恋
英士の視線が最近ひどく気になって仕方がない。気づくと見られている。 多分俺が気づいてない頃からずっと見ているのだろう。 ふと、目が合うことがよくあってひどく困るのだ。
ポーカーフェイスのうまい英士は、目が合ってもまったく動じないし、 慌てて逸らすなんて間抜けなこともしない。 にこりと優しい笑みを返されても俺は困ってしまう。 俺はどうすればいい? 今のとこひきつった笑いしか返せていない。
彼のあの視線にはどんな意味が隠されているのか。 知りたいような知りたくないような、その意味を考えようとすると、なぜか落ち着かなくなってくる。 だから極力考えないようにしているけど、 そうするとますます何が隠されているんだろうと気になってしまい、 俺までもが目で英士のことを追うようになっていた。
らちがあかないよ。意味はわからないし英士のことは頭から離れないし。 彼がそばにいようものなら気になって気になって全身で彼の様子を探ってしまい、 彼が近くにいる間はとにかく心も体も休まらない。 こんな状態が長く続いたなら間違いなく俺の胃にはでかい穴が開くであろう。 すでにもうしくしく痛むときがある。
体を壊してまでそいつのことが気になるなんてお前、恋してんだよ。間違いないよ。 相手もお前に恋してる。間違いねえよ。
クラスの奴らにそれとなく話したら、口を揃えて言われた。
恋?
まさか。そんな馬鹿なことあってたまるかよ。笑えねえよそんな話。
だって俺もあいつも男でしかも小学生の低学年からの長い付き合いなんだぜ。 あいつにそっちの趣味があるなんて話俺は聞いたことがない。 あいつに比べたら数は少ないけど、俺もあいつもこれまでお付き合いしてきた人間の性別は みんな女だった。 あいつが俺に恋してるなんてそんな馬鹿な話あるかよ。 俺があいつに恋してるなんてこともあるわけがない。
そりゃああいつは頼れる奴だから頼ってはきたよ?甘やかされてるなあって思う時もあるよ? でもあいつに恋愛感情なんて持った覚えはまったくもってない。 あいつだって俺に恋してるなんてそんな素振り一度だって見せたことがない。
……俺が、気付かなかっただけ、とか……?
まさか。そんなことあるわけがない。
……でも、彼が俺をよく見ているその理由はなんだ?
と、突然恋しちゃったとか?……はは、は……まさか、ね。
だけど恋じゃないとしたらなんで?
考えろ、考えろ。よぉく考えろ。
……わ、わかんねぇよっ……。マジでなんも思いつかねえよ。
恋、恋、恋なのか?マジでそうなのか?マジで俺に恋、してるのか? そ、そうなのか?本っ当にっ!そうなのか?やばいよ、そりゃやばいよ。マジでやばいって。 ヘンだって。おかしいって。普通じゃないって。道、踏み外してるって。 ていうか、俺、あいつにどうにかされちゃうわけ!? あ、あいつ、この先なんかアクション起こす気でいるのかな!?
ど、どうしよっ!
俺、俺、だ、誰かに相談しなきゃっ!なんか助言もらわなきゃ! と、とにかく落ち着け。ど、どうするか考えなきゃ……。 こんな時本当だったら英士に相談すんだけど今回ばかりはそうもいかねえからなぁ……。 ほかに誰がいたかな……うぅーん…えーと、えーと、んーっ!
――そうだっ!
もう一人、低学年の頃からの友達がいた。 そいつは英士のこともよく知っていて、なおかつ俺のこともよく知っている。 きっといい相談相手になってくれるはず。
あいつに会いに行こう!
思い立ったが吉日、俺は携帯を手に急いで家を飛び出した。
向かうは結人の住む家。若菜宅だ!
「結人、相談に乗ってくれ」
途中携帯で泣きついたように結人の家に到着して出迎えられるなり俺はもう一度泣きついた。
「……とりあえずなか、入ってくれ。玄関先で抱き付かれたままだと誤解される」
迷惑顔の結人に引っ張られて家の中に上がった。そのまま二階に上がって結人の部屋に通される。
促されるままベッドに浅く腰を掛ける。
「で、相談って?」 「うん……」 「なんだよ、相談あって来たんだろ、さっさと吐けよ」 「そ、そうなんだけどさ、い、いざとなるとどう切り出していいのか……」 「バーカ。さっきの勢いはどこへやったよ。ほれほれ、なんだよ、とっとと吐け吐け」 「あ、あのさ……その、あ、あいつ、ここんとこヘンじゃないか?」 「あいつ?」
イスを引っ張り出してきて、背もたれのある方を前にして跨いで座った結人の首が小さく傾いだ。
「英士、だよ……」
「英士が?」
「うん」
「ヘンってどんな風に?俺にはそんな風には見えないけど?」
「た、多分俺にだけヘンなんだと思う……」
「は?」
結人が思いっきり不審な顔を見せた。
「一馬、頼むよ、俺にもわかるように話してくれ。 今のままだとお前が煮詰まってることしかかわからない」
「え、英士がさ、その、最近俺のこと見るんだ。気付くと見られてたりするんだ。 けどなんか言いたそうな素振りはないんだ。ただ見てるだけっていうか、あいつ、その、……」
まさかずばり俺に恋してんのかななんて言えない。 恥ずかしいのもあるけど勘違いだったら笑われるだろうし、あとあとまでからかわれるに決まっている。 顔を合わす機会が多い結人なだけに、もし勘違いしてたらと思うとなかなか言い出しにくいものがある。
「減るもんじゃなし、好きに見させとけばいいじゃねえか」
「冗談!気になって気になって落ちつかねんだよ!」
「気にしなきゃいいじゃん」
「お前人事だと思っていい加減なこと言ってくれんなよ!」
「人事だもん。言えるさ」
……失敗した。こいつに相談しようなんてなにとち狂ったこと思いついたりなんかしたんだろ。 結人に相談して解決した問題なんて過去に一つでもあっただろうか。 茶化されてからかわれて引っ掻き回されて、それでいつも英士に助けてもらってきたじゃないか……。 くそっ。 その頼りになる英士が今は頼りに出来ないからこいつで手を打ったのに やっぱり頼みの綱にもなりゃしない。
「……帰る。邪魔したな」
「おい、こら、一馬、待てって」
立ち上がった俺に慌てて結人が引き止めに入る。 肩を掴まれて振り返った俺は、「お前に相談しようとした俺が間違ってる。お前が真剣になって聞いてく れるわけがなかった」はっきりと言ってやった。 それを聞いて一瞬結人の顔も険しくなったが、意地になって俺も不満な顔を崩さないでいると、
「悪かったよ、ちゃんと聞いてやるよ。だからほら、座れ」
らしくない神妙なその表情に、俺は従った。
「で、お前は英士のそんな態度にどう考えたんだ?」
背もたれをきしませて座った結人がいきなり核心をついてきた。 不覚にもびくっと肩が揺れてしまった。視線も定められずあっちへこっちへと泳いでしまう。 心臓だって高鳴ってきて、顔だって熱く感じて、今すぐにでもこの場から逃げ出したくなった。
けど本当に逃げ出したらそれは、それは、それはつまり、あれだ、て、敵に背を向けるっていうか、 じゃなくて、なんだ、あれ、あれだよ、こ、ここに来た意味がなくなっちまうじゃん! だ、だから頑張るっ!
「ど、どうって……どうって……あ、あれだよ」
「あれって?なんだよ?わかんねえよ。わかるように言えって最初に言っただろ、もう忘れたのか?」
「だからっ……こ、こ、ここっ、こ、……」
玉砕。意外と度胸なかったんだ……。俺、情けなさ過ぎ……姿隠す穴があったら飛び込んでるぜ……。
「かーずま」
びっくりした。しょげてうなだれた頭を、結人の手が撫でている。まるで子供をあやす手のように。
「……結、……」
「ん?」
顔を上げた俺に向けられたのはこれまたらしくない優しい笑顔。
なんなんだろ……?失礼に当たるかもしれないけどすげぇ不気味。 こんな結人今まで見たことがない。急にどうしたんだろ? まるで英士みたいだ……。
……て、なにここであいつのこと思い出すかな。これじゃなんか俺、 あいつなしじゃダメダメな人間みたいじゃんよ。 そりゃ確かに落ち込んでるとよくこうしてくれてたけど、だからってここで思い出すことはないよ……。 俺が今悩んでるのってあいつが原因なんだぜ? 文句でも言ってやろうという気分になるならともかく、ぽわんとなるなんておかしいって。 そ、そりゃ今まで散々頼ってきたから、その影響もあるんだろうけどさ、 だ、だからって優しいイコール英士はないよ……。 いくらあいつに甘やかされてきたからって、……甘えてきたからって、……くそっ……! 英士に言ってやんなきゃ。もう俺を甘やかすなって。 これじゃ俺、あいつなしじゃ生きていけなくなるっ……!
……違う……違うよ……そうじゃない……。 あいつだけが悪いんじゃない。 優しさに甘えて手を離さなかったのは俺だ。 俺にも問題ある……。
……英士のことは好きだ。でもそれは……恋愛感情からくるものではなく、違う形の、 わかりやすく言えば頼れる友人としてという意味でだ。
――でも、なんだろ……結人のことも好きだけど、 その好きと英士に対する好きとでは温度差があるような気がする。 学校の友人の中にも頼れる奴はいるけど甘えたりまではしない。 弱い部分やみっともない情けないトコが曝け出せるのは英士にだけ。 隠してもあいつはすぐ気付いちゃうし。 ……気付いてるんだ俺……。 英士だけに生まれる正体のわからない気持ちがこの身体の中には潜んでいること。 今まで目をつぶってきたけどほんとはとっくにちゃんと気付いてた。 わからないのはそいつの正体だ。いつの頃からか顔を出し始めたこの気持ち、 ……いったいなんなのだろう。
「そんなに思い詰めた顔すんなよ」
雑なんだけど、優しい仕種で髪を乱される。
「無理だよ……思い詰めてんだから」 「お前は今迷惑してんのか?」 「え?」 「お前今、自分の中だけで納得してただろ。相談に来たんじゃなかったのか? 俺に何か言って欲しくてここに来たんだろ?」 「そ……だけど……」
質問だらけの言葉。どれから答えていっていいのだろう。
「聞いてやるし、答えられることには答えてやる。ほら、お前が今抱えているもの全部吐き出せ。 抱えてたってお前の性格じゃ解決策なんて見つけられねえって。 俺様が力になってやるから。ほらほら」
乱暴に、でも嫌ではない手が相も変わらず髪を掻き乱している。 結人なりに気遣ってくれているのだろう。確かにこのままだんまりを決め込んでいても埒は明かない。
「……英士が、ヘンなんだ……」 「うん。それで?」 「よく俺のこと見てるんだ……」 「うん。で?」 「学校でクラスの奴に聞いたんだ……」 「一馬のことをみてばかりいる奴がいるって?」 「うん……そしたら……そいつは俺に……恋してるって…… 俺も気になって最近じゃ胃も痛いなんて言ったら、俺も恋してるって……」 「で、お前はそれに対してなんて答えたんだ?」 「そんなことあるわけないって……」 「否定したんだ」
頷いた。溜息が聞こえた。 ……どういう意味でついたのだろう? 呆れてるとか?
「で、否定したお前の相談って?」 「英士の気持ちがわからない……否定したけど、けどそしたら俺を見たりする意味がわからなくなった。 考えたんだけど思い当たるものがなかった……。そしたら……」 「否定出来なくなった」
言葉を飲み込んだ俺にかわって結人が答えてくれた。しょうがねえなぁ、いきなりそんな言葉が 降ってきた。
「……なに?」
問い掛けた俺に、溜息がつかれる。だから、それはどういう意味なんだって。
「なんなんだよ、さっきから溜息ばっかついて……呆れてんのかよ?言えって言ったのはお前じゃないか。 なのにそんな態度とられたら、俺、俺……」
どうしたらいいのかわからない、今の気持ちが心の中で爆発した。
自分が何を望み相手に何を望もうというのか、まったくもってわかってなんかいなかったけど、 今までの関係が根底から崩れ当たり前だったものを失ってしまうのかもしれないと、 不安で息苦しかった。 失いたくないんだ。英士も。結人も。 二人とも絶対手放したくないんだ。 二人の手だけはなくしたくないんだ。 どうしてここまで固執するのか。それは俺にもよくわからない。 でも、でも、……なくしたくないんだ……。
「お前、鈍いにもほどがある。けどようやく今回は気付いたな。偉い偉い」
は?
「すげえ間抜け面」
いきなり頭をはたかれた。それもげんこつでだ。痛かったぞ!
「なにすんだよ!」 「あんまり馬鹿ヅラなんでなんとかしてやろうと思ってさ。ははは、悪い悪い」
悪びれずにニヤつく結人を睨み付けると、結人の眉が少し上に上がり口元に胡散臭い笑みを浮かべ出した。 こいつがこういう顔をする時はろくなことを考えていない。 何を言い出す気だと身構えると、上体をずいっと前のほうに傾けて結人がその口を開いた。
「あいつ、ずっと好きだったんだぜ。確か小学の四年生くらいで自覚したとか言ってたな。 今高二だろ?かれこれ七年は経つのか。いやあ、一途だよな。俺には真似出来ない芸当だぜ」
い、いま、なんかさらりとすごいこと言わなかったか? ずっと好き、だったって言ったか?主語が抜けてたけど英士がってことだよな? で、相手は? ……や、やっぱここは俺ってことだよな?
「……ずまっ、一馬」 「えっ!ああっ、ああ……」
呼ばれてることに気付き思わず頷いた。動揺が隠せない。そりゃそうだ。 ある程度読んでいたとは言え確信してたわけじゃあない。いきなりずばり真実を突き付けられたんだ、 落ち着けって言う方が無理な話だ。
「お前、マジで今まであいつの気持ちに気付いてなかったのか?」 「き、気付いてなかったっ……だって、だって……」 「まあな、あいつのポーカーフェイスは芸術だからな。ある意味鉄火面って言ってもいいかもな。 何食わぬ顔してお前甘やかしてたし、怪しい素振りなんてまったく見せていなかったからな。 鈍ちんな一馬にわかるわけないよな」
ポーカーフェイスなのは認めるよ。常々俺も思ってたからさ。 あと面白くないけど甘やかされてたってことにも一応同意はしてやるよ。 けど鈍ちんとはなんだ。失礼な。 そりゃ勘の良すぎる英士と比べられたら鈍い方に入るかもしんないけどあいつが良過ぎるんだよ。 俺は人並みだっての。
「う、うるさい……」 「ま、最近はらしくなく露骨にお前のこと追ってたからなぁ。あれで気付かないって方がヘンだ。 もしお前が気付かなかったら俺、あいつにいい加減もう諦めろってはっきり言ってやろうと 思ってたんだ。だってどんなにお前のこと甘やかしても大切にしても英士に褒美は出ないし 好意寄せてても全然お前は気付かねえしさ、なんかかわいそーでさ。 けどま、これで進展するだろうから俺も一安心したよ」 「ちょっと待て!」 「なんだよ?」 「一安心ってなんだ!?進展するってのはどういう意味で言ってるんだ!?」 「お前が英士の気持ちに気付いたんだ、もう今まで通りってわけにはいかねえだろが。 あいつの方もそろそろお前に気付いて欲しくてああいう行動に出てたんだろうし。 で、お前はうまく気付いてくれたし。二人の関係は変わるだろ?」
思わず立ち上がって指をさして吠え立てた俺のその指をずいっと返して結人はさらりと答えてくれた。
「だから変わるってどんな風にだよ!?」 「知るかよ。あいつから告白があるかもしんねぇし、お前だってそしたら答えなきゃなんねぇだろ? あいつにとって吉と出るか凶と出るかはお前次第だけど、決着はつくんだ。 あいつにとっちゃ十分過ぎる進展じゃねえか」 「だからちょっと待て!俺にとってはどうなんだよ!?お前の話聞いてると英士の気持ちは汲めてるよう だけど俺の気持ちは綺麗に無視してるぞ!?」 「ああ、そりゃ仕方ないって」
孤立無援のような心境の俺にまたまた無頓着な様子の男の言葉が突き刺さる。
「なにがどう仕方ないんだよ!?」 「だって俺、早くからあいつの気持ちに気づいてたもん。あいつがどれだけお前のことを好きか 嫌というほど見てきたんだぜ。天気の話するように俺達の間じゃあ、お前の話が当たり前のように 交わされてきたんだぜ?そのたんびに鈍ちんな一馬に一喜一憂するあいつの態度すぐそばで 見てきたんだ。お前より英士よりになって当然じゃん」 「……」
がくりと、俺は床に膝をついた。もうなにも言うまい。言っても叫んでも結人が肩を持つのは英士。 俺が戸惑おうが動揺しまくろうが、それこそどうしたらいいのかわからなくて頭を抱えていようが、 そんなのは構わないんだ。俺のことなんか心配しちゃくれないんだ。 うだうだしてたらきっと、さっさと答えてやれよって言ってくれちゃうかもしれない。
「おまえも英士も汚い……」
俺を抜きにして散々俺の話を二人でしてきたんだ。なにを言われてきたかわかったものじゃない。酷いよ。
「あ?どこがどう汚ねぇってんだよ」
ムッとしたらしい声。バカヤロォ、ムッとしたくなるのは俺の方だっての。 顔を上げて、きっと睨み付けてやった。
「俺を無視して勝手に話すすめんな。それになんだよ、お前ずっと知ってて今まで黙って楽しんで やがったな。人でなし。最低だ」 「ほぉ。よくまあそんな口がきけんな」 「っばっ!痛いって!はなせって!」
上からぐぐっと力いっぱい頭を押さえつけられて無理な体勢で前屈みになった身体が、首の後ろが、 悲鳴を上げた。暴れる身体と口を無視してさらに力が加えられる。 苦しいっ。痛いっ。首がもげるぅぅぅぅ!
「俺がもし喋ってたらお前どうした?逃げただろ。今ならともかくガキの頃のお前はお子様で はずかしがりやで赤面性で、同性から好かれてるなんて知ったら衝動で言葉の刃投げつけてた。 で、あとになってお前は言葉を選んで言わなかったことを、言い過ぎたことを後悔するんだ。 その頃からもうすでにあいつはお前を甘やかしてたし、お前はお前でべったりなついてたし? 逃げたからってお前が完全に英士のこと嫌えたのかってなると怪しいよな? むしろ自分から逃げ出しておいて逃げ切れなくなったお前が、最後は泣き出して英士にすがるっていう 展開になる方が納得いくよな?で、お前はこう言うんだ。 なんでそんなこと言うんだよ、なんで友達じゃダメなんだよ、俺は友達でいたい、 そんなようなこと言って英士を困らせてたかもな。違うか?俺は間違っているか?」
答えられなかった。結人もまた俺の性格を知り尽くしている人間の一人だ。
もし、たら、実際に起きなかったことを仮想してみろって言われても自分のことだとどうしたって 客観的になんか見られない。ああだったかもしれない、こうだったかもしれないと深読みしたところで 結局自分にとって不利な読みはそんなことないって否定して終わりだ。
けれど他人は違う。どうせ人事だ。どんな仮定だってたててしまえる。 それに他人の方がよく見えていたりもする。 きっと正しい仮定をたてられるだろう。
結人の分析した俺という人間の質は間違っていない。悔しいけど当たっている。
もし、あの頃そんなことになっていたら間違いなく俺は今結人が言った通りの行動を取っていた。
「……間違って、ない……」
消え入りそうな声しか出せなかった。 押さえ付けられた格好のまま、滅入り出した俺に結人が言った。
「俺にとったらお前も英士も同じように大切な友人だ。そりゃあ長いこと俺達はお前に何も言って こなかったけど、だからって影でお前のこと悪く言ってたことなんてないよ? 英士は本当にお前のこと大切にしてる。 これは俺の考えなんだけどさ、お前がもし英士の気持ちを知った上で友達でいたいって言えばあいつ、 笑って承諾すると思う。お前を傷つけるわけがない。 いつだって一馬のいいように、一馬の望むように、一馬が笑っていられるように、そんな風に考えて あいつはお前のこと見てきたんだ。 一馬、お前にも言い分はあるだろう。けどあいつを責めないでやってくれ。 気付いたならそこから始めてやって欲しい。 お前にとっても英士にとっても大切なのはこれからだろ? 逃げ出すなよ?あいつの為にちゃんと答えてやってくれよ。 そしてお前は自分の為に正直な気持ちを伝えるんだ。お前が望めばあいつは友達でいてくれる。 そばにいて今までとなにもかわらずお前のことをまた甘やかしていく。だから怖がるな。な?」 「……友達でいたいって言ってもお前俺を責めないか?」
言い終えると同時に解放された俺は、多分泣きそうな顔をしているだろうその顔を上げ、結人の顔を見た。 結人の言葉は聞いてて胸が締め付けられた。切なくもなった。
「もし俺が英士のことを好きだと言っても俺から離れて行ったりなんかしないって誓ってくれるか?」 「責めないし誓うよ」
……あー……も、ダメだ……。これ以上堪えることなんて出来ない。泣いてしまいそうだ……。 視界なんかもう揺れている。
「……どうしたらいいのかなんて、まだわからないよ……」
英士を傷つけたいとは思わない。むしろ傷つけたらと思うと怖くて何も言いたくなくなってくる。
「だから考えるんだろ?」 「考えて答えなんか見つかるのかな?今まで考えてたけど見つかんなかった……。 だからお前に相談に乗ってもらおうと思って……」
なのにやっぱり答えを見つけ出せそうにない。英士の気持ちがはっきりわかったというのに。 俺はどうしたいのか、自分のことなのにさっぱりわからないんだ。
「英士のこと好きなんだろ?」 「好き、だよ……でも、結人のことだって好きだよ……」 「同じ好きか?違いはまったくない?」
……違う……同じなんかじゃない……。でもそれを言ったらなにもかもが崩れそうで怖い……。
「さっき言ったろ?正直な気持ちを伝えてやれって……ったく、なにをそんなに怯えてんだよ?」
しょうがないなと、苦笑交じりの溜息。……なんで、お前はそんなに俺のことがわかるんだ? 顔に出ていたか?態度に表れていたのか?
複雑な思いで顔を凝視していると、いきなり、鼻をつままれた。
「ふぁにっふんだよっ……」
人が真剣に悩んでるってのに、茶化すな!
「ったくさ、お前ってすんげぇ甘ったれな。寂しがりやなのもでっかくなっても変わんねえし。 ほーんと手が掛かるヤツ」
ば、ばかにすんなっ!くそぉ!早くその手をはなしやがれ!
「好きなら好きってとっとと吐いちまえ。もっともっと甘やかしてくれるぜ?」
からかう言葉に、全身がかあっと燃えた。服に隠された部分はいいとして、顔はもろ見えだ。 火を噴いたように真っ赤に染まった顔はもちろんのこと耳たぶの赤さまで指摘されて結人に大笑い された。
「笑うなぁ!」
さっきまでのシリアスさはどこへ行ってしまったのか。結人の遠慮のないでかい笑い声に、 俺の方もなんか力が抜けてしまった。結人の前で真剣に考えようというのがそもそも間違っていたのだ。 俺と結人では質が違う。俺のこの繊細な神経と大らか過ぎる結人のアバウトな神経とじゃあ、 波長が合うわけがない。くそっ、いいこと言うじゃないかって見直してたのに取り消してやる。
「一馬」
涙なんか流して笑い続ける結人がむくれた俺に来い来いと手招きをした。
「なんだよ?」
俺は馬鹿だ。なんで素直に近寄ったりなんかしたのだろう。なんで警戒しなかったんだろう?
「ある意味お前もう英士に骨抜きにされてる状態だぜ?」 「なっ……」
絶句。言葉なんか失った。
なんてことを言うんだ! 骨抜きって、骨抜きって、骨抜きって、……ダメだ……意味がわかるだけに顔が燃える。 恥かし過ぎる。 熔けそうだ……。 熱くて暑くてドロドロと熔けてしまいそうだ。
「英士のヤツ、これ狙ってたのかな。だとしたら計算高いヤツだなぁ」
結人のやつ、完全に遊んでやがる。人の反応見て楽しんでいやがる。なんてヤツだ!
「どうよ、恋だと自覚した気分は?」
楽しくて仕方がないといった様子の男と、言葉もなくただただ睨むしか出来ない俺と、 対照的な様子の二人にそれでも共通してることが一つだけあった。それは涙目だったこと。
ニヤニヤする結人から離れると、ベッドの上に乗り、そのままシーツの中に潜り込んだ。
「おーい、そこは俺の寝るトコ」 「うるさいっ!」
潜ったまま手だけ出して頭の上にあった枕を思いっきり下に向けて投げつけた。 これくらい反撃したってバチはあたらない。
けれど。その数秒後、俺は逆襲にあった。 どすんと、容赦なく上に乗っかった重みに耐えかねた俺が呻くと同時に「ざまあみろ」という言葉が 降ってきた。
END
いかがでしたでしょう?ちょっと(いや、かなりだね)長くなってしまいました。 それもダラダラと。反省反省。 ここに登場した結人、なんていいヤツなんでしょう。 同人誌で書くU−14の話は、結人→英士→一馬→?ってなカンジでして、 結人と英士、激しいやりとりしてるというのに。完全に報われていない結人クンが、 だけどここに出てきた一馬のように英士に骨抜きにされちゃってます。 はっはは。すごいなぁ、英士。きっとホストなんかやったら似合うだろなぁ。 英士がいるんだったら私は通うね。それも自分の身堕としてまで貢ぎそうです。 でも不幸じゃあないです。むしろ幸せでしょう。 納得してのことだろうから常識人から見たら「可哀相な人」なんだろうけど、 きっと充実した日々送ってそうだ。
さて、今回高校二年生にしてしまったのですが、あれもこれもさせて、 恥かしいくらい青くて、羨ましいくらい欲望に忠実で、 それも怖いものなんてなにもないって妄信させるんならやっぱこれくらいの年齢でなくちゃね。 中学生は可愛い過ぎで、汚せません。やっぱある程度大人になった精神の持ち主でないと面白くないです。 (なにが?どのヘンが?……ダメです、突っ込んじゃ。私的にはってことなんで)
ところで今回、英士、出てきません。語りであれだけ登場させておいて本体なし。 おいおいってやつですな。でもま、これはこれでいなくて正解。 だっていたら絶対ややこしくなるって。それに長くもなっちゃいそうだし。 ていうか、そうなるのは自分が下手なだけだって?……あったたたたた……痛い言葉ですな……。
さてさて、今度は英士に登場してもらって今後一馬をどうする気か白状してもらおうと思ってます。 いやあ、もう骨抜きにされてるからねぇ、押して優しくして押して沈んで押して優しくして、 そんなこと繰り返していけば落とせそうだし。 ついでにエッチもなしくずしでやれそうじゃない?。 ああ、違う違う!一馬がさせてくれんだった。 いやよいやよも好きのうちって言うし? 嫌いなら本気で抵抗して?ありがちだけど同人的にはとってもとってもありがたいお言葉もあるし。 英士に使わせたら、一馬ならころりでしょ。 これが結人だったらそうはいかないだろうけど。 「えっ、うそ、ほんとにいーの?いやあ、悪いね、許可も下りたってことで……」 なんて言いながら急所蹴り上げてくれそうじゃない? 好きなくせにまだダメとなったら、攻撃は最大の防御なりってカンジありそうくない? えっ、そんなタマじゃないって?ま、たしかに。
どうでもいいけど、私の中の英士は幸せなのかなぁ? このままいくと、いつの日か「踏んだり蹴ったりで賞」ってやつあげれそうな予感がします……。 |