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この世でみるただ一つの夢、なのに君はつれなくて
          /好きなんだからしょうがないでしょ







「え?」

「やだな一馬、聞いてなかったの?」

「いや、ちゃんと聞いてた……旅行しようって言ったんだろ?」

結人に計画していることを話してから二日後、俺はようやく一馬に連絡をいれて、
 久し振りに渋谷で会うことになった。
 よく行くコーヒーショップで待ち合わせをして、お互い冷たい飲み物をすすりながら
 他愛もない会話を交わし、頃合を見計らってさも急に思い出したようなふりをして
 一馬に旅行の話を切り出した。

行き先は長野県。松本から車で約一時間近く北上したところに母親の妹が所有する別荘がある。
 彼女は今年の夏はヨーロッパだかに旅行するらしく、俺にずいぶんと前から、友達でも誘って
 遊びに行きなさいよと、そこに行くことを勧めていた。

「さきに言ったように、持ち主も旅行に行ってていないから自由に使えるんだ。
 着替えとかだけ持っていけばあとは揃ってるから。荷物も少なくてすむんだよ。
 ただ自分達で自炊しなければいけないから、着いたら買出しとかにいかないといけないけどね。
 青木湖とか、白馬とかにもすぐ出られるし、遊べるとこには困らないよ?」

だから、行こう? ね?

「……結人はなんて?」

……。可哀相な俺……。

二人きりになる状態を警戒されるなんて。

中3の秋、文化祭も終わって学力考査も終わって、
 冬に近づいた景色の見え始めた11月の半ばに近くなった頃、
 人恋しさに負けたのか、長い間ずっと好きでいた一馬にとうとう告白をかまし、
 思った通り驚かれてしまったが「俺のこと嫌い?」と最初に下手に出て一馬の警戒心を解き、
 首を振られたあと「つきあって」くれみたいなことを思い詰めた風な顔をして言って困らせ、
 嫌いでないなら付き合ってみないかみたいなことをたしか言ってさらに困らせ、
 動揺していたところを押せ押せ体勢で畳み掛けて強引に「……う、ん……」と
 頷かせた。
 
断れば俺が傷つくと思わせる態度で挑んだのだが、つまりは一馬の優しさにつけこんだわけだ。

そうしてめでたく付き合い始めたわけだが、なんというか、やはりというのか、
 一馬の態度が俺を意識してぎこちなくなり会話は減るし話し掛けてはもらえなくなるし、
 あからさまに緊張されるし目も合わせてくれなくなるしで、付き合う前の友達でいた頃の
 方が全然ましという、かなり落ち込む羽目になった。

それでも努めて俺から話し掛け早く慣れてもらおうと頑張った。

好きな食べ物で釣ったり、結人を利用して三人でなるべくいるようにしたり、
 とにかく今までとなにも変わらない態度で接し、一馬の緊張を解いていった。

その甲斐あってクリスマスがやってくる頃には、以前のように並んで歩けるようになっていた。
 それまでの一馬は一歩か二歩下がって絶対、
 俺と並ばないようにしていたのだからかなりの進歩である。

そして大晦日。明治神宮まで出掛け、その帰り道、初めてキスをした。
 触れるだけのキス。それなのに真っ赤になりしばらくうつむいたまま顔を上げてくれなかった。
 会話もなく、俺と距離をあけて後ろを歩く一馬の足音と気配を、寒い中俺はずっと気に掛けていた。
 数分後。足を止めて振り返り、不意をついて引き寄せてもう一度キスをした。
 彼の名前を口にし、背中に手を回し、逃げないようにときつく胸に抱き寄せて、
 長く深いキスを与えた。

一馬に、付き合っているんだという自覚を持って欲しかった。
 今まで通りを貫いて油断させて奪っちまうんだから、えげつないねぇ、
 そういうことするヤツはたいてい最低って言われちまうんだよ、知ってた?
 顔を会わせるたびに真っ赤になる一馬に多少の罪悪感を感じ始めた俺に、
 あとで結人が言った。

知ってるよ。俺が一馬だったらその場で言ってやってるね。でも俺は一馬じゃあない。
 今まで通り振舞っていたのは、一馬にもう一度近づいて来て欲しかったからだ。
 笑い掛けて欲しかったんだ。話し掛けても欲しかった。
 前みたいに隣に来て欲しかったんだよ。だから、努力したんだ。
 でもね、好きなんだから今まで通りにってのは難しいことなんだよ。
 あの日は、好きな気持ちに歯止めをかけることが出来なかった。
 付き合っているんだということ、自覚して欲しかった。だからキスした。抱き締めた。
 だって一馬のやつ、ほんとに自覚してなかったから。だから教えてやったんだ。

それから俺は少しずつ一馬に触れる機会を増やしていった。
 二人でいる時間も増やした。キスだって、するようにした。
 そうやって慣らしていったんだ。
 
そして一月の俺の誕生日に、抱いた。
 もう我慢出来なかったんだ。
 暴れた。かなり抵抗された。のしかかった俺を押し返そうとして、はずみで右目のすぐ横を
 引っ掻かれたし。やめろって何度も叫んでた。放せばかとも言われた。
 でもやめなかった。放してなんかやらなかった。
 キスをして口を塞げば噛まれるし。だけど俺はやめなかった。
 強引に口をあけさせて舌を侵入させて逃げる彼をしつこく追いかけそして絡め取った。
 背中を叩いて抗議してたけど当然無視した。
 やめてくれと、ついに彼は涙を流した。それでも俺はやめなかった。
 好きだと囁いて、そしてずるい手を使った。
 やめて欲しかったら顔も見たくないと言え、今後二度とそばに寄るなと言え、
 そう、彼に強要した。
 友達には戻れない、それでも友達でいたいと望むならお前は俺を失う。俺もお前を失う。
 そんなセリフをあとに付け足して。
 
卑怯な手を使うな、お前はずるい、自分のことしか考えていない、俺を脅すな、
 泣いた顔をさらに歪めて一馬は俺を責めた。
 好きだって言ったくせになんで友達に戻れないんだよ。
 悲しそうな目を瞼で閉じてしまった彼の髪を梳いてやりながら、
 好きだからもう友達には戻れないんだよ、そう答えてやった。
 
お前はずるい、何度も何度もずるいという言葉を一馬は口にしていた。
 俺は黙って聞いていた。自分でもずるいと思ってたから。

ようやく瞼を上げた一馬の黒目がちな濡れた目をまっすぐに捕らえて、俺はこうきいた。
 俺のことは好き?
 一馬は頷いた。でもお前の言う好きと同じ種類のものかどうかはまだわからない、
 頷いたあとにそんな答えが返ってきた。
 俺を失いたくはない? 俺は続けてきいた。
 一馬は頷いた。
 俺と寝るのはイヤ?
 だって、どういう意味でお前のこと好きなのかまだわからない、瞬いた目じりから、
 涙が流れ落ちていった。
 失うのとわからないまま寝てしまうのとどっちがイヤ?
 俺は選択させようとした。いや、選んで欲しかったんだ。
 なのに。どっちもイヤに決まってるだろ、即答された。
 複雑な気持ちだったよ。嬉しいし残念な気持ちにもなった。
 でも、一馬を好きな気持ちは揺るがなかった。
 だから一馬を放さなかった。
 寝てみればわかるかもよ? 俺はお前を失いたくない。好きだよ?
 そう囁いた俺に、一馬はもう抵抗しなかった。諦めたように俺の背に手を回し、
 お前がこんなずるい手を平気で使えるやつだったなんて知らなかったと、恨めしそうな声で
 泣かれてしまった。
 
一馬がイヤだったのは、俺を失うこと。
 当然だ。長い時間をかけて甘やかしてきたんだから。
 それこそ俺はあいつの中に俺という人間の存在を深く深く刻み込むことに人生を懸けてきた。
 友達として一生大切にされるより、恋人になって一生好きだと囁いていける姿こそが
 この世で見るただ一つの夢。
 その夢を叶えるため、長い間忍耐強く友達のふりをしてきたんだ。
 そのあいだに愛をたっぷりと注いできたんだ。
 もう、俺を手放せるわけがない、自信はあった。
 だけど一馬はまだ気付いていないようだったから、選択させて気付かせてやった。

何度もキスを与えた。

あやすように頭も撫でてやった。

泣きごとを言う声にやがて甘い色がともった。

甘い、甘い、身体の芯から蕩けてくるような甘い声。

憎まれ口を叩くその唇から吐き出されてくる、熱に濡れた吐息。

耐えるように、時には目を合わせないようにして瞼を閉じて流していた涙。

小刻みに震えていた睫毛。

思いのほか高かった体温。

繰り返し、繰り返し、せつなそうに、苦しそうに呼んでいた、初めて耳にする声。

重ねた手の強張り。

からめた指を握り返してきた時の痛み。

シーツの上に落ちていた黒い髪。どちらのだったのか。

そして悲鳴にも似た声。

唇に滲んでいた血。

呻き。

俺に躯を与えた一馬は、俺から痛みを授かり、
 そして与えられた俺はさらに一馬が愛しくなり、泣いた。

しかしだ。かなり強引に身体を重ねてしまったために一馬は俺を警戒するようになり、
 二人きりになる機会は当然減り、キスもさせてくれなくなった。
 俺としてもこれ以上警戒されてしまうのは困るので、
 なにもしないよ、という降参のポーズを見せて、
 キスしたいのも我慢してしばらくはおとなしくしていた。
 
そんなこんなで次に一馬を抱いたのは世紀の行事に乗ってバレンタイデーの時。
 当然、抵抗されたさ。痛いからやだなんて言われてしまった。
 慣れないとずっと痛いよ、そう脅したら慣れたくなんかないときっぱり拒否されてしまうし。
 ……この時も確か強引だったような気が……。
 どうせ拒み切れないのだから、そんなに暴れないで欲しい、なんて思ってしまうんだけど、
 本人には言えないよな……。言ったら余計暴れそうだ。

で、また我慢の日々。

そして中学を卒業した日。

春休みに何度か。

高校生になって初めて抱いたのは世間がゴールデンゥイークに入った頃。

それを最後に俺はいまだ我慢の日々を送っている。
 最後にしたのはいつだった? 今度はそう言って少し凄んでみせよう。
 とにかく、三ヶ月もさせてもらってない。
 健全な青少年にそれはかなりひどく辛いものだ。
 どこかよそで適当に発散出来ればまだマシなのだろうけど、
 俺の場合、一馬以外の人間にはその気になれず、どうやっても勃たないのだ。
 一馬には悪いが今日すぐにでも拉致って抱いてしまいたいくらいだ。
 だけどそんな焦らなくても、うまく誘えれば、ちゃんと一馬の了解を得て、
 気分良く抱き合えるかもしれないのだ。
 機嫌さえ悪くしなければ一馬は素直だ。
 一日中一馬を抱いていたいし、いろいろとしたいこともある。
 馬鹿な行動に走るよりも、ひたすら安心させて「行く」と言わせた方が、
 絶対楽しい夏休みになる。

だから。

「もちろん行くって言ってたよ。すごい楽しみにしてる」

穏やかに笑って。もちろん一馬だって行くよね?

「……結人も行くなら」

……ああ、悲しい。自業自得なんだろうけどすごい悲しいよ。

「日程とかはこれから決めるつもりなんだけど、都合の悪い日ってある?」

「結人の方はどうだって?」

「ああ、あいつはいつでもあいてるって。一応希望としてお盆前がいいって言われてる」

「……あ、うん。俺もその方がいいな。後半は……」

一馬が俺に話すのはまずい、とでもいうような顔をした。

……別にいいけど。
 そりゃ気になるけどさ、追求してみても今の一馬じゃあ答えてもらえなさそうだし。
 なんたって俺に話すのはまずいって顔をはっきり本人を前にしてされたんだ。
 よっぽど知られたくないのだろう。
 ……いいけどね。こんな風にして隠されてしまうのも自業自得なんだろうし。

「英士……?」

心配そうに揺れている眼差し。
 今の態度はまずかったと少しは思ってるのだろう。
 俺がイヤな気分を味わったんじゃないかと探ってきている。
 突っぱねられないお前のその優しさが俺を増長させるんだってこと、早く気付きなよね。
 ほんと、愛しいよ。今すぐここでキスしたいなんて言ったら、お前、どうする?

「なに?」

愛しいから、気付かなかったフリをしてあげるよ。
 ほんと、俺って甘い。

「あ、いや……」

「楽しい夏休みを過ごそうね。あ、あと食事は交代で作ろうね。でも結人が心配だよね、
 あいつ、家庭科1だか2だって言ってたし」

「大丈夫じゃねえ? 俺も少しは出来るし、英士は上手いし。二人で手伝えばなんとかなるって」

あっ。今の好きな顔だ。
 俺は彼の苦笑した顔がなぜか好きなんだけど、いろいろあって見せてもらったのは久しぶりだ。
 元気に明るく華やかに笑う姿も好きだけど、こういう穏やかで、大人びて見える彼らしくない、
 はっとさせられる姿も、印象に残って好きである。
 あとになっても鮮やかに思い出すことが出来てしまうくらい、それぐらい深く心に残るんだ。

「ねえ一馬。……このあと予定ないんだったら映画でも見に行かない?
 実は見たいものがあっていつか一馬と見ようと思ってたものなんだけど」

まだ一馬と一緒にいたくて、誘った。
 断られる可能性の方が高いことは予想していた。だけどそれでも躊躇してられないほど
 どうしてもまだ一馬といたかったんだ。

「……」

しばしの沈黙。

俺は急かさないで待った。
 YesかNoか。Yesと言って欲しい。でも多分Noだろう。いや、でも、もしかしたらYesと
 言ってくれるかもしれない。いやいや、やっぱりNoだろう。
 ……振り子のように心はざわついていた。
 それでも一馬が答えてくれるのを待ち続けた。

「……なにを見たいんだ?」

Yes!

俺はタイトルを告げた。

「いいよ。俺も見たかったやつだ」

「じゃあ、出よう。確か次の上映時間がこのあとすぐだったと思う。急いで向かえば……
 ああ、まだ12、3分ある。間に合うよ。急ごう」

急ぎ足で店を出た。

頭の太陽の熱と足元の立ち込めてくる熱。人の多さも夏を象徴している。

「こっちだよ、一馬」

再び駅方面へと向かう。
 これから見に行こうとしている映画は、俺も見たかったものだけど、
 一馬も見たがっていたことは結人に聞いて知っていた、けど、このことは内緒。
 
「学割で二枚」
「英士、お金」
「いいよ、奢るよ」
「よくないよ。お前いつもいつも出してるじゃん。たまには俺にも出させろよ」
「気にしないで。あ、じゃあこうしよう。どうせここ出る頃には7時に近い。
 どこかで軽くご飯食べよう。その時に一馬が俺に奢ってよ? それでいいでしょ?」
「えっ、……」
「あ、なに、都合悪い?だったらまたの機会でも俺はいいから」
「よ、よくないよ。そしたらまた次の時にもお前金出しちゃうじゃないか。
 わかった。夕飯は俺が出す。あ、でもあんま高いとこはパス、な?」
「わかった。道玄坂のあの店は?」
「前に結人と三人で行った?」
「そ。あそこのドリア美味しいって言ってたよね」
「よし、じゃ、そこに決めよう」

窓口でチケットを受け取ったあと、そんな会話を交わしながら俺達はエレベーターに乗り込んだ。

 

 






To be continued.

 


 

夏ですねぇ。暑いですねぇ。
英士さんの頭もほどよく煮立ってきてますなぁ。

こんなの英士じゃなぁい!
暑いから簡便してちょ。

てなわけで今回チューチューうるさいです、彼。
一人で勝手にドリムっちゃってるし。
おぉい、戻って来いってカンジですか?

先に言っときます。
ちゃんと一馬も英士のこと好きですから。
流されて(ま、そういうとこもままあるけど)とか、
ほだされて(英士の押しが強いだけ)とか、
無理矢理なんじゃ(性格はあんなんですが、あれでも男です。本気出せば逃げられなくはない)
ないかとか、全然そんなことないです。
ちゃんと愛をカンジでますんで。
素直になれないっつうか、いつも英士が強引だから痛い思いしちゃうんです。

郭真がツボな私はどういう展開であれ郭真ならなんでもOKな人間ですが、
愛はあってくれよなと思ってますので。

言い訳じみた語りを終えたところで、あと一話残ってるんでここで逃げます。

ああ、エッチは出来るんでしょうか、英士さん。
させてあげたいっすね。
タイトルに負けないようラブトークかませたいと、煩悩だけならどっさりでさ。
さ、がんばりましょ。

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