……誰だ? 「あれ? わからない?」 ……うーん、顔に見覚えはあるようなないような……。 「関東選抜の須釜って言えば思い出してもらえるかな?」 あ! 「あはは。やっと思い出してもらえた。久し振りだね」
八月のハプニング
須釜寿樹。関東選抜の……ボランチ。はっきり言って俺の中でのこいつに対する認識はその程度のも その男となぜか今、俺は渋谷の街を歩いている。 出会ったのは偶然。今から5分だか10分だか前に駅前の交番のすぐそばで信号待ちしてるとこを向こ 最初誰だかわからなかったけど名前を言われて思い出すと『ひとり?』と聞かれ『え、……うん』な 『ぼくもです。暇人同士いっしょしませんか?』 断る理由がなかった。用事がないのは知られてしまってたし。誰かと待ち合わせしてるわけでもなか なにより心臓に悪いにっこり顔で返事待たれてんの見てたら……その、なんでだかはいまだに謎なん だから須釜のにっこり顔は……なんていうのかその、『俺のこういう喋り方や態度が全然気にならな 「今日も暑い日だね」 不意に須釜が言った。 俺は……軽く空を仰いで『そうだな』と答えた。 「のど、渇いてない?」 「えっ?」 「冷たいもの飲みたくない?」 ……えっと……それってどういう意味なんだろうか? もしかしてどっかに入らないか? と誘われ 繰り返すが俺は言葉の使い方があまりうまくない。こうやって頭で考えていることをちゃんと伝えれ 「なんで?」 ……身についたくせなのだから仕方ないと思うけど……胸には後悔の文字が刻まれた。なんで俺って 「え、真田くんのど渇いてないの?」 えっ……あ、いや、そんなことはなくって……えっと……。 かなりびっくりだ。不快になるどころか俺とまだ会話を続けようとしている。英士と結人以外の人間 それに……俺自身がもう手を上げちゃってるから。『これが俺なんだから仕方ねえじゃん』ってもう けどね、けどさ、……だけどね……。 なんかヘンなんだ。俺、須釜って苦手だった。まともに話したことなんてないのにさ、見た目の印象 それなのにだよ? 最初苦手って思っていたその意識がだよ? なんか急に興味ある者へと移行しつ …………これって……どういうことなんだろ……? 「真田くん?」 「えっ……?」 「ぼくの顔になにかついてます?」 「あ、ご、ごめんっ……その、ちょっと考え事してて……」 「ああ、そうなんだ? でもだったら涼しいとこに入って落ち着いてから考えた方がいいよ?」 「え? なんで……?」 「炎天下の下で考え込んでも暑さで頭まわらないと思うけど?」 たしかに。 「というわけでこの近くにおいしいアイスクリームを売ってるお店があるんです。おごるから食べま おごりと聞いてのどがごくりと鳴った。 「ほんとにおごってくれんの?」 「いいですよ?」 「じゃあ行く」 こっちですと言って須釜が案内して連れて行ってくれたのは狭い路地裏を入った一番奥の店。まわり 「ちょっとしたオープンカェ気分が味わえますよ」 須釜がこそっと耳元で教えてくれた。 たしかにそんなカンジだ。 「自由に移動できるんで結構人気があるんです。通りと違って人も通らないし車も入ってこない」 なるほど……わかりやすく説明してくれた須釜に俺は頷き返した。 カップルや友達同士らしき女の子のグループがそれぞれにテリトリーをつくり、楽しげにみなアイス 「ぼくらは一番奥がいいでしょうね」 「あー……だな」 奥には、ベンチタイプのイスが二箇所に置かれていたがカップルと女三人組にすでに使われていて、 ……どうするんだ? 須釜の方を見て目でたずねると、 「そういう時はこうするんです」 返ってきたのは相変わらず人のいい笑顔。 「……須釜、さん……?」 須釜の動きはスムーズだった。空いているパイプイスを二つ手際よく見つけると手に持ち……ふいっ 「真田くん」 顎で『行きましょう』と奥へ誘い先に歩く須釜に、俺は黙って素直に従った。 須釜が選んだのは先客たちからはちょっと外れた場所。壁を背にして座るようにイスを二つ並べると、 「真田くんてたしかリンゴジュースが好きでしたよね?」 いきなり聞かれてびっくりした。…………なんで……そんなこと知ってるんだ……? 「この間のトレセンでよく飲んでたよね。見掛けるたびに真田くん、あそこの自販機で買ったと思う 須釜の記憶力の良さに俺は赤面した。…………まさかそんなところを目撃されてたとは……。 「ここのアップルシャーベットね、果肉入りなんですよ? 甘くなく酸っぱくもなく、さっぱりして 「うー……」 迷った。リンゴジュースは確かに好きだけど……アイスまでリンゴ味にこだわってるわけでなし、別 「いいこと教えてあげます。ここに来る女の子の半分以上の子が一個目を食べたあとおかわりするん 「えっ、そうなの?」 「カップとコーンのどちらかを選ぶんですけど、そんなに量も多くないし、どれもさっぱりしてるん なるほど。 「じゃあそのお薦めのリンゴのアイス……でも、次もし食べるんだったらそれは自分で買うからいい 「言ったでしょ、誘ったのはぼくですから。アイスくらい遠慮なく奢られてください。ね?」 …………なんだろう…………? 口調も穏やかだし顔もにこやかなのに有無言わせない絶対的な強引さを今、感じたぞ……? 自慢で 「真田くん」 あっ。 「……ど、どうも……」 顔を上げるとアイスが差し出されてた。カップのそれを受け取りスプーンですくって口に入れると柔 美味い! たしかに甘くもないし酸っぱくもないけどでも美味しいよ。さっぱりしてるんだけど味気 「どう?」 「え、あ、うん……美味しい……」 「それはよかった」 「須釜……さんは何にしたの?」 「須釜でいいよ。ぼくはチョコミント。このチョコが絶妙な苦さでね、ここではいつもこれ食べてる 「……いっこでも年上なんだから呼び捨てはまずいだろ……?」 「あーぼくそういうの全然気にしませんから。あんまり『さん』づけで呼ばれたことないから須釜さ 困ったように須釜は笑うけど俺だってそんなこと言われると困るよ。年上を呼び捨てにして呼ぶのっ 「そんなに難しいことかなぁ?」 「……うー……俺にはちょっと……」 「あ。じゃあこうしよう。ぼく『スガさん』ともよく呼ばれてるからそっちで呼んでみてよ。こっち えっ!? 「え、それもダメなの?」 うっ……こ、困った……。『スガさん』ってそんな……俺、そんなに須釜と仲良くないし……なんか 「んー……困ったねぇ。でもぼく『須釜さん』てあんまり呼んで欲しくないんだよね。呼ばれ慣れて えっ!? 「……ど、どっちって……そんな急に言われても……」 「真田くん、早く決めないと……」 にこり。…………なんだなんだナンダ!? 今凄く楽しそうに笑われたぞ!? 早く決めないとペ、 「やだなあ真田くん、そんなに怯えた目で見ないでくださいよ? べつになにもないですよ? ただ 「えっ、あっ、……そ、そだね……」 「そう。あ、でも決めてから食べてくださいね?」 えっ。…………開けた口に一口分だけすくってカップから出たばかりのスプーンを持つこの手……ど …………須釜、須釜、須釜……スガさん、スガさん、ス…………。 「す、す、……」 「うん、どっちにした?」 「…………須釜……」 「はい、よくできました。どうぞ?」 顔が熱かった。きっと真っ赤になってるはずだ。たかが『須釜』けれど『須釜』……緊張と恥かしさ …………どうぞと言われて口にしたアイスは…………けれど残念なことに味なんて味わっていられな 「そういえば真田くん」 「えっ、なに!?」 びくんと、肩が大きく揺れた。不自然なまでに固まる体、見開かれてるだろう両の目……。きっと須 こいつは間違いなく英士と同じ部類に入る人間だ。つまりは……触らぬ神に祟りなし……。俺はこい お、俺、選択間違ったかも……呼び捨ては危険を呼び込むかも……お、遅くなければ今からでも『ス 「やだなぁ……」 こいつのこの笑顔が……心の底から怖いと、今は思う。このにっこり顔に俺はずっと調子を狂わされ 「皺、寄ってるよ?」 不意にデコピンをされた。痛くはなかったけどびっくりしてつい、『いたっ』なんて声を上げてしま 「えっ、そんなに痛かった?」 ギゃーーーーーーーーーーーーーーーっ。 ごめんごめんって謝りながら額を撫で摩る須釜の手にびっくりして、俺はその手から逃げ出した。 ……や、やべっ。顔が燃えてるよ……。視界がなんだかチカチカ瞬いてるし、……心臓も煩いし……。 「……真田くん?」 「や、あの、……へ、へーき、そんな痛くなかった……ちょ、ちょっとびっくりして……あ、……ア 言って、俺は自分のアイスをぱくぱく食いまくった。味わってる余裕なんてない。とにかく食べきら 「二個目、いく?」 須釜が言った。……これ以上は心臓が持たない……俺はぶんぶん首を左右に振った。 「そう?」 「須釜食べたいんだったら行ってきなよ。俺のことは気にしなくていいからさ」 「んー……どうしようかな? じゃあ……ちょっと行ってくるね? あっ。それ、貸して。捨ててく 「あ、悪ぃ」 行きかけてた足を止めて戻ってきた須釜に、手にしてたカップを渡した俺は、190cmの長身の背 でけぇよなぁ……俺もあと6、7cmは欲しいなぁ。まあまだ成長期だから伸びていくとは思うけど 「なに?」 戻ってくる須釜を真正面から見据えて『身長まだ伸びてんの?』とたずねた。 「伸びてますよ」 「親も大きいのか?」 「小さくはないですね。でも家族の中でぼくが一番大きいです」 「ふーん。すでにそれだけあってまだ伸びてるなんてなんかずりーよ……」 「真田くん、そんなに小さくはないでしょ? 羨まなくたってまだまだ大きくなりますよ。真田くん 「そうだけどさ……ちゃんとでかくなるかなんてわかんねえじゃん……微妙なとこで止まっちゃうか 「どれくらい欲しいの?」 「175は超えたい」 「んー……絶対とは言えないけど大丈夫じゃないですか? きっと超えますよ」 絶対とは言えないと言いながら須釜の口調は言い切っていた。 「ほんとにそう思う?」 「大丈夫、超えますよ。だって大きく成長した真田くんの姿、想像つきますから」 んー……なんかちょっと……嬉しいかも。へへ、なんか俺も叶いそうな気がしてきたや。 「須釜、それなに?」 須釜の手の中のカップに入っていたアイスはチョコレートをうんと薄くしたような色をして、なんか 「チョコチップクッキー。さくっとしたクッキーが細かく混じってておいしいですよ? 一口食べて えっ、いいの? じゃあ遠慮なく一口。 「どうです?」 「……甘いけど苦い?」 「クッキーが甘くてチョコがやや苦めなんですよ。こういうのはキライ?」 「そんなことはないけどあんまり食べたことない味だね。ここってめずらしいもんばっか置いてなく 「うーん、そうかもね。でもあんまりアイスでこういう味ってないからぼくはここ好きなんです。甘 たしかに。甘いもんばっかだと飽きてくるよね。 「さて、真田くん、このあとどうします?」 えっ!? 「たしか予定はなしでしたよね?」 うっ。 「このままもう二人で時間潰ししません?」 ……お、俺はいいけど……。 「どうします?」 「……や、べつにいいけど……おごってもらっちゃったわけだし」 「やだなあそれはいいんですよ。ぼくが勝手におごっただけのはなしですから」 「え、や、でも……」 「気にしちゃいます?」 そりゃそうだよ。結人や英士じゃないんだし。やっぱ年上なわけだし、それにそれほど親しくしてた 「真田くんて今月の20日が誕生日でしたよね?」 「え、うん……」 「じゃあ全然早いけどさっき食べたあのアイスは誕生日のプレゼントってことでどう?」 …………は? 「これならもう気にならないでしょ?」 いや、それはちょっと突然な話で……え? ……マジで言ってるのか……? 「なんか誕生日プレゼントをアイス一つで済ませるなんて申し訳ない話だよね」 「や、そんなことはないって」 にっこり穏やかに笑った顔はけれど言葉通り確かに申し訳なさそうで焦った。アイス一つだろうがな 「あのさ、誕生日プレゼントってことでそれでいいから……」 「ああ、ありがとう。でもなんかこれはこれで押し付けたみたいだよね……?」 「そんなことないって」 「ほんとうに?」 ……う。 「真田くんは優しいね……」 「や、ち、違うって……あーもうっ、全然ほんとそれでかまわないからさ」 「やっぱりぼく、押し付けてますね……」 「……や、須釜があらためて念を押すから……収拾つかなくなるんだって……」 「あ。じゃあこうしましょう」 「な、なに……?」 今度はどんな提案が飛び出してくるんだ……? 「今月の27日はぼくの誕生日なんですよ」 えっ。そうなの? 「もし、真田くんの都合が良ければその日また会いません? で、今度は真田くんがここのアイスで …………まぁ……いいけど……。ちゃらになるっていうんなら…………俺的にも気が楽になるかな? 「わかった。そうしよう」 「じゃあはなしがまとまったところで携帯の番号、教えますね」 「え、あ、うん。ちょっとまってな……」 俺は急いで携帯を取り出した。 「ああ、真田くんもドコモなんですね」 「え? あ、須釜も? っていうかまわり多いよね、ドコモにしてるヤツ」 「そうですね」 なんて会話しながら俺たちは教えあった番号をアドレスに入力していった。 「―――― あのさ、須釜……」 「はい?」 須釜……どこのメンバーに入れるか一瞬だけど悩んだ。結局『友達』ってとこに入れたけど。 「いや、やっぱなんでもない……」 「なんですか?」 「や、気にしないでくれ……」 …………須釜は俺をどこに振り分けたんだろうか……? ちょっとだけそれが気になった。 「じゃ、そろそろ移動しましょうか?」 「ああ」
須釜と別れたあと、結人から電話が入った。電車を降りてまだ家路へと向かっている最中のこと。 『よお一馬、今日なにしてた?』 「人と会ってた」 『英士?』 「違う。須釜と」 『……………』 「なにそこで黙るんだよ?」 『や、びっくりして言葉出なかったんだよ。須釜ってあの須釜?』 「結人が言う『あの』須釜がどの須釜か俺にはわかんねえけど会ってたのはあの関東選抜の須釜だよ」 『や、俺が言いたい『あの須釜』もその須釜です。なんで?』 「偶然会ってなんとなく一緒に過ごしてた」 『……なんかされなかったか?』 「なんかって?」 『や、いろいろと……ま、それはいいや。なあ、なにして過ごしてたんだ?』 「アイスおごってもらった」 『一馬と須釜ってそんなに親しかった?』 「……たまたまそういうことになっただけだよ」 『……一馬さ、須釜になにか言われた?』 「なにかって? いろいろと話はしたけど?」 『や、なんつーの? あー早い話が……』 「あ、そうだ。27日にまた会うかもしれない」 『…………なんで?』 「27日って須釜の誕生日なんだってさ。今日アイスおごってもらったんだけど、やっぱ悪いなあっ 『……バカ』 「あ? なんだよばかって」 『断れ。絶対会ったりなんかするな、いいな?』 「なんでそういうこと言うんだよ。須釜、そんな悪いやつじゃないよ?」 『一馬』 「なんだよ」 『夏は危険がいっぱいです、特に繁華街にはどんな危険なワナが落ちているかわかりません、充分気 「あのな、会ってたのは須釜。あいつがどんなワナ張ってるって言うんだよ。バカ言ってんじゃねえ 『待て一馬っ。それがあまっ――――』 あーうるさい。『あま』なんだって? ばっかじゃねえの? 携帯がまた鳴った。結人か? しつけぇな…………と思ったら違った。英士だ。 「はい」 『一馬!? 結人から聞いたよ!?』 ……うるさい。そんなでかい声で喋らなくたって聞こえるっての。 「結人がなんだって? あいつおかしいから真に受けない方がいいぞ」 『なに言ってるの! 須釜と会ってたんだって!? しかも言いくるめられてるみたいじゃないか! 「英士までなんなんだよ……お前ら二人ともヘンだぞ?」 『一馬騙されちゃだめだって! それはワナだよ! き――――』 付き合いきれないね。『き』なんだって? まったく二人してどうしたって言うんだよ。わけわかん 再び携帯が鳴った。英士か? 結人か? まったく勘弁してくれ…………と思ったら違った。 須釜からだった。 「はい」 『あ、真田くん? 今、平気ですか?』 「あーうん。平気」 『もう家に着いてます?』 「や、まだ。すぐ近くまでは来てるんだけどちょっと途中色々あって。須釜は?」 『さっき着いたとこです』 「あ、そうなんだ? そういえば須釜ってどこに住んでんの?」 『知りたいですか?』 「え、べつにそういうわけでは……で、なに?」 『今日は楽しかったよ』 「……それ言うためにわざわざ……?」 『いえ、それはついでです。27日、楽しみにしてるから。それだけ伝えたくて。じゃ』 …………はやっ。言うだけ言って切りやがったよ。なにが楽しみにしてるだよ。須釜って結構ガキく あ。それと会うことはあいつらには内緒にしとかねえと。 またまた携帯が鳴った。英士からだった。
キィキィ言われるのが目に見えたから無視した。
須真です。初の須真! 一馬騙されててもきっと気付かなさそう。 ここで告白。
(20020820真田一馬誕生日企画・その2) |