めばよいのではないかと言われそうだが
よい古酒は手に入れにくく価格も高い。
泡盛!大好きのページでは新酒でないと比較出来難いからとか言い訳しているが
本当はお金がないから飲めないのである。
それでもたまにはよい泡盛の古酒を楽しむことがある。
舌、唇、鼻腔、喉 泡盛が通るすべてのからだの器官を総動員して時間が育んだ味を楽しむ。
至福の一時である。

泡盛好きが益々高じてくると今度は自分で古酒を作り出そうとする。
沖縄から南蛮甕を購入して高いアルコール度数の古酒つくり用の泡盛をいれ
毎年、仕継ぎをして育てる。(泡盛と古酒の造り方はいろいろ解説しているHPがあります。検索して調べてください)
これもナカナカ楽しそうだが、私は陶芸を趣味としている。
ならば、自分で甕から作ってみよう!

「古酒を自分で作るために・・・プロジェクト」の始まりである。


2004年6月12日成形
2004年6月19日成形
2004年6月26日成形
2004年7月 3日成形
2004年7月24日成形
2004年8月28日窯入れ
2004年9月11日窯だし

2004年10月30日仕込み
2005年10月29日はじめての仕継ぎ 
2006年11月5日 二度目の仕継ぎ
2007年11月4日 古酒誕生 
2008年11月12日 4年古酒 
2009年12月23日 5年古酒 
2010年12月6日  6年古酒 
2011年10月31日 7年古酒
2012年11月12日 8年古酒
2013年12月4日 9年古酒 

2004年6月12日(土)


6月12日土曜日は里山陶芸工房に出かける日である。
いつものように朝9時に自宅を出て最近走る凶器とよばれているスリーダイアモンドのエンブレムのついた
愛車で泉北ニュータウンを抜けてハーベストの丘に向かう。
梅雨時から夏にかけては駐車場から里山陶芸工房までの道のりは楽しくない。
秋から春にかけての季節は風を感じたり、空気を楽しんだり
その道程も楽しいのだが、この季節はじめじめして暑い。
只でさえ結構長い駐車場からの距離がうらめしくなる。



スタッフの石井さんに以前からお願いしていた事は
沖縄の赤土に一番近い土(里山工房で)赤スイヒで作った作品を登り窯で焼いてみたいということである。
私のように初心者にはわからないことなのだが
1300度にも温度が上がる登り窯では赤スイヒのような土では焼成に自信が持てないそうだ。

ところが前回の登り窯で窯だしをお手伝いしていると
どうも赤スイヒで作ったような作品が窯から出てくる、ん!と思い石井さんを見ると
いたずらがばれたような顔で笑っている、どうやら実験的に焼いてみたらしい。
そしてその結果、GOサインを頂いた。

さて、それでは古酒を育む甕を作ってみよう。
この日早速赤スイヒの土を2kg購入して菊練りをはじめる。
菊練りとは土の中に入っている空気を押し出す為と作陶するにあたり適度な硬さに調整するために
土を練る、このとき練られた部分が菊の花のように美しくかたどられて行くところから名付けられた。
ところが初心者がするとなかなか菊にならない。もちろん私もまだまだだ。
手回しロクロの上に土を置いて紐作りで積み上げていく。
今回は泡盛を入れる甕であるから水漏れは厳禁であろう、
土をいつも以上に締める、締める。叩きなめし皮で押し込み土台となる底を作る。
そこから紐を作って積み上げていく。
ここでも内側にもう一重に紐をまわして念には念をいれておく。





2004年6月19日(土)


前回中田先生から土を締めるためにスクレイパーという道具を教えてもらった。
アルミの薄い板で出来ていて積み上げた部分を削るように締めて行くらしい。
東急ハンズで売っていると聞いたので早速ハンズで購入してみた。
この道具で土をつめば叩き、スクレイパーで削るといった作業をくりかえす。



いつもの私の雑さとはちょっと今回は違う、
作業を見る先生も困惑していることだろう。
なぜか、それは旨い古酒が飲みたい一心!さきぬまーの一念である。
作業工程が多いのと、赤スイヒは収縮率の高い土であるからカタチのイメージを
よく考えながら作業する為時間が掛かる。
この日も午前中費やしてやっとここまで。来週に続く。



2004年6月26日(土)


今年の梅雨はなかなかに梅雨らしい梅雨だ。
よく雨が降る、そして週末をねらって雨が降る。
駐車場からゆっくり歩いて10分ほどかけて里山陶芸工房に到着。

今回の登り窯は8月下旬に予定されている。
毎回余裕を持って作り出しているつもりなのだが、途中で方向転換してみたり
造り直してみたりするためにいつも時間がなくなってしまう。
いいかげん私も学習しなければいけないと思い(ウソである、先生の指示で)
6月から作り始めた。
予定では7月3日に作陶を終えてじっくり2ヶ月かけて乾燥させたいと考えている。
そうなると今日は結構真剣に進めなければいけない。
只でさえ通常より時間をかけて積み上げているのでゆんたく(おしゃべり)は抑え目に・・・

この日は本体部分の上部まで積み上げた。



ここからまっすぐに積み上げて口の部分をつくる。
何度も書いているが収縮率を考えて思ったより大きめ大きめでちょうどよい。



本体部分が完成した。次週は蓋を作る。



2004年7月3日(土)


今日の大阪は真夏の暑さだ。
多分沖縄よりも暑かったのではなかろうか。

南蛮甕を作っていると飲みに行っても店においてある甕が気になる。
(当然私の場合はそのような店ばかり行く習慣がある)
先日も西天満にある「モリハラ食堂」で店主に南蛮甕を見せてもらった。
現在古酒を作るための甕のほとんどは合成樹脂のキャップで蓋をする、
店主の甕も陶器の蓋も付いていたらしいが実際には合成樹脂のキャップで蓋をしている。

今日はその蓋作りが残っている、以前からこの蓋をどうするかが問題だ。
昔々、沖縄での古酒作りというか、泡盛の貯蔵方はこれしかなかったわけで
ガラス瓶なんぞ存在しないころは、デイゴの幹を切って輪切りのデイゴをクバの葉でくるんで
蓋ではなく栓にしていたらしい。

まさかそんなわけにはいかないが、蓋は出来あがりの収縮率がむつかしく
ぴったり合うなんてことは奇跡に近いため、蓋で密閉はあきらめた。
ほとんど飾りの蓋を作ってみた。




その蓋をかぶせてみると、
現時点では見事にぴったりなのだが本体は紐を積み上げて作陶しているのに対して
蓋はたたらで作っている、当然焼成時に縮む率が変わってくる、この場合蓋の方が小さくなるだろう。



なお
問い合わせの多かったサイズだが横にタバコでも置けば分かりやすいのだろうが
残念ながら私はタバコを吸わない・・・ようになってしまった。
何をかわりに置けばわかりやすいか考えた結果、メジャーで計ればいいことに気づいた。

高さが32cm、横が21cmである。
多分登り窯から出てきたときは高さが25cm程度になると
予想しているがどうだろう。


2004年7月24日(土)


昨日23日は日本中で私の暮らす堺が一番暑かったらしい。

そんなところに暮らしていると水害で苦しんでいる人がいることを忘れてしまう。
なにせ一滴も雨が降らないわけだから日本のどこかで
ひどい水害が起こっているとTVのニュースで見ても実感が沸かない。
昨日福井に住む友人に暑中見舞いを兼ねてメールを送ったところ
帰ってきた返事には集落全員が総出で土砂を防いだこと、地場の文化であり産業でもある
和紙の紙漉きが壊滅的なダメージを受けたことが綴られていた。
いかんいかん、鈍感になっている自分に反省だ。

それにしても大阪は暑い。
今日もハーベスト駐車場から里山陶芸工房までの道のりは灼熱である。
この施設は日陰が少ない、この暑さで子供が遊んだら危険であろう
つまりお客はきわめて少ない。
もう少し考えればいいのにと思いながら工房に着いた。
今日は甕の成形の仕上げである。
ほとんど全体は出来上がっているので底の削りと蓋の成形。
あと、デザイン的にシーサー印を作って貼り付けてみた。



どこかのブランドのマークみたいになってしまったがシーサー顔のつもりである。
蓋が乾燥過程でゆがみを見せていたのでスタッフの方のアドバイスを受けて
水に漬けて土を少し前の状態の戻し、締めなおした。
その蓋をかぶせた状態でこのままじっくり乾燥に入る。
約一ヶ月後の8月下旬に登り窯の窯入れが来るまでゆっくり乾燥をさせる。
今回は焼き締めをしっかりねらいたい為素焼きをかけずこのまま生焼き(直接登り窯で焼く)をする。
この先は自然と火の力を借りる。



2004年8月28日(土)


まるまる1カ月間乾燥させた甕は
登り窯に窯詰めされた。



この登り窯のいちばん手前に見える口が
第一室である。




この第一室をのぞいたところ



第一室左上方手前に鎮座している
我が作品の甕。
8月31日(火)に火入れ、1300度まで温度を上げ
9月3日(金)まで焼かれ、その後ゆっくりと温度を下げる。
9月11日(土)に窯だし予定だ。


2004年9月11日(土)


天気予報はよく外れる。
しばらく前からこの日の天気は雨だったのに直前で晴れに変更
と思ったら当日はピーカンの晴れから雨まで
バラエティあふれる天気となった。
結局天気予報は何一つ当たらなかったというか当たったというか
「晴れ時々曇って雨」だった。
登り窯の窯だしでは窯の周りに作品を引き出すために
あまり雨はありがたくない。
それでも最初から雨よりはましか。




昨日は寒いくらいの気温だったが今日は暑かった。
窯のなかはまだサウナ風呂くらいの暑さで
中に入ったスタッフは大変だ。




いつものように うどから窯だしがはじまる。
今回は私の作品はここには入っていない、
このあたりはひたすらお手伝いに徹する。
この室の作品が全て出てからしばらく休憩があり
いよいよ第一室の入り口に積まれたレンガが外された。




いちばん奥の上段に甕が見える。うまく行ったように見える。
が手にとって見るまではわからない。
他の作品を引き出すのを手伝いながらも早く出てこないかなと
思っていた。
第一室の手前が出終わってから次が上段
バケツリレーの要領で甕が手に渡される
赤スイヒの土で1300度の熱に耐えた甕は上手く焼きあがったようである。
ほっとする瞬間だ。
陶芸のいちばん緊張する時はいちばんに楽しいときでもある。



さて、これがオブジェならこれでメデタシメデタシなのだが
この甕にはまだこれから役目がある。
そう!古酒を育まなければいけないのだ。
本日は水を張って置き漏れないかチェックすることにした。
まだしばらくは里山陶芸工房に置かせてもらい
そのまま10月中旬の作品展に出品、その後本来の役割に就くことになる。
レポートは、まだまだ続く。



2004年10月30日(土) 仕込み「泡盛!ドボドボ」



先日、作品展から我が甕が帰ってきた。
やはり2升は入りそうだ(ちょっと後悔)で、
とりあえずの次の問題点は蓋をどうするか?
コルクを嵌めようと思い今日東急ハンズに行ってみた。
係のおじさんに相談してみると
大きなサイズの圧縮したコルクはもろいので無理でしょうとの事。
で、10cm(直径)の発泡スチロールを買ってきた。
73円也!
嵌めてみると なんと!ぴったり!

このまま蓋を持ち上げると甕も持ち上がるくらいだ。


さて、次の課題は中に入れる泡盛の銘柄をどうするかである。
この日のために私は「泡盛!大好き」の内容のように
多くの泡盛新酒を飲み比べてきたのである(ウソです)
甕の中で熟成される泡盛であるならば
軽度濾過もしくは濾過していないこっくり、ざっくり系の泡盛が適していると
判断。先ずは「於茂登」の新酒を考えてみた。
ところが、古酒を作るために甕にいれるのであれば
長期の保存でアルコール度数が落ちることを考えて43度程度の
泡盛を注ぐ。残念ながら「於茂登」の43度新酒はなかなか入手し難い。
次の候補は「与那国」だ。
この泡盛は43度どころか花酒と呼ばれる60度の新酒まで手に入る。

悩むところだ。


泡盛の銘柄選びは置いといて・・・
甕の手入れに取り掛かる。
右の写真は料理を始めたわけではない。
重湯を作っているところだ。
私の甕は漏る事はないのだが、一応万一を考えて
(常に万が一を考えるのがプロの発想である)
万全を期することにした。
土鍋であれば鍋でかゆを炊けばよいし、
小物の陶器であれば湯で煮てもよい。
今回は甕の入る鍋などないし、直火に耐えるわけがない。
と言うことで重湯を作って甕に注ぎ、自然に冷めるのを待つ。
その後しっかりと洗って(荒焼きでも自然釉がかかっており高温で
化学変化を起こしている可能性がある。)乾燥させて仕込みを待つ。



中に注ぐ泡盛は結局、近所のディスカウント酒屋で見つけた
新里酒造の古酒造り用泡盛「古酒の源」44度新酒にした。
「琉球」でおなじみの泡盛メーカーである。

価格もお求め安く、今後の仕継ぎでも入手し易さを考慮した。

実は2升入りだと思っていた甕だが手入れをするときに
計ってみると2升半入る事が判明。
えっ!3本要るのかよ!
で、ちょっとでも安い酒にしたのが真相かも?


もちろん、まずいサケでは困る。
味見してみると




こんな感じだった。これなら古酒造りに向いているだろう。

甕にドボドボと新酒を注ぎこむ!
どんどん注ぎ込む!なんかいい気持ちだ。
旨い古酒になってくれよ!と祈りながら
2本半注ぐとだいたい8割がたいっぱいになった。


残った泡盛は来年に仕継ぎ用において置く・・・
つもりだったが来年の仕継ぎは新酒でよい訳だから
きっと飲んでしまうのだろう。
ハンズで買った発砲スチロールはアルミホイルで包み、
その上からポリエチレンラップで包む。
それを繰り返し2重にしてぎゅっと差し込む。
念のため、上からフィルムをかぶせてゴムでしっかり止めておく。

このままではかっこが悪いので
上から沖縄風の布をかけてちょっといい感じ。
漏れる事はないのだが
しばらくは心配なので玄関横に置いてみた。
ここなら、毎日通るから・・・

ちょっと心配だなー。

2005年10月29日(土) はじめての仕継ぎ
あれから一年・・・はじめての仕継ぎをする。
古酒を育てる為には必要な作業だ。

一年間、玄関横に鎮座ましましていた甕を
リビングに持ってくる。
なんだか一年前より軽く感じる・・・

不安だ。
厳重にかけたフィルムを取り去り
蓋を取ろうとする。
しっかりと押し込んでいる為
なかなか取れない。
この時点で室内には泡盛の香りが拡散する。
よおやく蓋を開けると透明な液体が見える、一年ぶりのご対面!
だが、透明にために量がよくわからない。
果たしてどれくらい減っているのだ!

100g単位で計れる体重計でもあれば適時計測するのが
一番いい方法だろうが、私は余り体重計に乗らない主義である。
毎日を楽しく過ごす為の生活の知恵と言えよう。
体重を知って一喜一憂するくらいなら知らずに飲み食いする方がいい。
だからそんな細かい体重計は持っていない。

さて、減った量を調べる為に ない頭で考えた。
先ず試飲用に200ccを取る。
それから記憶をたどり昨年入れたであろうところまで
計量カップに移しながら泡盛を注ぐ。
試飲用に取り置いた200ccは甕を作成したときに
同じ土同じ窯で焼いたとっくりに入れる。

さて先ず、新しい泡盛を200cc入れてから
記憶をたどりながら計量カップを経由して新酒を注ぐ。
結果・・・400cc注いだ。

一年間で2升半
つまり4500ccから400ccが減ったことになる。約9パーセントの減少だ。
まず想定内と言えるだろう。
甕の優秀さを証明した・・・かも・・・。
味は一年の寝かせではまだまだ評価出来ないが
香りが少し弱く、かつ度数も弱まっている感じがする。
それをまろやかと評価すればいいのだろうか?
泡盛の仕継ぎと言うシステムは
密閉度の低い(瓶詰めに比べて)甕仕込みである以上
度数を引き上げる為に必須なのであろう。
ならば改正された古酒表記のルールは無理がある気がする。
古酒には新酒を注ぐことが必要なのかもしれない。
自分で古酒を育てると色々考える。
これがまたおもしろい。

来年の仕継ぎを楽しみに。再び甕にしっかりと栓をして定位置に移動した。
2006年11月5日 二度目の仕継ぎ

11月5日・日曜日はこれをすると以前から決めていた。
二度目の仕継ぎだ。
玄関に鎮座ましましている 自作の甕をしずしずとリビングに運んでくる。
昨年はここでいきなり仕継ぎの儀式に入ったのだが
今年は違う。
その前に体重測定がある。
100g単位で計れる体重計を買ったのは決して自分の健康管理の為ではない。
一年経った甕の重さを量る為である。



はい7.2kg
実は微妙に7.1と7.2が一瞬点滅したのだが
7.2で止まった、だとするとほとんど減っていないことになる。
ただ100g単位だと7290gも7200gも7.2kgなのだから
微妙なところだ。まあいい
では一年ぶりに蓋を開けることにしよう。



写真では甕の中がわからないが透明な液体がいっぱいに充たされている。
おひさしぶり!
まず、200ccをくみ出す。
なにせ4500cc入りの甕なもんで あまり多くくみ出すと来年古酒と言えなくなる。
それから味見に猪口一杯。
さて目分量で減った分を加えるわけだが
先ずはくみ出した200ccそれから150ccほど足すと
ほぼ記憶にあるラインまで届いた。
昨年は400cc減ったわけで それが今年150ccだとすると
相当減少量が減っている。
なるほど。
考えるにそれは一年目は甕の生地に有る程度しみこんで行ったのではあるまいか。
それが二年目では沁み混み量がいらない分減少しなかった。
とも考えられる。

困ったことに古酒の源が終売りとなってしまった。
古酒作りを奨励するような泡盛を作っておきながら
終売とは酒造元はいったい何を考えているのだろう。
対策は一年間で考えることにして
とりあえず手元にある分を 甕のギリギリまで入れてやることにする。
体重は7.4kg
来年の重さが楽しみだ。

くみ出した200ccは甕と同時に焼き上げた徳利に入れる。
そのまま第一回泡盛コンクールinアブジ邸 に持って行きたい。
そのために焼きあげたような容器である。
3年目の泡盛の味は そのときにあらためて味わう事になる。


2007年11月4日 古酒誕生

また一年が過ぎた
秋が深まれば仕継ぎの季節がやってくる。
そして今年の仕継ぎは例年とは異なり記念すべき年である。
そう沖縄泡盛の世界では まる3年を経た泡盛ははじめて「古酒」と呼べるのだ。
この「甕作りからはじまる古酒作り」も3年半前の構想から
ようやく「古酒」誕生となる。

しかし昨年の仕継ぎの後、この「古酒」作りには想像外の障害が発生した。
それは新里酒造の「古酒の源」終売だ。
古酒作り用の泡盛として発売しておきながら なんといい加減な商売!
無責任にも程がある!と怒っていたところ
「古酒作り用新酒44度の琉球」を発売。
値段はぐんとアップした。
つまり値上げのための「古酒の源」終売だったのかと勘ぐられても仕方ないとろこだが
この酒造所はずっとこうして値上げしながら「古酒用」の新酒を発売することだろうから
ある意味安心かもしれない。



ラベルを見ると壜への封入時は昨年2006年の10月となっている。
厳密な意味での仕継ぎでは一年ずれるところだが
ここは大目に見ていただきたい。

さて先ずは体重測定。
一年に一度の健康診断のようなものだ。
100g単位が計れるデジタル体重計に載せると7.3kg
昨年仕継ぎ終了後が7.4kgだったのだから
100g減ったと思うのは大間違い
7、49kgから7.30kgに減っている可能性もあるので
最大190gの可能性もあるわけだ。

さて今年も厳かに 甕の蓋を開ける
澄んだ液体が甕の中に満たされている
芳しい泡盛の香りが部屋中に拡散する
慎重に作業をはじめる。



250ccを取り出し2合壜に入れて目分量だが
記憶にある当初のラインまで新酒を注ぐと400ccだった。
つまり昨年に引き続き今年も150cc減っているということだ。
どうやらこの甕は安定して一年に150ccずつ減っていくらしい。
天使の分け前・・・いや泡盛だからキジムナーの分け前か。
元の位置に戻す前に体重測定、重さはきっちり7.4kgだった。

さて、「甕作りからはじまる古酒作り」で作った古酒の味は如何なものだろうか。

2008年11月12日(水) 4年古酒

11月の声を聞いたら
やらなければいけないことがある
古酒の仕継ぎだ。

もうまる4年を経て
立派に古酒になったわけだが

今年の一月のこと
ラジオ沖縄の「泡盛天使が行く」が取材にわが家にいらっしゃったとき
昨年くみ出した自家製古酒を味わってもらったのだが
すこしアルコール度数が下がってきていると
パーソナリティの下地さんに指摘されたのが気になっていた。
もちろん甕での貯蔵であるからアルコール度数が下がるのは当然で
それを防ぐための仕継ぎなのだが。
想定以上に度数が下がってもらっては困る。

下地さんは「どなん」の60度を足せばいいとおっしゃるが
それでは元々の味が変わってしまう。

さて、あれから一年
甕の泡盛はどうなっているのだろう?
そんな心配を抱えながら古酒の仕継ぎの作業に入る。
これまでは毎年昼間に仕継ぎをしていたのだが
休日はいろいろ忙しくって(忘れていただけだが・・・)
昨夜遅くなってからの作業となった。

先ずは体重測定
7.3kgは例年通りである。

しずしずと栓を開ける。
先ずは目視確認
透明な液体がナミナミと詰っている。
減った量はどうやら例年通りのようだ。
これまでは元の酒を薄めてはいけない思いがどこかにあって
くみ出す量を抑えめにして、そのぶん継ぎ足す量も抑えていたのだが
そのせいでアルコール度数が下がっては困る。
今回は大胆に550ccをくみ出し700ccを継ぐ。

くみ出した酒は自作の「お預け徳利」に入れる。


4年古酒

もう夜も遅い
じゃ、このまま味わおう。

口に含むと甘い香りがふわ〜と鼻腔に抜ける
そしてすっきりした爽やかな味わいが舌に残る。
アルコール度数が下がっているのではなく
古酒独特のすっきりとした飲み口が飲みやすくてそう感じたのかもしれない。

それが証拠に
いつもと同じ量を飲んだはずが・・・
今日はきっちり二日酔いだ。

自らの体を使ってアルコール度数を測定するとは
たいした酒呑みである。

いずれにしても4年古酒はいい出来である。

2009年12月23日(祝・水) 5年古酒

例年であれば11月に仕次ぎを済ますところなのだが
今年はなかなか時間と余裕がなくて結局今日まで延び延びになってしまった。
仕次ぎをするならやはり休日に限る。
今日はお休みなので朝起きるなり「よし!仕次ぎをしよう!」

一年ぶりに甕を開ける。
もちろんその前に体重測定。
7.3kg
甕の健康診断みたいなもんだ。

古酒造りは本来
甕を沢山用意して
一年ごとに次ぎの甕、次ぎの甕に仕次いで行く。
そうすると毎年甕がひとつ増えるわけで
家庭で古酒造りするのにそんなことが出来るわけがない。
そこでひとつの甕に瓶から注ぐことになるわけだが
泡盛は瓶の中でも熟成する。
一説では甕の半分のスピードで熟成すると言われている。

つまり
甕の中の泡盛が5年古酒なら
5年寝かせた瓶の泡盛は2,5年古酒なわけだ。

今仕次ぎに使用している泡盛は2006年に瓶詰めされている。
だから3年古酒を注いでいるわけではなく
厳密に言えば1.5年ものなのだろうか?

ま、そんなに厳しくすることもないだろう
来年の仕次ぎ用に新しい泡盛も用意して
今年の古酒を500cc汲み出す。

5年古酒

さて、味わいはいかがか?
それはみなさんにティスティングしていただこう。


2010年12月6日(月) 6年古酒
今年もこの季節がやって来た。

玄関からシズシズと甕を持ってきて
先ずは体重測定。
デジタルの体重計はきっちり7.3kgを表示する。

うむうむ。と納得。
もう甕の優秀さをここでアピールする必要もないだろう。

今回は300ccをくみ出す。
そしてそれを愛用のスキットルに注ぐ。


もう30年愛用しているスキットル。
酒を携帯するにはフォルムといい素材感といい
優れもの。
その昔はバーボンやラムが詰められたこともあるのだが
近頃はもっぱら泡盛運搬用に使われている。

さて今年の古酒の味わいは・・・


お気に入りの読谷やちむん作家 山田和男氏の酒器に入れて味わっていただきましょう。
2011年 10月31日(月)7年古酒
2004年から始まった古酒造り7年経った
当然育てている泡盛も7年古酒なわけだ。
何の大きな変革もなく7年を過ごしてきたが今年は大きな変革の年である。

なぜなら

甕の蓋が変わった。




ビフォー



アフター

きっかけは甕から酒をくみ出すひしゃく。
竹製のひしゃくを持っていたのだがひび割れてしまい
使い物にならない。

ウェブで何かいいものは無いかと探していたところ
とあるホームページに出会い
よく見ると沖縄にある甕の蓋屋さんだった。

7年前にはこんなのなかった。

だからあの当時は苦労して東急ハンズで発泡スチロール買ってきて
自作の蓋を作ったのに・・・

早速蓋をネットで購入
ちょっとだけキツキツでしたがしっかり蓋出来ました。

2012年11月12日(月)8年古酒
ついに8年古酒になった我甕酒。
月日の経つのは早いものだ。

昨年新調した蓋の具合もいいようで
しっかりと密閉されている。
今年は400ccを汲出し、あらたに注ぐ。

ほとんど と言うか全く目減りはしていないようだ。

8年古酒を味わう。
まろやかさと古酒香がすばらしい。
そして舌の感覚ではあるが
アルコール度数もあまり下がっていないようである。

自作南蛮甕の優秀さを自画自賛。
これからもしっかり古酒を育てていきたい。

来年のシツギを楽しみに
今年も栓をしっかりとしたのであった。

2013年12月4日(水)9年古酒
毎年のことで
9年にもあると書くことがなくなってくる。
まるで儀式のように今年もシツギが終わった。
「シツギの儀」

甕は元気である証明に記念写真。



それにしても
一年ぶりに立ち上げたホームページビルダー。
アップデートする手順が思い出せず苦労する。
困ったもんだ。


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