携帯に掛かってきた親友の第一声はそれだった。 電話の掛け方マニュアルを熟読してからもう一度掛け直せと、一瞬言ってやろうかとも思ったけど、 どうせまた一馬がからんでいるのだ。毎回毎回ホントに騒々しいやつらである。 『夕べね、一馬が鍋を作ってくれたんだよ』 ほらな。 「良かったじゃないか。一馬の手料理が食いたい食いたいって英士いつも言ってたじゃん。叶ってよ 『愛はね、こもってたよ。すごく真剣に取り組んで頑張ってくれたんだ』 つまり。美味いと言える代物ではないと。それでいいわけだな? 「わかったわかった。で。なにを食わされたんだ?」 『だから鍋だよ』 「鍋ったっていろいろあるじゃないか。キムチ鍋? 味噌鍋? ちゃんこ? いまの季節じゃまだカ 『キムチ鍋って一馬は言って作ってくれたけど』 「作ってくれたけど? 結局テーブルに乗ったのはどんな料理だったんだよ。鍋は鍋だったんだろ?」 『うん。鍋がちゃんと出てきたよ』 そう言うと、英士の口から溜息が漏れてきた。鍋を作ってもらっといてそういうことするってことは? 「鍋の中身、ちょっと言ってみてよ」 『え? うん……』 うわぁ。言いづらそう。 電話の向こうであいつ、眉間に数本皺を刻み込んでるんじゃねえの? だいたい、一馬に料理のセンスがないのなんて最初からわかってたことじゃねえかよ。水に溶いて固 消化不良起して腹を壊したって、がつんとは文句言えないぜ? あ? 文句は、…………言うわけないか。 有り得ないだろって言うくらいに料理のセンスが×な男をキッチンに立たせるんだ。覚悟の上ってこ それに。 不味い美味いは口に入れて大丈夫なものなら全然問題ないよと、料理の良し悪しを左右するのは『味』 なんせ製作者は一馬だ。奮闘するうしろ姿を眺めてただろうヤツの鼻の下はきっと、のびきってたは
それなのにグチるなんて、なんてわがままなヤツ。 鼻の下をのばしといて(いや、現場見たわけじゃないけど当たりだろう)『いや、えらい目にあったよ』 あーあ。いいよなんて承知すんじゃなかった。アッホらしぃ。
沈黙を続ける英士に向けて、こちらから溜息を零すと、それを咎めるような声が向こうから届いた。 「なんだよ」 『さっき溜息が聞こえてきたんだけどどういう意味なのかな?』 「どういう意味かだって? 決まってる。結局惚気たいだけなんじゃねぇか、ばぁーか。という意味 『なに言ってるのさ。俺がいつ惚気たりなんかしたよ。俺が話してるのはね、先日起きた災難話。ま 「それはお前が気付いてないだけ。だいたい災難だったなんて言ってるけど料理が得意でないことを 『確かに嬉しかったことは否定しないよ。でもだからってわざわざ電話してまで惚気るほど頭で花は 「だから。それはお前が気付いてないだけだっての」 『結人もしつこいね』 「英士こそ素直じゃねぇな」 『あのさ』 「惚気たいんだったらほかを当たれ。じゃな」 『切ってもいいけどすぐにまた掛け直すからね。居留守使うのは勝手だけど、出るまで着信残すから 携帯を耳から離そうとした瞬間耳に飛び込んできたその脅しに、携帯を握る手が強張る。ふわりと開 「で? 愛情はこもってたけど美味しくはなかったって言うその鍋に入ってた食材はなにとなにだっ 『あれ? 話を聞いてくれるの? うわあ嬉しいなぁ』 話を元に戻そうとした俺に英士が返して寄こしたものは、気持ちなんてこれっぽっちもこもっていな だけどここで律儀に応酬するほど俺もバカではない。口で英士に勝てるなんて思っていないからさ。 「英士も間をあけずにさっさと答えてくれよな。へんに間があくと突っ込みたくなるからさ。お互い 『なんかちょっと棘のある言い方に聞こえたけど。でもま、いいか』 「ご譲歩どうも。で、なにを食わされたんだ?」 『だから鍋だよ』 「だからその中身はなんだったのって聞いてるの」 『キムチ鍋って聞いて結人だったら中身なにを想像する?』 「中身? そうだな……」 まずは白菜だろ。それからもやし? あと豚肉に豆腐かな。 『まあ、それが一般的だよね。あとはニラだったりネギだったりえのきだったり好みに合わせていろ 「鍋って言ったらどれもそんな感じなんじゃないの?」 『だいたいはね。ところで結人。野菜売り場に行って白菜買ってきてって言われたらちゃんと白菜を 「自信もなにも白菜は白菜でしかねんだから行ってあればそれを買うに決まってるだろ」 『うん。だよね。ていうか、白菜を知らない子ってあんまりいないよね?』 「…………」 ちょっと待て。まさか、だよな? 『一馬がさ、買ってきた白菜ってどこから見てもキャベツだったんだよ。ねえ、これってどういうこ 「どうって……」 そりゃキャベツをずっと白菜だと勘違いしてからなんじゃねえの? 『ほうれん草と小松菜がわからなかったって言うんなら納得できるけど、白菜とキャベツだよ? 確 「まあ……ほうれん草と小松菜と比べたらね。でも……えぇ? ちょっとなんか俺信じられないな。 『俺がここでウソをつくメリットってなにさ。言っとくけど、説明した俺に向かって一馬は『え、う 「で、お前その白菜と言われたキャベツの入った鍋を食ったんだ?」 『食べたよ』 「どんな味がした?」 『どんなって。キムチ味のロールキヤベツを食べたって言えばわかるかな』 「つまり。キヤベツはキャベツだったと」 はっきりと言おう。ロールキャベツは好きだけど、そのもどきを食いたいという気にはならない。だ 『あとね、大根も入ってた。春菊も。ねえ、一馬がイメージするキムチ鍋って春菊が入ってる時点で うーん……ここで同意を求められてもなぁ……。でもま、確かにコンビニで買ったキムチ鍋に春菊な 『水炊きと勘違いしてたのかな……』 「なんだよ、そこは説明してやんなかったの?」 『え? うん。ちょっと味の方に気を取られ過ぎててね……なんかそういう細かいとこまではちょっ 味? 味って、キムチ鍋はキムチ味だろが。 『うん。おおもとはね』 「……おおもと?」 最近は、家庭でも簡単にキムチ鍋が味わえるようにと、メーカーからキムチ鍋のもとと言って、水で まさか一馬はそれを使わずにわざわざ新大久保あたりまで出向いて行って本場の調味料を手に入れて 『いや、使ったのはスーパーで簡単に手に入れられるどっかのメーカーの『キムチ鍋のもと』だった 「えっ。それ使って味付けを失敗したの?」 『本人は正しい割合で割ったのに味がいまいちだったから隠し味を入れてみたって言ってたけど…… おいおい。キムチの味ってすごい強いじゃないか。なに入れてもキムチ味の方が勝ると思うんだけど 『なんでも酸味がちょっと足りない気がしたからケチャップ入れてみたって』 げろっ。 『…………』 あ……悪ぃ……。すまん。つい、想像しちゃったもんだから。 「で、お味の方は?」 『美味いと思う?』 いえ。ちょっと想像つきません。ていうか、不味そうとしか感想出てきません。 『なんで、ケチャップだったんだろ。あれに酸味なんてあったっけ?』 さあ? 確かに色は似てるよね。でも普通は思いつかないと思うけど…。 『不思議な味だったなぁ……』 「なあなあ。ソレ、全部食ってあげたのか?」 『え……うん、まあね』 すごいな英士。尊敬するぞ。 『でね。今度結人も誘って牡蠣鍋しようって言ってたよ』 えっ。なんでそこで急に俺の前が出てくんだよ。あ。まさかお前……。 「おい、英士お前味はどう? なんて聞かれて美味しいよなんて調子いいこと言ったな」 『言ったよ。だって不思議な味ではあったけどそれほど不味いわけじゃなかったし』 「バッカヤロ。ああいうセンスのないヤツには、はっきりと言ってやらないと周りが被害被るんだよ。 『やっぱり鍋は大勢でつついて食べるものだよね。クラスに親の実家が広島っていう子がいてさ、本 おいっ。ひとの話を聞けっての。 『でね。食材買い付けに行くとき、三人で行こうね。で。作るときは結人が監視役で一緒に立ってあ ちよっと待てっ。 「買出しに行くのはまあいい。だけど監視で立てってなんで俺がその役やらないといけないんだよ。 『結人、俺と一馬の仲こじらせたいの?』 はぁぁ? 『センスの有り無しはともかくとして、一馬は真剣に取り組んでくれてるわけで俺としては黙ってあ うーん……。英士の言う気持ちはわかるけど。でも、考え方はちっと間違っていると思うぞ。 『だから。よろしくね結人』 英士、こういうときだけカワイコぶってもダメだよ。ていうかお前はなっから俺の意見なんて聞く気 『牡蠣が手に入ったら連絡入れるから予定立てようね』 「いいけど味付けはきっちり俺の意見聞いてもらうからな。一馬にはさきにお前からそう伝えておけ 牡蠣はポン酢で食べるとおいしいから当然鍋もポン酢味だろ、なんて言われちゃたまんねえからな。 『うん。俺もそう思う。でも赤味噌はなんでも食べ合わせがよくないってこの間新聞に出てたよ』 え、そうなの? それは初耳だ。じゃ、味噌汁に使ってる普通の味噌使えば問題はないだろ? 『多分ね。なんだったらそいつに頼んで味噌も送ってもらおうか』 いや、そんな手を掛けなくてもいいんじゃねえの? 『なに言ってるのさ。食べるんだったらよりベストな形で食したいじゃない。材料が手に入るかもし あの、もしもし? あの一馬の料理を不味くないと言ってお食べになったあなたがそれを言いますか? 『なに言ってるのさ。一馬が作ってくれるものには愛が入ってるんだよ愛が。料理を美味しくする隠 そう、ですか。 『あーなんかすっきりした。ということでじゃあね』 「……………」
食欲の秋ってことで。牡蠣鍋は有島の大好物です。あーそろそろ日本酒の季節。熱燗でちびっとぐびぐび。 さて。一馬がなぜ料理を? 下手でも料理好きな一馬ってのが有島の妄想設定だからです。 冬と言えばコタツ。現在、暖房器具といったらエアコンだろと言う突っ込みはなしです。 こだわるには一つ理由がある。 コタツでエッチ。これです。 |