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 急に、顔が見たいと思った。

 会いたい……ではなくて見たい。

 だってべつに話したくないし。ただ見たいだけ。

 

 

 

                わがままな僕ら

 

 

 『で、なんで俺んとこに電話してくるかな?』

 「えー、だってまさか本人とこに電話はできないじゃん? ていうか、したくないし?」

 軽くかわすつもりだったんだけど結人にはばれているようで、勘弁してくれよと、呆られたような溜
息をつかれてしまった。

 「しょうがないじゃん。だってほんとに会いたいわけじゃねえもんよ」

 『顔がみたくなったけど見れないから相手してくれって言われてもこっちも困るんだよ。つーか、屁
理屈こいてねーで携帯入れろよ』

 「やだ。べつに話したいわけじゃないってさっき言っただろ? 電話なんかしたら喋らなきゃいけな
くなるじゃん。お前ひとの話ちゃんときいてる?」

 あ。また溜息ついた。なんでわかってくれないのかなぁ? ただ顔が見たいだけっていう気持ち、理
解されないほどおかしな話してるか俺?

 『なんで?』

 「なにが?」

 『話をしたくない理由!』

 いきなりナニ、怒鳴るわけ? カルシウム、足りてないだろ? 

 「大きな声出されなくってもちゃんと聞こえてるよ? それともそっちは感度悪いの?」

 『ふざけてねぇで聞かれたことに答えろよ』

 「べつに。たいした理由なんてないよ」

 ―――― たいした理由はね。ちょっとした理由っていうのならあるけどね。でもそれ言ったら絶対
結人は俺をばかにする。だから内緒。

 『ケンカでもした?』

 「してないよ」

 『じゃあお前がむかつくことなんかされた?』

 「なにもされてないよ」

 『じゃあなんで!?』

 「なんでって言われてもなぁ……話をしたくないからじゃ理由にならない?」

 『ならねえからこうして問い掛けてんだろが』

 しょうがないなぁ。

 「じゃあこう言えば納得してもらえるよね? 会いたくないから? そういう気分なんだよ今」

 『ふーん』

 なっ!!!

 『俺、一馬になにかした?』

 「なんで英士がそこにいるんだよ!?」

 突然の出現に、俺は驚いて声もひっくり返ったし一瞬携帯を落っことしそうにもなった。耳にした瞬
間なんて心臓が飛び跳ねたぞ。

 『なんでって結人の家にお邪魔してるから』

 そっ……だからどうしてお邪魔してるんだよ!? ……とは聞けなかった。とにかく落ち着かなくち
ゃ。

 会いたくない相手と偶然にも会話する羽目になったこの場合、えっと……動揺にまかせて口を開くの
だけは避けなきゃだよな。えっと、えっと……まずなにすりゃいんだ? いきなり切るのはやっぱまず
いし……かといってこのまま話を続けるのもやだし……んーと……。

 『動揺してるとこ悪いんだけど、さっきの質問に答えてくれないかな?』

 ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。やばい。どうしよう? 機嫌悪くなってるよ。どうしよう? あーどう
しようどうしよう? まずいよこのままじゃ。……えーとえーと……。

 『どうやら俺と一馬、話し合う必要があるようだね?』

 ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ないですないです。そんな必要全然ないです! そうだ!

 「あっと……、結人、結人にかわって! まだ話の途中なんだよ、その、伝えなきゃいけないことあ
って……えっと、かわって?」

 『結人、電話に出られないって』

 そうでしょ? なんて聞いてる声が聞こえてきて、俺は自分の部屋にいるというのに一歩後退りした。

 怖い。どうしよう。英士の仕返しが怖い。あいつは絶対このあとなんらかの形で仕返しをしてくる。
長い付き合いだからわかる。ていうか、記憶を溜め込んでおく箱をオープンさせるスイッチがオンに入
ってしまった。思い出したくもないのに次から次へと過去の出来事がよみがえってくる。どれもこれも
ろくな思い出ではない。怒らせた英士はとにかく容赦がない。平気で見ないふり聞こえないふりが出来
てしまうのだ。だから俺がなにを言っても通じない。気が済むまで俺をいたぶり続ける。そうしなけれ
ば俺は許されない。

 どうしよう、まじでやばいカンジがする。

 えーい!! これを切ってしまえ! そうすれ……。

 『一馬』

 ぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃっ! 怖い! だから怖いんだよっ!! タイミング良すぎ! こい
つ絶対俺が今なにしようとしたのかわかって言ってる! 

 「な、なに!?」

 『今、そっちに向かってるから』

 ひっ!! なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?

 いい! 来なくていいっ!! もう夜も遅いから無理して来ることなんてないって!!

 『だから、ちゃんと一馬が出迎えるように。いいね?』

 よくなぁぁぁぁぁい!!

 『じゃ、またあとでね』

 ど、どうしよう!!?? 絶体絶命の大ピンチだよ!!

 そうだ!! 今何時だ!? 10時20分!? あと一時間半したらここに来ちゃうよ!! 

 ど、どうしよう!? 逃げなきゃ!? だめだ!! どこに逃げるっていうんだよ! こんな時間に
訪ねられるとこなんてねえよ!! こういう時役に立たなきゃいけないのが結人なのに全然使えないし。

 んっ!?

 ちょっと待て。英士ずっと電話に出っぱなしだったぞ? 向かってるって……ええっ!? だってあ
れ結人の電話!! 結人から携帯取り上げちゃったの!? 信じられない!! かわいそうに!!

 ていうか結人!! お前もだらしなさすぎ! がつんと言ってやれよ!! …………て、ムリだよな。

 ああなった英士には逆らえないよ。逆らったらやばいって。とばっちりは喰らいたくないよ。立場が
逆だったら、俺だったら絶対助け舟なんか出さない。ひっそり胸で十字きってガンバレってエール贈る
だけだ。

 孤立無援。援護射撃なし! てめえの身はてめえで守れってか。覚悟決めるもなにも迎えるようにと
釘刺された以上迎えるしかない。もっとも今家には俺しかいないからチャイムが鳴れば俺が対応に出る
しかない。親は昨日から親戚のとこに行っていてあさってでないと戻ってこない。ほんと英士って強運
だと思う。一言も伝えてないのにこのタイミングだ。

 そしてついに鳴るチャイム。

 早々に玄関先に出向き座って待っていたから当然お待たせタイムはない。

 「こんばんは」

 「入って」

 にこりともせずまるで棒読みのようなあの挨拶。夜遅いとあって乗り継ぎに時間をくったのだろう。
昼間だったら一時間半近くで着くところが約二時間近くかかっている。それなのに機嫌は直らなかった
ようで、招き入れたあと不機嫌な男の背中を見つつ自分の部屋へと向かう途中交わされた会話はゼロ。

 「適当に座っててよ。飲むモンなんか持ってくる」

 「いらないから一馬も座ってよ」

 躊躇った。だって心の準備ができていない。

 「一馬」

 座れと、目が命令してる。……従った。ベッドに腰を下ろした英士のその足元に座って膝を抱え込む。

 「おばさんたちは?」

 「留守」

 「へぇ、じゃあ家にいるのは一馬ひとりってわけだ」

 英士の言葉に心臓が飛び跳ねた。感情らしいものなんて感じられない、英士の声が喋ったセリフ。言
葉通り受け取れば頷けばいいだけのこと。だけど隣にいるのはアノ英士だ。自然深読みをしてしまう。

 心境はまさに絶体絶命の大ピンチ。まな板の鯉? 生贄になった気分? 生きた心地がしない? な
んだか金縛りにあってるような気分だ……。

 「一馬」

 なっ!

 「……なに……?」

 ひょいと覗き込まれて一瞬心臓が止まった気がした。後退りしなかっただけ上出来かな……?

 「なんかものすごく緊張してるみたいだね、なんで?」

 「そ、そうか?」

 こっそり心ん中で呟く。お前がここにいるから、と。

 「話、あって来たんだろ?」

 「ううん。話なんてないよ」

 「……は?」

 じゃなんで来たんだよ?

 「さっき電話でした質問の答え聞きに来た」

 「あれは……」

 「あれは?」

 英士の手が、不意に俺の髪をすくった。先を促すかのような士草。……ずるい。ずるいよ……。

 どんな手を使ってでも口を割らせるつもりのくせしてこういうことするのって卑怯だよ。俺が英士の
指で髪の毛いじられんの好きだって知ってて、こういう場面でそれするなんてすっげ卑怯だよ。戦意喪
失だよこれじゃあ……。

 「一馬」

 「英士、それ、もうよしてよ」

 つんつんってつつかれたら一瞬なんか泣きたい気分になって慌ててその手を振り払った。

 「なんで? こうされるの好きでしょ?」

 やっぱりわざとか。くそっ。ていうかあーもうっ。触るなっての。

 「はいはいわかったよ。今日の一馬は冷たいね」

 かまおうとする手から逃げるように頭を反らして手で振り払ったりしたら元気のない声が上から落ち
てきた。わざとらしいというか小賢しい真似しやがってと思うものの悪いことしちゃったかなという気
になってしまうのはなぜなんだ? 俺に非はないだろうに……。ちっ。不甲斐なさ過ぎて腹立つよりへ
こんでくるよ……。

 「わかったよ、白状するよ。するからそのわざとらしい溜息つくのもうやめてくれないか?」

 「わざとらしいだなんてひどいこと言うね。俺はね、本気で落ち込んでるんだよ? やっぱり今日の
一馬は冷たいよ。俺、よっぽどひどいこと一馬にしたんだね。ごめんね。自分がなにをしたのかもわか
ってはいないのだけど会いたくないって思わせるほどのことをしたんだよね。ごめんね」

 ……やられた。そういう手できたか……。

 思い当たらないけどと言われてその相手に謝られたりしたら……許すもなにもただ会いたくなかった
だけなのにここでその理由を素直に白状しなきゃいけなくなるじゃん。理由隠してのらりくらり逃げた
りなんかしたらそれこそ俺が『卑怯者』になっちゃうじゃんか。

 くっそぉ……。

 来てくれなんて頼んでもないのに勝手に押し掛けてきたくせになんだよ、自分勝手な行動取ったくせ
になんで、俺がこんな立場弱くならなきゃいけないわけよ?? 

 会いたくないって言ったのにそんな俺の気持ち無視したくせになんで、俺がこんな申し訳ないような
顔しなきゃいけねんだよ??

 ……くっそぉ。……あーもうっ! ぺこんぺこんにへこんじゃったじゃんかよ! ちくしょう……。

 「会いたくないって言ったのに勝手に来て俺へこましてそんなに楽しいかよバカ英士……!」

 「えっ!? ちょっ、一馬!?」

 すげえ悔しい気分になっちゃって思わず膝に顔を埋めたら、英士が慌てた。

 ちょっと泣かないでよなんてすげえ心配そうな声出すし。……ばかじゃねえの? こんなことくらい
で泣くかよ。けどちょっと気分晴れたかも。もう少しこのカッコしてよっと。

 「一馬? ねえ一馬? ねえ一馬お願いだからちょっと顔上げてくれないかな? ねえ一馬?」

 …………なんかちょっとさすがにかわいそう……かな……?

 「一馬っ」

 うげっ。

 いきなしなにすんだよ! 首、痛いって!

 「良かった、泣かせたかと思ってびっくりしたよ」

 ……いきなし頭掴んで強引に顔上げさせて言うセリフか、それ。つうかもうはなせ! マジで首が痛
いっての。さっきグキッて鳴ったぞ聞こえただろ?

 「英士、もういい加減手、はなしてよ……」

 「ああ、ごめんごめん」

 ……わざと、やってないか……?

 よーく考えたらこの体勢……つうか下から見上げるこのカッコ……なんかすごくものすごーく、不自
然じゃないか?? 

 心配してるんだったら下に下りて真正面に普通まわるよな? そんで顔上げさせて、顔のぞくんだっ
たら普通まっすぐな角度からだよな?

 こんな……下にいる人間が首反らして真上からのぞきこむ人間と見つめあってるって……これってア
ヤシイよな??

 なんかこれって…………。

 「え、えーしストップ!! ストップ!!」

 きた!! 顔が近づいてきた!! 

 やばい! 手が顎にかかったぞ!! ぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!! くる!!!!!

 「……っ……」

 …………く、苦しいっ……ていうか首が疲れるっ……。

 「……え……」

 唇がはなれた瞬間『英士苦しい』って言ってやろうと思ったのに……言う間もなくまたすぐに塞がれ
てしまって『えいし』の『え』しか言えなかった。

 キスはキライじゃない。唇どうしがくっつくだけのも好きだし、角度をかえていきながら深まってい
く、吐息の熱さが伝わってくるようなキスももちろんイヤじゃない。

 舌が入ってくるキスも、恥かしいけど気持ち良くなってくるから拒絶はしない。仕掛けられたキスに
は割と素直に従う方だ。

 下唇を軽く啄ばまれたあと、気がすんだのかやっと解放された。

 あとは顎にかかる手が外れれば元の体勢に戻れるのだがどうもそれはまだ外す気がないらしい。じっ
と見下ろしているその目はなにか言いたげで逸らす気がないのがわかるから俺も見上げたまま黙ってい
た。

 「ねえ一馬?」

 「うん?」

 「なんでなの?」

 切なげに目を細めるなんて英士らしくない。そんな顔させたのは誰なのか? 自分なんだと思ったら
俺まで切なくなった。かなり真剣に好かれてるんだなあと、気持ちが伝わってくるからとぼけることも
かわすこともしちゃいけないと思った。

 「英士、誤解してる。会いたくないとは言ったけど顔も見たくないとは言ってないよ? この意味が
わかる?」

 「顔は見たいけど会いたくはなかったってこと?」

 「そ」

 「ごめん一馬。違いがわからない」

 頭の回転は速いはずの英士がわずかに首傾げたのに思わず苦笑しちゃったよ。

 ごめん、べつにばかにしたわけじゃないからそんな目きつくして見ないでよ。

 「俺、話がしたかったわけじゃないし声とかも聞きたかったわけじゃない。ただ遠くからでもいいか
ら英士の顔が見たかった。こういう気持ち、理解できない?」

 「……難しいこと言うんだね一馬」

 派手ではないけど控えめに口元を綻ばせた英士。たまに、ごくたまにだけど、ぎゅっと抱きしめてあ
げたくなるような表情を英士は見せるときがある。

 「英士」

 不意をついて腕を伸ばして首に抱きつき自分から浅いキスをした。

 「俺が電話やメールで会いたいって伝えたら英士はきっと会ってくれるよね。今から会いにいくね、
なんて言って自分から来ようともしたと思う。それがわかってたから結人の方に電話入れたんだ。……
英士、俺の声ちゃんと耳に届いてるか?」

 触れて少しだけ舌を忍ばせて、ちょんと触ってそれですぐに腕ははなした。英士は最初からびっくり
してて話をしているときもまだ目を見開いたままでなにが起きたのかを理解していないみたいだった。
前髪をくいっと引っ張って反応を求めたけどやっぱり変化はなくて。

 俺からすることなんてそりゃめったにないことだけど、ここまで驚かなくてもいいのに。そう思った
ときだった。急に英士の顔に赤みがさしだした。どうやら自分の身の上になにが起きたのかを理解でき
たようである。

 「英士。我に返るの遅すぎ」

 おかしくて笑うと英士はまいったなと、ほんとに恥かしそうにつぶやいたのだった。

 そのらしくない姿に俺は今一度してあげたいと思ったけどこれ以上刺激してやぶ蛇になられても困る
と考えうずく腕と気持ちをなんとか抑止し、「お気に召さなかった?」と問だけを投げかけた。

 「そういう風に見える?」

 「いや見えない。密かに嬉しがってるだろ?」

 「わかってるんだったら聞かないでよ。心臓がまだドキドキいってて動揺もすこし残ってるんだから
これ以上意地悪しないでよ」

 「いつもはこっちがドキドキさせられてんだからたまにはいいだろ」

 「一馬さ、すごくはちゃめちゃなことしてるよ? 自分でわかってる?」

 「はちゃめちゃって? どこが?」

 「会いたくないって言ってキスするなんてどういうつもり?」

 「それはそれ、これはこれ」

 「一馬、俺のことまだちゃんと好き?」

 「なんでそんなこと聞くんだ?」

 「だって会いたくないって言うから……」

 不満げな口調と全然晴れやかでない表情に、英士が意外と神経質で俺が関わると了見が狭いとこを見
せる人間であったことを思い出し「オブラートに包むような表現でわからせようとするのはムリ」と悟
り、きちんと説明するからまずはベッドの上から下りてきてよ、そして隣に座りなおしてよと、告げた。

 いいかげん首も疲れてきていたが、肩も凝ってきていた。伸ばすと背中にも痛みが走りこの体勢で続
けるのはムリと思ったのだ。

 英士が俺から離れ隣に移動してくる。俺は強張っていた身体を伸ばし、そして足を前の方に投げ出す。
なにかを言いたげに、ちらちらと覗ってきているのに気付いていたけど俺はわざと時間かせぎをしてい
た。だって、どう伝えていけば俺の気持ちがちゃんと伝わってくれるのかがわからない。

 会いたくないけど顔は見たいとそういう風に思ってた。否、顔を見たいとだけ願っていた。そう言葉
にしたところで、どうせまた、どこがどう違うのとわかってはもらえないだろう。だけど実際そうだっ
たのだから納得してもらえないと今度はこっちが困ってくるのだ。しかし、説明すると言ってしまった
以上困ってばかりもいられない。果たしてわかってもらえるんだろうか。

 「あのさ」

 「うん」

 「さっきの繰り返しになるんだけどさ、会いたくないとは言ったけど、その、避けてたわけじゃなく
てさ……わかってもらえないとは思うけどただ『英士の顔が見たいなあ』って思う気持ちの方が強くあ
ってさ、だから電話口で言った会いたくない気分ってのは別に顔も見たくないって意味で言ったものじ
ゃないってことをわかっ欲しいんだけど……あー……俺がなに言いたいのかやっぱりわかんない……?」

 一気に説明して様子を覗うとやっぱり難しい顔されて頷かれてしまった。

 「……えっと、じゃあさ…………俺の顔が急に見たくなったことってない?」

 「あるよ。しょっちゅうだよ」

 「…………えっと、だから、俺も急にそういう気分に襲われてだな……」

 「俺はそのあと会いたくなるんだけど」

 一馬は違うんだと、英士のその問い掛けに俺は頷いた。

 英士は俺のその答えを見て、難しい顔をますます渋くさせた。多分俺の答えが気に入らないのだろう。
自分は会いたいと思うのになんでお前はそうじゃないのと、胸の中で疑問に思ってると思う。英士なら
思うだろう。英士は自分の感情に素直に従うことができるから。迷いも照れも、あるかもしれないけれ
ど枷にはならない人だから。だけど俺はちがう。迷いがあれば身動きもとれなくなるし、照れを感じれ
ば素直にもなれない。

 ようするに、恥かしがってまた頑なになっているだけ、なわけよ。

 会いたいとストレートに言ってしまえばいいのに言いたくない気持ちが起きるから『顔が見たいだけ』
なんて遠まわしな言い方しか出来なくなるし。

 会いたいんだろと突付かれても意地を張って『別に会いたいわけじゃないよ』と言い張るし。『そう
だね、まあ会いたいってことだよね』と、言えば済むことなのに頑として言おうとしないし。

 つまり、意地でも言うもんかって気持ちが心の中にあるわけよ。会いたいなんて俺には言えないよ。
だって、心の内を吐露してしまうようなものじゃないか。恥かし過ぎて口になんてできないよ。

 英士みたいにストレートに表現してみろと言われても、絶対ムリ、できない。

 自分の気持ちを隠さずにどこまで素直に出せるか、表現の仕方に差のある俺たちでは互いを理解して
いくのはなかなか難しいと思う。俺の気持ちをわかってもらうのはやっぱり難しそうだ。

 どうしよう。これ以上説明のしようがないよ。

 「もう、いいよ」

 え?

 英士のその言葉に目を丸くして見つめ返す俺に、英士は独り言のような言葉を返して寄こした。

 「嫌われてるわけじゃないみたいだから、もういい。顔を見たいと思ったくせになんで結人に電話な
んかしたの、ってホントは言いたいトコだけど今はもうこうして隣に一馬が居てくれるからそれについ
てももうなにも言わないよ」

 だからどうしてそういうことをスラスラと言えちゃうのかな……。恥かしくないのかな……? 言っ
た本人よりも聞かされた俺のほうが照れてなくないか……? すごく顔が熱いんですけど…………。

 「でも一馬、こういうことはこれきりしてね」

 英士の、お願いにも聞こえたその言葉の意味を考えて『どういう意味だろう?』と首を捻ったそのと
き、指に英士の指が絡み、ドキリとして顔を向けると驚く間もなく不意打ちのキスをくらってしまい、
結果、間近で英士の顔を見ることになってしまい、いつまたキスされるかわからない状況に心拍数は上
がっていくし身体は火照ってくるしで、絡む指にちからがこめられてくるのに、俺は身の危険を感じた。
 
 「あの、英士……さっきのこれきりにしてねって、なにをこれきりにしろって?」

 「会いたいわけじゃないからなんてもう言わないで」

 「えっと……だからそれは……」

 「避けてんじゃないと言われても傷つくよ。会いたいわけじゃなく、顔を見るだけで満足するって言
うのなら『会いたくないわけじゃないから』ってことを理由にしないで。そういう時は俺に電話してき
てよ。声を聞きたかったわけじゃないから、なんて言わないでね。そんなことまで言われたらもっと傷
つくよ。お願いだから俺を遠ざけないで」

 「えっと……」

 ぽすんと肩に乗った重みはそのまま不安がっている英士の心そのものだという気がして、なにも言え
なくなった。

 遠ざけようなんて、考えたことは一度だってない。英士は誤解している。『会いたいわけじゃないか
ら』と言ったあの一言でこんなに英士が不安がるなんて、あのとき俺は想像もしていなかった。

 まいったな。他人を理解するのってホントに難しい。自分を基準に考えちゃだめだってことは今回の
ことで学んだけど、まだまだ理解できてないこといっぱいあるから、これからも衝突していくんだろう
な。そのたびに、こんな風に唐突に知るンだろう。

 しんみりしてしまったら、なんだか急に英士が愛しく思えてきた。

 「英士、……」

 解かれていない指を利用して、今度はこっちが握り返してやって顔を上げさせた。他人の目に、自分
の姿が映っているのを見て、こんなにも鼓動が跳ねるのは相手が英士だからだ。

 ああ。俺ってホントに愛されてるね。

 言葉なんかなくても見つめてくるその瞳、指に感じる温もりから英士の想いが伝わってくるよ。

 なんて、なんて激しい愛なんだろう。

 「ごめんな、英士……」

 うざいと思うときもあるけれど、でも俺もちゃんと英士のこと好き、だから。

 俺は、その気持ちを行動で示した。言葉に出して言うのは、恥かしいからね。

 自分から深く口付けて、英士の身体を押し倒した。

 「……一馬……?」

 英士は、目をまん丸くしてびっくりしていた。当然だろうな。初めて、俺に押し倒されたんだから。
でも、驚くのはまだ早いよ。続きがあるんだから。

 「このあとどうするかは英士が決めていいよ」

 「……どうしたの……?」

 「質問なんか後回しにしなよ。親は留守でいないけど時間は確実に進んでいくんだよ」

 「えっと、それはつまり……」

 「だから。質問なんかあとにしろって言ってるの。どうしたいか、さっさと決めろよ」

 「……そんなの、決まってる……」

 胸元を掴んだ手に引っ張られ、少々荒っぽいキスをされた。今までしてきたどのキスとも違う。欲の
見えるキスだった。

 「……空が白むまで付き合ってやるよ」

 「どうしよう……すごい興奮してきた……」

 「いいことじゃないか」

 俺は、英士の手を借りるまでもなく自らの意思でシャツを脱ぎ去った。そして。上から眺め下ろし、
英士を煽る。英士だけじゃない。俺の中の血も、煮えたぎった湯のようにぐつぐつ沸騰しているのだ。

 箍が緩めば俺だって素直になるさ。だからジーンズのホックも自分から外したし、昂りに触れたのも
俺からだった。

 「っ……ず、ま……」

 「……うん、……なに……?」

 

 

 

 

 


 煽ったはずなのに、こっちまで煽られてしまった。

 英士の唇から漏れる掠れた吐息に、答える俺の声も震えていた。

 

 

 











END

 


 

えっ!? もしかして真郭!? うっそ!?

うそうそ、郭真です。
最近、攻めチックな一馬がお気に入りです。強気、攻め気、だけどヘタレ。そんな一馬がスキ。

さて、言い訳です。
会えば英士はうざいくらいベタベタするから一馬ちんはきっと会いたくないと思うはず。
でもそこは恋する男の子。会いたいけど会いたくない気持ちを発展させて、だけど顔くらい見たいなあっと思うわけ。そこで白羽の矢が立ったのが結人。いや、ご愁傷さまです。
グチを聞かされる羽目になって最後は携帯まで奪われてしまうと。
いや、ホントに踏んだり蹴ったりですな。
再びご愁傷さまです。

どうよ、この初秋の妄想。夏は行ったというのに頭ん中はまだまだ熱いっす。

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