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 俺の心は醜い。そして狭い。

 結人が憎いと、あのとき、本気で思った。

 

 

                   嫉 妬

 

 

 「一馬、このあとどうする?」
 
 東京選抜の練習を終えたロッカー室。もう、俺達以外は誰もいない。たった三人きり。

 だけど俺にはひどく居心地の悪い空間だった。空気が澱んでいるようにも思えた。重い、そう感じて
仕方のない空気が辺りには漂っていた。

 「悪いけど今日は帰る」

 だって結人の顔を見ていたくないんだ。でもはっきりそんなこと言ったら結人は傷つくだろうし、英
士だって困るだろ? 俺、英士を困らせたくはないんだ。

 「珍しいね、用事があるの?」

 「まあ、うん、そんなカンジ」

 俺は耐えていた。重い雰囲気にも、英士に縋りたくなるような気持ちにも。なのに結人は一人でどこ
までも能天気だった。

 「じゃあしょうがねえよな、英士、じゃあ新宿のいつものミスド行こうぜ? 俺100円引き券持ってる
よ? 期限が確か今週までだから使っちゃおうぜ?」

 憎さ倍増させてくれる能天気な声。その声が聞こえている間中胸がムカムカしてた。辛いなんてもの
じゃない、息を吐くのも吸うのも辛かったよ、胸がぎゅうって締め付けられた。

 「そうだね。あ、じゃあ一馬、あとで携帯入れてもいい?」

 英士の声はカンフル剤みたいなものだった。どんなに気分が悪くても話し掛けられるともう、あっと
いうまに気分は良くなってしまう。落ち着くのだ。胸の辺りで暖かいものを感じるのだ。

 「いいよ。むしろ歓迎する。じゃ」

 ちらりと送った視線。でも結人は着替えに夢中で気付かない。ほっとするよ。気付かれても困るし。

 「じゃ、お先」

 二人に向けた別れの挨拶。英士は『じゃあね』と答えてくれたけど結人からは一言も返ってこなかっ
た。でもちゃんと目の端で捕らえていた。手を、彼は振ってくれていた。ソレを見た瞬間胸が痛くなっ
た。このとき俺が感じた気持ちは形容し難い、とても複雑なものであった。

 

 

 

 


 着メロが鳴った。

 英士じゃないかという予感は確かにあった。ビンゴだった。

 『一馬?』

 「うん」

 『今ね、駅に着いて家に向かってる途中なんだ』

 「あ、そうなんだ? 俺はもうメシも食って部屋でゴロゴロしてるよ」

 『夕飯、なんだったの?』

 英士は、時折こんな風にしてなんでもないようなことひどく真剣な声色で尋ねてくるときがある。

 でも俺は嬉しかった。なんでもないことだけどそれを知りたがってくれていることが愛のバロメータ
とでも思っているところがあって、聞かれると一気に体温は上がるし鼓動も早くなるし、なるより心が
踊った。

 「鳥から。それとなめこの味噌汁とブロッコリーのサラダ。なんか色々煮た物も出たけどそれはあん
まり手をつけなかった。英士はこのあとウチへ帰ってちゃんとメシ食うの?」

 『んーどうしようか考え中。なんかちょっと食べ過ぎたみたいなんだよね、そんなに腹が減ったって
いう感覚今はないかな』

 「でも英士ってそう言いながらいつもちゃんとご飯食べちゃってるよね。よく食うわりには太らない
よなあっていつも不思議に思ってるんだぜ」

 『当たり前でしょ、食べ過ぎてるわけじゃないんだから。それに結人や一馬とちがって俺は滅多に菓
子なんて口にしないからね。カロリーオーバーはしてないよ。間食するのが一番太る原因だって知って
た?』

 カバンを漁れば必ず菓子の出てくる俺達とちがって、『食べる?』と勧めても遠慮することの多い、
英士らしい逆襲だ。

 菓子を乗せた机を取り囲んで、『あたしまた体重増えたんだよぉ、もうどぅしようっ』なんて騒ぎつ
つしっかり目の前の菓子を食っているクラスの女子にこそ聞かせてやりたい意見だね。

 「あのさ、そうは言うけど俺達だって運動量は多いよ? 食った分はきちんと消費してると思うけど
なぁ。むしろそうやって補給しないとエネルギー切れ起すんだけど」

 『好き嫌いしてきちんと食べないからなんじゃないの? 見てると皿に何品か必ず残してるものある
よね、それなくせば?』

 お前は俺の母親かよ、と思わず言ってやりそうになったその時、英士が急に笑い出した。

 「……なにがそんなに可笑しいんだよ」

 『だって一馬、なんで俺達こんな話してるのさ』

 俺が知るかよ。

 『ねえ、せっかく繋がってるんだよ? もっと有効に使おうよ』

 「そ、…………」

 そんなこと言って誰が始めた話だよ、言いそうになった言葉を瞬時に飲み込んで『うん』と首を頷け
た。そして飲み込んだ言葉の代わりに、

 「家に、もう着いちゃう?」

 多分もうそんなに話していられる時間は残っていないと思う。英士が家に着くのはあと少しな気もす
る。英士のことだからすぐには入らないで少しの間外で立ち話をしてくれそうだけど、それでも伸びた
って五分か十分てなものだ。

 『んー、まだかかるかな』

 「え、だって英士んちって駅から十分もかからないだろ? 俺達もうそれくらいは話してるぜ?」

 『うんそうなんだけど、でもほんとにまだ着かないよ?』

 どういうことだ? まさか英士のやつ足を止めて立ち話してんのか?

 「なんか状況に納得がいかないんだけど?」

 『実はね、途中で遠回りになる道を選んだんだ』

 なんでもないことのようにさらりと英士は言った。俺はもちろん耳を疑ったさ。

 だけど『どうして?』とは聞き返さなかった。

 わざわざ遠回りしてまで得たかったものはなんなのか。英士の口から聞かされなくたってわかる。有
効に使おうと提案してくる前に笑ったあれは苦笑されたのだ。遠回りまでして交わしている話の内容に
きっと、自分がとった行動が全然報われてないと、笑いながらも肩が落ちたに違いない。

 「……えっと、その……」

 嬉しいのだけれどここで一発決まるはずの肝心な言葉が出てこない。ありがとうって言うべきなのか
な? それとも気を遣わせてゴメンって謝った方がいいのかな?

 『うん、嬉しい?』

 時間は刻一刻と進むものだということをついさっき改めて頭に叩き込んだはずなのに、この状況の中
で俺はまた沈黙でもって時間を潰していた。そんなところに飛び込んできた問い掛ける言葉は、頷くに
頷けないもの。

 『一馬?』

 問い掛けられた言葉への返事を催促されてるんだと思う。だってまるでこの間は……待機しているみ
たいだ。だけど……。

 『ねえ、嬉しい?』

 「……」

 『か・ず・ま。嬉しい?』

 「…………す、少しはね……」

 『少しなの?』

 「なんだよ、文句あんの?」

 『文句はないけど……物足りないかな?』

 嬉しさ半分、恥かしさ半分。気持ちをストレートに出せる英士を羨ましく思いつつも、甘い囁きに流
されてしまうことに抵抗を感じて『贅沢言うんじゃねえよ』と突っぱねる。素直じゃないと自分でも思
うさ。だけど自分から先に言うならともかく要求されたあとに『嬉しいに決まってるだろ、ありがと』
なんてバカ正直に答えてしまえるキャラじゃない。

 『うーん……そんなに贅沢なこと言ってるかな?』

 「俺は遠回りしてくれなんて頼んだ覚えないよ。英士が勝手に遠回りしただけのハナシだろ。なのに
感謝を要求するなんて贅沢なハナシだよ」

 『うーん、まあそうなんだけど、でもやっぱりここで喜んでくれると嬉しいんだけど、どう? たま
には素直になってみない?』

 「ばーか」

 『一馬、冷たい……もしかしてもう愛、ないの?』

 だから!!

 俺は俺はお前ほどあけすけじゃないの!! ほんっと勘弁して。聞かされてるこっちが恥かしくなる
セリフ連発すんなよな、もうっ。

 『ねえ、愛、もうないの?』

 「もう黙れよ英士。お前超絶恥かしいよ?」

 『だって愛を確かめなくちゃいられないくらい今日の俺は不安なんだ』

 「は? 急になんだよ」

 英士の話はよくこんな風にして飛ぶことがある。だから珍しいことではないのだが、今のはちょっと
らしくなかった。もう少し愛がどうたらこうたらってハナシに固執すると思ったんだけど、なんだろ、
英士のヤツなんか悩んでることでもあるのかな?

 「なんだよ英士、悩みあんだったら聞いてやろうか? 俺じゃたいした力にもなれないだろうけど話
して楽になれんだったら聞くよ?」

 『ありがとう』

 「よせよ、礼なんていらないって。それより早く言っちゃってすっきりしちゃいなって」

 『うん。あのさ』

 うんうん。

 俺はこのときかなり得意気になっていた。だっていつもと立場が逆なんだもんよ。相談に乗ってもら
うのってほとんど俺ばかりで英士はたいてい聞き役だったから、こうやって聞き役にまわれることがひ
どく嬉しかった。

 ところがだ。携帯の口から吐かれてきたセリフは耳を疑うものだった。

 は? なに、なんだって? もう一度おっしゃってみてくださいな?

 『うんだからね、一馬今日元気がなかったでしょ、一馬こそ悩みがあるんだったら一人で悩んでない
で言って?』

 さあ英士、お前の悩みは俺が受け止めてやる、ドーンと来いっ。……って内心でふんぞり返って待っ
ていた俺は、がくーんと肩が落ちてしまった。夢は一瞬で散ったってやつ? 

 あー……それにしても儚い夢だった。結局はこういうオチに落ち着くわけか……。

 『一馬さ、ホントは用事なんてなかったんでしょ?』

 ……やっぱばれてたか。だからあそこですんなり引き下がったんだな。

 『嘘をついてまで一人で帰った理由を聞きたいんだけど、吐いてくれるかな』

 その言い方は優しいけれど強い意志がはっきりと見えている。吐いてくれるかなとお伺いは立てては
いるけれど『正直に答えてくれるまで粘るからね』ともう一つ別に重なって聞こえてきた声があった。

 うーん、……さあどうしたものか。英士は粘る気満々だけど俺にだってプライドがある。結人にむか
ついて拗ねて帰ったなんてかっこ悪くて言いたかない。

 だけど……。

 『いいよ、じゃあ我慢比べだね。あ、でも分がいいのは俺の方だよ。一馬はプレッシャーに弱いから
ね。そんなに長引かないでケリはつくと思うけど、まあ時間はまだあるし、頑張ってね』

 ……一筋縄でいかない上にしたたかな性格の英士が相手じゃほとんど勝ち目はない。お互いに相手の
性格を知り尽くしているとは言え、あまりに質が違いすぎる。

 「英士ってさ、けっこう意地が悪いよね」

 『一馬、それは誤解だよ。一馬がなんだかまた悩んでいるっぽいからちからになろうとしているんじ
ゃないか』

 「ムリヤリ聞き出すことがその第一歩かよ」

 『だって一馬自分から相談してこないんだもん。意地っ張りなのはわかってるけどあんまり元気ない
とかえって心配でほっとけないものなんだよ』

 臆面もなく言ってのけられる英士に勝てるわけがないのだ。聞いてるこっちが恥かしいよ。それ以上
もう言うなって、頼みたいくらいだ。

 『で、一馬はまだ頑張る気なの?』

 「早めにケリがつくってケチつけられたからもう頑張るのはヤメた」

 『うん、賢明だね』

 むかつく。なんなんだよその余裕は。そっちで勝手にほっとけなくなったくせになんで態度がでかい
んだよ。べつにこっちから持ち掛けたわけじゃないのに。くそっ。こんなことになるんだったらあん時
我慢して一緒に食いに行きゃよかった。

 『で?』

 「……………」

 『かなり深刻みたいだね』

 英士の勘は侮れない。他人の心を読める能力でも備わっているんじゃないかって疑いたくなるほどこ
っちの心の動きを的確に読む。俺が顔に出やすいタイプなんだとしても、鋭すぎると思う。

 例えばケンカしたとき、謝りたいと思ってもなかなか踏ん切りがつかなくてうじうじしてるときは、
こっちの動きを察して言いやすいように場を整えてくれることにはありがたいと思うけど、逆に出来れ
ば知られたくなくて一人でこっそりと悩んでいるときとか、おおごとではないけれどわざわざ言うこと
もないかと遠慮して隠してることがあったりするときは、その勘の良さは鬱陶しかったりする。

 それだけ勘がいいんだから気を遣ってくれたっていいのに、そういう気はまったくないんだから参る
よ。

 『かなり言いづらそうだね、結人だけじゃなくて俺も関係してるんだ?』

 「…………」

 参った、俺ってそんなにわかりやすい態度とってるんだ……。あー……でも今日のは少し露骨なとこ
あったのかも……。あれかな、結人にも気付かれたかな……?

 『俺、なにかした?』

 「……や、英士はべつに……」

 なにかをしたのは結人。英士は悪くない。だけど結人にだって他意はなかったはず。誰にも非はない。
俺が勝手に腹を立てて自分勝手な見方をしたのがいけない。感情をうまくコントロールできなかったの
は自分の責任だ。誰かのせいにするのは間違っている。わかってる。ちゃんとわかってるのに……。

 やっぱりうまくコントロールなんてできない。不器用なのは、自他共に認めるところだ。単純けっこ
う。それが、俺だ。

 「そうだよ、お前が能天気に構ってやってたから面白くなかったんだよ」

 『ちょっと待って、話がよく見えてこないんだけど。いつ、どこでなにをしたのかもっときっちりと
説明してくれる?』

 「お前は俺と違って頭の回転速いんだから今日一日の行いを思い返してみろよ」

 『えっと、それは朝起きてから別れるとこまでってこと?』

 「ばか、練習で顔を合わせたとこからでいいんだよ」

 『えっ、俺、なにをやったんだろ……?』

 珍しく動揺しているらしい声に、少しは気分も晴れ、ざまあみろと悪態をついた。いつも俺ばっかが
悩んでるんだたまには英士が悩んだっていい。

 『ごめん、心当たりがない。教えてくれないかな』

 「ギブアップすんの早いよ、もう少し真剣に考えろよ」

 『いや、でも俺としては一刻でも早く一馬の機嫌を直したいんだけど。本当に心当たりがないんだ。
これ以上考えても埒は明かないと思うから、言ってくれないかな』

 「バーカ」

 『一馬』

 「情けない声出すなよ」

 そうそう聞けるものじゃあない。振り回せたんだと思うと可笑しかった。

 『一馬』

 「違う。ゴメン。誰も悪くない。俺が勝手にむかついてただけ」

 『でもお前をむかつかせるなにかを俺はしたんだろ?』

 「だから。勝手にむかついたんだって。英士は悪くないよ。だから気にする必要はないよ、忘れて」

 英士、焦ってくれたからもういい。気は済んだ。謝って欲しかったわけじゃなし、俺の機嫌を早く直
したいと言ってくれただけでもう充分だ。

 『そうはいかないよ』

 「いんだって。お前の愛はしかと受け取った。だからいんだよ」

 『よくないよ。ねえ、俺はなにをしたの? すごく気になるよ』

 英士の必死さに、愛しさが沸いた。同時に迷いもした。ああもういっそ正直に言ってしまおうか。な
んかもうどっちでもいいんだけど、ああもうっ、じゃあ言っちゃうか。

 『一馬? ねぇ、かず……』

 「英士さ、結人から貰ったじゃん?」

 『え、貰ったってなにを?』

 「ストラップ」

 『スト……ああ、あれか。うん。貰ったね』

 「喜んだよね?」

 『うん、かなり嬉しかったからね……ってちょっと待って! まさかそれが原……』

 「バカ、違うよ。英士が礼を言ったあとお前らふたり少しのあいだじゃれ合ってたじゃん、そんとき
結人のやつが抱きついたりなんかしてお前にチューまでしただろ、あれにむかついたんだよ」

 今してるストラップが切れたって言ってたから似合うやつをずっと、俺だって探していた。だけどど
れもピンとこなくて、なのに今日、『そうだ英士、これ、お前にやる。昨日さ、何気に下北で見つけた
んだけどお前に合いそうだったから思わず買っちゃったよ。ほら、今までしてたやつが切れたってこの
間言ってたろ? どう?』って、結人に先を越されてしまった。悔しかった。だけど越されてしまった
ものは仕方ない、似合うものが見つけられなかった自分には縁がなかったのだと、自分なりに納得した
さ。だけど結人はそんな俺の神経を逆なですることを目の前でしてくれた。

 ストラップのことで話が弾む二人の会話に、俺の入り込める隙はなかった。笑って会話に加わる気も
なかったけど、勝手に盛り上がってろばぁーかというひねくれた気持ちの方がずっと強くて自分から背
を向けていた。早くその話題が済めばいいと、二人の会話が続くあいだずっと願った。

 ささくれだつ気分をじっと抑えて楽しげな声を聞かなきゃならなかったあの空間はまさに地獄だった。
二人がどちらも話し掛けてこなかったことも殻に閉じこもる原因の一つになった。とにかく背を向けた
まま一人蚊帳の外で苛ついていた。

 そんな俺の前であいつは英士にべたべた触りまとわりついてただけじゃ足りなくなったのか、抱きつ
いてほっぺだったけど唇を当てたのだ。

 ふざけていることは明白。疑うやましさはどちらにもありはしなくて、だけどそのあっけらかんとし
た雰囲気が怒りの炎を生んだ。無神経、能天気、まるで呪い言葉のように胸の中で二人に向けて繰り返
した。あのとき、あの場で叫んでやればよかったのかもしれない。

 たとえこっちがムキになってわめいたとしても英士と結人のことだ。真剣には耳を傾けなかっただろ
う。面白がってからかったかもしれない結人。挑発に乗って俺はさらにムキになったかもしれない。だ
けど英士ならきっとうまく結人を宥めただろうし俺のことも宥めてくれただろう。

 あのとき、不愉快と感じたあのときにあの場ではっきりと騒いでしまえばよかった。そうすればこん
なややこしいことにもならなかったしだらだらとわだかまりとして残すこともなかっただろう。

 『えっと、それってあの……』

 だけどいまさらなことは理解できてるつもりだ。勢いで言ってしまったけど今さらぐちぐち言うつも
りはないし恨みを言うつもりもない。たとえもやもやした気持ちが残っていたとしてもだ。結人に他意
はなかったし英士が鼻の下をのばしたわけでもないのだ。責められるべき対象者はどこにも存在しない。
俺が勝手に妬いただけのハナシ。拗ねてしまったのも意固地になっていたのも全部俺が勝手にむかつい
て背を向けてただけのハナシ。そんなハナシを持ち出してぐだぐたからむのはアレだ、はっきりと言っ
て八つ当たりにしかならない。

 気は晴れるだろうけど格好のいいものではない。みっともないと思う。情けない姿を晒すようなもの
だ。

 勢いに乗って拗ねてた原因を白状したとはいえ、男としての器量、面目を下げるようなバカな真似ま
で晒す気はない。恨みつらみをここで吐くっていうことは自らの手で自分の誇りを地に落すようなもの
だ。

 『……それってさ』

 「ストップ。余計なことは言うなよ英士。俺の元気のなかった原因は吐いてやるがいまさらあれこれ
言う気は小石ほどのかけらもないんだ。だからこっちの気持ちが乱れるようなこと、特に小っ恥かしく
なるようなことは言ってくれるなよ? もし一言でも漏らしたら即絶交だからな」

 『それってはっきり言わなければいいってことだよね?』

 「いいから黙ってろよ」

 ストレートな物言いが多いだけに釘を刺したのだけれど効力の程はかなり不安ではある。実際聞こえ
てくる声の調子は喜んでいるようだし、トーンなんて隠す気なんて全然ないのだろう弾んでいる。

 鈍いと言われることの多い俺だってすぐピンときた。幸か不幸か性格も知り尽くしている。舞い上が
ったときの英士の言動には注意が必要だ。自分が英士を喜ばせるようなことを言ったという認識はある。
つけあがらせる結果を招くだろうことも予想済みだ。

 とにかく好き勝手に喋らせないことだ。

 顔がにやけていようが電話の向こうにいる限りその面を拝むことにはならない。声が弾んでいようが
ろくなことを言わないあいだはまだなんとか聞いていられる。

 とにかく、聞かされたこっちが赤面してしまうような小っ恥かしいセリフを喋らせなければいい。そ
うすれば何事もなくこのハナシにピリオドを打つことができるのだ。

 とにかくこのハナシはもうこれでおしまいにしたいのだ。恥かしいのに拗ねてた理由をきっちりと白
状したんだから、俺の仕事は終わったはず。あらためて突っ込まれたくもないし、英士の口から喜びの
言葉を聞きたいわけでもない。臆面もないヤツの口はとにかく滑らか過ぎる。俺にとって百害どころか
千害にしかならない口だ。恥かしさのあまり欲しくもない穴を掘るはめになったことは二度三度の話で
はない。

 とにかく! とにかくとにかくこれでもうこのハナシはおしまい!! 俺からはもう言うことはない!

 『えっと……』

 「うるさいっ。英士のお望みどおりこっちは吐いたんだから気は済んだだろ」

 『うん。それは済んだ。でも、あれだよ? その、俺の感想聞は聞いてくれないの?』

 「そんなの聞きたくないね。いいか喋ったら約束どおり即絶交するからな」

 冗談じゃねえ。耳を塞ぎたくなるようなセリフを、こっちは聞いていられる心境じゃないんだよ。

 『約束って、でもそれは一馬が一方的に言っているだけで俺は約束した覚えないんだけど?』

 「ふざけんなばかっ。お前の言いそうなことなんて簡単に予想がつくんだよっ。あんな小っ恥かしい
セリフ俺はいらない、絶っ対言うなよ」

 『でも俺は恥かしくないし』

 「俺は恥かしいのっ」

 『ほんと一馬って照れ屋さんだよね』

 うっがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 「黙れって言ったの忘れたのかよ!?」

 『うーん、今顔が見れないのがすっごく残念に思うよ』

 「だから人のハナシを聞けって!」

 『あ、一馬今すっごく顔が熱いでしょ? あー俺けっこう真っ赤になった一馬の顔って好きなのにホ
ントに残念だよ』

 「英士っ!!」

 やめろ、やめて。お願いだからもうなにも言わないで。勘弁してくれ……!

 「お前、絶交されたいんだな? それ覚悟して今喋ってんだな?」

 『かもしれない』

 ア゛ーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 楽しげなトーンに、ぞわぞわっと悪寒が襲った。

 絶交って言ったのに、突きつけたのに、なんで効かない!?

 『だって絶交と今の気分秤にかけたら、やっぱりこの晴れやかな気分を語りたいよ』

 勝手に天秤にかけるなよ、語りたいのだってそりゃお前の単なる我侭。頼むから俺の意見も汲んでく
れ。

 『なんていうか口笛でも吹いて町内一周したい気分だよ』

 「……行けば? 行きたいんだったら行きなよ。ていうかそれで落ち着くって言うんだったらむしろ
行ってくれ」

 『ひどいな一馬』

 「……るさいよ」

 『でもさ、一馬には悪いけどこのストラップ大切にさせてもらうよ。あ、誤解しないで? 結人がく
れたからっていうのが理由なんかじゃないからね、なんていうの、これ持ってたらまた一馬に妬いても
らえそうだからね。うん、大切にしなきゃねコレ』

 かあっと、それまでも熱かった顔にさらに火が灯った。どうやら絶交という言葉は釘にならなかった
らしい。舞い上がった英士の足はきっと地にはついていないんだろう。

 ……くそ。まさに踏んだり蹴ったりだ。

 『ねえ一馬』

 「あ? なんだよ」

 

 

 


 あっ。

 

 

 


 しまった……!

 

 

 

 無意識に返答してことを悔いた俺は、慌てて口元を押さえた。

 

 


 イヤな予感が頭の上からざぁっと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 『好きだよ』

 

 

 

 

 

 

 躊躇いもなく囁かれて、躯のうちからとろけてくるような熱さを覚えながら携帯の電源に指を押し当
てた。

 絶交と一言も言えないまま、だけど心臓が止まりそうでこれ以上は耐えられないと判断したのだ。

 「……あのバカ……」

 恥かしげもなくよくも平然と言えるものだ。

 

 

 

 

 

 「…………」

 

 

 どうしよう。マジでなんか溶けてきてるみたいだ……。どうしよう……。くそ、英士は約束を破った
というのになのになんで俺はこんな口元が緩んでくるんだよ。

 

 

 「あぁ……もうチクショー……」

 

 

 踊る心が抑えられない。

 地に足がつかないのは俺もだ。

 

 


 どうしてくれんだよ、もう……神経が昂ってこれじゃ眠れないよ……。

 

 

 

 

 











END

 


 

Jealousyでなくて嫉妬。

一馬にJealousyは似合わないと思う有島の脳はイカレテますか?
漢字で嫉妬です。真田一馬が妬くのは嫉妬。

で。英士。いい具合に壊れてくれました。やぁいいなあ。嫉妬も吹っ飛ばす甘い言葉っすか。
苦労するよね一馬、馴染みのある言葉なだけに耳の奥にこびりついて離れてくれなさそうだ。

眠れないか、そうか。

ひとりで、とりあえず頑張ってくれよ一馬。

頑張らないと英士がひとりで頑張っちゃうからさ。

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