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 皮膚を押し上げて鳴る鼓動は、見つめるときはもちろんのこと遠く離れた場所からただ想うだけでも
生じる現象。

 本人が目の前にいなくても、姿なんかなくたって想うだけで胸の奥が熱くなって、悲しいわけじゃな
いのに泣きたい気分になってくるから困る。

 『好きなんだ』

 揺れてくる視界に慌てて瞼をおろして、頭の中でいつもいつも告げてきた。周りには誰もいないとい
うのに急かされてる気分になってくるのだ。

 けれど届かなかった。

 そうやって闇に葬られた想いは、今では自分の背丈を越えてしまった。

 いつか……自分が葬ってきた想いに埋もれて身動きがとれなくなるときがやってくるだろう。

 底の見えない、深い湖に沈むようにだんだんと光を失っていくのだ。

 だけど……想う気持ちが強すぎて気持ちを切り替えることなんてできなかった。

 この身は既に光を半分以上失っている。今さら闇に沈んだところで嘆く気持ちはない。むしろこの身
が朽ちてこの世から消え失せるその時に隣に自分が葬った想いがあればきっと自分は寂しい思いをしな
いで逝けるだろう。

 

 

                      片 思 い

 

 


 「じゃあ今度の土曜日にね」

 「おう。じゃーな」

 今度の土曜日、英士のうちに泊まる約束がなされた。

 これまでにも月に一度は俺たちのうちの誰かの家に泊まったりしてた。でも今は夏休みなので一泊と
かでなくて何泊か泊まる予定になっている。

 夏休みに入る前の七月の段階で、それぞれの親には了解を得ていた。

 細かな予定はまだ組んでいない。とりあえず土曜の夜には花火をやるぐらいで、プールにも行きたい
し借りて見たいDVDもあるし、宿題のことでもちょっと教えて欲しいところがあるとか、希望はいっ
ぱい皆それぞれあるらしく口にしていたけど『いつ』『なにを』という段階には至っていない。

 多分……土曜の夜に話し合いみたいなものがあるだろうけど、決まったとしても結局は総崩れするだ
ろう。なにせ毎年毎年のことだ。自分達の行動パターンなんて単純すぎて『これからのこと』なんて簡
単に想像がついてしまう。

 いきあたりばったりその日の気分に任せて適当に。

 暑ければプールなんて行く気失せるし、夜更かしもすれば朝は皆ごゆっくりだ。朝飯飛ばして起きた
頃は遅い昼飯で、このあとどうする、たるいから適当に、じゃゲームでもしてまったり過ごしますか、
なんてセリフが飛ぶことはまず間違いなく、せっかく家から持ってきた宿題も英士のウチでは一度も開
かれることなく自宅に持ち帰ることになり、結局夏休みが終わる頃に電話で聞くことになる可能性は非
常に高い。

 恐らく……英士も一馬も計画なんて立てるだけ無駄なんだけど……と考えてはいるはずだ。

 だけどせっかくのお泊りである。あれこれ計画を立てるのはやっぱりお約束ってものである。

 ま……俺は宿題なんて持ち込んだりはしないけど。アレは夏休みが終わる頃になって慌ててやるもの
である。と、俺は思ってるから。

 毎回毎回凝りもせず持ち込むのは一馬だ。今年も持ってくるつもりらしい。数学のプリントで教えて
欲しい箇所があるってさっき英士に聞いてたし。ご苦労様である。

 英士は……見たいDVDとかあったら先に言って、とりあえずで何本かレンタルしとくからと、俺と
一馬からリクエストを聞いていた。うむ……気の利くヤツである。エライ。

 てなわけで、今週末からは楽しいお泊りが始まるわけだ。

 恒例っちゃあ恒例だけどやっぱり楽しみである。 

 

 

 

                         

 「なあ、そろそろ花火やらねぇ?」

 「お前それはまだ早いんじゃない? せめて九時近くまでまてよ。まだ八時を過ぎたばっかじゃん」

 「えーなんでだよ。いいじゃん、もう始めようよ。外が暗くなったらやろうってさっきは言ったじゃ
んよ」

 「あったりまえだっての。さっきお前がやろうって言ったのは六時半過ぎだろ。外はまだ明るかった
ぞ。花火なんてのは暗くなってやらなきゃキレイじゃねえの」

 「んなことねぇよ。あれくらいの薄闇ん中でやる線香花火なんてスッゲェ綺麗なんだぜ。な、英士」

 ベッドに寄り掛かって一人離れて読書なんてものにふけっていた男を振り返って、いきなり一馬は同
意を求め出した。英士はいきなり振られたにもかかわらず驚きも見せず、ニコリ微笑んで『そうだった
ね』なんて、一瞬俺を見てからとろけるような甘い視線を一馬にやって答えるのだった。

 へー。ふぅーん。そうですか。

 「先々週の土曜日、結人が先に帰ったあの日、前にお前が持ち込んで置きっぱなしになってたヤツを
一馬と庭でやったんだよ」

 一馬に意図があったとは思わない。だけど……俺が知らなかった二人だけで過ごしていた『楽しいと
き』の突然の出現に疎外感を感じずにはいられない。ささくれだってくる感情に口を開く気も失せてし
まった。

 『すげえキレイだったんだぜ』なんてそんな楽しげな表情を見せないでくれ。

 「なあ、もういいじゃん、始めようよ。な、結人」

 花火を抱えて窓のとこまで移動して下の庭を覗き見る一馬。待ちきれない気持ちが声からも伝わって
くる。わかったよ。ここにいて、二人にしか通じない話をだらだらと聞かされるのは、もうイヤだ。俺
の知らない話をして二人だけで盛り上がる姿なんて、見たくない。

 「英士、カッチャマンどこだ?」

 「一番上の引き出しの中」

 「お前そんなとこに入れてんの? お、あった。よし行くぞ一馬」

 「なあ結人、最初にまずねずみやろうぜ」

 はしゃぐ一馬のその背後にちらりと視線を流す。

 「英士は? 一緒に行かないのかよ」

 「行くよ」

 「なあ、今読んでるそれってだれの?」

 「新田次郎」

 読みかけてた本を枕元に置いて立ち上がり、俺の質問に答えた英士は『あとで貸そうか?』と嫌味な
ことを言ってくる。

 「マンガと攻略本しか読まないの知ってるだろ」

 「そうだったね。でもこれ、けっこう面白いよ?」

 「細かい字がびっしり書いてんの見てると眠くなってくんだよ。開いただけで『あ、ダメ』って思っ
ちまうの知ってるだろ。そんな俺に勧めるなよ」

 「でもこの人のホントに面白いよ。チャレンジしてみたら?」

 「ヤダね」

 「そう? ところで――。なんで、そんなにイラついてんのさ」

 ………………。

 目の前に立たれて、胸部を軽く小突かれる。真っ直ぐにこちらを見つめてくる視線。当然、絡まる。

 「英士には関係ない」

 自分が映る瞳から顔を背けて俺が次に目を向けたのは窓の外。暗くて景色なんてないけど英士の顔を
みてるくらいだったらまだ何もない色を眺めてた方がいい。

 「ホントに関係ない?」

 うるさい。しつこい。それこそお前に関係ない。

 「おーい! 結人! 英士っ。なにやってんだよ、早くおりてこいよ」

 しびれを切らした声が、下から上がってきた。一番下あたりの階段でも叩いてるんだろう。早くと急
かす音も一緒に上がってきている。

 「今行く。先やっててもいいよ?」

 「なーに言ってんだよっ。一人でやったって面白くねえだろ、早く来いっての。結人ぉ、英士引っ張
って早く来ーい」

 しょうがないねぇ、引っ張らせる気なんかさらさらない英士はひょいと俺の手からカッチャマンを奪
い取って、先行ってるよと、俺を置いてさっさと部屋から出て行った。

 俺はあと少しここに残ることを決めて後は追わなかった。

 うしろ姿を見送って。背中が見えなくなって、肩から力を抜いた。かすかだが時折あがってくる一馬
の声に耳を傾けながら、からになってしまった自分の右の手をじっと、眺めた。さっきまでここにあっ
たのに……。反応する間もなかった……あっという間だった。いともあっさりとかっさらっていきやが
って。……なんだか……自分の心の動きを再現されたみたいで……複雑な気分だ。

 それに。イラついてたのは俺だけじゃない。英士もだ。一馬とちがってヤツは目敏いから。勘もいい。
俺が一馬に『どんな気持ち』を抱いているか、きっとばれている。

 自分が付き合っている相手に邪な気持ち抱く人間が己の立場も省みず感情をストレートに出したとし
たら……それも二人を羨むような眼差しを向けて面白くないといった態度を見せたら……俺なら『いい
加減諦めろ、うざい』って思う。感情を表に出すことの少ないアノ、英士でも、俺の動きには細心の注
意を払っている。俺に起きる喜怒哀楽が一馬に関係しているかいないか、観察を続ける英士になら簡単
に区別がつけられるだろう。事実、さっきだって顔にこそ出さなかったけどあいつは俺のこと、息を詰
めて観察していた。本なんて、きっと読んでいなかったはずだ。

 だけどそうやって目を光らせていながら直接牽制をかけてくることはなくて。今日だってそうだ。本
当は気にしてるくせに余裕を作った態度を見せやがって。クソ面白くない。優位さを見せ付けようって
いうのか。ムカつく。

 「滅茶苦茶にしてやろうか……」

 スキって言ったら、あいつはどんな顔するだろうか。

 ずっとずっとスキだったって言ったら、どんな顔するだろう。

 泣きそうな顔を、やっぱりするんだろうか。

 英士なんかやめて俺と付き合ってって迫ったら、どう、答えるんだろう。

 冗談なんかじゃないよ本気だからねと真剣に迫ったら、ほだされてくれるだろうか。

 恋愛込みの『好き』な気持ちは今は英士だけにしか感じてないだろうけど、友情込みの『好き』な気
持ちは多分英士よりも俺の方に強く感じているはず。

 これは想像だけど、一馬の中で俺は大切な親友というポジションに置かれてるはず、だから、どんな
に困っても拒絶はしないだろう。『Yes』とは言えなくて、はっきり『No』とも言えなくて。泣き
そうな顔で瞳潤ますあいつの顔が浮かぶ。

 言ってしまったならもう元には戻れない。『うそ、冗談だから今の忘れて』ってなかったことにしよ
うとしてももう遅い。手遅れだ。俺の心にも一馬の心にも言葉は深く刻まれた。小骨が刺さったような
違和感となって長く残るだろう。

 もう元には戻れない……屈託なく笑いあうこともなくなる。ふざけて無邪気に抱き合うことも、なく
なる。とても緊張した関係が長く、長く続くことだろう。

 「こんなにマジで好きなのに……」

 スキって言ったらなにもかもを失ってしまうのだ。

 今の関係が崩れても構わないと言い切れる覚悟は自分には出来ない。

 「……ばかずま……」

 能天気に騒いでるんじゃねーよ。ばーか……。お前の声はいつだって胸に突き刺さるんだ。痛いんだ
よ。

 「ゆぅーっと!!」

 不意に飛び込んできた叫ぶような声。不覚にもびくんと跳ねてしまった。

 「おーいっ。まだかよっ!?」

 聞こえてくるのは暗い黒い夜を映す窓の下。

 「早く降りて来いよ。早く来ねーとお前のやる分なくなっちゃうぞ」

 四角い枠の外。二階を仰ぎ見て楽しげに花火を膝の下で振り回しながら手を振る一馬。その隣には英
士。ほんと、あいつって何気に邪魔。庭は広いんだから離れろっての。

 「きーてんのかよっ」

 「聞こえてる。花火持ちながらよそ見してっとヤケドすんぞ。ほら、ちゃんと前見ろよ」

 「そんなドジ踏まねぇよ。それより早く来いっての。結人の分、よけといてやったぞ。お前来なきゃ
いつまでたってもネズミ出来ねぇじゃん。もうそっから飛び降りろ」

 「無茶言うなって。ネズミなら英士にやってもらえよ。俺はこっから見学してっからさ」

 「なんで!?」

 なんで? きまってる。お前の隣にその男がいるから。俺が下に行ってもそいつは移動しないだろ?
だからだよ。

 なんてね。言えたらこのもやもやした気分も一気にすっきりするんだけど、やっぱり言えないしね。
むやみやたらに一馬の心を掻き乱すことは出来ないでしょう、やっぱり。

 「んなの、面倒だからじゃん。こっから見ててやっから。ほら、それもう終わるぞ。次どれやんだ?」

 「えっ、あ、ほんとだ。英士、英士、次のそれ取って。ちがうちがう、その隣。そうそれ」

 好きだよ一馬。

 お前は俺の生きがいだ。

 「見えるか結人」

 再び仰ぎ見るその顔。薄く照らされて、楽しげに笑うその顔に幸せを感じる。単純だよね。

 「ねぇ結人」

 一馬でない別の人間の声。聞こえないフリでもしてやろうか。おや残念。一馬も一緒になってこっち
見上げてるじゃん。しょうがないから答えてやるか。

 「なんだよ」

 「ホントにそこでいいの?」

 なーんか含みのある言い方だね。

 「ああ」

 健気だよね。ホント健気。

 邪魔しちゃ悪いっしょ。ね。

 自分を慰めるために自分にだけ聞こえればいいと思ってつぶやいたそれ。うっかりしてた。英士は鋭
いヤツだったっけ。読唇術もあるみたいなヤツだったっけ。

 ホントにそれでいいんだね?

 しゅぼっと光った一瞬の明かり。その中で見てしまった英士の唇の動き。

 ホント、ヤなヤツ。

 「いーんです」

 見上げてくる眼差し、そこに見たのは挑戦的な輝き。自信があるのだろう。

 ホント、いけ好かないヤロウだ。

 「結人、次ねずみやっからちゃんと見てろよ」

 弾んだ声。ホント、楽しそうだねお前。

 「結人」

 かちっと輝いたカッチャマンの先。不意に訪れた静寂のとき。

 くっついた二つの頭。

 じわんと、視界が緩んだ。

 「行くぞ結人」
 
 頷いた。この暗さだ。きっと気付かない。

 しゅるっ。

 地面を勢いよくまわったオレンジの光。

 しゅるるっしゅるっ。

 ほんとに楽しそうだね。

 「結人、結人、ちゃんと見てるか?」

 うん、見てる。ちょっとぼやけてるんだけどそれでも綺麗だよ。

 「ぎゃっ。こっちに来た」

 「危ない。こっちおいで一馬」

 「わー、ちょっ、英士……な、なんだなんだこれ、すげぇぞ」

 

 

 

 


 好きだよ一馬。

 

 

 

 

 


 大好きだよ。

 

 

 

 











END

 


 

健気な結人に胸キュンです。

結人は好きなキャラなんだけどつい虐めてあげたくなるのです。

ヘンな話、幸せ役よりも幸せを求める健気クンが似合ってると思い込んでます。
報われない結人にものすごい萌えを感じます。

逆境にあってこそ若菜結人は輝くような気がします。

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