告る。そう、決めた。そうもう、決めたんだ。
「あ、結人? 俺。今から行っていい? うん、ちょっと相談があるって言うか聞いて欲しいことが 携帯を握る手が汗ばんできているのが途中からわかって心臓がドキドキと言い出した。何度も自分に 早口にもなってたし。 結人ヘンに思ってなかったかな……? あーでもあれか英士とちがってあいつはそんなに鋭くないか……。 汗で濡れた手をぐっと握り締めて、大きく息を吸った。 心臓のドキドキが治らない……。会うのはこれからだってのに……今からこんなんでどうするんだよ そんなことになったら悔やんでも悔やみきれなくて成仏できねえよ……。ようやく決心したってのに 吸って吐いて吸って吐いて……深呼吸をしていればそのうちに治まってくると思ってた。だけど全然 ……やばいよ、どうしよっ……。時間がきちまうよ……。あと一時間半……三十分後にはうち出ない そうだ! タオルケットをおもいきりよく投げつけた俺は飛び下りると部屋を飛び出した。 階段を駆け下り急いで向かったのはバスルーム。 シャワーでも浴びればすっきりするんじゃないかと思った。 「一馬? なにをドタバタと……あら、お風呂沸かしてないわよ?」 脱衣所でバスタオル抱えた俺を見つけて母親が言った。 「あー別にいい。シャワー使うだけだから。あ、そうだ。俺このあと結人んちに行くから。帰りはち 「あら、そうなの? 遅くなるって、お夕飯はどうするの?」 「いらない。外で適当に済ませてくるから」 「あんまり遅くならないように帰ってきなさいよ?」 「うん。あーもう、時間があんまりないんだよ、もう出てってよ母さん」 「あら時間がないのにシャワーなんか浴びてていいの?」 「それぐらいの時間はあんの、ほらもう出てってよ。邪魔」 「はいはい。じゃああまり遅くならないように帰ってきなさいよ? 向こうのお宅にあまりご迷惑か 「わかったわかった、わかったからもう行って行って」 だんだん口うるさくなってきた母親の背を押して追い出し、湯の熱さを調整してからシャワールーム ぬるめの湯を頭から降らせて簡単に洗うと、今度は水だけにしてしばらくそのままか叩かれていた。 あれだけドキドキ言ってた心臓だったけど、さっき身体を洗っている途中で普通に戻っていることに ……あ……。やばい。思い出したらなんかまたドキドキしてきた……。 振り出しに戻ってしまいそうな気配に慌てて水圧を上げて、意味もなく髪を洗い始める。ほんとはこ …………落ち着け、とにかく落ち着けって。いまからこんなんなってどうするよ? 勝負はこれから …………っし。 腹は括った! 当たって砕けろだ! シャワーを止めるとドアを勢いよく開けて乾燥機の上に置いといたタオルを掴むと腰に巻いて急いで ベッドの上に放ってあった携帯を見て時間をチェックするとあと十分少々で支度を終えないと約束の 「じゃ、母さん、行ってくるね!」 靴を履きながら慌しくリヴィングに向かって声を掛け、返事を待たずして外に飛び出した。
引き返したい。駅を背にまだ二百メートルほどしか歩いてないというのにもうすっかり意気消沈して ……なんか、胃まで痛くなってきた……。吐く、かも……。 ぐうっと胃のあたりが押さえこまれるような重さを感じて足を止め、汚物を吐き出してしまいそうな 背中にじとりと張り付くシャツが気持ち悪いと思う。暑さによる汗なのか、気分の悪さによる冷や汗 遠くでセミの鳴く声が聞こえる。耳慣れた油蝉だ。自転車が二台、続いて脇を過ぎて行った。『…… ここまで来たのだからと先に進もうとする気持ちと『でもやっぱムリ。着いたとしても言えなくなる 「お前、なにやってんの?」 えっ!? 「なに、どうしたの?」 「結人……」 びっくりした。動転して掠れた声しか出せなかった。心臓もばくばく言ってる。ゆっくりと、こっち 「一馬?」 「なんで、ここに……?」 「あ? なんで、じゃねえよ。約束の時間、十五分も過ぎてる。あんま遅いんでお前んち電話したら 細かく説明してくれる結人を息を詰めて眺めてた俺は、言葉が見つからず言い訳に困っていたのだが、 ……だいぶ省いてはいるがウソは言ってない。それにバカ正直に話してもきっと結人には通じないだ 「あーじゃあうち来る前にどっかで休む? まわれ右して百メートルほど歩けばマックあるよ?」 「……いや、いいよ……」 「そ?」 「うん……」 だらだら過ごしててもこの気分の悪さは治らない。むしろ悪化する可能性の方が高い。早急にケリを 「歩ける?」 「……あー……うん……」
他愛もない会話が続いてたと思う。 どこかあやふなが感じがするのは俺が上の空だったから。 だって結人んちに着いたら告らなきゃいけないわけで、息が詰まるほど緊張してくるし、その結人ん ………………なんて言おうか、どう切り出すか……、もうそればっかり考えてた。 状況をいろいろと想見したよ。俺がこう言ったらああ言ったら結人はこう言うかもしれない、ああ言 ……はっきり言って俺、自虐趣味があるのかもしれない。だってことごとく玉砕してた。……一回く 「……馬、一馬、おい」 「え、あ……」 「ぼけっとしてんなよ、ちゃんと俺の話聞いてるのか?」 「……え、っと……ごめん、聞いてなかった……」 「お前ねぇ……」 結人が呆れたように溜息をついた。ずきんって、その顔を見たら胸のあたりが痛くなった。居た堪れ 「一馬?」 「……ぅん……」 結人の目がじっと俺のことを見ていた。心ん中に隠してあるこの気持ちを読まれてしまうんじゃない どうしよう。返事を返したはいいけど肝心の次の言葉が続いて出てこない。 どうしたら、いいんだろう……。気持ちが募りだしついに手が震えてきてしまった……困った。 「やっぱりお前ヘンだよ? ぼけっとし過ぎ。ちょっと端に寄って休もう」 その瞬間、足元から頭上に向かって寒気が突き抜けていった。結人の手が伸びてきて、震えている手 苦しい。頭も目も霧雨が降るのごとく霞む。ああ、もうダメだ……。 不意に襲われたのは、底の見えない絶望の穴に落ちるような感覚。 「一馬……?」 「――………………ぅ……と………………」 結人……。 「ごめんな、ごめん……俺、お前のことが好きなんだ。ごめんな……」 言ってしまった。ついに告げてしまった。 だけど――――。 「おい、顔を上げろ」 俺はもう、後悔している。やっぱりばらさなければよかったと、既に悔いているのだ。 「一馬」 俺の気持ちを聞かされて結人がどう思ったのか、それが知りたい。ちゃんと届いたはずだ。だけどま 「おいこら一馬」 知ることは怖い。だけど無視されたみたいな待ち焦がれてるこの現状も辛い。そして告げてしまった 「俺はまだなにも答えてない。なのになんでお前は泣くんだよ」 「…………ゴメン……」 「だから。なんでそこで謝るんだよ」 「ごめん…………」 なんでと問われても俺にもわからない。勝手に涙が流れてくるのだ。『後悔』の文字が胸に痞えてと 「一馬」 「……っ!…………」 焦がれ、行き詰まり、真っ暗闇の絶望の底へと落ちていく怯えた心を不意にすくったのは結人の腕と 乱暴に抱き寄せられて目の前にあったのは肩口。それを目にした瞬間俺は遠慮もなしに涙と鼻水をそ 堰を切って流れ出す涙を自分でも止めることが叶わない。ただ泣き声だけは上げまいと思い唇を噛み 情けないとみっともなく思う。だけど、ずっと焦がれていたのだ。 結人に触れるとき俺はいつも緊張していた。ふざけながら、戯れながら、じゃれあいながら、ずっと だから。ちからいっぱい本気で結人に触れたことはなかったと思う。 それなのに今は不意に得ることになったこの温もりに俺はしがみついている。今までずっと遠慮して 心が完全にパニックになっていると、自分でも思う。 「とにかく落ち着け。落ち着くまでこうしててやるから」 鼻をすすった俺に、結人は暖かな温もりをくれた。俺はその肩甲骨を撫でるように摩るてのひらの暖 本来結人はあまり気が長い方ではないのに、今はとても辛抱強く俺が落ち着くのを待ってくれている。 根性なしだった自分の格好の悪さに思わず、鼻をすすってしまった。 「……なあ」 不意に呼びかけられて、ぴくりと身体が硬直する。 さすがにもう、しびれを切らしたか……。ぐすっと、鼻をすすった俺の頭に、これまた不意に手が置 「一馬が俺をスキなこと実はかなり前から気付いてた。ごめんな。ずっと気付いてないフリしてたん 「……」 俺はウソをつくのが苦手だ。感情もすぐ顔に出てしまうし。喜怒哀楽のどれもはっきりと表に出す方 だから。
素直に…………
受け止めようと思う………………。
それだけでもう充分だと思う。 鬱陶しがられることもなく、邪険に扱われたこともなく、ずっとずっと、友達でいてくれた。 もう、そのことだけで充分だ。
もともと叶う可能性は低かった。甘い夢だって、だから見なかったし。だから平気。こんなの予想の 「ごめんな」 頭を振って、伝えようとするのが精一杯の俺に、結人は何度も謝ってくれた。 背中を摩る手の動きも最初からずっと優しかった。
心が苦しい……! すき、すきだよ、結人っ……!
頑張れ一馬!方恋だっていいじゃないか。自分があきらめつくまでとことん愛しぬけ。 |