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切ないくらい愛しい






グラウンドから戻って控え室のドアを開けると、すでに結人の姿はなく一馬だけが残っていた。

「どうしたの、帰らなかったの?」

「英士を待ってた」

「なに、ずいぶん嬉しくさせてくれるようなこと言ってくれるじゃない。どうしたの?」

「……さっきはごめん」

項垂れて、消え入りそうな声で謝る彼に、最初から怒ってなどいない英士は薄く微笑んだ。

「気にしてない。もしかして謝るだけの為にわざわざ残ってくれたの?」

「……このあと用事あるからって先帰った結人が帰り際に英士に謝った方がいいって、さっきのアレは
 どう見たって俺が悪いって……そう言われたし、俺も自分が悪いって思ってたし、……」

人に言われたからと言って自分の意にそっていなければ、決して素直に従う性格でないことは
 充分過ぎるほど理解している。ひねくれているわけではないが、直情型っぽいとこのある一馬は、
 瞬間的にその時の感情のみで後先考えずに行動に出ることが多々ある。
 それは言葉も同じで言ってしまってからあとになって言い過ぎたかもしれない、相手に不快な
 思いをさせてしまったかもしれない、本当はあんなこと言うつもりじゃなかったなどと激しく
 後悔したり反省したりと必ずと言っていいほど落ち込むのだ。

性格ではそうそう簡単に治せるものではないがそれでも一馬は、そうしてしまうのは自分の悪い癖だと
 思い込んでおり、治す努力をすれば必ず治せるはずと、自分では治せると思っているらしい。
 しかしいまだに彼のそれは治らず、相変わらずこうしてあとになって後悔しては落ち込むのだが、
 一馬が気にしていることなどで、無理だよとは英士も言えない。

しかしそういう彼だからこそ、素直にごめんなさいと言わなかったとしても、本当に悪いと反省したから
 わざわざこうして残ってくれていたのだと彼の心の内がわかる。わかるのだが項垂れた姿があまりにも
 可愛くて愛しくてつい意地悪をしてみたくなった。

「結人に言われたから残ってくれてたの?」

「ち、違うよ!」

傷ついた顔を見せられて、やり過ぎたことを英士は悟る。1、2歩あとずさって背中がロッカーに行き
 当たってまた、一馬は深く項垂れた。拳を作り、手の甲に筋がくっきりと浮かぶくらいきつく
 握り締めてまるでなにかを耐えているかのようだった。

泣かしてしまっただろうか。

ちくりと痛む胸に手を当て、一馬には聞こえないよう注意を払って舌打ちをする。彼がどんな思いで
 ここで英士の帰ってくるのを待っていたか、結人の言葉をどんな気持ちで聞いていたのか、
 言い過ぎたと、後悔している彼に向ける言葉ではなかった。

「――ごめん」

項垂れる彼の肩に手をかけて抱き寄せ、胸の中に抱きしめる。おとなしくなすがままになっている彼
 の肩に頬を乗せ、もう一度心から詫びた。

「悪いと思ってなければ謝ったりなんかしないこと、ちゃんと知ってるよ。ごめん、ちょっと意地悪
 したくなったんだ。ほんとにごめん」

「なんでお前が謝るんだよ、そうじゃないだろっ」

震える声が、怒りによるものだとは思えない。どうやら本当に泣かせてしまったようだ。

「ごめん。だってお前を傷つけた。せっかく謝ってくれたのにその気持ちにケチをつけちゃったから」

「……」

「ごめんね」

鼻をすすった彼の背中を優しく撫でて謝る。

「……英士」

「なに?」

なにかを尋ねたがっている声。それがわかったから彼の髪にそっと触れ先を促した。

少しの間をあけて彼は聞いてきた。

「もう怒ってない?」

「怒ってないよ。ていうか最初から怒ってなんかいなかったよ?」

「俺、ひどいこと言ったのに?」

「一馬と最初に約束してたのに守れなくなったんだから仕方ないよ」

「でも家の事情だろ? 英士が悪いわけじゃない……」

「でも誘ったのは俺だよ? 一馬も楽しみにしてくれてたのに守れなくなってごめんね」

顔を上げぬまま首を振る彼の髪が首筋を撫で、ほのかにシャンプーの匂いが香り立つ。清潔な香りは彼の
 性格そのもので胸に抱いた身体の温もりとともに身震いするかのように英士の心を震わせる。

まずいなぁ……。衝動に走りそうになる勢いが抱いた背中に回している手の平のすぐそこまでやってきて
 いる。戯れて抱きついてきた彼なら、じゃれて抱き合っているというのならこのまま押し倒して抱いて
 しまえるがさすがに今の彼にそんな不埒な真似は出来ない。ありがたいことに、付け入るようでも
 あり、一馬にもそう思われてしまったらと考えると衝動はあっても手が出せなくなるので英士はまだ
 一馬に手を出せないでいる。だがそれもいつまでもつか。理性と衝動、せめぎあえば過去の結果から
 結論を出せば今回もまた理性が負けてしまうのが目に見える。

「――この埋め合わせは必ずするから」

不信感を与えぬよう気を配ってさりげなく彼を引き離し、着替えをするからと背を向ける。

着替えを取り出すため開けたロッカーの扉がガシャンと煩く喚いたのは気のせいだろうか。
 それともやはりちからが入り知らずのうちに乱暴に開けていたのだろうか。
 一馬が誤解したらどうしょう? けれどいま振り返るだけの勇気はない。目が合ってしまったら困るのだ。

けれども気になって手がつかない。手にしたシャツを持ったまま身体が固まったままだ。

「俺のことなんかほんとはどうでもいいと思ってるだろって、……あれ、本気で言ったんじゃないから」

不意に一馬が言った。

弾かれたように英士は振り返っていた。

「……一馬」

泣きたいのを堪えているかのように見えるその表情に英士の視線は貼りつき目が離せなくなる。
 一馬がまだ気に病んでいたことを先ほどの言葉で知ってしまった。どれほど深く後悔しているか、
 思い詰めた顔が語っている。自分の吐いた言葉に傷つく彼の痛みがどれほどのものか、不安そうに
 揺れながらも逸らさない姿勢を見ればわかってしまうしその痛みまでも伝わってくる。

「わかってる。わかってるからそんな――お前が傷ついたりなんかしないでよ一馬」

思わず抱きしめてしまった英士も一馬の気持ちが感染したのか、泣きたくなってきた。一馬の性格が
 わりと神経質なのをうっかりしていた。気の強いとこを見せても強がりを言っても、思い悩む性格だと
 いうことを失念していた。後悔をしていたなんてそんな平穏なものではない、激情に任せて吐いて
 しまった言葉で傷つけてしまったのではないだろうか、一方的に非難してしまい呆れられてしまった
 だろうか、もし気分を害し嫌われてしまったらと彼の性格ならそこまで深く思い詰めたとしても
 おかしくはない。むしろそうであった可能性の方が高い。

時間をおいてほとどりが冷めてからもう一度あやまればいいくらにしか思っていなかったことが悔やまれ、
 自分のその態度が一馬を追い詰めていたと思うと切なくもなり、一馬の背をあやすように撫でながら
 「ごめんね」を繰り返した。

「……俺、いつも考えなしに言っちゃうからさ、自分でも気をつけているつもりなんだけど……
 うまくいかなくて、ごめんな、俺、いつもお前にひどいこと言ってるよな……」

これまでに言ってしまった言葉の数々を思い出し反省でもしたのだろう、表面上は淡々としているように
 聞こえるが著しく落ち込み不安を抱いているのもわかってしまう内容である。 

「一馬だけが悪いんじゃないでしょ。俺がそう言わせてしまうことをしているんだよ。今日だってそうだ。
 だから一馬がそんなに落ち込むことはないんだよ」

どんな言葉を掛けても今の彼には届かないだろうとは思う。思い悩んでいる時は自分に非があるように
 しか思えず誰がなにを言っても慰めにもならないことは英士も経験して知っている。
 けれどなにも言わないでいることなんて出来ない。無駄なことでも憂える一馬のためになにか言葉を
 掛けてやりたかった。

「……もう気にしないでよ一馬。一馬がどういう人間かは充分理解してるつもりだ。本意でないこと
 くらいわかるよ。それに、今の一馬に不満なんかないんだからさそんなお前が気にしなくても
 いいんだよ。らしくないことなんかしないでよ、そんなことされても嬉しくはないからね」

「英士って……マゾ……?」

「なにそれ」

軽口が叩けるようになれば安心だ。

「一馬は瞬間的に爆発しちゃうだけで言葉自体に毒なんてないからね、大丈夫、そんな簡単に傷つきは
 しないよ。むしろ結人の言葉の方がきついなって思う時あるよ。結構ぐさりとくることさらりと言って
 くれるんだよ。一馬も結人の言葉で落ち込んだこと、ない?」

「……あるよ」

「ひどいことって言うのはね結人みたいなセリフのことを言うんだよ。わかった?」

「……なんとなく」

掠れた言葉を呟く一馬の自分から合わせてきた目に落ち着きの色を見て、英士も安堵の微笑みを浮かべる。

「……もしかして俺、うまく言いくるめられたのか?」

たまに一馬は鋭いところを見せるから怖い。常にだまされてくれるなら安心して一馬の機嫌を取れる言葉
 を吐けるのにたまに疑うからおいそれと嘘はつけないしいい加減なことも言えやしない。
 その場しのぎでしかない言葉を使って、あの時ああ言ったじゃないかとあとになって持ち出されて
 困ったことが一度や二度ではなくある。

「そういうつもりはないよ。なに、そんな風にとれた?」

「そういうんじゃなくて、……」

「なくて?」

言葉を言いにくそうに飲み込んで無意識のうちに何度か髪を掻きあげる仕種を見せる一馬にその先を
 促して、目にかかる前髪をそっと指で払ってやる。

「……なんか、うまくかわされた気がする……」

「いいじゃない、かわされときなよ。だって仲直りしたいんだろ?
 俺はもともと怒ってなんかいなかったし、あとはお前がこの状況をよしとすればうまく納まるよ?
 それともなに? お前は俺に怒られたいわけ?」

「そんなわけないだろ、……ごめんな英士……」

きつい目で睨んだかと思うと急にしおらしくなって謝りだす一馬に、さすがに英士は苦笑を隠せない。
 無造作にまだ湿っている髪を掻き回して「この話はこれでもうおしまい、わかった?」愛しい気持ちで
 溢れかえる目で一馬の姿を見つめる。

「あ、なあ英士」

抱きしめていたい際限のない気持ちを抑えて彼から離れ、ようやく着替えにかかった英士の背後に
 一馬が立った。

振り返ると自分の顔を映す一馬の視線とぶつかり首のうしろが攣れると同時に鼓動が飛び上がった。

「――なに?」

「あのさ、……」

一馬の目に映る自分の顔がだんだん大きくなり近づいてきているらしいと気付いたときにはもう目の前に
 一馬の顔があった。なぜこんな至近距離に一馬の顔があるのかと考える英士の唇になにかが触れた。
 一馬の唇だ。そう頭が理解すると同時に一馬に押されてロッカーに背中を打ち付けてしまい、
 応える間もなく呆けてしまった英士に一馬がまた唇を当ててきた。

ロッカーを背にしているため体重を掛けて抱きついてくる一馬を難なく抱きとめてようやく英士の方から
 も応えてやると積極的に一馬は舌を絡ませてくる。彼から仕掛けてくることなどめったにない。
 不意を喰らって出だしこそ躓いてしまったが次第に落ち着いてきて英士の方にも一馬の腰に手を
 回すくらいの余裕は出てきた。

「――どうしたの? 一馬にしては積極的じゃない。なにかヘンなものでも食べた?」

濡れて赤く艶かしく色づく唇の輪郭をなぞりながら聞くと「なんだよそれ」と潤んだ目で睨まれ、
 頬から顎にかけてのラインを指でなぞるとまるでネコが腹を撫でられて気持ち良さそうに
 うっとりとした表情を見せるように一馬も気持ちがいいのか瞼を落しておとなしくされるがままに
 なっていた。

「さっきなにか言いかけてたよね、なに?」

「……たいしたことじゃないよ。たださ、……悪いと思ったからその、……なんていうか、……あっ!
 笑うな英士!」

「ごめん」

彼らしくない大人な方法で謝ってくるとは思ってなくてびっくりしたが、顔を赤くする一馬と
 ついさきほどまでどんな口付けを交わしていたかを思い返すと切ないほど愛しくなってくる。
 彼なりの誠意ととって間違いはないのだろう。それにしてもと英士は思う。晩熟で恥かしがりやで
 教えてもなかなか上手く上達してくれないと思っていたのにいつの間にこんな大人の手法を考える
 ようになり、欲気を出して攻められるようになったのか。稚拙ではあったが貪るような動きは吸殻が
 灰皿で燻(くゆ)るように英士の中で燻っていた情欲をさらに燻らせいよいよ英士も我慢するのが
 辛くなってくる。

「一馬さ、周りをよく見て行動しなよね」

「なにがだ?」

「あんなキスされて俺がなにもしないと思う?」

「思わない」

驚いた。つまり一馬はその気になってくれているらしい。

「どうしたの? らしくなく素直だね」

「文句あるんだったらいい、放せよ」

自分一人がからまわっていると勘違いしたのか、気まずく表情を曇らせた。反射的に腰に回していた手に
 ちからを込めて身じろいだ身体を自分の身体に縫い付ける。文句などあるはずもない。
 願ってもない好機と言ってもいい。

「文句なんてないよ。あるわけがない。いいの?」

「この状態でそういうこと聞くなよ。英士らしくもない、なに野暮なこと聞いてんだよ……」

最後の方の言葉を英士の唇に吹きかけて一馬の唇が重なる。啄ばむようなキスを繰り返して、
 英士は身体の位置を入れ替えた。

「英、士……」

角度を変えながら重ね合わせた唇から零れ落ちてくる息は熱く、甘えるようなトーンは甘く英士の耳に
 響いてくる。すがるようにして首に回った両の腕のちょうど二の腕あたりに唇を軽く当てた。
 そして歯で啄ばみ軽い刺激を与える。一馬が自分のものであることをこうして小さな痛みを与えて
 英士は教える。自分のほかにこのような行為を行えるものはいないのだと、身体に痛みを
 覚えさせてるのだ。

ぎゆっとしがみついてくる彼の制服の前ボタンを手早く外して手を忍ばせ、わき腹に手のひらを当てて
 優しく摩りあげてやるとさらに、ぎゅっと一馬はすがりついてくる。
 
「っ、……え、し……」

胸の突起を指の腹で転がす英士の耳をくすぐるのは熱に濡れた声。英士と、何度もその声に呼ばれて、
 英士の牡も徐々に硬さを増して持ち上がってくる。

前をはだけさせてつんと立ち上がった胸の突起を口の中に入れる。がたんと、ロッカーが喚く。
 飴玉のように舌の下で転がるぷっくらと膨れた突起の先端に、英士は軽く歯を立てた。

「やっ、だっ……えっ、し、……痛い、……」

そんなに強くは噛んでいない。愛撫に敏感になり弱い刺激でも痛いと感じるのだろう。

下肢に手を伸ばしてそこが硬くなっていることを確認して前をくつろげてやる。布越しにやわやわと
 揉みしだく手のひらにじわりと滲んだ蜜が暖かい。

「っああ、……あ、あ、……」

いやだと言いたげに振られる首の筋に吸い付き、朱印を刻む。手のひらにじかに一馬を包み上下に扱いて
 溢れてくる蜜を軸に塗りたくる。くびれに爪を立てて引っ掻くように指をかけると一馬の身体がずるりと
 崩れた。力の入らないらしい足ではもう立たせたままなのは難しい。脇に手を差し入れてゆっくりと
 下に沈ませへたりと座り込んだところで足を割って充分に硬さを保った肉塊を口の中に含んだ。

「っんんっ……」

頭を抱え込むようにして前屈みになる一馬のくぐもった声を頭のてっぺんで聞きながら英士は舌を巧みに
 使ってさらに一馬の肉塊を硬くさせた。舌ですくった蜜を丹念に舐め、搾り取るかのように先端に
 吸い付いて蜜をすする。英士と呼ぶ声に切羽詰った色が混じりだした頃、英士は手も使って肉塊を
 追い詰め出した。

「え、しっ……」

もういいからと、切れ切れの吐息とともに引き離そうとする手が英士の髪を乱暴に毟った。英士はそれを
 無視して蜜を溢れさす牡に舌を転がし続けた。口内に出すのを好まない一馬は必死になって英士を
 引き離そうとするが英士も必死になって舌技を披露するので勝敗の行方は、翻弄されっぱなしで
 いまいち力を入れることが出来ない一馬に分が悪いように見える。

「えい、しっ……や、だって……え、しっ……」

抗議は続き、背中を叩かれるが綺麗に無視して英士は先端に舌の先を差し込んだ。

「っんっ……!」

息を詰めた一馬はついに口内に射精した。弾かれたように飛び散る液を英士は残さず胃の中に入れた。

ようやく顔を上げて口元を拭う英士に「ばか英士」と、一馬は悔しそうに涙目になり、その手を払い
 のけて自分の手で英士の口元を拭うのだった。

「俺の言うこともたまにはきけよっ」

「きける話なら聞くよ?」

唇に触れている指を掴んで引き寄せ唇を爪の先に落すとびくっと、弾かれたように一馬の指先が震えた。
 口内に含んだそれを丹念に舐める行為を一馬はおとなしく許してくれている。

「……英士」

髪に触れてきた一馬の声には焦燥感にも似た詰まりが混じっていた。指先への愛撫がちりちりと身体の
 奥に燻った欲の炎を揺らしているらしい。つい今しがたまで口内に含んでいた牡に手を伸ばすとまた
 硬く首をもたげてきている。

もつれるように床に転がって抱き合った。

「腰、あげてくれる?」

一馬は素直に協力してくれた。下着ごと、あがった腰から引き摺り下ろし膝に手を差し入れて足首まで
 一気に下ろした。そしてそのあとは一馬自身が足で蹴って足首からそれを蹴り放った。

英士は、裸になった内太腿に手を吸い付かせて一馬の肌の柔らかさを楽しんだ。膝を立てさせて膝の裏を
 数回撫でたあとでゆっくりと、手の平を後方へと向かわせる。すると一馬は瞼を落して痛々しいほど
 睫毛を震わせた。

「一馬」

そのきつく閉じられた瞼の上からキスをする。英士の胸もまた愛おしさで、焦がれてしまいそうなのだ。

「っえ、し……」

ぎゆっとしがみついて息を詰めて一馬は心細そうな声で英士を呼ぶ。
 何度抱かれてもそこに指が入るのには慣れない。痛いとはっきり口にしなくとも唇を噛み締めて息を
 整える姿を見れば彼が不快感に耐え痛みに畏怖しているのが読めてしまう。

当然前は縮こまり先ほどまでの硬さは完全に失ってしまっている。

窄みに指を入れて丁寧に内壁を掻き回して異物感に慣らしながら、そして彼が悦く感じるであろう
 ポイントを急がずに目指して深部へとその指を進めていく。可哀相で切ないのだがやめるわけにも
 いかなくてせめて彼が傷つかないようにと気を配りながら。

「……っん……」

ぴくりと、一馬の内太腿が震えた。

「ここ?」

「っん……あ、……」

いやだと何度も首が振られた。どうやら見つけることができたらしい。少しの間そこを弄り解したあと
 英士は足を抱えて直接窄みに舌を差し入れた。

「やっだっ、……英士っ、や、だぁ、……」

ばたつかせて抵抗する一馬の足首を掴んで内壁を舌で掻き回すとくちゅくちゅと、淫靡な濡れた音が
 そこから漏れて聞こえてきた。舌を抜いて再び指を差し込んで中の熱い肉壁を掻き回すと一馬の指が
 乱暴に英士の髪を掴んで引き離そうとする。

「一馬、……」

「いやだって、……それはいやだっ、……」

「なんで? 気持ちいいでしょ?」

よくないよと、首が振られる。そんなわけはないと英士は思う。実際前は起立し蜜を零して腹の上を
 濡らしているのだから。

「でも慣らしておかないと痛いのは一馬だよ? イヤでしょ?」

「でもいやなのはいやだ」

「困らせないでよ一馬。痛かったらお前当分もうしないって言うだろ? そうなったら俺が困るんだよ。
 わかる?」

「お前こそ俺を困らせんなよっ、……指、抜い、てっ……」

仕方がない。一度駄々をこねたら一馬の言い分は甘やかしても脅しても引っ込むことがない。

「じゃあ、ここまでってこと?」

仕方なく指は抜いたけど一馬の上にはまだ、乗ったままだ。少し剣が入っていたのはそれもまた仕方が
 ない。

ほっと安堵したように息をついた一馬が瞬間だけど憎らしく感じた。

「そんなこと言ってないだろ」

「じゃあどうするの」

「……続けてよ……手でして……一回いけたらいれていいから……」

思わずまじまじと一馬の顔を凝視してしまった。なんとも腰にくることを言ってくれたものである。
 確かにいつもはクリームなりジェルなりを使っているのでなにも用意のなかった今日の行為は
 一馬には辛かったと思う。いくら丁寧にやろうが異物感は消えてはくれなかったのだろう。
 慣れていない一馬ならなおのこと不快であったはずだ。自分のことしか考えていなかったと、
 今頃になって配慮が足りなかったことに気付かされ申し訳なく思い、英士はばつの悪い顔をして一馬を
 見つめ返した。

「……ごめん、配慮が足りなかったね」

「いいよ。気にすんなよ……それよりさ、英士……」

続きをしよ? 伸びてきた腕がするりとしなやかな仕種でもって首に巻きついてくる。

ああ、なんて愛しいのだろう。愛しても愛しても愛し足りない。なんて際限がないのだろう。
 なんて切ない愛なのだろう。

「……英、士……」

「もっと呼んで? お願いだから一馬、もっと俺を呼んで……?」

「っん……っふ……」

手の刺激で形を変えていく牡に自身のものも押し当て、互いの腹に擦り合わせて英士と一馬は
 上り詰めていく。
 
「えっ、し……も、ダメっだよ……」

「あと少し我慢して?」

一緒にいきたくて英士は手の動きを止めた。途端にずるいぞと、恨めし気に潤んだ目が英士を非難した。
 よほど我慢がきかなかったのだろう、自ら腰を揺らして英士の手の中のものに刺激を与え出した。

「英、士っ……」

熱い吐息を撒き散らす一馬の唇を塞いでようやく英士の手は動き出す。英士、英士と繰り返す一馬の
 すんなりとした首がふと仰け反り、やがて英士の手の中にあったものが暖かなものを放った。
 英士もほぼ同時に一馬の腹の上に放っていた。

自分の放ったものと指に絡まった一馬のものとをブレンドさせて英士は一馬の後方に指を差し込んだ。
 うっと一馬は呻いて英士の肩に爪を立てたものの、解されるのを、唇を噛み締めておとなしく
 我慢している。

「……いれるよ?」

うっすらと汗の滲む額に貼り付いていた前髪を掻きあげてやって目を覗き込んで尋ねると、
 こくんと一馬の首が頷いた。その一馬の脚を大きく広げて自身をあてがった英士はゆっくりと、
 挿入を始める。

「っつ……」

きつい。拒まれているかのようなきつさに出迎えられ、思わず英士は舌打ちをした。

「一馬、深呼吸してくれる?」

涙の滲む眦を指でさすって協力を仰いだ。こくんと頷いた一馬は一生懸命息を整えて吸って吐いてを
 繰り返すのだが、少しでも侵入が進むとまたちからがはいり英士を拒んでしまう。そんな一馬を
 根気よく宥め、一馬も辛抱強く耐え、どうにか半分まで入れることに成功する。

情けない話になるがこの状態でも英士は出てしまいそうだった。だから出来るだけ早く一馬の中に
 すべてを納めてしまいたい。その気持ちが焦らせるのか、そこから先がなかなかうまく進まなくて
 時間だけが過ぎていくのだった。

「……え、し……ど、しよっ……俺、このままだけどなんか、も、ダメそ、……」

不意に一馬がそんなことを言った。だめとは? 痛くてこれ以上は無理ということなのか?

「……あと少しだから」

「ちがっ……そのダメじゃなくてっ、……」

「……まさか、だよね?」

一馬の言いたいことがわかって一応確認するつもりで尋ねるとくしゃりと顔が歪んでつつっと眦から涙が
 零れた。

「……あのさ、俺もそうなんだけど……少し協力してくれる?」

「なに、すればいい、んだ……?」

「荒っぽいやり方だけど強引に入っていい?」

「……痛い、よね……やっぱ……」

「……多分ね。でもこのままでいるよりいいと思うんだけどそれは俺だけ?」

「……途中でダメだったらごめんな……」

身体を強張らせた一馬の脚を抱え、一気に身体を進めた。短く悲鳴が上がるが咄嗟に英士の肩に
 しがみつき、その肌に口を押さえ付けて漏れるのを一馬自身が防いだ。

そのまま腰をグラインドさせて揺さぶられ出した一馬は、抑えた口元から途切れ途切れに喘ぐ声を
 零していた。

やはりというか、長くはもたなかった。

「っ……も、出るっ……」

ぶるりと腰の辺りから震えが上がってきて、背骨に沿ってのろりのろりと痺れが伝わってくる。
 ほっと息をついて一馬の上に倒れこんだ。どくんどくんと、一馬の胸も自分の胸も激しく鼓動を
 打っているのを聞いて、英士はのろのろと顔を上げて一馬の様子を伺った。

一馬は両の腕で目元を隠して荒い息をついていた。呼び掛けるとのろのろとその手がどかされ疲れきった
 顔が覗いた。

「……いけた?」

「うん、……英士より少し早かったかも……」

「……痛みはひどい?」

「そんなでもない……でも疲れた……眠いよ……」

「だめだよこんなとこで寝ちゃ。風邪引くよ?」

「……英士……だめ、そやって髪いじんなよ、……気持ちよくて……ますます眠くなる……」

とろんと落ちてくる瞼に、仕方ないねと英士は苦笑する。

「……10分、5分でいいかんらさ、ちょっと寝かして……」

言い終えるやいなや一馬の瞼はすっかりと閉じられ、そのあと呼んでも揺すっても返事は返って
 こなかった。

「……だからさ、一馬……まわりの状況をよく見て俺を煽ってよね?」

一馬の寝顔にそっとキスをして英士もその場に寝転がって、窓から覗く夜の空を見つめた。
 すっかりと遅くなってしまった。なのに一馬は寝てしまうし、いったい帰れるのは何時になるのか。
 心配するといけないから一馬のとこと自分の家、両方に電話を入れておいた方がいいかもしれない。
 そう考えて英士は携帯に手を伸ばした。

ほんとうに、いつになったら帰れるのか……。やっぱり状況は考えるべきだよね……。

コール音を聞きながら溜息をつく英士の身体は、それでも心地のいい疲労感に包まれていた。




 







 

 

 






END

 


 

郭真です。どこから見ても郭真です。
英士が大人に見えます。でも情けないです。ハヤッ……てそれは禁句ですね。
そして一馬。まあどうしましょ。いつから誘い受けになってしまったのよ?
英士に大人にされてしまったのね……それにしてもあなた、ひどい人です。
車も電車もすぐには止まれないのよと、同じで英士も止まれません。
だめですよ、途中でそんな我侭こいちゃあ。同じ男なんだからその生理はわかるでしょうに。
それともあれかしら。受けになっちゃったからもうわかんない?
それこそそんなバカなです。

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