そう、唐突に切り出した一馬はいつになく神妙な顔をしていて、まるで見知らぬ者に見えた。 らしくないこともあるもんだと感心すると同時にオトナになっちゃってまぁとちょっと寂しい思いを 「だったら本人にもそう言えばいいじゃないか」 「言えないからこうして悩んでいるんじゃないか」 拗ねるみたいに口を尖らせたその顔は、でもよく見ると寂しげにも見えてしまい、なんだか急に一馬 「なんだよ。なに笑ってんだよ。お前バカにしてるだろ。くそっ。やっぱお前に相談しなきゃよかっ 顔はもちろんだが耳たぶまで赤く染めた一馬の手を掴んで引きとめ、まあまあ落ち着いてバカになん 平日とはいえ夏休みの昼下がり。新宿という場所柄も大きく関係しているんだろうけど店の中はそこ 「自分ひとりじゃいい考えも浮かばないからこうして俺に相談持ちかけて来たんだろ? なのに拗ね 「ばっ……!!」 まっかっかになって、怒ったように目を剥く一馬に悪びれずペロリと舌を出したあと、とりあえず近 渋々と従った一馬は、空になったドリンクを乱暴な手つきで端の方へと移す。故意、なんだろうな… 「いつまでも笑ってんなよっ」 「はは、悪ぃ悪ぃ」 低い唸り声を上げて威嚇されるがどうも今日の俺は少々いかれてしまってるらしい。一馬のこんな態 まったくしょうがないなぁ。 必死なんだなぁと思い、思わず一馬の髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き回してしまった。 「なにすんだよっ」 身をよじって俺の手の下から逃げ出してしまった一馬に、俺はわざと『可愛い』という言葉を口にし 最悪、お前最低、なんだよもうっ勘弁してくれよ、等々口尖らせて睨み付けて真っ赤になって拳握っ あ、やばっ。殴られる。 「やっぱお前さ、はっきり言った方がいいよ」 慌てて話を振ると、さっきとは違う意味で肩が揺れた。急に覇気が失せ、テーブルにうっぷしたかと 「あのさぁ、お前ら付き合ってんだからさ、誕生日くらいわがまま言ったって許されると思うけどど テーブルの上に出ていた手が拳を作るのを見て、その拳の上に俺は自分の手を重ね置いた。 そして。 一日文句言わずにわたしに付き合ってって言われてマジで朝から晩までショッピングに付き合わされ 一馬の欲しがっているものがなんなのか、まだ話してもらってはいないが車が欲しいだとか家が欲し さて、一馬がここまで尻込みしてしまうほど『欲しいもの』っていったい何なんだろうか? 「…………結人」 「ん?」 「……さっきのはなしだけど……」 「うん」 「……絶対大丈夫っていう保障はでもないんだろ……?」 「え? ……んー、まあそりゃないけど……」 一馬がここまで尻込みしてしまう『欲しいもの』っていったい何なんだろうか? ここまで煮え切ら 俺はもう黙っていられなくて、身を乗り出して聞いた。 「なあ、なにが欲しいの?」 一馬は答えなかった。やっぱりね。言えない言えないって悩んじまうくらいの内容のものだ、そりゃ もうそろそろ誕生日だな、欲しいものがあったら遠慮なく言ってくれと言われたんだけど欲しいもの そんなカンジで相談されたわけだけど、それとなく匂わしてみたらと言ったら『うーん、それはもう 役目はちゃんと果たしたんだからそろそろって言うかここまできたら教えてくれてもいいと思うのだ 「教えてくれたらもっとちゃんとアドバイスしてやれるかもよ?」 ぴくんと、一馬の眉が吊り上がった。胡散臭そうな目で見る一馬に、俺はにかっと笑って見せた。 「ナニが欲しいのかわかれば細かくアドバイスしてやれるってこと。わかる?」 一馬は右の手の親指の爪を噛み、考え込む仕種を見せた。 結局まとまらなかった話だけど、欲しいものがあるんだと呟いたあの時の一馬はとても真摯な目をし 覚悟でも決めたのか、一馬がちらりと俺の方を見た。 普段俺は一馬を冷やかすことが多い。多分ヤツはそれを警戒してるのだろう。 「安心しろって。今日はちゃかしたり冷やかしたりはなし。ちゃんと真剣に話聞いてやるから。一馬 「……お前、絶対冷やかすなよ?」 「約束するって」 言いながら、へー釘刺さなきゃいけないようなモノをご所望なんだと、なぜか高鳴る俺の胸。ちゃか やがて、一馬も俺の目が輝いていることに気がついたのだろう、苦虫100匹は潰したような渋面を 「……へ、へへ……」 笑ってごまかすしかないだろう。 「……最悪……なにが真剣に聞いてやるだよ、ちゃかす気満々な顔しやがって……」 これにも、やっぱり笑ってごまかすしかないよな。 「……もう、いいよ……」 らしくなく、意気消沈した顔見せて一馬がそっぽを向いた。おいおい……いつもだったらこういう場 「……あー……一馬?」 らしからぬ姿を見せる彼にごめんと謝る。調子狂わされて俺もらしくなく素直だ。 やがてちょっとして『べつに謝らなくてもいい』という小声での返事が返ってくるが俺の顔はまだ見 どうしたものかなぁ……。 このまま黙っていた方がいいのか、それとも突っ込んで聞き出しに行った方がいいのか、間違うとあ 首を捻ったその時、俺は前方から睨まれているような視線を感じた。顔を上げるとばちんと一馬と目 「……えっと、なに……?」 「……結人にだったらなんでもなくなんでも言えんのに……」 「……一馬……?」 厳しい光を孕んだまなざしとは反対に、その顔は今にも泣き出しそうで、あまりのバランスの悪さに 欲しいものも欲しいと素直に言えないなんて、恋ってのはずいぶん人を臆病にさせるものなんだな。 「でも一馬。それだけお前が本気になってるってことだろ。今の一馬ってすげえいじらしくて可愛い 「ばっ……お前いきなりヘンなこと言うなよっ」 俺の言葉に一馬が真っ赤になって唸った。すげぇ、首のあたりまで赤く染まってるよ。ここまで赤く あ。 教えてやろうと思ったのに気付かれちゃったよ、残念。 「……お前のせいだぞっ……っそー……」 おいおい。なに言ってる。テーブルぶっ叩いたお前の、せいだろが。 ――ところで一馬。 指の先でテーブルを小突いて呼びかける。あと1cm前に出てたら拳に触れていた。だけど触ったりし 呼びかけから数秒後。俺は一馬に睨まれてしまったが、憮然とした顔のその男の口からは文句は聞か 一馬の目には警戒の色が宿っていた。俺がまたヘンなことを言うんじゃないかと疑っているんだろう。 俺は軽く身を乗り出して、 「あいつからなにを貰いたいの?」 直球勝負に出た。もう充分引っ張ったはずだ。それに一馬にはまだ話していないが俺はここに来る前 それにあまり長引くと機嫌悪くなるやつが出てくると思うんだ。ま、その気持ちもわかるけどね。だ ホント今回は損な役が回ってきたと思うよ。相談役にと一馬が立てた白羽の矢に、まさかこんなオプ 「なんだったら俺から伝えてやってもいいよ?」 「えっ……や、それはちょっと……」 あれ? 口が回らないのはともかくとしてなんでそこでそんなに真っ赤になるわけ? おいおい。お 「あー……かじゅまクン……?」 「なんだそれっ。その呼び方キライだからするなって言ってるだろっ」 あ。 やだよこのコ。目がうるうるしてましてよ。ちょっとちょっと。まじですか? おいおい勘弁してく 「あー……なんていうかその、それってモノ? 金出せば買えるモノ?」 金で解決するものなら一瞬のダメージはでかいだろうけど傷は浅いだろうと思った。買い物に付き合 しかし。 モノでないとしたら――…………。 はは。愛が欲しいなんて薄ら寒いこと言ってくれるなよ? 言われても困るからな。それは他人の手 「お……」 お? 『お』、なに? 「俺、……」 あーはいはい。『俺』、ね。で? 「俺っ」 お。背筋がピンと伸びた。覚悟決めたのかな? 「俺、……その、……じ、自信がなくて……でも、……あ……」 『あ』、なに? ヘンなとこで止めるなよ。気になるだろ。 「……わ、……」 はいはいは。『わ』、なに? 「わ、笑うなよ?……ばかにするなよ……?」 しませんて。 「俺、……その、し……」 『し』、なに? 「…………して欲しいんだ……」 …………ナニを…………? 「……なんでお前後ろに下がるの?」 え? はは。いや、なんとなくね。ちょっと今寒気がしてさ。あー風邪でも引いたのかな? ヘンだ 「…………なんかムカツク」 や、そう言われましても。ホントにぞくぞくするんだって。多分ここ、空調の真下だから冷えたんだ 「……」 いやだから睨む前に全部吐いて欲しいんだけど。マジにここ、ちょっと寒いんだ。 「えっとその……して欲しいことがあるんだよな? それって簡単なこと?」 「…………たぶん……」 多分? 「えっとそれは金かかるの?」 「……」 「じゃあ体力は使う?」 「……」 「じゃあ割と簡単なことなんだ?」 「たぶん……」 えーと……。金も体力使わないででも簡単なこと、ね……。はて? 「なに?」 まさかマジで愛とか? 「…………」 いやだからそこで赤くならないでくれって。 「ずばり聞いちゃうけど、愛?」 「ばっ……」 あ。なんだ。違うんだ。 よく考えたらお前らすでに付き合ってんだもんな。欲しがるまでもなく愛があるからお付き合いして 「愛ならある。欲しいのはキスだ」 「……………」 いま、なんとおっしゃいましたかな? 「…………あー……一馬くん……?」 もしもし? 俺の聞き違いなどではないよな? いま、キスって言ったよね? 「に、……」 『に』、なんですか? 「二度も言えるかよっ……」 ……一馬っ……。 俺は思わずテーブルに伏してしまった。ボクシングで言えばアッパー喰らった気分だ。衝撃で脳みそ しかしそうか。一馬はあいつとまだチューもしてなかったんだ。へー。なんていうかそれはそれで一 「あ。質問。いい?」 ここまできたらもうヤケだ。疑問に思ったことは全部もう聞いてしまえ。 「手はもうつないだ?」 「ばっ!」 「か、からかうなって言っただろっ」 「からかってねえよ。疑問に思ったことを質問してみただけだろ。それにこれは重要な点だぞ。チュ 「お前ばかだろっ。順番どおりにことを進めろなんて書いたマニュアル本なんて見たこともないぞ」 「あ。もしかしてハウツー本は読んだんだ?」 ぼんっ。 すげっ。まるで爆発するみたいに真っ赤になっちゃったよ。 あ。 やばい。また涙目になった。 「悪かった。けどその、やっぱりチューに進む前にもう少し仲は進展させてた方がいいんじゃないか 会ったその日のうちにエッチしちゃう輩もまあ少なくはないんだけど、なんていうか一馬の場合はそ 「勝手に思い込まないでくれよな」 えっ。胸のうちを読まれたと思い慌てて心臓に手をやった。すごいドキドキ言っている。 「誰がいつ、チューもまだだなんて言った?」 「なにっ!?」 お前すでに経験済みなのか!? 「だったらなんで欲しいだなんて」 「いつも俺からしてるんだよっ。だからたまには……って思ったんだ。バカ……」 ジーザスっ。人は見掛けで判断しちゃいけないって見本がここに……。いや、しかしそうか。お前ら 「気持ち悪いからにやつくなよ。それとヘンな想像するなよな?」 「気持ち悪いってお前……。くそ。お前たまってたもの吐き出してすっきりしたな。さっきまでとは 「結人に可愛いなんて思われたってちっとも嬉しくないね。粟立つだけだからやめてくれよな」 「うっわ。ホントに可愛くないよこのコ。ちょっと待ってろ」 席を立った俺は、その足で化粧室に向かった。
「内緒。それよりポテト食えよ。冷めたらおいしくないよ?」 さっき俺は携帯でかけなくてはならなかった人たちにかけ、伝えるべき言葉を伝えて切ったあと一階 誰にかけたかはもちろん一馬には内緒にしてある。 「なあ一馬。さっきの話だけど。はっきりと伝えてやった方がいいよ? 一馬から言わないとわかっ だてに付き合いは長くないから、わかってしまった。不器用ながら頑張ったんだろう一馬と、そんな 「結人に言われなくたってわかってるよ……でもうまくできねんだから仕方ねーじゃん……よし言う 「気持ちはわかるけどもっと頑張るしかないんじゃないの?」 「わかってるよっ。くそっ。人事だとおもっ……」 ストローの入ってた紙をくしゃりと握りつぶし、顔を上げた一馬の目が一点に釘付けになった。どう 「一馬には黙ってたけど、お前から相談があるって言われたあとあっちからも話があるって言われた 何度もまばたきしながらじっと俺の顔見てた一馬が、ふと視線を走らせた。 「じゃさっき席外したのって……」 「そ。アレに電話入れに行ってたの」 アレがいるだろう方向に向けてかるーく指をさし、計画がうまくいったのを喜んで俺はにんまりと笑 「俺だけのけ者かよ……」 「だって仕方ねーじゃん。あいつも来るって言ったらお前来たか? 来ないだろ? それに。ふたり 「ちょっ、結人っ」 置き去りにされるのはイヤだと言いたげにまなざしが縋った。 「あのね一馬。言うべき相手はあっち。俺にじゃないだろ?」 泣きそうな顔をする一馬を思わず頭でも撫でて励ましてやりたくなったけど、それはまずいだろう。 はは。なーんか突き刺さるものをさっきからびしばしと感じるんだよ。 うん。まあ。なんていうかキミたちもうちょっと話し合った方がいいよ? 「なあ一馬」 ふらふら彷徨うその視線、俺も追ってたけどばればれだよ。気になってるくせに。まったく素直じゃ 「あいつ、素直にここまで迎えに来たけどそれってどうしてだと思う? わかる?」 「……」 一瞬見ただけでその視線はすぐに外れた。 そして。首が振られる。いやだから考えてから答えろって。お前考える気全然ないだろ。ダメだよ。 「じゃあ考えるんだな。わかったら、言ってみるといいよ。欲しいものがあるって。きっと叶うから」 縋ってくる視線を俺は背を向けて無視した。だって俺の役目はもう終わった。ここから先はホントに 「てことで。あとはまかせたから」 すれ違いざまに、肩を軽く叩いてバトンを渡す。あとは自分でどうにかしろよな。そう目で語って。 「世話をかけたな」 「一馬の世話をするくらいどうってことないよ」 なんかそのセリフ、面白くないな。もしかしなくても俺も嫉妬してる? なんだかなあ。そりゃ一馬は大切な友達だよ。恋愛感情なんてないよ。けどやっぱり横からかっさら 「なにしかめっ面してるのさ?」 「ちょっとね。あ。そうだ。渋沢」 突っ込んできた英士もかなりのしかめっ面をしていた。いったいこの二人、一緒にいてどんな会話を 「あんたがあいつを甘やかしてるのはよぉぉぉくわかった。けどどうせ甘やかすならちゃんと言葉使 長居は無用だ。ていうか、親切で言ってやったんだが渋沢の笑みが冷たい。ていうか、怖い。 俺は英士の横っ腹を小突いて歩き始める。早くこの場から去りたかった。
店を出て信号で止まった英士が口を開いた。やつは俺以上に一馬の世話を焼いてきた。だから割り切 「いってくれなきゃ困るんだけど」 「だよね。でも言えるのかねあの一馬に」 「パニック起して口走る絵しか想像できないけどもう渋沢が知っちゃってるんだからなんとかうまく 「だといいけど……」 「大丈夫なんじゃん? 渋沢がうまく誘導してくれるよ」 「そうだね……」 うーん。面白くなさそうだね英士。気持ちわかるけど諦めろって。 「それより英士。俺らも考えないと。一馬の誕生日プレゼントどうする?」 「あ、そうだね。どうしよう?」 去年はCDと映画の前売り券だった。CDはともかく前売りの方は二人仲良く行ってきたという話を 「そういえば買いたいDVDがあるとか言ってたね。たしか五千ちょっとくらいのものだと思った」 「へー五千か。だったら一人三千はしないわけだ。それ、タイトル覚えてる?」 「うろ覚えだけど見つかればわかると思うよ」 「よし。今年はそれにしよう」 信号が青に変わる直前。俺たちは回れ右をして来た道をまた歩くことになった。 「で。英士。今年はそれだけ?」 安くはないけど、去年は二つだった。その点がちょっと引っ掛かる。 「もう一つ欲しがってるもの知ってるけどそれもつける?」 「え。それってなに?」 「MD。買い置きしてたやつがそろそろなくなりそうなこと言ってた」 「よし。すぐそこにヨドバシがある。そこ行ってみようぜ」 ということで。まずはそこに足を運ぶことになった。
結局。DVDもそこで揃えることが出来た。ついでに俺はゲームのソフトを購入し、英士はCDを2
渋真です。結人視点の渋真です。 はれ? ところで。一馬はチューちゃんと貰えたんでしょうか? (20020820真田一馬誕生日企画・その3) |