会いたい……ではなくて見たい。 だってべつに話したくないし。ただ見たいだけ。
わがままな僕ら
『で、なんで俺んとこに電話してくるかな?』 「えー、だってまさか本人とこに電話はできないじゃん? ていうか、したくないし?」 軽くかわすつもりだったんだけど結人にはばれているようで、勘弁してくれよと、呆られたような溜 「しょうがないじゃん。だってほんとに会いたいわけじゃねえもんよ」 『顔がみたくなったけど見れないから相手してくれって言われてもこっちも困るんだよ。つーか、屁 「やだ。べつに話したいわけじゃないってさっき言っただろ? 電話なんかしたら喋らなきゃいけな あ。また溜息ついた。なんでわかってくれないのかなぁ? ただ顔が見たいだけっていう気持ち、理 『なんで?』 「なにが?」 『話をしたくない理由!』 いきなりナニ、怒鳴るわけ? カルシウム、足りてないだろ? 「大きな声出されなくってもちゃんと聞こえてるよ? それともそっちは感度悪いの?」 『ふざけてねぇで聞かれたことに答えろよ』 「べつに。たいした理由なんてないよ」 ―――― たいした理由はね。ちょっとした理由っていうのならあるけどね。でもそれ言ったら絶対 『ケンカでもした?』 「してないよ」 『じゃあお前がむかつくことなんかされた?』 「なにもされてないよ」 『じゃあなんで!?』 「なんでって言われてもなぁ……話をしたくないからじゃ理由にならない?」 『ならねえからこうして問い掛けてんだろが』 しょうがないなぁ。 「じゃあこう言えば納得してもらえるよね? 会いたくないから? そういう気分なんだよ今」 『ふーん』 なっ!!! 『俺、一馬になにかした?』 「なんで英士がそこにいるんだよ!?」 突然の出現に、俺は驚いて声もひっくり返ったし一瞬携帯を落っことしそうにもなった。耳にした瞬 『なんでって結人の家にお邪魔してるから』 そっ……だからどうしてお邪魔してるんだよ!? ……とは聞けなかった。とにかく落ち着かなくち 会いたくない相手と偶然にも会話する羽目になったこの場合、えっと……動揺にまかせて口を開くの 『動揺してるとこ悪いんだけど、さっきの質問に答えてくれないかな?』 ひぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。やばい。どうしよう? 機嫌悪くなってるよ。どうしよう? あーどう 『どうやら俺と一馬、話し合う必要があるようだね?』 ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! ないですないです。そんな必要全然ないです! そうだ! 「あっと……、結人、結人にかわって! まだ話の途中なんだよ、その、伝えなきゃいけないことあ 『結人、電話に出られないって』 そうでしょ? なんて聞いてる声が聞こえてきて、俺は自分の部屋にいるというのに一歩後退りした。 怖い。どうしよう。英士の仕返しが怖い。あいつは絶対このあとなんらかの形で仕返しをしてくる。 どうしよう、まじでやばいカンジがする。 えーい!! これを切ってしまえ! そうすれ……。 『一馬』 ぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃっ! 怖い! だから怖いんだよっ!! タイミング良すぎ! こい 「な、なに!?」 『今、そっちに向かってるから』 ひっ!! なんですとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!? いい! 来なくていいっ!! もう夜も遅いから無理して来ることなんてないって!! 『だから、ちゃんと一馬が出迎えるように。いいね?』 よくなぁぁぁぁぁい!! 『じゃ、またあとでね』 ど、どうしよう!!?? 絶体絶命の大ピンチだよ!! そうだ!! 今何時だ!? 10時20分!? あと一時間半したらここに来ちゃうよ!! ど、どうしよう!? 逃げなきゃ!? だめだ!! どこに逃げるっていうんだよ! こんな時間に んっ!? ちょっと待て。英士ずっと電話に出っぱなしだったぞ? 向かってるって……ええっ!? だってあ ていうか結人!! お前もだらしなさすぎ! がつんと言ってやれよ!! …………て、ムリだよな。 ああなった英士には逆らえないよ。逆らったらやばいって。とばっちりは喰らいたくないよ。立場が 孤立無援。援護射撃なし! てめえの身はてめえで守れってか。覚悟決めるもなにも迎えるようにと そしてついに鳴るチャイム。 早々に玄関先に出向き座って待っていたから当然お待たせタイムはない。 「こんばんは」 「入って」 にこりともせずまるで棒読みのようなあの挨拶。夜遅いとあって乗り継ぎに時間をくったのだろう。 「適当に座っててよ。飲むモンなんか持ってくる」 「いらないから一馬も座ってよ」 躊躇った。だって心の準備ができていない。 「一馬」 座れと、目が命令してる。……従った。ベッドに腰を下ろした英士のその足元に座って膝を抱え込む。 「おばさんたちは?」 「留守」 「へぇ、じゃあ家にいるのは一馬ひとりってわけだ」 英士の言葉に心臓が飛び跳ねた。感情らしいものなんて感じられない、英士の声が喋ったセリフ。言 心境はまさに絶体絶命の大ピンチ。まな板の鯉? 生贄になった気分? 生きた心地がしない? な 「一馬」 なっ! 「……なに……?」 ひょいと覗き込まれて一瞬心臓が止まった気がした。後退りしなかっただけ上出来かな……? 「なんかものすごく緊張してるみたいだね、なんで?」 「そ、そうか?」 こっそり心ん中で呟く。お前がここにいるから、と。 「話、あって来たんだろ?」 「ううん。話なんてないよ」 「……は?」 じゃなんで来たんだよ? 「さっき電話でした質問の答え聞きに来た」 「あれは……」 「あれは?」 英士の手が、不意に俺の髪をすくった。先を促すかのような士草。……ずるい。ずるいよ……。 どんな手を使ってでも口を割らせるつもりのくせしてこういうことするのって卑怯だよ。俺が英士の 「一馬」 「英士、それ、もうよしてよ」 つんつんってつつかれたら一瞬なんか泣きたい気分になって慌ててその手を振り払った。 「なんで? こうされるの好きでしょ?」 やっぱりわざとか。くそっ。ていうかあーもうっ。触るなっての。 「はいはいわかったよ。今日の一馬は冷たいね」 かまおうとする手から逃げるように頭を反らして手で振り払ったりしたら元気のない声が上から落ち 「わかったよ、白状するよ。するからそのわざとらしい溜息つくのもうやめてくれないか?」 「わざとらしいだなんてひどいこと言うね。俺はね、本気で落ち込んでるんだよ? やっぱり今日の ……やられた。そういう手できたか……。 思い当たらないけどと言われてその相手に謝られたりしたら……許すもなにもただ会いたくなかった くっそぉ……。 来てくれなんて頼んでもないのに勝手に押し掛けてきたくせになんだよ、自分勝手な行動取ったくせ 会いたくないって言ったのにそんな俺の気持ち無視したくせになんで、俺がこんな申し訳ないような ……くっそぉ。……あーもうっ! ぺこんぺこんにへこんじゃったじゃんかよ! ちくしょう……。 「会いたくないって言ったのに勝手に来て俺へこましてそんなに楽しいかよバカ英士……!」 「えっ!? ちょっ、一馬!?」 すげえ悔しい気分になっちゃって思わず膝に顔を埋めたら、英士が慌てた。 ちょっと泣かないでよなんてすげえ心配そうな声出すし。……ばかじゃねえの? こんなことくらい 「一馬? ねえ一馬? ねえ一馬お願いだからちょっと顔上げてくれないかな? ねえ一馬?」 …………なんかちょっとさすがにかわいそう……かな……? 「一馬っ」 うげっ。 いきなしなにすんだよ! 首、痛いって! 「良かった、泣かせたかと思ってびっくりしたよ」 ……いきなし頭掴んで強引に顔上げさせて言うセリフか、それ。つうかもうはなせ! マジで首が痛 「英士、もういい加減手、はなしてよ……」 「ああ、ごめんごめん」 ……わざと、やってないか……? よーく考えたらこの体勢……つうか下から見上げるこのカッコ……なんかすごくものすごーく、不自 心配してるんだったら下に下りて真正面に普通まわるよな? そんで顔上げさせて、顔のぞくんだっ こんな……下にいる人間が首反らして真上からのぞきこむ人間と見つめあってるって……これってア なんかこれって…………。 「え、えーしストップ!! ストップ!!」 きた!! 顔が近づいてきた!! やばい! 手が顎にかかったぞ!! ぎゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃゃ!!! くる!!!!! 「……っ……」 …………く、苦しいっ……ていうか首が疲れるっ……。 「……え……」 唇がはなれた瞬間『英士苦しい』って言ってやろうと思ったのに……言う間もなくまたすぐに塞がれ キスはキライじゃない。唇どうしがくっつくだけのも好きだし、角度をかえていきながら深まってい 舌が入ってくるキスも、恥かしいけど気持ち良くなってくるから拒絶はしない。仕掛けられたキスに 下唇を軽く啄ばまれたあと、気がすんだのかやっと解放された。 あとは顎にかかる手が外れれば元の体勢に戻れるのだがどうもそれはまだ外す気がないらしい。じっ 「ねえ一馬?」 「うん?」 「なんでなの?」 切なげに目を細めるなんて英士らしくない。そんな顔させたのは誰なのか? 自分なんだと思ったら 「英士、誤解してる。会いたくないとは言ったけど顔も見たくないとは言ってないよ? この意味が 「顔は見たいけど会いたくはなかったってこと?」 「そ」 「ごめん一馬。違いがわからない」 頭の回転は速いはずの英士がわずかに首傾げたのに思わず苦笑しちゃったよ。 ごめん、べつにばかにしたわけじゃないからそんな目きつくして見ないでよ。 「俺、話がしたかったわけじゃないし声とかも聞きたかったわけじゃない。ただ遠くからでもいいか 「……難しいこと言うんだね一馬」 派手ではないけど控えめに口元を綻ばせた英士。たまに、ごくたまにだけど、ぎゅっと抱きしめてあ 「英士」 不意をついて腕を伸ばして首に抱きつき自分から浅いキスをした。 「俺が電話やメールで会いたいって伝えたら英士はきっと会ってくれるよね。今から会いにいくね、 触れて少しだけ舌を忍ばせて、ちょんと触ってそれですぐに腕ははなした。英士は最初からびっくり 俺からすることなんてそりゃめったにないことだけど、ここまで驚かなくてもいいのに。そう思った 「英士。我に返るの遅すぎ」 おかしくて笑うと英士はまいったなと、ほんとに恥かしそうにつぶやいたのだった。 そのらしくない姿に俺は今一度してあげたいと思ったけどこれ以上刺激してやぶ蛇になられても困る 「そういう風に見える?」 「いや見えない。密かに嬉しがってるだろ?」 「わかってるんだったら聞かないでよ。心臓がまだドキドキいってて動揺もすこし残ってるんだから 「いつもはこっちがドキドキさせられてんだからたまにはいいだろ」 「一馬さ、すごくはちゃめちゃなことしてるよ? 自分でわかってる?」 「はちゃめちゃって? どこが?」 「会いたくないって言ってキスするなんてどういうつもり?」 「それはそれ、これはこれ」 「一馬、俺のことまだちゃんと好き?」 「なんでそんなこと聞くんだ?」 「だって会いたくないって言うから……」 不満げな口調と全然晴れやかでない表情に、英士が意外と神経質で俺が関わると了見が狭いとこを見 いいかげん首も疲れてきていたが、肩も凝ってきていた。伸ばすと背中にも痛みが走りこの体勢で続 英士が俺から離れ隣に移動してくる。俺は強張っていた身体を伸ばし、そして足を前の方に投げ出す。 会いたくないけど顔は見たいとそういう風に思ってた。否、顔を見たいとだけ願っていた。そう言葉 「あのさ」 「うん」 「さっきの繰り返しになるんだけどさ、会いたくないとは言ったけど、その、避けてたわけじゃなく 一気に説明して様子を覗うとやっぱり難しい顔されて頷かれてしまった。 「……えっと、じゃあさ…………俺の顔が急に見たくなったことってない?」 「あるよ。しょっちゅうだよ」 「…………えっと、だから、俺も急にそういう気分に襲われてだな……」 「俺はそのあと会いたくなるんだけど」 一馬は違うんだと、英士のその問い掛けに俺は頷いた。 英士は俺のその答えを見て、難しい顔をますます渋くさせた。多分俺の答えが気に入らないのだろう。 ようするに、恥かしがってまた頑なになっているだけ、なわけよ。 会いたいとストレートに言ってしまえばいいのに言いたくない気持ちが起きるから『顔が見たいだけ』 会いたいんだろと突付かれても意地を張って『別に会いたいわけじゃないよ』と言い張るし。『そう つまり、意地でも言うもんかって気持ちが心の中にあるわけよ。会いたいなんて俺には言えないよ。 英士みたいにストレートに表現してみろと言われても、絶対ムリ、できない。 自分の気持ちを隠さずにどこまで素直に出せるか、表現の仕方に差のある俺たちでは互いを理解して どうしよう。これ以上説明のしようがないよ。 「もう、いいよ」 え? 英士のその言葉に目を丸くして見つめ返す俺に、英士は独り言のような言葉を返して寄こした。 「嫌われてるわけじゃないみたいだから、もういい。顔を見たいと思ったくせになんで結人に電話な だからどうしてそういうことをスラスラと言えちゃうのかな……。恥かしくないのかな……? 言っ 「でも一馬、こういうことはこれきりしてね」 英士の、お願いにも聞こえたその言葉の意味を考えて『どういう意味だろう?』と首を捻ったそのと 「会いたいわけじゃないからなんてもう言わないで」 「えっと……だからそれは……」 「避けてんじゃないと言われても傷つくよ。会いたいわけじゃなく、顔を見るだけで満足するって言 「えっと……」 ぽすんと肩に乗った重みはそのまま不安がっている英士の心そのものだという気がして、なにも言え 遠ざけようなんて、考えたことは一度だってない。英士は誤解している。『会いたいわけじゃないか まいったな。他人を理解するのってホントに難しい。自分を基準に考えちゃだめだってことは今回の しんみりしてしまったら、なんだか急に英士が愛しく思えてきた。 「英士、……」 解かれていない指を利用して、今度はこっちが握り返してやって顔を上げさせた。他人の目に、自分 ああ。俺ってホントに愛されてるね。 言葉なんかなくても見つめてくるその瞳、指に感じる温もりから英士の想いが伝わってくるよ。 なんて、なんて激しい愛なんだろう。 「ごめんな、英士……」 うざいと思うときもあるけれど、でも俺もちゃんと英士のこと好き、だから。 俺は、その気持ちを行動で示した。言葉に出して言うのは、恥かしいからね。 自分から深く口付けて、英士の身体を押し倒した。 「……一馬……?」 英士は、目をまん丸くしてびっくりしていた。当然だろうな。初めて、俺に押し倒されたんだから。 「このあとどうするかは英士が決めていいよ」 「……どうしたの……?」 「質問なんか後回しにしなよ。親は留守でいないけど時間は確実に進んでいくんだよ」 「えっと、それはつまり……」 「だから。質問なんかあとにしろって言ってるの。どうしたいか、さっさと決めろよ」 「……そんなの、決まってる……」 胸元を掴んだ手に引っ張られ、少々荒っぽいキスをされた。今までしてきたどのキスとも違う。欲の 「……空が白むまで付き合ってやるよ」 「どうしよう……すごい興奮してきた……」 「いいことじゃないか」 俺は、英士の手を借りるまでもなく自らの意思でシャツを脱ぎ去った。そして。上から眺め下ろし、 箍が緩めば俺だって素直になるさ。だからジーンズのホックも自分から外したし、昂りに触れたのも 「っ……ず、ま……」 「……うん、……なに……?」
英士の唇から漏れる掠れた吐息に、答える俺の声も震えていた。
えっ!? もしかして真郭!? うっそ!? うそうそ、郭真です。 さて、言い訳です。 どうよ、この初秋の妄想。夏は行ったというのに頭ん中はまだまだ熱いっす。 |