同情なら俺にしてくれ /好きなんだからしょうがないでしょ
夏休みに入って最初の日曜日に、一馬がクラスの女の子と二人きりで 花火を見に出掛けたという話を、今日、結人から入手した。 あまり人付き合いのうまくない一馬が俺や結人以外の人間と、 それも二人きりなどという状況の中、出掛けていくのは珍しいことである。 真っ先に頭に浮かんだのは、なんで断れなかったんだという、 二人仲良く連れ立って歩く姿。 果たして彼が楽しめたかは今の段階では判明していないが、 自分の知る彼の性格から判断してしまえば、 口がうまいわけでもなく、女の子の扱いがうまいとも言えず、 むしろ緊張してろくに会話らしい会話などなかったのではないだろうか。 しかしそれはあくまでも憶測。 苦手な部類に入るであろう女の子とわざわざ出掛けていったのだ。 緊張しながらも会話が途切れぬよう、そのへんは気を使っただろう。 女の子を前にすると途端に口数の減るあの彼が、その日は自分から 話題を振って積極的に話し掛けたりなんかしたのだろうかと、 想像するとその女のことが憎らしくも思えてくるし、 羨ましくもなってくる。 下らない嫉妬だと自分でも呆れてしまうが。 彼を好きなのだ。その好きな人間が自分以外の人間と出掛けてしまったのだ、 嫉妬もしたくなる。 しかしなぜ彼は俺にそのことを教えてくれなかったのだろう。 出掛ける前に一言言ってくれてもよかったではないか。 言いづらかったと言うなら、帰ってきてからでも報告があっていいと思うのだが、 そこまで彼に要求するのは心が狭過ぎるだろうか。 いや、そんなことはない。俺達は同性ではあるが、付き合っているのだから。 恋人として当然のことである。 自分の恋人が黙ってこっそり異性と二人きりで出掛けてしまったのだ。 浮気をした、しないの問題ではない。 信用ならしてるさ。でもだけど面白くないよ。 ほかの人はどうだか知らないが、俺は一馬が俺以外の人間と親しくするのは、 見ていても、想像しただけでもそいつが憎くなる。 そいつを一馬から遠ざけたいというか、一馬を連れてどっかへ行ってしまうたいというか、 とにかく引き離したくなってくる。 しかし本当の浮気現場でもないのにそんなことしようものなら 一馬に怒られてしまう。 なんの真似だよ英士! 俺以外の人間と仲良くなんかするな! ……言いたいのはやまやまだが言えるわけがない。 あまりにも情けない姿じゃないか。 俺は人の評価もくそだと思っているが、自分でもそれほどクールだとは 思っていない。実際こんなわけだし? しかし一馬は俺を高く評価してくれている。 人間としても出来た者として見てくれているし、 同年代の友人達やまわりの者と比較して、落ち着いた、常識人だとも思い込んでいる。 確かに非常識な人間ではないが、 まわりが見ているほど常に冷静でいられる人間なわけではない。 しかし興味のわくものも少なく、群れて行動することを好まない性格をしているので、 特定の人間以外には、興味がないから淡々としていられるし、なんとも思っていないから とくに感情もわかないし、自分から接触することもない。 そういうところがクールに見えてしまうのかもしれないが、 興味を持った者に対してはそうはいかなくなる。 特に一馬。彼には恋愛感情があり、興味はありありだ。 しかし俺は彼の持つイメージを壊したくはないのだ。 ……それだけではないが。 俺にもやはりプライドはある。 出来ることと出来ないことが当然あるわけで。 嫉妬した姿を晒してしまうことは出来ない。 みっともないと思うから。 それと一馬。 俺が嫉妬してあーだこーだと言ってしまったなら彼の性格からして 自分が酷く悪いことをしてしまったと思い込み、自分を責めてしまうだろう。 たとえ浮気をしていなくても。たとえやましいことなどしていなくても。 たとえ俺の完璧勘違いだったとしてもだ。 一馬を苦しめるのは本意ではない。 ……つまり、嫉妬はしても心中でひっそりやってろということ。 つまり、すぐにでも一馬に会ってどういうことなのか問いただしたくとも、 みっともないと思うし一馬を怒らせるかもしれないし、 でも最後は悩ませてしまうだろうと思うから、実際に言うことは出来ないのだ。 しかしである。 気になって、気になって、気になって、……すごぉく気になるのだ。 相手がどういう経緯で一馬と出掛けることになったのかとか。 一馬もなぜ断らなかったのかとか。 そしてなにより気に懸かることは、なぜ、報告がないのかということ。 忌々しいことに結人は、やましいからじゃないかと、俺をからかって楽しむつもりでは あったらしいが、あっさりと言ってくれた。
その時の言葉がどうしても頭から離れていかない。 なぜどうしてなんて考えようものならすぐに顔を出し、 どかりと居座ってくれちゃうのだ。 結人も余計なことを言ってくれたよ。 しなくていい詮索をしてしまうではないか。 もともと一馬に対してだけは心の狭いところがあったが、 これが原因でさらにもっと狭くなってしまったなら、 いったいどうしてくれよう。 俺が一人でもんもんと過ごすと知っていてこういうことを言ってくれるのだから、 結人も容赦がない。残酷だよ。 しかし今は彼のことなどどうでもいい。今俺が気になるのは一馬のとった行動だ。 さぁて、どうしたものか。 このまま手をこまねいて黙ったままでいるのははっきり言って辛い。 かと言って追求するのも気がすすまない。 さあ、どうする? ―― やっぱ協力してもらうか。 泣きつくわけではないが、ここはやはり結人にも協力してもらうしかない。 手にした物は、呼び出す為の携帯電話。 指が押すのはメモリに入れてある番号に掛けるためのナンバー。 「結人? 今すぐうちに来てくれない? どうせ暇してたんでしょ? この間知り合いにもらったおみやげで 巨峰とすいかが冷えてあるんだけど? そう? じゃあ、待ってるから」 結人は釣れた。 あとは彼をどう動かすか。フットワークは抜群にいいからうまく乗せて きっちり働いてもらえれば、あとは俺がなんとかするし。 結人がやって来るまで残されている時間はだいたい一時間ほど。 結人に協力してもらうには、彼がやって来るまでにいろいろと考えておかないといけない。 さぁて、どう協力してもらおう?
「どう? おいしい?」 巨峰をつまむ彼の顔は満足気で、かつ、嬉しそうでもある。 裏があるのを知っているのか知らないのか、警戒もしていないのかこれでもしているのか、 おいしそうにパクつく彼の姿に苦笑がこぼれる。
「すいかもあるから。食べれるだけ食べていってよ」 「悪いなぁ。けどどうしたよ? 気持ち悪いくらい手厚いじゃん。なんかある?」 さすが結人。俺という人間の本性を理解している。長い付き合いはだてじゃないね? 余計な手間が掛からなくて済みそうで俺は嬉しいよ。 「わかる?」 悪びれずしれっと答える俺に一瞥くれたあと、なにも聞かなかったかのように 動揺もせず彼は再び巨峰に手を伸ばしだした。つまんでは口の中に放り、 もごもごさせて皮を吐き出してはまたつまんでと、彼の神経は今、 食べることに集中しているようだ。 しばらく黙ってコーヒーをすすっていた俺は、結人の前の皿が吐き出した皮で いっぱいになったのを見て、片付けようと腰を上げた。すると。 「すいか」 「……わかった」 気が済んだかと思いきや、食い意地の立派な彼はまだ満足していなかったらしい。 階下へと降りていき、冷蔵庫から半分に割ったすいかを取り出すとそれをまた 真っ二つに割って食べやすいように何個かに分けて切って大皿に盛り、 使わないとは思うが一応スプーンもつけてやって、 それを手に持って二階へ上がった。部屋に戻ってその皿を目の前に置いてやると、 目を輝かせて結人は一番大きくて食べ応えのありそうな真ん中のやつに手を出した。 「そんなに食べて腹壊すなよ? そんなことになったら責任感じなきゃいけなくなるんだから」 「思ってもいないこと口にすんなよ。気にしてくれなくて結構。俺の腹はそぉんな ヤワじゃありませぇん」 さらりと、人の言葉を撥ね返す結人の態度に、さすがに俺も声に出して笑ってしまった。 食えない男だよ、ほんとお前は。でも好きだよ、その豪胆さ。 罠がはってあると感じても欲望にはとことん忠実なのは見てて気分がいいよ。 ほかのヤツになら間抜けという言葉を贈るけど、察しているのだろう結人には、 それでも敢えて飛び込んでいけるのだから、挑戦的な姿勢としたたかな精神を見せられた 気がして、さすがとしか言えない。 「でね結人」 「うん」 切り出しても彼は平然とした顔で俺を見上げ、落ち着きをはらった大きな目で射抜きながら 続けろとその視線だけで促した。 「頼みたいことがあるんだ」 「頼み、ねぇ……」 食べ終えたすいかを皿に戻したあと、濡れタオルで手を拭いて、ごちそうさまでしたと、 礼儀正しく頭を下げてきた結人に、もう一度、「そう、頼みたいことがあるんだ」と、 わざと神妙な顔をしてみせた。 ふざけるよりは真面目らしく、あっさり軽くよりは神妙に思い悩んでいる素振りで対峙した 方がこういう時は有利に立てる。とくに結人、彼には、こうした方が調子には乗るが、 無碍には出来なくなるので効く手だ。 「手厚くしてまで頼もうっていうんだから、ろくな頼みごとじゃねえだろ? でもま、食っちゃったから仕方ねえから聞いてやるよ。どんな?」 「理解があって嬉しい」 にこり。 とっておきの礼をしてやったというのにこともあろうことか、 奴は「きしょいからヤメロ」なんて言って胡散臭くてたまらないじゃないかという顔を してくれた。 「失礼な奴だな」 「らしくねえことされても困るんだよ。それよりさっさと言えよ」 「ほんと、失礼な奴だよ。じゃあ言うけど、聞く意思があるってことは、 当然受けてくれるつもりなんだよね?」 「なに言ってやがる。俺を呼び出そうとした時点で既に何が何でも協力してもらおうって 決めてたんだろ?」 「あ、わかった? てことは、内容は問わず協力する気があるってことでいいんだ?」 「だーから、させる気なんだろ。イヤだっつったって、 あの手この手使って何が何でも手伝わせようとするくせに。 その気もないのにしおらしく俺の意見なんか聞くなよ。 お前とは長い付き合いだからな、気乗りしなくても、 断るより協力した方があとあと問題起きてこなくてマシだってこと、 不本意ではあるが学習して理解してんだよ」 「理解ある友人を得られて嬉しいよ。じゃ、早速本題に入らせてもらうね」
「うわぁー、お前って最低。一馬に同情100万票」
俺の提案(?)、いや、計画だな。それを聞かされるなり、結人は眉を顰めて呻いた。 ……遠慮のない奴だなぁ、まったく。 「言わせてもらうけど。俺は今傷心の身で、かなりこれでも焦ってるんだよ? 同情なら俺にもして欲しいね」 「あ、それは出来ない。いくら傷心とか言われてもこういうこと考えちゃうんじゃあ、 可哀相なんて言ってやれないし、やり方もかなーりあくどいと思うからどこに同情 すんだよって逆に聞きたい」 「お前も本気で人を好きになればわかる。くだらないことでも重要なことだったり するものさ。好きなんだから気になって当たり前だろ? 根掘り葉掘り聞くのは趣味じゃないが、一馬は別。なんでも把握しておきたいし、 ましてこそこそやられたりしたら、真意を知りたいとうずうずしてしまうね」 「俺だって好きになった子くらいたくさんいます、みーんなに本気でした。 遊びで付き合ったことなんかありません、お前、俺を誤解してるぞ」 「だったら俺の気持ちが理解出来るだろ?」 「まあ、そりゃ……けどだけど、お前のその計画は汚いって」 「どこがさ」 「どこがって……騙して誘って身体に聞こうっていうのはちょっとどうかと思うんですけど?」 「騙す? 人聞きの悪いこと言うなよ。二人で、なんて言うと遠慮されそうだから 結人も一緒に三人でって言うだけじゃないか」 「誘う文句はそれでも実際には俺は同行しないじゃないか。待ち合わせの場所にどたキャンの 連絡入れさしてまんまと一馬だけ連れてくってんだから、騙すんじゃねえか」 「でもこうして結人にちゃんと話して協力を仰いでいるんだ。 結果がどうであれ、嘘は言ってない。騙すなんて言い方しないでくれ」 「なんつぅ自分勝手な言い草……まぁ、いいけどさ……けどうまくやれよ? 一馬にバレんなよ?俺が加担してたなんて知ったらあとでギャーギャーわれちまうからさ。 お前らのあほくさい痴話喧嘩に巻き込まれるのだけは勘弁だぜ。わかったかよ」 「安心していいよ。バレるようなへまはしない。俺もお前も黙っていれば一馬なら気付かない」 「まあ……確かに……。けどさぁ、いくら黙って女と出掛けて報告がないからって そこまでするのはやっぱどうかと……」 「あの一馬が女と二人きりで出掛けたんだ。何か理由がある。俺はそれが知りたい。 一馬、この間女の子と出掛けたんだって? 珍しいね、なにかあったの? なんて聞いても いいけどさ、報告もしてもらえないようじゃあ答えてもらえる確率は低いと思うんだよね。 隠されたら余計気になるじゃない、じゃあうまく聞き出すにはどうしたらいいか、 考えたらこれしかなかったんだよ。仕方ないだろ」 「一馬にだって言いたくないことの一つや二つあるだろうに、それも許せないんだ?」 「許せないっていうか、隠し事されたら気になるんだよ」 「聞き出そうとするってことは許せないってことに繋がるだろ」 「うーん、なんか違う気もするけど、でもま、近いものはあるね」 「だからってねぇ……」 結人との遣り取りの最中に彼が溜息をつくのはよくあった。 7、8回までついていたのは数えて知っている。けどそのあたりから面倒くさくなって やめてしまった。でもそのあとも彼はよく溜息をついていた。 いったい幾つの溜息が、これまでに彼の口からこぼれてきたのか。 10個? 20個? それとももっと? 何個目だかの溜息だかもわからない今の溜息は、これまでで一番大きかった気がする。 「まだなにか言いたいことでも?」 「ヤってる最中に聞き出そうってのはどうかと思うよ? 陰険な手だとは思わねえの?」 「思わないね。睦言にしか聞こえないように優しく聞くさ」 「……あっそ」 同情200万票だね……。可哀相に……。 一馬とのめくるめくバカンスを想像して小さくニヤけていた俺を夢の中から呼び戻したのは、 陰気くさい顔をした男の無粋な呟き。 「愛するが故だよ?」 誤解なきよう真実を述べたというのに、疑わしそうな目をされてしまった。 知らないの?恋は盲目って言うじゃない、つまりそういうことなんだよ。 そう教えてやったら、逆に、「あんま虐めると嫌われるぜ?」ぎょっとするような 警告を受けてしまった。 不吉な……、なんてことを言うんだ……。 「話はこれで済んだな? 俺、帰ってもいい?」 「……」 思いのほか、さきほどの結人の言葉が効いたようで、急に不安になり始めた俺は、 当然、もう結人を構おうという気にはなれなかった。 そんな俺の異変にわりと勘のいい結人はすぐに気付いたらしく、 「いやあ、愛するって大変だなあ。行き過ぎると重荷になるし、 ほどほどに加減してると愛が足りないとか言われるし。 いやあ、ほんと愛するって難しいみたいだな。 ま、頑張れ。影ながらお前らの愛が末永く続くことを祈ってるよ。 ふふーん、けどお前ってほんとマジ一馬がかかわってくるとキャラ変わるのな。 お前をここまで変える一馬の魅力ってなんなんだろね。あ、魔力か? まぁどっちでもいいけどさ。俺にわからないのが今すごく残念に思うよ。 あ、巨峰とすいか、ごちそうさん。ちょぉう美味かったよ。じゃな」 子供みたいに悪戯を楽しむ気持ちを目に表して、調子良く語ってくれた。 そして言い終えると、さっさと帰ってしまった。 ……不覚……。最後にしてやられたよ……。 くそっ、……覚えてろよ、なにが末永くだ。人を恐怖の谷底に突き落としといてよく言うよ。 しっかり働いてもらうからな……! ほんと覚えてろよ。 本人に直接言えなかったのが俺としては残念であったが、まあいい、あとは一馬を誘うだけである。 結人が来ないとわかったら多少ごねられるだろうけど、 うまくなだめて連れ込んでしまえれば、あとはどうとでも出来るしね。 夏休みは始まったばかりだ。 ああ、考えると楽しくなってくるよ。 結人の残したあのセリフは余計だったけど、段取りを間違いさえしなければ、 俺の思惑通りにことは進むさ。 ……大丈夫、一馬が俺を嫌ったりなんかすることは絶対ない……。 ……まぁ、しばらくは口きいてもらえなくはなるだろうけど、 それもまた時間が解決してくれるさ。 さあて、一馬となにをして過ごそう。 一歩も外に出ないで……、楽しむっていう手もありだけど、 せっかく顔見知りに会うこともないだろう地に行くんだ。 恋人同士のデート気分てやつをたっぷり味わうのもいいかもしれない。 あぁほんと、考えるだけでも楽しいよ。
To be continued.
長くなりそうなので三部にわけました。 さて、英士さん、しょっぱなから飛ばしております。ていうか、キャラ全然違うじゃないかと、 どこからともなく声が聞こえてきそうです。多分気のせいではないでしょう。 別人郭英士。でも私はこういう英士が好きです。 ていうか、韓国のちょっとした嫌味にあれだけへなりとなったのです。 好き好き大好きな一馬が相手だったらもっとへなってくれそうだと思うのですが、どう? なんて聞いたみたところで通用するのは郭真でしかも私とおんなじツボを持った人のみでしょうな。 世間ではそういうのを少数と言う。はい、わかっております。 結人のポジションをなんと言えばいいのでしょうか。 書いた私でもわからなくなりました。 ま、どっちつかずのでもいざとなったら利のある方にころりと転がるんじゃないかと、 そんなカンジします。彼は。 こんな英士がこのあとも出てきます。 次はキスキスキスキスキスうるさいです。 色ボケかましてます。 そんな英士に会いたい方は二話目にGO! |