WHISTLE!のページへ戻る







 午前中から既に30度を超えていた土曜日、約束通り、英士がうちに遊びにやってきた。

 当然、その後の予定はお泊りとなっている。

 週末に来たときは、たいてい、その、……泊まっていくことになってる。

 事前に約束してなくても、週末に来れば、親の方もさも当たり前のように『今日のお夕飯、なにがい
いいかしら』なんて、勝手にきいてくる。それくらいもう、何度となく英士は週末に訪ねてきている。

 

 

 

                  ある日の週末。

 

 

 

 「ねえ、一馬」

 「却下」

 「……まだなんにも言ってないよ?」

 伊達に長くは付き合っていない。英士の考えそうなことくらい、過去の経験からいやでもピンとくる。

 「どうせキスしようかとか、抱っこさせとか、そういうこと言いたいんだろ?」

 親友から恋人へと付き合い方が変わったのは、今から丁度半年前。とは言っても親友であったはずの
頃から過剰なスキンシップを求めてきていた英士だったので、恋人というポジションに立ったからとい
って、俺に求めてくることは以前とあまり変わっていない。

 飲みかけのジュースを言葉巧みに手に入れてたかわりに今ははっきり『キスしようか?』になっただ
けだし、やたらに肩が触れてた記憶や、人ごみの中でどさくさまぎれに手を握られていた記憶は、今は
『手、つないでもいい?』って事前に言われるようになっただけだし、前置きがはっきりしただけでや
ることは以前とほとんどかわってない。

 だから。

 英士には悪いけど『恋人同士』といわれてもあまりピンとこない。前とどこがどう違うんだよと、言
いたい。

 ただ。

 はっきり言ってくるので少々……かなり、うざったい。

 急に思いついたように『キスしよ?』とか言われても困るだけなんだよ。

 いいよ、なんて恥かしくて言いたくもないよ。

 やりたいんだったらさっさと勝手にやってくれていいのにさ。恋人なんだから、急にされたってぶん
殴ったりはしないよ。そりゃ、驚いて一つや二つ文句言うかもしれないけどさ。

 なーんでそういう俺の気持ちが英士にはわからないのかね、このままじゃ俺、愛が足りないんじゃな
いかと、マジで疑うよ?

 「お前の言いたいことくらいそのツラ見てたらわかるよ」

 「だったら、……」

 「い、や」

 「どうして?」

 「させたくないから」

 「俺、なにか怒らせるようなことした?」

 「なに、俺、怒ってるように見える?」

 「うーん……機嫌悪そうに見えるけど?」

 その鋭さがどうして、俺の心には働かないわけよ? 

 以前、俺のこと『一馬の考えてることなんてわかるよ。だって顔にすぐ出る』そう言ったくせに。

 なんだよ、常にわかるわけじゃないんだな。その言葉にころっとやられちゃったって言うのにさ、キ
ャッチのオニイチャンみたいじゃん。最初は人当たりよくていい人に思わせてどっかに連れ込んだとた
ん変身しちゃうの。さっきまでの優しい口調はどこいったぁってくらい、脅し文句に聞こえる言葉が次
から次へと出てきて怖い思いしまくって『ついてくんじゃなかった』って後悔した時と同じ気分だよ。

 ちぇっ。

 意見なんか求めてくんなっての。

 優しい言葉の一つや二つ吐いて、雰囲気作って丸め込めてくれりゃいんだよ。

 イヤだったら速攻逃げ出してるっての。

 「釣った魚にエサやらないっていうタイプも質悪いと思うけどさ、釣った魚水槽に入れて眺めるたん
びに水槽バンバン叩くかまってちゃんなヤツも質悪いよね。あれやられると神経磨り減って早死にする
んだってよ、知ってた?」

 「俺のことを言ってるの?」

 「そう」

 「つまり、俺のこと暑苦しいとか思ってるんだ? うるさいって思うんだ?」

 そこまでは言ってない。……近いもんはあるけどさ。

 「……そっか」

 ……え?

 ちょい待った。なんで帰る支度すんの?

 帰れ、とは言ってないよ?

 「うるさくつきまとってごめんね」

 「ちょっ、英士っ」

 待て待て待て。

 「なに? はなしてよ」

 慌てて服のはしを掴んだ俺に向かって、速攻はなせとは冷たい。

 つーか、なんでこういう展開になっちゃうわけよ?

 「帰れなんて言ってない。なのになんで?」

 「つきまとわれるの、イヤなんでしょ?」

 「イヤなんて言ってない」

 「だって早死にしそうなくらい俺のことうざいって思ってるんでしょ?」

 「そこまで言ってねえだろっ」

 「はっきりそう言わなくても頭ん中ではそう思ってるんでしょ?」

 だから、うざいっての。暗いっての。ねちっこいっての。

 言ってないって言ってるんだから頭ん中の思考までつっこむんじゃねえよ。

 「いまだってうざいって思ってるんじゃないの?」

 「でも帰ってくれとは思ってない。思ってるふうに見える?」

 ……聞いたら、うん、だって……。

 鋭いんだか鈍いんだかどっちなんだかわかんねえよ英士。

 そりゃないんじゃないの……?

 「お前の眼力もたいしたことねえな。ぜんぜん俺のこと、わかってないよ」

 掴んでいた手をはなして、え、どうして? と言いたそうな顔した英士に、(……おいおい、英士お
前ね……)いらついてくる気分を抑えて、ひらひらと手を振ってやった。

 ほんと、ばっかじゃねえのお前。

 「なんだよ?」

 なんで帰らないの? 帰るんだろ? 帰れよ。

 「俺は手をはなしてるよ? なんで帰らねえの?」

 「なんでって……ここで帰ったら、もっと一馬が怒りそうな予感がするんだ……」

 「……」

 「あの、すでにもう、怒ってるよね?」

 「……」

 「あの、さ……」

 「……」

 「なんで、こういう展開になっちゃったの……かな?」

 「お前が鈍いからだろ」

 「え、どういうところが? ていうか、一馬の機嫌損なうようなことした覚えがないんだけど、あの、
よかったら教えてくれない?」

 だから、お前が鈍いからいらついてんだろ。……ていうか、だからそういうとこがうざいって言うの。

 「あ、そうか。こういうところが鈍いって言うんだよね。ごめんね、わかってあげられなくて」

 ……お前のそういう態度がいらつかせんの、なんでわかんないかな。

 ここはあやまるとこじゃないだろ。

 俺が勝手にいらついてんの、勝手に怒り出したの、好き勝手に難癖つけてんの、お前は悪くないの、
雰囲気悪くしてんのは俺なの、俺の方が言葉足りてないからこうなっちゃったの!

 「えっと……このあと俺、どうすればいいのかな?」

 「やなヤツ。なんできくの。帰りたければ帰れよ。お前がしたいように動けよ。いちいち俺の意見な
んかきこうとするな、ばか。だからうざいって言われるんだ」

 この場の雰囲気悪くしてんのは確かに俺だよ。けどそれもこれもみんな、うざい英士が悪い。

 「……ごめん」

 うざっ。

 ばか?

 「そう何回もあやまんなよ。お前のこといじめてるみたいな気分になってくるだろ」

 あ、なに、その顔。

 え、違うの? って言いたいげな顔するなよな、ばか。

 うざいお前が悪いってさっきから何度も心ん中で言ってるだろ。

 なんでわからないかな。愛が足りないよ、全然わかってないじゃん、俺のこと。

 「あのさ、どうせあやまるんだったらやることやってからにしてくれない?」

 「えっ!」

 あ。ばか……。

 なに深読みしてんだよ。

 「やれっつったってそっちじゃないからな。うっわあ、やらし。かっこ悪いからそのにやついてる顔、
今すぐどうにかしろよ」

 「えっ、あ、うん、ごめん……そっか、勝手に想像しちゃってごめんね、あ、でもそしたらやらなき
ゃいけないことってなに?」

 「さっき言ったばかりなのにまたあやまったな。今度あやまったら帰ってもらうからな」

 「ご、……じゃない、えと、考えてもわからないよ、その、一馬の方から教えてくれるとすごく助か
るんだけど……」

 「やだよ。もっとよく考えなよ」

 俺の口から言えるかよ。やだよ。

 「うーん……やっぱりわからないよ」

 はやっ。もうギブかよ。

 まじめに考える気、ないだろ。

 ていうか、……俺の口から言わせようとなにげに誘導されてるような気、ばりばりすんだけど。

 よく考えてみりゃ英士って頭の回転はいいもんな。ねじはどっか飛んでるとこあるけどさ。それに鈍
いって言ったってトータルでみりゃ理解力、判断力の働きは正確で速いし、頭脳なんて文句なく明敏だ
し……って、ほめてどうするよ。

 「一馬?」

 やばっ。顔が熱くなってきちゃったよ。

 気合入れなきゃ。

 「ちょっ、一馬、なにやってんのさ」

 赤くなった顔なんか見せられるかよ。ほっぺたに軽くピンタ入れて、これでよし。

 「あー気にすんな。それよりまじでわかんねえ?」

 「う、うん」

 ちっ。作戦だっていうならそりゃそれでいいや。これ以上待っても埒もあかなさそうだし。最終的に
どうなるかなんてもうわかっちゃってるし。うざいからここいらでもう勘弁してやるよ。

 「しょうがねえな」

 「か……」

 多分俺の名前言おうとしたんだと思うけど、俺が口で塞いじゃったからほんとのことはわからない。

 「……あのさ、雰囲気が悪くなったときってどうやって仲直りすれば良くなるんだっけ?」

 「……俺がしなきゃいけないことって、それなの?」

 まさか俺が先に仕掛けるなんて思っていなかったんだろうなあ。一瞬マジでびっくりしてやんの。今
だってこれは夢だろうかって思ってるような顔してこっち見てるし。

 ばぁかめ。俺だってやるときはやるぞ。

 「わかってんだったらもう一回お前からしてよ」

 英士がうざい性格してんのはもう学習済み。いちいち聞かれる前に自分からふってやる。どうだ。こ
れでもう黙ってやれるだろ?

 「どうしたの? なんかすごく優しいね」

 おいっ。

 ……なんか聞かなきゃ行動起せないのかよ。

 あーもう、うざっ。

 「してって、言ったの聞こえなかった?」

 胸倉掴んで、自分の方へと引き寄せてまたその一言多い唇を塞ぐ。

 

 

 どうして、俺の恋人はエンジンかかるの遅いんだろうか。

 



 「……夕飯は鉄板だってさ。それまでどうする?」

 鼻と鼻つきあわせて、胸倉掴んだまま聞く。

 「んー……」

 考えるふりをしてちゃっかり手は腰にまわって俺を抱き寄せようとしている。

 

 

 ようやく俺の恋人にエンジンがかかったようだ。

 

 

 

 
 週末泊まりに来て、なにしに来たんだってことにならなくてよかったな、英士。

 

 

 

 

 

 

 













END

 


 

こんな郭真、どうですか?
有島は実は好きです。
ていうか、受けなくせして強気で攻めを振り回す一馬ってのがつぼ。
いい、悶えちゃうくらいいいっ!つぼなんだよん。

エッチの最中であっても強気な一馬ってのがいいっ。
ていうか攻めてるくせして一馬にメロメロな英士はへたれっていうのがつぼ。

あーたのしかった。

WHISTLE!のページへ戻る