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 欲しいものがあるんだ。

 そう、唐突に切り出した一馬はいつになく神妙な顔をしていて、まるで見知らぬ者に見えた。

 らしくないこともあるもんだと感心すると同時にオトナになっちゃってまぁとちょっと寂しい思いを
しつつ俺は頷いた。

 「だったら本人にもそう言えばいいじゃないか」

 「言えないからこうして悩んでいるんじゃないか」

 拗ねるみたいに口を尖らせたその顔は、でもよく見ると寂しげにも見えてしまい、なんだか急に一馬
が可愛く思えてきてしまった。

 「なんだよ。なに笑ってんだよ。お前バカにしてるだろ。くそっ。やっぱお前に相談しなきゃよかっ
た」

 顔はもちろんだが耳たぶまで赤く染めた一馬の手を掴んで引きとめ、まあまあ落ち着いてバカになん
かしてないからと、軽く宥めて席に戻るよう促す。

 平日とはいえ夏休みの昼下がり。新宿という場所柄も大きく関係しているんだろうけど店の中はそこ
そこに混雑している。このファーストフード店は俺や英士、そして一馬もだいたい月に4、5回は利用
する、馴染みの一店だ。味はまあまあ、ドリンクは割りといける、そして手頃。駅から近いから待ち合
わせには便利だし小遣い大ピンチの時でも安心して利用できる、大変ありがたく思っている店でもある。
へたに騒いで店の人間に目をつけられたくはないし、なにより英士が欠けている二人きりの時に行きづ
らくなるようなことが起きては困るのだ。

 「自分ひとりじゃいい考えも浮かばないからこうして俺に相談持ちかけて来たんだろ? なのに拗ね
てこのまま帰ったら意味なくなるじゃないか。ほら、座れよ。別にバカになんかしてないから。笑った
のはさっき一馬がちょっと可愛かったからだよ」

 「ばっ……!!」

 まっかっかになって、怒ったように目を剥く一馬に悪びれずペロリと舌を出したあと、とりあえず近
い席に視線を流して注意を向かわせて、『す・わ・れ』と唇だけの動きで説き伏せる。

 渋々と従った一馬は、空になったドリンクを乱暴な手つきで端の方へと移す。故意、なんだろうな…
…俺の方を見ようとはしない。相変わらず耳たぶも真っ赤に染まったままだし…………ごめん、やっぱ
お前今日なんかすげぇかわいいや。

 「いつまでも笑ってんなよっ」

 「はは、悪ぃ悪ぃ」

 低い唸り声を上げて威嚇されるがどうも今日の俺は少々いかれてしまってるらしい。一馬のこんな態
度にまで可愛いなんて思ってしまった。本人はあれで睨んでいるつもりなんだろうけど全然凄みなんて
なくて。目のふちのあたりをほんのり赤く染められても困る。どっちかというと泣くのをぐっと堪えて
るように見えてしまう顔だ。

 まったくしょうがないなぁ。

 必死なんだなぁと思い、思わず一馬の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回してしまった。

 「なにすんだよっ」

 身をよじって俺の手の下から逃げ出してしまった一馬に、俺はわざと『可愛い』という言葉を口にし
た。いや実際可愛く見えるからさ。けどこれは『がんばれ』っ意味で言ったんだけど……伝わらなかっ
たようだ。

 最悪、お前最低、なんだよもうっ勘弁してくれよ、等々口尖らせて睨み付けて真っ赤になって拳握っ
て一馬の肩がふるふる震える。

 あ、やばっ。殴られる。

 「やっぱお前さ、はっきり言った方がいいよ」

 慌てて話を振ると、さっきとは違う意味で肩が揺れた。急に覇気が失せ、テーブルにうっぷしたかと
思うと『言えねえから困ってるんじゃないか』となんとも情けない声が。なんだなんだその尻込みは。
自分の誕生日にもらうものだろが。欲しいものはなにかないのかとちゃんと向こうから聞いてきたんだ
ろ? だったらはっきりと××が欲しいって言やあいいんだよ。遠慮してる場合じゃないだろが、ほん
とにへたれなヤツだなぁ。

 「あのさぁ、お前ら付き合ってんだからさ、誕生日くらいわがまま言ったって許されると思うけどど
うなの?」

 テーブルの上に出ていた手が拳を作るのを見て、その拳の上に俺は自分の手を重ね置いた。

 そして。

 一日文句言わずにわたしに付き合ってって言われてマジで朝から晩までショッピングに付き合わされ
て足に豆作ったやつとか、心いっぱいケーキバイキングのハシゴがしたいから付き合ってと言われて見
てるだけで腹いっぱいになるほどの店のハシゴさせられて最後になにも口にしてないのに洗面所で吐い
てしまったやつとか、テレビでやってたんだけど昔駄菓子屋でよくみかけたお菓子やせんべいが入って
たっていう金魚鉢をでかくしたような丸くてずんぐりしたあのガラスの入れ物が欲しいのとねだられて
合羽橋を朝から夕方まで探し回ったやつとかの話をしてやって、自分がどれだけ愛されてるかを確かめ
るような真似する女のあざとさまで真似しろとは言う気ないけど自分のために頑張ってくれてる姿が見
たいって言うのを理由にしてちょっとくらいのわがまま言うくらいは許されてるもんなんだぜ誕生日っ
てのは、とその日に言うわがままはたいてい許されるもので、だから一馬も大丈夫だからと元気付けて
やる。

 一馬の欲しがっているものがなんなのか、まだ話してもらってはいないが車が欲しいだとか家が欲し
いだとか買って欲しい宝石があるだとか、そういう突拍子もないことを口にしてしまうようなヤツでは
ない。一馬の性格を考えればせいぜい、遊びに行ってみたい場所があるだとか観てみたい映画がちょう
どやっている最中だとか欲しかったCDがあるだとか、相手にあまり金をかけさせないでもすみ、かつ、
『しいて言えば』と前置きがつけられるそのヘンあたりを口にするはず。『なんでもいいから言ってみ
てくれ』と言われて欲しくもないものをリクエストしてしまうほど愚か者でもないし。

 さて、一馬がここまで尻込みしてしまうほど『欲しいもの』っていったい何なんだろうか?

 「…………結人」

 「ん?」

 「……さっきのはなしだけど……」

 「うん」

 「……絶対大丈夫っていう保障はでもないんだろ……?」

 「え? ……んー、まあそりゃないけど……」

 一馬がここまで尻込みしてしまう『欲しいもの』っていったい何なんだろうか? ここまで煮え切ら
ない態度見せられると、ものすごく気になるんだけど。

 俺はもう黙っていられなくて、身を乗り出して聞いた。

 「なあ、なにが欲しいの?」

 一馬は答えなかった。やっぱりね。言えない言えないって悩んじまうくらいの内容のものだ、そりゃ
あおいそれと他人に明かすわけがないよな。けど俺は相談したいことがあるって呼び出されてここに来
てるんだ。

 もうそろそろ誕生日だな、欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれと言われたんだけど欲しいもの
はあるんだけどちょっと言いにくくて、こういう場合黙ってても伝わる方法ってあるかな。

 そんなカンジで相談されたわけだけど、それとなく匂わしてみたらと言ったら『うーん、それはもう
試してみた。けどわかってもらえなくて……』という答えが返ってきたし、だったらもうちょいストレ
ートに伝えてみたらとアドバイスしたら『えっ、それは多分ムリ。ちょっと難しい……かな?』って遠
い目されてがっくり肩まで落とされてしまったし、じゃあはっきりもう言っちまえとこっちもやけにな
って返したら『もっと親身になって考えてくれよ』と泣きそうな顔で睨まれちまったし、だったらもう
ムリ相手の鈍感さ恨んで適当なこと言って手を打てと突き放したら『そんなのヤダ』って駄々こねられ
るしで結局全然話なんてまとまらなかったんだけど、打ち明けられた悩みにはひとつひとつちゃんとア
ドバイスはしてやった。

 役目はちゃんと果たしたんだからそろそろって言うかここまできたら教えてくれてもいいと思うのだ
が。

 「教えてくれたらもっとちゃんとアドバイスしてやれるかもよ?」

 ぴくんと、一馬の眉が吊り上がった。胡散臭そうな目で見る一馬に、俺はにかっと笑って見せた。

 「ナニが欲しいのかわかれば細かくアドバイスしてやれるってこと。わかる?」

 一馬は右の手の親指の爪を噛み、考え込む仕種を見せた。

 結局まとまらなかった話だけど、欲しいものがあるんだと呟いたあの時の一馬はとても真摯な目をし
ていたと思う。そして今、苛ついたように爪を噛む一馬のその目もとても真剣だ。きっと一馬のその視
線の先には、一馬にしか見えていないのだろうけど誰かがいるのだろう。

 覚悟でも決めたのか、一馬がちらりと俺の方を見た。

 普段俺は一馬を冷やかすことが多い。多分ヤツはそれを警戒してるのだろう。

 「安心しろって。今日はちゃかしたり冷やかしたりはなし。ちゃんと真剣に話聞いてやるから。一馬
が欲しがってるそれが手に入るよう二人で案出し合おう。な?」

 「……お前、絶対冷やかすなよ?」

 「約束するって」

 言いながら、へー釘刺さなきゃいけないようなモノをご所望なんだと、なぜか高鳴る俺の胸。ちゃか
さない冷やかさないと言ったはずなのに、このあと一馬の口から飛び出してくる言葉を今か今かと待ち
わびる俺の目は今きっと嬉々と輝いているにちがいない。

 やがて、一馬も俺の目が輝いていることに気がついたのだろう、苦虫100匹は潰したような渋面を
見せ始めた。

 「……へ、へへ……」

 笑ってごまかすしかないだろう。

 「……最悪……なにが真剣に聞いてやるだよ、ちゃかす気満々な顔しやがって……」

 これにも、やっぱり笑ってごまかすしかないよな。

 「……もう、いいよ……」

 らしくなく、意気消沈した顔見せて一馬がそっぽを向いた。おいおい……いつもだったらこういう場
面ではお前ギャーギャー喚いてパンチの二つ三つは繰り出すだろうに、そういう気力もないくらいお前
思い詰めちゃってんの?

 「……あー……一馬?」

 らしからぬ姿を見せる彼にごめんと謝る。調子狂わされて俺もらしくなく素直だ。

 やがてちょっとして『べつに謝らなくてもいい』という小声での返事が返ってくるが俺の顔はまだ見
たくないのか顔はまだそっぽを向いている。呼んでも『なに』と返ってはくるもののこっちを見ようと
はしなくて、完全に臍を曲げたらしい彼に俺はやれやれと溜息を漏らす。

 どうしたものかなぁ……。

 このまま黙っていた方がいいのか、それとも突っ込んで聞き出しに行った方がいいのか、間違うとあ
とが大変だ。よく考えて答えを出さないと。うーん……。

 首を捻ったその時、俺は前方から睨まれているような視線を感じた。顔を上げるとばちんと一馬と目
が合った。

 「……えっと、なに……?」

 「……結人にだったらなんでもなくなんでも言えんのに……」

 「……一馬……?」

 厳しい光を孕んだまなざしとは反対に、その顔は今にも泣き出しそうで、あまりのバランスの悪さに
さすがに俺も掛けてやる言葉を失った。一馬が、俺と誰かを比較しているのはすぐにわかった。そいつ
に言いたくても言えない言葉が胸の中にあって、言えないもどかしさに足掻いてるんだってことも。

 欲しいものも欲しいと素直に言えないなんて、恋ってのはずいぶん人を臆病にさせるものなんだな。
それとも一馬が特別なのかな。なんだか色々と考えているみたいだし。思い詰めてる風な顔を見せる回
数も増えてきているし。一馬は恋に逆上せ上がってるんだとずっと思ってたけど実際はそんなにラブラ
ブ気分満喫していたわけじゃなかったんだな。目の前にいる一馬はどう見たって悪酔いして目を回して
いる風だし。

 「でも一馬。それだけお前が本気になってるってことだろ。今の一馬ってすげえいじらしくて可愛い
よ。恋に恋にしてるってカンジ?」

 「ばっ……お前いきなりヘンなこと言うなよっ」

 俺の言葉に一馬が真っ赤になって唸った。すげぇ、首のあたりまで赤く染まってるよ。ここまで赤く
なるなんて初めてじゃないか? なんてことのんびり思ってたら、まるで威嚇するかのように拳がテー
ブルに叩きつけられた。一馬、それはちょっと痛かったんじゃない? テーブルかなり揺れてたよ? 
それに……ほら、まわりもこっち見てるよ?

 あ。

 教えてやろうと思ったのに気付かれちゃったよ、残念。

 「……お前のせいだぞっ……っそー……」

 おいおい。なに言ってる。テーブルぶっ叩いたお前の、せいだろが。

 ――ところで一馬。

 指の先でテーブルを小突いて呼びかける。あと1cm前に出てたら拳に触れていた。だけど触ったりし
たら触るなとかなんとか言われるのわかってたから、あまり刺激するのもよくないと思ってわざとぎり
ぎりのところに置いた。

 呼びかけから数秒後。俺は一馬に睨まれてしまったが、憮然とした顔のその男の口からは文句は聞か
れなかった。

 一馬の目には警戒の色が宿っていた。俺がまたヘンなことを言うんじゃないかと疑っているんだろう。

 俺は軽く身を乗り出して、

 「あいつからなにを貰いたいの?」

 直球勝負に出た。もう充分引っ張ったはずだ。それに一馬にはまだ話していないが俺はここに来る前
に二人の人間と会ってきている。こっちの用件が片付き次第連絡を入れるからと言い残してもきている。
待ちくたびれてる頃だと思うんだよね。

 それにあまり長引くと機嫌悪くなるやつが出てくると思うんだ。ま、その気持ちもわかるけどね。だ
けどそうなるとあっちも面白くないだろうから、俺があとで八つ当たりされるんだよね。

 ホント今回は損な役が回ってきたと思うよ。相談役にと一馬が立てた白羽の矢に、まさかこんなオプ
ションがくっついていたとは。ホント今回は運が悪い。

 「なんだったら俺から伝えてやってもいいよ?」

 「えっ……や、それはちょっと……」

 あれ? 口が回らないのはともかくとしてなんでそこでそんなに真っ赤になるわけ? おいおい。お
前いったいほんとになにを欲しがってるっていうんだよ? 怪しすぎるぞその態度。ちょっとちょっと。
俯いた理由が恥かしいからって言うのは許すよ? けどお前そこで『のの字』書こうものなら俺ダッシ
ュで帰らせてもらうからな?

 「あー……かじゅまクン……?」

 「なんだそれっ。その呼び方キライだからするなって言ってるだろっ」

 あ。

 やだよこのコ。目がうるうるしてましてよ。ちょっとちょっと。まじですか? おいおい勘弁してく
れよ? もしかしてこっから先は立ち入り禁止区域ですか?

 「あー……なんていうかその、それってモノ? 金出せば買えるモノ?」

 金で解決するものなら一瞬のダメージはでかいだろうけど傷は浅いだろうと思った。買い物に付き合
う羽目になったとしても買った品物が俺の手元に残るわけじゃなし、二、三日ダメージは残るだろうけ
ど時間が経てば以降は薄れていくだけだ。

 しかし。

 モノでないとしたら――…………。

 はは。愛が欲しいなんて薄ら寒いこと言ってくれるなよ? 言われても困るからな。それは他人の手
でどうこう出来るものではないからな? 欲しけりゃ一馬、お前が努力するしかないんだからな?
 
 「あー……のさ、黙ってないでなにか言ってくれないと困るんだけど……?」

 「お……」

 お? 『お』、なに?

 「俺、……」

 あーはいはい。『俺』、ね。で?

 「俺っ」

 お。背筋がピンと伸びた。覚悟決めたのかな?

 「俺、……その、……じ、自信がなくて……でも、……あ……」

 『あ』、なに? ヘンなとこで止めるなよ。気になるだろ。

 「……わ、……」

 はいはいは。『わ』、なに?

 「わ、笑うなよ?……ばかにするなよ……?」

 しませんて。

 「俺、……その、し……」

 『し』、なに? 

 「…………して欲しいんだ……」

 …………ナニを…………?

 「……なんでお前後ろに下がるの?」

 え? はは。いや、なんとなくね。ちょっと今寒気がしてさ。あー風邪でも引いたのかな? ヘンだ
な。ゾクゾクするんだよね、躯が。

 「…………なんかムカツク」

 や、そう言われましても。ホントにぞくぞくするんだって。多分ここ、空調の真下だから冷えたんだ
と思うんだよね。だから気にしないで続けて。な? 

 「……」

 いやだから睨む前に全部吐いて欲しいんだけど。マジにここ、ちょっと寒いんだ。

 「えっとその……して欲しいことがあるんだよな? それって簡単なこと?」

 「…………たぶん……」

 多分?

 「えっとそれは金かかるの?」

 「……」

 「じゃあ体力は使う?」

 「……」

 「じゃあ割と簡単なことなんだ?」

 「たぶん……」

 えーと……。金も体力使わないででも簡単なこと、ね……。はて?

 「なに?」

 まさかマジで愛とか? 

 「…………」

 いやだからそこで赤くならないでくれって。

 「ずばり聞いちゃうけど、愛?」

 「ばっ……」

 あ。なんだ。違うんだ。

 よく考えたらお前らすでに付き合ってんだもんな。欲しがるまでもなく愛があるからお付き合いして
るわけだよな。はは。俺もば――

 「愛ならある。欲しいのはキスだ」

 「……………」

 いま、なんとおっしゃいましたかな?

 「…………あー……一馬くん……?」

 もしもし? 俺の聞き違いなどではないよな? いま、キスって言ったよね? 

 「に、……」

 『に』、なんですか?

 「二度も言えるかよっ……」

 ……一馬っ……。

 俺は思わずテーブルに伏してしまった。ボクシングで言えばアッパー喰らった気分だ。衝撃で脳みそ
が揺れてるみたいだ。頭がくらくらするよ。

 しかしそうか。一馬はあいつとまだチューもしてなかったんだ。へー。なんていうかそれはそれで一
馬に合ってるっていうかなんていうか。ふーん。チューが欲しいんだ。

 「あ。質問。いい?」

 ここまできたらもうヤケだ。疑問に思ったことは全部もう聞いてしまえ。

 「手はもうつないだ?」

 「ばっ!」
 
 痛いっ! ひどいよ。そんな思い切り蹴らなくてもいいじゃないか。向う脛だぞそこ。

 「か、からかうなって言っただろっ」

 「からかってねえよ。疑問に思ったことを質問してみただけだろ。それにこれは重要な点だぞ。チュ
ーが欲しいとは言っても手もまだつないでいないんだったらそれはまだ早いと思うぞ。ものごとには順
番てものがある」

 「お前ばかだろっ。順番どおりにことを進めろなんて書いたマニュアル本なんて見たこともないぞ」

 「あ。もしかしてハウツー本は読んだんだ?」

 ぼんっ。

 すげっ。まるで爆発するみたいに真っ赤になっちゃったよ。

 あ。

 やばい。また涙目になった。

 「悪かった。けどその、やっぱりチューに進む前にもう少し仲は進展させてた方がいいんじゃないか
と思うんだ……」

 会ったその日のうちにエッチしちゃう輩もまあ少なくはないんだけど、なんていうか一馬の場合はそ
ういうキャラじゃないっていうか。一馬には一段一段階段をのぼっていって欲しいというか。まーなん
ていうかその。三回目のデートで手をつないで五回目のデートでチューして特別な日にエッチをするっ
ていう工程を踏んでほしいというか。まーなんていうかその、大人になるのはゆっくりでいいんだよと
言いたいわけよ。

 「勝手に思い込まないでくれよな」

 えっ。胸のうちを読まれたと思い慌てて心臓に手をやった。すごいドキドキ言っている。

 「誰がいつ、チューもまだだなんて言った?」

 「なにっ!?」

 お前すでに経験済みなのか!?

 「だったらなんで欲しいだなんて」

 「いつも俺からしてるんだよっ。だからたまには……って思ったんだ。バカ……」

 ジーザスっ。人は見掛けで判断しちゃいけないって見本がここに……。いや、しかしそうか。お前ら
ってそうなんだ。へー。いつもは一馬からするんだ? ほー。うまく操縦してんじゃんアイツ。やっぱ
さすがだは。

 「気持ち悪いからにやつくなよ。それとヘンな想像するなよな?」

 「気持ち悪いってお前……。くそ。お前たまってたもの吐き出してすっきりしたな。さっきまでとは
うってかわって口が軽くなってるじゃねえか。なんかお前もう全然可愛くないよ」

 「結人に可愛いなんて思われたってちっとも嬉しくないね。粟立つだけだからやめてくれよな」

 「うっわ。ホントに可愛くないよこのコ。ちょっと待ってろ」

 席を立った俺は、その足で化粧室に向かった。

 

 

 


 「さっきどこ行ってたんだ?」

 「内緒。それよりポテト食えよ。冷めたらおいしくないよ?」

 さっき俺は携帯でかけなくてはならなかった人たちにかけ、伝えるべき言葉を伝えて切ったあと一階
まで降りていってポテトフライ一人前とジュース二人分を追加して戻ってきた。

 誰にかけたかはもちろん一馬には内緒にしてある。

 「なあ一馬。さっきの話だけど。はっきりと伝えてやった方がいいよ? 一馬から言わないとわかっ
てもらえないと思うよ。だって一馬、お前わかりづらい。口で言わないで態度でわかってもらおうって
いうんならもっと演技力なくちゃ。一馬の場合多分だけど『言いたいことあるんだろうけど言わないで
ずっと言いたそうな顔してみてくるんだけど、なにが言いたいだろう』って思われてるよ」

 だてに付き合いは長くないから、わかってしまった。不器用ながら頑張ったんだろう一馬と、そんな
一馬を思い遣って自分から踏み込んでいくのを躊躇ったんだろう優しすぎるあいつ。らしいと言えばそ
れまでだけどもう少しお互いにわがままを言っていいんじゃないかな。

 「結人に言われなくたってわかってるよ……でもうまくできねんだから仕方ねーじゃん……よし言う
ぞって覚悟決めてもいざとなったらなんか……言えなくなっちゃって、結局ずっと言えなくて。クラス
のみんなの前でスピーチした時よりも緊張しちまうんだよ……」

 「気持ちはわかるけどもっと頑張るしかないんじゃないの?」

 「わかってるよっ。くそっ。人事だとおもっ……」

 ストローの入ってた紙をくしゃりと握りつぶし、顔を上げた一馬の目が一点に釘付けになった。どう
やら到着したらしい。

 「一馬には黙ってたけど、お前から相談があるって言われたあとあっちからも話があるって言われた
んだ。けど二人いっぺんに相手すんのは大変だと思ったから英士に預けちゃった。今日お前に会うこと
も事前に知らせてあった。だからお前もその日、英士と一緒に外に出てこいって、そうも付け加えてね。
あとこれもお前に言ってなかったけど今日、ここに来る前に二人と会ってた。別れ際にあいつに言って
やったんだ。こっちの用事が済み次第連絡入れるからあとで一馬を迎えに来いってね」

 何度もまばたきしながらじっと俺の顔見てた一馬が、ふと視線を走らせた。

 「じゃさっき席外したのって……」

 「そ。アレに電話入れに行ってたの」

 アレがいるだろう方向に向けてかるーく指をさし、計画がうまくいったのを喜んで俺はにんまりと笑
った。

 「俺だけのけ者かよ……」

 「だって仕方ねーじゃん。あいつも来るって言ったらお前来たか? 来ないだろ? それに。ふたり
で話し合えってのはちょっと言いにくかったし。さっきのお前のあの様子見てたらちょっと思い出しち
ゃって『あー言わなくてよかったー』って思ったね。あれじゃあ話し合いもへったくれもねえよな。で
もま、もうこっから先は二人でなんとかしなね」

 「ちょっ、結人っ」

 置き去りにされるのはイヤだと言いたげにまなざしが縋った。

 「あのね一馬。言うべき相手はあっち。俺にじゃないだろ?」

 泣きそうな顔をする一馬を思わず頭でも撫でて励ましてやりたくなったけど、それはまずいだろう。
なんせうしろにはあいつがいるんだから。一馬は知らないみたいだけどアレ、あんな顔してて結構熱い
男なんだよ。あんまり顔には出さないみたいなんだけど一応嫉妬って言葉は知ってるようだし。

 はは。なーんか突き刺さるものをさっきからびしばしと感じるんだよ。

 うん。まあ。なんていうかキミたちもうちょっと話し合った方がいいよ?

 「なあ一馬」

 ふらふら彷徨うその視線、俺も追ってたけどばればれだよ。気になってるくせに。まったく素直じゃ
ないね。

 「あいつ、素直にここまで迎えに来たけどそれってどうしてだと思う? わかる?」

 「……」

 一瞬見ただけでその視線はすぐに外れた。

 そして。首が振られる。いやだから考えてから答えろって。お前考える気全然ないだろ。ダメだよ。
それは。

 「じゃあ考えるんだな。わかったら、言ってみるといいよ。欲しいものがあるって。きっと叶うから」

 縋ってくる視線を俺は背を向けて無視した。だって俺の役目はもう終わった。ここから先はホントに
もう二人が話し合って解決していくしかない。

 「てことで。あとはまかせたから」

 すれ違いざまに、肩を軽く叩いてバトンを渡す。あとは自分でどうにかしろよな。そう目で語って。

 「世話をかけたな」

 「一馬の世話をするくらいどうってことないよ」

 なんかそのセリフ、面白くないな。もしかしなくても俺も嫉妬してる? 

 なんだかなあ。そりゃ一馬は大切な友達だよ。恋愛感情なんてないよ。けどやっぱり横からかっさら
いやがってって気分になるよな。うーん。こういうのを割り切れない気持ちっていうのかね?

 「なにしかめっ面してるのさ?」

 「ちょっとね。あ。そうだ。渋沢」

 突っ込んできた英士もかなりのしかめっ面をしていた。いったいこの二人、一緒にいてどんな会話を
していたんだろうか。まさかずっと沈黙を通してたなんてことはないよな? なんてことを考えながら
首だけ振り返らせて歩き始めてた背を呼び止めた。

 「あんたがあいつを甘やかしてるのはよぉぉぉくわかった。けどどうせ甘やかすならちゃんと言葉使
ってメロメロにしてやってよ。あいつは、言わなきゃわからない。それ。胸に刻んでおいてくれ」

 長居は無用だ。ていうか、親切で言ってやったんだが渋沢の笑みが冷たい。ていうか、怖い。

 俺は英士の横っ腹を小突いて歩き始める。早くこの場から去りたかった。

 

 

 


 「うまくいくと思う?」

 店を出て信号で止まった英士が口を開いた。やつは俺以上に一馬の世話を焼いてきた。だから割り切
れない思いは俺以上にあるはず。

 「いってくれなきゃ困るんだけど」

 「だよね。でも言えるのかねあの一馬に」

 「パニック起して口走る絵しか想像できないけどもう渋沢が知っちゃってるんだからなんとかうまく
まとまるんじゃない?」

 「だといいけど……」

 「大丈夫なんじゃん? 渋沢がうまく誘導してくれるよ」

 「そうだね……」

 うーん。面白くなさそうだね英士。気持ちわかるけど諦めろって。

 「それより英士。俺らも考えないと。一馬の誕生日プレゼントどうする?」

 「あ、そうだね。どうしよう?」

 去年はCDと映画の前売り券だった。CDはともかく前売りの方は二人仲良く行ってきたという話を
あとから聞かされている。や、役に立ててもらえて嬉しいよ。けど。今年は勘弁な。なんか感謝されて
も素直に受け取れないんだよね。だから二年連続してはイ・ヤ。

 「そういえば買いたいDVDがあるとか言ってたね。たしか五千ちょっとくらいのものだと思った」

 「へー五千か。だったら一人三千はしないわけだ。それ、タイトル覚えてる?」

 「うろ覚えだけど見つかればわかると思うよ」

 「よし。今年はそれにしよう」

 信号が青に変わる直前。俺たちは回れ右をして来た道をまた歩くことになった。

 「で。英士。今年はそれだけ?」

 安くはないけど、去年は二つだった。その点がちょっと引っ掛かる。

 「もう一つ欲しがってるもの知ってるけどそれもつける?」

 「え。それってなに?」

 「MD。買い置きしてたやつがそろそろなくなりそうなこと言ってた」

 「よし。すぐそこにヨドバシがある。そこ行ってみようぜ」

 ということで。まずはそこに足を運ぶことになった。

 

 

 

 

 結局。DVDもそこで揃えることが出来た。ついでに俺はゲームのソフトを購入し、英士はCDを2
枚も買ってしまい、俺たちはたった一日でこづかいを失ってしまった。
 

 

 

 

 

 








 

 

 






END

 


 

渋真です。結人視点の渋真です。
こんなものになってしまいましたが、渋真くんたちは陰でちゃんとラブラブホモップルしてます。
そういう設定の裏で、有島はひとりこっそりと
友達甲斐たっぷりあるとこ見せてきゃー結人くん素敵って一人楽しんでました。
若真でなければ結人はこんなにもカコイイのだ。優しいのだ。英士に劣らぬぐらい一馬を
可愛がってるのです。そりゃあもう、頭なでなでして甘やかしてるですよ。
渋真前提の若は。

はれ?
渋真のはずがなんかヘン?
はは。気にすまい。

ところで。一馬はチューちゃんと貰えたんでしょうか?
大丈夫です。若にじぇらしった渋がカコイイとこ見せてきっと奪ったはず。
やーこれぞ妄想。いやいや。ちゃんと妄想できればそれなりに萌えられますって。

(20020820真田一馬誕生日企画・その3)

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