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 ケンカをした。約束が守れなくなったことで須釜がキレてしまった。ごめんって先にちゃんと謝った
のに。学校の用事で仕方のないことなのに。ウソツキって言われてしまった。

 

 

          果 て し な い  び の 

 

 

 土曜日。総合学習なるものの中で班ごとに課題が出されてそれを週が開けて火曜日に発表することに
なっている。それの準備で班のもの全員で区立図書館に集まって資料作りに励んだ。集合時間は午前の
11時半。せっかくの土曜を資料作りなんかで丸々は潰したくないというのが皆の意見で最初からあが
っていた。だから木曜日の話し合いで真っ先に決まったことは、遅刻なんかしないで集まったら真面目
に取り組んで早目に済ませてしまおうということ。よっぽど皆一日もかけて資料作りなんかしたくなか
ったらしく、当日遅刻してきた者はいなかった。全員の顔が集まってテーブルを囲んでからも途中でお
しゃべりが始まって時間をロスするということも起きなかった。

 「じゃ、だいたいこんな形でいいよね」

 「いんじゃねーの?」

 「じゃ、これは月曜にでも放課後ちょっと残ってまとめるってことでいいのね」

 「どうせたいした時間はかかんねえだろ? こっちのヤツは俺が家でまとめてきちゃうし、そっちの
は安西がまとめてくるだろ? まあ、こんなもので充分だろ」

 「そうだな。あ、じゃあコレとコレの借りてくる手続きしてくるよ」

 「あ、うん」

 「あーでもマジで早く終わったな」

 「だな」

 「珍しく男子が真面目だったからねえ。いつもこうだと嬉しいんだけどね」

 「ねー」

 「だってさ。俺たちはいつだってマジメに取り組んでるよなぁ?」

 「まったくだ」

 「うそばっか」

 「あ、ナナコ戻ってきたよ」

 「あ、ナナコお帰り」

 「はい、じゃあコレ安西よろしく」

 「ほいよ」

 「じゃあ出ようか」

 「あ、ねえ、みんなはこのあとどうすんの?」
 
 「べつに用事はねえけど、なんで?」

 「あたし達これから渋谷に出るんだけどどうかなぁって思ったんだけど」

 「あ、悪ぃけど俺はパス」

 「なんだよ、真田なんかあんの?」

 「あーちょっとね。人と会う約束してんだ」

 「え、なになに彼女?」

 「ば、ちっげぇよ」

 「あ、アヤシイ。赤くなった」

 「マジかよ真田。サッカーに夢中なのかと思ってたらいつのまに」

 「だから違うっての」

 「えーじゃあ、真田くん以外のヒトは?」

 「あー俺はべつにいいけど」

 「俺も」

 「じゃ一緒に出ようよ」

 「あ、じゃあ悪ぃけど俺急ぐから先行くな」

 「おう、じゃあ頑張れな」

 「いや、だから違うっての」

 「いいからいいから、ほら、急いでんだろ?」

 「じゃーねー」

 「ばいばーい」

 「おう、じゃあホント悪ぃな」

 皆と別れて、駅へと走った俺は、だけど気分は乗っていなかった。沈んでいるってわけではないが、
重いのだ。

 須釜に会うつもりでいるのに、会いたくないという気持ちも捨てられなくて。体の方は動くけど思考
はの方は停滞しっぱなし。須釜の家に向かって着いたらまずなんて言ってドアを開けてもらおうか。顔
を見たらうまく話せるだろうか。家に上げてもらったらうまく会話が続けられるだろうか。いや、まず
なにより先にやってくる難題は須釜が会ってくれるかどうかだ。居留守使われたらどうするのか。応答
があっても『会いたくない』からって門前払い喰らったらどうしようか。

 よくない光景ばっかりが浮かんできて頭はショート寸前だ。

 これが英士や結人相手だったならこんなに悩まないのに須釜は難しいよ。それに三人ていうバランス
に慣れすぎてるせいか、自分でなんとかしないとどうにもならない袋小路の状態というのにすごく恐怖
を感じてしまう。だってなにやっても俺の責任になるし、降りかかる災難も全て俺の上にだ。

 これが結人との問題であれば英士に相談もできるのに。結人が相手だったらいちいち相談なんかしな
くたって英士だったら俺たち二人の雰囲気から察してこっそりとアドバイスしてくれたかもしれない。

 だけど須釜とのことはいくら英士にだって相談はできない。おいそれと泣きつくことなんてやっぱり
できないよ。結人のとこにだって駆け込めない。

 だって、いくらなんでもくだらなさすぎるよ。

 どっちかが浮気したとか、最近須釜の様子がおかしいだとか、そういう真剣さに欠ける今回の問題は
とてもじゃないが持ち込めない。言ったらきっと笑われる。結人だったら絶対からかう。英士だって失
笑しそうだ。

 くそっ。

 頭痛いよ……。

 須釜は、一筋縄ではいかない扱いを要求されるから困るよ。はたから見ていたときは温和で、およそ
我侭なんて言わないだろうと思えたのに実際はすげぇ我侭で強引で自分勝手なヤツだって言うんだから
あの外面は詐欺だ。



 ……ちがうな。

 

 まんまと引っ掛かった俺がばかだったんだよな……。

 

 

 

 

 

 

 


 ホームに入ってきた電車に乗り込んだ俺は、ぐったりした気分に同調して疲れきった体を休ませたく
て、運良く空いていたシートに腰をおろした。

 隣のおやじの匂いだろうか。油クサイ。なんかタバコの染み込んだような曇った匂いと混じって気分
が悪くなってくる悪臭が横からうようよと漂ってきている。

 女の人の化粧の匂いも勘弁してほしいけどオヤジのこういう匂いもキライだ。

 こういう匂いを平気で垂れ流すのって本人は全然気付いてないから質が悪いと思う。連れの人でもい
いから教えてやればいいのに。逃げることの出来ない空間で我慢を強いられるのってある意味拷問に近
いものを感じるよな。ていうか、よく皆平気な顔していられるよ。なんにも感じてないのかな。俺が神
経質すぎるのかな。

 ……どうせ二度と隣り合わせになることなんてないんだろうから一言言ってやってもいいんだけどさ、
最近キレるオヤジも多いって言うしなぁ……。

 くそ、結局俺が我慢しっぱなしかよ。不公平だよな……。ていうか、俺の人生ってなんなか最悪じゃ
ん? 運がねーよ……。

 仕方ない。眠るか。

 須釜、もう怒ってないといいな……。

 

 

 ………………。

 目が覚めたとき、降りる手前の駅まで来ていることに気付いた。セーフ。良かった。寝過ごさなくて
ホント良かったよ。

 それでなくても俺はよく寝過ごして降りなければいけない駅を通過してしまうことがよくあるのだ。
その都度以降気をつけようとは思うのだけれど疲れていることが多いのか、うっかりしてしまうことの
方が圧倒的に多かった。だから今日は実に運がいい。

 座ったままのカッコウでこそっと背を伸ばして緊張を解すと、前の何人かのあとについてホームへと
降り立った。そのまま下へと流れていく人たちのあとについて階段を降りて西口へと足を向ける。

 改札を抜けて駅のロータリーに出るとそのまま足を向けながら携帯を手に持ち、すっかりと覚えてし
まっているナンバーを押していく。

 一回。二回。三回……女々しいかなとは思うのだけれどくせでつい、コール音を数えてしまっている。

 その呼び出しが七回目に達したとき、ついに携帯は繋がった。

 「須釜? 俺だけど」

 どうせメモリに入れているのだから着信が誰からなのか相手にはわかっているはずなのだ。だからい
ちいちご丁寧に名乗ることもないとは思ったんだけど口の方が先に動いてしまったのだから仕方ないよ
な。

 ていうか、名乗ってやったんだからそこで黙るなよっ!!

 くそっ。やっぱまだむくれてやがったか。

 「聞こえてんだったらなんとか言えよ」

 『……』

 むかつくなぁ。

 「いま、駅ついて歩いてそっちに向かってるからっ」

 『……』

 「あと7、8分でそっちに着く。鳴らすから絶対出ろよな。もし出なかったら玄関先で騒いでやるか
らな!?」

 『……』

 なんとか言えよっ!!

 「……わかった。会いたくないって言うんだな。じゃあ帰るよ」

 『真田』

 ちっ。ホント手間のかかるヤツだぜ。

 「なんだよ」

 『なにしに来るの?』

 「なにって……」

 うーむ。こういう切り替えしがくるとは考えてもいなかったよ。なにしにってなにしにもないよ。元
々約束してたんだから会いに来ることがそんなに予想外なことかよ? やっぱ須釜ってなに考えてるん
だか理解できねぇよ……。

 『今日はダメになったんじゃなかったの?』

 「用事なら済んだよ。どっかの誰かがむくれっから速攻で終わらせて来てやったんじゃないかよ」

 『……』

 またダンマリかよ……。

 「……わかったよ。ケチのついた約束なんて今更だって言いてんだろ? 帰るよ帰りますよ。じゃー
な」

 『待って』

 「……んだよ」

 『今更だなんて言うわけないでしょ。あれから……2、3分は過ぎてるね。あと5分くらいかな? 待
ってるよ』

 「……走ってくよ。だからもそんなはかからないから」

 甘いなと自分でも思うよ。けど仕方ない。……結局俺自身が会いたくて仕方なかったんだ……。

 はまった者が負けってよく言うじゃん? だから仕方ねんだよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 「須釜」

 ベルを鳴らしてすぐにドアは開けられた。

 「入って」

 招き入れられて玄関先で、靴を脱いでる余裕もなく俺たちは互いの体を抱き締め合った。強く。折れ
るほどのちからを込めて。

 「……須釜、苦しい……」

 「真田こそ離して……」

 「やだ……」

 結局こんな風に堕ちてしまうのに、素直になれない二人だからか、直接に触れ合わなければ許しあえ
ないらしい。頭の上から降り落ちてくる声は甘いくらいに静かで、そして胸を締め付けてくるほどに切
なげで。胸のあたりで顔を埋めて答える俺にも甘ったるいくらいの疼きが生まれているし……。

 

 気付けば唇を重ねているし……。

 

 「……ん」

 「……まだ、もっとだよ……」

 唇に触れてくる直前に囁かれた言葉は熱い吐息といっしょに口の中へと吹き込まれて、首に腕を回し
て貪るように噛み付くような愛撫に答える。たしかに、こんなんじゃ全然足りないよ……。

 「す、……っま、……」

 無意識なうちの呼びかけがそのまま須釜の口の中へと消えていく。代わりに与えられるのは熱くて執
拗な愛撫。やばい、よ……マジでなんか、食べられっ……そ……。

 須釜とするキスはただ触れるだけのものでさえ俺には気持ち良過ぎるものだ。求められる動きがある
キスはさらに気持ちが良くて気持ちを昂らせ普段はその姿を潜めている欲が、須釜から与えられる動き
に合わせてむくむくと頭をもたげて現れ、思考を欲一色に染め上げてしまう。

 キスだけで満足できたあの頃がこそばゆくて懐かしいけれど、残念なことに俺はもう意識がぶっ飛ぶ
ほどの気持ちのいいことをこの先で何度も見てきた。ここまできたらもうキスだけじゃ終われない。

 早くいつもみたくまさぐって、そして触って。痛くしてくれてもいい。引っ掻かれるあの痛みでさえ
俺には気持ちのいいものだ。

 「……っあ」

 裾をめくって手が入るのと同時にカクンと、どっちかの足の膝が折れた。そのまま崩れるのかと一瞬
思ったけど須釜に腰を抱きとめられてそのまま壁に押さえつけられて、かなり苦しい体勢で舌を食われ
てしまう。首の後ろがひどく窮屈だ。須釜との差は約30cm。見上げる格好を続けるのはそれだけで
も時間がかかると辛くなってくるのに、唇を重ねながら心持ち体重を掛けて来ているみたいで重く感じ
て襟足あたりが圧迫されててかなり辛い。

 「……っちょ、ね……」

 タイミングを狙って訴えたけど綺麗に無視された。

 ちょっ、マジでこのままじゃ折れるって……!

 こうなったら回したままになっていた手を有効に使うしかない。スナップをきかせて襟首を掴んでひ
ッ掴んで無理矢理にでも離させようと試みた。体重は須釜の方が多い。身長もでかい。体勢は……かな
り俺の方が悪い。だからまぁ当然と言えば当然か。びくりともしねぇよ……。くそ。

 「んんっ……」

 びくりと、体が大きく反応した。胸の突起を遊ぶ指に、かあっと顔が熱くなるのを覚える。……あ、
やばいって……ちからが、……入んねぇか、も……。

 「……真田……」

 「ん……」

 耳たぶを唇同士で挟んで甘くはみながら囁く息吹に首筋を刺激されて背筋に大きな震えが走る。こう
いうときに使う須釜の声はひどく妖しくてなにもされなくてもぞくりときてしまう。

 もっとも今はウエストあたりを手のひらで摩るようにして撫でられているから声だけのときとは比べ
ものにもならない数段に濃い刺激を受けぞくりどころの騒ぎではない。武者震いや怖気にも似ていると
思うが余韻は頭を抜いてねちっこく鎮まるのに時間もかかるのだ。

 とろとろと蕩けてくるような感覚の中で足を立てているけど意識の方はもうだいぶ飛び始めている。
体の方も熱くて頭の中はぼおっとぼやけてきているし、なにかに縋ってでもいなくては立つこともでき
なくて。こういうとき縋るのは大抵須釜の背中だ。ぎゅっと抱きついて密着して感じる温もりや鼓動に
まで縋ろうとする。

 「……すが、ま……」

 「いい声、……もっと呼んで?」

 「……ふざけ、……な……よ」

 「ふざけてなんかいないよ? 好きなんだ、真田の声……お願いだからもっと呼んで欲しい」

 「……すが、……ま……すが、……」

 お願いは、俺にだってある。いつもだったらとっくにあちこち触りまくってるころなのに、なんで今
日はまだ腰なんかあたりをいじってるんだよ……。焦らされるのは好きじゃないって前に伝えたはずな
のに……。くそ……。

 「ね、真田……」

 「ん、すが、ま……」

 須釜の声がまた囁く。この声には逆らえない。この声はこの声だけで充分昂りを揺さぶるちからがあ
るから反抗しようなんて気も起きなくて結局は須釜の言いなりになっている。

 「……ここで、いいの?」

 「ああっ……あ、……い、いいっ、……ここで、も、いいっ……から……!」

 足を割って体をさらに密着させてくる須釜の手が腿の間を割って入り、中心に向かいながらも絶対に
そこには触れないで周辺に手を彷徨わせて煽れるだけ煽ろうとしている。

 焦れったすぎる。もどかしい。そこじゃないって、腹ん中では叫んでるのにまだ羞恥心が残ってるも
のだから実際には口に出して言えなくて。それが須釜を遊ばせてるとわかってるのに。……くそ。

 「……ん……っああ……」

 須釜は時折腰を押し付けてきて窮屈になっているそこを押さえつけて俺の体をびくびくと震わせてく
れる。だから、できればもうじかに触ってきてほしいのだ。

 「……が、……まっ……」

 「うん?」

 「……ここで、い、から……手、つかって、……」

 泣きそうになりながら縋りついて頼み込んだ。首に埋まった頭を無造作に掻き回しながら唇を当て、
祈るような気持ちでもう一度『手でして』くれと頼むと首に当たっているその唇がゆっくりと笑ったの
がわかった。

 「ほんとに、ここでいいの?」

 「い、っああ……ん、……」

 フロントに回った手が、力強くそこの輪郭を辿った。一回、二回、手のひらで時には押さえ込まれな
がら刺激を与えられる。腰の骨は一瞬にして蕩けてしまった。自力ではもう立っていられない。縋る須
釜の顔も少し辛そうだ。

 だけど今は須釜のことにまで気なんて配っていられる状態なんかではない。自分の意識ですらふっ飛
びそうなのだから。

 「ん、ああ……あ、あ、や……」

 「辛そうだね。横になりたい?」

 ボタンが外されてジッパーが下ろされた。下ろされていく音に無意識に体が竦む。声も出せなくなっ
た。だけどそれは本当に一瞬のことで。須釜の指だろうものが下着の上からわずかに触れただけのその
瞬間、思考は動きだした。弾かれたみたいにして慌てて首を頷けると須釜の手がそれを握り込んでわざ
と痛く感じるようにと強く摩り出す。

 「ああ……ま、て……すが、まぁ……まっ……て、まだっ……あ、ああ、んんっ……」

 須釜は、俺がもう立っていられるだけのちからを出せないのを知っていてわざと攻め立ててくる。俺
が『お願い』するまでは手を緩める気はないはず。いつもいつもそう。俺を追い込むのが好きなんだっ
て……。

 あんな人の好い顔してその下にこんな意地の悪い性格を隠してるなんてきっと誰も気付いてないだろ
う。俺だって騙されて初めて知ったのだ。ほんとすげぇ詐欺師だよ……!

 「ふーん、まだ、余裕あるみたいだね?」

 「ああ、っん……いた、痛……い、ちょ、ちから……ゆる、めて……すが、すが、……まっ……」

 「余計なトコに意識飛ばしてないで集中しなよ。いつも言ってるでしょ?」

 「して、る……ん、……してる、よ……須釜のこと、し……か考えてな……っああ」

 体には、容赦なく意地悪なことをする須釜だけれど、縋りつく腕を振り払われたことは一度もない。
自分の体を好きに扱っていいからと言わんばかりに捧げてくれる須釜のその行為はとても残酷だ。いっ
そ振り払われた方が体には優しい。抱きついて縋って、それでも焦れったい悪戯しかされなくていい加
減気の方が狂ってしまいそうになる。

 「背中、痛くてもいいんだね?」

 足元の靴を蹴飛ばして、須釜が体の上に乗りかかってくる。その体の首や背に腕を回して『いいよ』
と答え、自分からすすんで腰を浮かせて須釜のところに押し付けて『早く』とせがむ。

 「早く、どうして欲しいのかちゃんと言って。それじゃダメだよ?」

 「わかれ、よ……」

 「わかってるけど真田に言わせたいんだ。わかるだろ?」

 まるで拷問だ。言葉責めしている上におあずけの刑を加えるなんてひでぇよ。

 「真田のその目、好きだな。でも効かないよ? むしろもっと焦らしてあげたくなるけどいいの?」

 「ヘンタイっ……」

 「気分が高揚してくるね。もっと言ってよ。強気な真田って好きだよ。一番そそられる姿だ」

 「す、……がま……」

 「うん、なに?」

 「して、よ……手、使ってして、……」

 須釜だけじゃない。俺だって、穏やかな笑みを浮かべる須釜のその顔にそそられるのだ。さっきから
心臓がドクンドクン跳ね上がってばかりだ。意地悪をされてもその体を本気で押し飛ばせないこと、浅
ましいとは思う。その感情から目を背けてまで須釜に縋っているこの現実を呪いたいとも思う。

 だけど、だけれど……。

 どうせ意地悪なことするなら、この体を弄りながらとことん焦らされて、気の狂いそうなあの瞬間ま
で追い込まれて意識を溶かすあの熱に溺れて泣かされてもいいと願ってしまうのだ。

 「手……でも口でも、いい……から、してっ……」

 「やらしい顔。泣きそうな目してるのにどうしてそんなに艶やかな色を浮かべることができるんだろ
うね。いつも不思議に思うんだけど、ねえ、どうして?」

 「知る、かよっ……そんなことより、ね……はや、く……」

 揺れた腰を掴んで納まりのいいポイントでしっかりと固定すると須釜の指が下着の中へと入り込みじ
かに触れて先端を弄りだす。爪で引っ掛かれたり指の先で押し込むようにして突付かれたり、強い刺激
のせいで頭の中が白い点で埋め尽くされて目の前が霞み始める。

 「ああ、あ……っ」

 須釜須釜須釜。縋って泣いてしがみついて。欲する心のままにカッコウもつけずにねだった。イきた
い。素直に願う。イかせて。息も絶え絶えに乞うた。お願い、イかせて。何度も乞うた。叶えてくれる
まで乞い続けた。

 「真田、真田からぼくにキスして……」

 それをしたらイかせてくれるのか? 須釜のことを見つめて目だけで問う。そうしている間も追い立
てる行為は止めてもらえず必死に耐えてのこと。息がヒューヒュー不気味な音を立てるのを我慢して喘
ぐ声を必死に抑えている分余計に苦しい。

 「濃厚なやつをしてくれたらね。楽しませてくれたら真田のそのお願いも叶えてあげるよ。無理そう
なら別にいいから。このまま真田を抱き締めていてもぼくは楽しいからね。どう? けっこう辛そうだ
けどできそう?」

 容赦のない要求を突きつける須釜が本気で悪魔に見えた。脅されているわけでもないのにその悪魔に
まだ縋っている自分の腕を見ると、目には見えないワイヤかザイルかで繋がれているような気がしてな
らない。その悪魔の手の上で足を開き自慰を見せつけているみたいな気分である。

 「どうするの? 早く決めてよ」

 唇を噛む代わりに舐めて濡らし、須釜のその薄い唇に噛みつく。舌を使って輪郭をなぞり、次いで割
って歯列を舐め、意地悪く須釜が笑ったそのあとに震えるその舌に自分のそれを絡ませ息を吸う。

 「ん……っ…………ん……す、が……」

 「……真田……上手くなったね」

 「……たの、……しめた、か……よ」

 「うん。腰にきた。いますぐにでもイれたいかも」

 「いい、ぜ……」

 やわやわと、揉まれ始めたそこに、イヤでも意識は向かってしまう。輪郭を辿っているのだと、指の
動きを頭の中で描けば、湿った音も鼓膜を刺激して体のあちこちに小さいけど欲の濃い疼きが生まれる。

 「あ、ああ……っつ……」

 「腰、上げて……もっと……」

 「ん、んんっ……すが、……すが、ま……」

 「イきたい?」

 鼻の頭を舐めながらのその囁きに、こくこくと頷いた。イきたい。もう、ダメっ……。

 「いいよ。いつでも好きなときに出していいからね」

 「……服、……」

 この体勢だと須釜の服を汚してしまうことは避けられない。汚れた服を洗い場に置いてはおけないし
一枚だけの洗濯は申し訳がない。だけど須釜はかまわないとちっとも気にしていなくて。

 「そ、……なっ……いか、ないって……っ」

 「気にしなくていいんだよ、ホントに。洗濯ならあとでぼくがするから」

 「っああ……」

 「ほら、もう我慢きかないとこまできてるじゃない。イっていいよ?」

 わざと立てられた爪に腰が大きく跳ね上がった。服の端だろうか、勃立したそれにかぶさってスルリ
と撫でていくものがあった。その柔らかさに頭の中でスパークした光が閃光となって目の前を黄色に染
め上げていく。ゆらゆら揺らぐ視界の先で見える須釜の顔は、何度瞬きをしても歪んだまま……。

 ぎゅっと、抱きついたのはいつもそうしているから。そうした俺の髪に潜った指が力強く頭皮ごと抱
こうとしてくれて。

 須釜と、呼ぼうとしたけどしゃくり上げるような呼吸に邪魔されて言葉にはならなかった。そのうち、
『真田』と呼ぶ須釜の声に消されて自分の息遣いまでをも俺は耳にできなくなって、手にしていた須釜
の温もりを掻き抱いて引き寄せて、強く胸に抱いて泣いた。

 「これで終わったわけじゃないでしょ? まだ、だよ?」

 須釜は頷くのを待っていたようだ。俺がこくんと首をたてに振ると、尻が割られ指を突き入れられる。
不快感に顔を顰める俺に躊躇いもなく、中で指が好き勝手に肉壁を弄繰り回して須釜のペースでもって
俺の中の欲が揺さぶられていく。

 「痛い?」

 痛くないと言ったらそれは嘘だ。だけど、痛いだけではない、むず痒さもたしかにそこには存在して
いて。痛いとは言えなかった。

 「大丈夫そう?」

 口を開きたくなかった。とんでもなく恥かしくなるような声を上げてしまいそうなのだ。今必死にな
って結んでいるこの口に隙間でもできようものなら洪水のように漏れ聞こえてくるだろう。ちょっと想
像するだけでも舌を噛み切ってしまいたくなる、……よ。

 「どうせ啼くことになるんだからこんなとこで無駄に頑張っても意味ないよ?」

 「っ……」

 いまのはわざとだ。わざと引っ掻きやがった……。くそ……。

 「真田のココはいいって言ってるね。じゃあ、いいよね?」

 えっ……? あ、ちょっ、まだまっ……!!

 「っう……っ……ふ……っ」

 叫びとなるはずだったその声は、須釜の口の中へと吸い込まれて無声の喘ぎだけが絶え間なく隙間か
ら零れ落ちてくる。

 「……さすがに、ここで叫ばれるのは困るからね、ごめんね……」

 苦しい。それまで下腹部に停滞していた疼きが一気に腿から膝へと降りていったのが貧血のときのよ
うな感覚で伝わってきてわかった。足の先がまるで冬の朝のように冷たく感じる。

 須釜のやつ、一気に挿入しやがった……。信じ、られ……ないよ……っ。

 「動く、からね?」

 尋ねてくるその途中からすでに須釜は腰を揺らし出している。まだ最初だからどこか肉に引っ掛かる
ような感じがあって、全然スムーズにいってない。だからか、ぎちぎちと切り裂かれそうな痛さがあっ
て、胸の辺りや臍のまわりなど上半身を中心に須釜の指が愛撫をしてくれているけどほとんど効き目が
なくて涙が流れ落ちてきている。

 「そんなにちから入れないでよ、ね?」

 そんなこと言われたってムリっ……。

 「真田」

 宥めてくれるのは嬉しいんだけど、ムリなものはムリっ……。

 「ほら、そんなにきつく目を閉じてないでぼくのこと見てごらん? 真田……」

 最初に見えたのは須釜の肩の端。それからクリーム色の天井。

 「どこ見てるの、こっちだよ真田」

 「……っ」

 声に誘われて視線を左上にちょこっと移すと、笑っている須釜の顔が見え、なぜだかほっとしてしま
った。それをきっかけにして緊張が解れ、それまで苦しいだけだった息がすうっと吐けて、どうにかこ
うにかまともな呼吸ができるようになった。

 「楽になったみたいだね」

 「なっ……」

 須釜を飲み込んだ入口の開き具合を教えるかのように指でソコをなぞられて、背中が大きく跳ね上が
る。ひくひくと咀嚼しながら須釜を飲み込んだ肉は、中で須釜に纏わりつき腰が引かれるとき浅ましい
ほどの執着心を見せて俺に腰を揺らさせた。

 「あ、ああ、……あ……」

 どうせ啼くことになると言った須釜の言葉通り、いまやこの口からは啼く声しか出てこなくて。

 「ん、……っああ……あ、あ……すが、……すが、ま……っ」

 須釜の動きが速くなると俺はついていくのが辛くなって、胴に脚を巻きつけると須釜を自分の方に引
き寄せようと試みる。そんな俺に須釜が覆いかぶさるようにして上体を前屈みにさせ、俺の首の下に手
を差し入れて抱き起こすような仕種を見せた。

 「しっかり抱きついててね」

 「ああ、……あ、あ、……っ……」

 腰の一部だけが床について揺さぶられる格好は、辛いのだけれど擦られる角度が緩く、もどかしさだ
けで快感を得ることができてしまう。震えが大きくやってくるのは抜けそうな感覚を覚える腰の引かれ
るその瞬間。

 本当にすぽりと抜けるんじゃないかって気が散って集中できない分、よりリアルに須釜を感じてしま
うから堪らない。視線のやりばにも困る体勢だ。

 「……いい?」

 「……きく、な、ばっ……か……っ」

 見ればわかるだろう―――― 付け加えてやろうかとも思ったけどやめといた。どうせ、『見た目で
判断を下すのは間違えやすいって知ってる?』なんて言葉がかえってくるにきまってる。須釜の意地の
悪さはマジで容赦がないのだ。脅かされているわけでもないのに、見逃さない、聞き逃さない、耳を傾
けないといった三拍子を揃えて立ち塞がるので意地悪な顔を見せて要求を突きつけてくるときの須釜に
は、なにもされなくても心中への侵略の脅威を感じてしまう。

 「『ばか』はないんじゃない?」

 「……る、せ……も、だま……れ……っ」

 「へぇ、可愛くない口がきけるだけの余裕がまだあったんだ?」

 「ああ、や、……そんな、揺す……な……っ」

 「あまりよくなさそうだから、やり方、かえようか?」

 「さ、……てい……っん……」

 「一度抜くね」

 「や、やめ、……てくれ……っ」

 「どうして?」

 ああ、もうくそっ……。

 「いい、……からに、きまって……だろ……すが、……こそ、うるさ……い……っ」

 「そう? じゃあキスしようか?」

 「……ん」

 どうせ俺からしてくれって言う気なんだろう。だったら言われる前にしてやるよ。

 「……ふ……っ」

 「噛み切らないでよ?」

 激しく揺さぶられる前に須釜が残したお願いは、自分本位で思い遣りの欠片もありゃしない。無理な
ことをわかっててわざわざ言い残すんだから意地が悪いよ。そんなに噛み切られたくないんだったらキ
スなんてさせてないでいっそ猿轡でも噛ませりゃいんだ。

 「ふ、……っんん……ん、……っ」

 テンポの上がった須釜の動きに合わせていくのが途中から辛くなると舌の動きにも影響が出てきた。
わざと気を抜いたわけでもないのに、どうしても須釜の動きに答える反応が鈍ってくる。塞がれたため
にうまく喘げなくて、胸が苦しいのも一つの原因になっていて、新しい酸素をつい、求めてしまうのが
須釜には待てないらしい。

 「……す、が……」

 もういい加減口の方は解放してくれと、目で訴えるも、掠れた声で『だめ』という返事をもらってし
まい、拒否されてすぐの口付けは熱で口腔内がとけるんじゃないかというくらいに深く、マジで頭の中
がぼおっとしてきて思考がゆらゆらと揺らいでるような感覚に陥った。

 「……ん、んん、……」

 下腹部にはぬるま湯でも詰まっているのか、ほんわりと暖かい。そのぬるま湯が、須釜に突き上げら
れる度に胸や首のところにまであがってきて、最後それは俺の口から喘ぎとなって漏れてくるらしい。
だけどそのほとんどが須釜の口の中に飲み込まれていって、声として上がったのは少ない。

 「……っ」

 それは小さな呻きだった。汗の浮いたその額の下の両の目には、電球の色と同じ光りが映っている。
真ん中で輝くそれは、なんだか気持ちを代弁しているかのように見えた。物足りなさそうに見えるのだ。
表情を見る限り余裕はもうなさそうだ。

 須釜から目を離せないまま唾液を嚥下したそのとき。その余裕のなさげな表情が、堪えるようにして
歪んだ。すると眼差しがそれまでりものからきついものへとかわった。

 「……さな、だ……っ」

 今度は俺がその須釜の言葉を飲み込んだ。

 「……んっ」

 ぐっと、深い動きに合わせて仰け反らせた首に、須釜の舌が這って喉仏のあたりで歯が立てられる。
刺激を受けてびくんと、背中が跳ね上がる。つばを飲むたびに大きく上下するそこにちろっと触れた舌。
舐めるでもなく、押さえ込んだまま動かない。

 「……すが、……ま……?」

 「も、だめ、かも……もちそ、にない……真田は、どう……?」

 「俺……? 俺は、いつ……でも、いい、か……な……?」

 大抵先にイくのは俺なんだけど、たまに、ごくたまに、こういう風にして須釜が先にイきたい宣言を
出すときがある。

 「ああ、……あ、あ……っ」

 俺の方は全然かまわなかったので了承すると、ラストスパートがかかったせいで揺さぶられるリズム
が格段に上がった。……マジ、で、内……臓……出……そ……。

 「んっ、……んん、…………」

 「……っ……あ、さな、だ……っ」

 「あぁ……っ……あ、……すが、すが、……ま……っ」

 擦られる箇所からむず痒さが失せて中の肉が執拗に須釜に縋りつこうとしている。時折空気が入り込
むのか、イヤな音も聞こえてきてるが熱に溺れて須釜に縋りつくのに忙しくて、その音のせいで気がそ
れるということもなく。

 「あ、さな、……だ……も、だめ……っ」

 「ん、……」

 「いい……?……イく、よ……っ」

 俺は二度ばかし頷いた。胴に巻きつけていた脚にちからを込めて深く打ち込まれるのに備える。俺の
方はもうすぐにでもイけそうだ。密着した腹の下で擦られていて、ほんとうに我慢なんかきかないとこ
まできてる。

 「あぁ、……っ」

 ぐっと、押し込むようにして深く打ち込まれた直後、俺はとうとう吐き出した。ぶるりと肩から震え
が起き、その震えは波紋のように全身にくまなく広がっていく。震えが去って残ったものは疲労感と心
地良さのミックスされた気だるさ。腰のあたりにまだ小さな疼きが残っているみたいだけど無視して瞼
を上げると、深く頭を垂れたまま、須釜が依然としてまだ動きを止めて固まっていた。

 「……すが、ま……」

 なるべく下半身に響かないように気をつけて腕をずらして須釜の前髪を上げてその表情を覗おうとし
て、下から覗くような須釜の視線とかち合う。須釜だって吐き出したはずなのに須釜の目はまだ欲を失
っていなかった。そのタフさに、思わず、ぞくりときた。それに体が反応して、須釜を飲み込んだまま
だったあそこがきゅっと、締まる動きを見せ、反射的に少しだとは思うのだが腰が浮いたようで、中の
物が零れてくるような感覚を覚えてしまい、慌てて肩の辺に手を当て須釜の体を向こうへと押しやった。

 なんていうか、声が出てきそうというか、やばいっていつまでもこの状態でいるのは……。

 「……真田、これはまずいって……」

 「なに、が……」

 「なにがって……締めないでよ……」

 「……っ」

 いくら自分でわかっていることでも口に出されると耐え難いほどの恥かしさに見舞われてしまうもの
だ。

 「ちょっ、…………ね、もしかして、……わざとやってる……?」

 「なわけねぇだろっ。いつまで突っ込んでだよ、終わったんならとっとと抜けよ……!」

 信じられねぇよ、こいつ!!

 なにでかくしてんだよ!!

 うぎゃあ、いまびくびくっていったぁぁ!! ばか須釜ばか須釜……!

 「ちょっと真田、あんまり暴れちゃダメだって……」

 「須釜がいつまでも入れっぱなしにしてるからだろっ……も、早く抜けって……」

 「んー……」

 「……なんでそこで考え込むんだよ。言っとくけど俺はもうムリ、体、ガクガクだから絶対ムリだか
らな」

 「ここでいいって言ったのは真田だよ? それなのにぼくを責めるの?」

 「だ、誰も責めてはいないだろっ……」

 「それなら体が痛いだとかきついかっただとか泣き言は言わないでくれない?」

 「痛いとは言ってないじゃんか、なんかもう一回とか言いそうだったからそれはムリって言ってんだ
よっ」

 「なんだわかってくれてたんだ」

 「須釜っ」

 「ムリだって言うんだっら真田はまぐろになってていいよ。ぼくがひとりで頑張るから。だからこれ
だけ貸して」

 「じょっ……!」

 冗談じゃない、と言いたかった抗議の言葉はあっさり口を封じられて須釜の口の中へ。ムリだからと
頼もうとしても舌は絡めとられてまったく自由にならなくて。しかも須釜は既に腰を揺らし始めていて
、俺のほうも意思とは関係なく勃ちあがりかけていて、すでになんとなく、堕ちかけている。須釜が中
に叩き出したものがとぷんっと零れてくる不快感を得ると、ようやく須釜の動きに応じようという気に
なれ、そうなるとあとはもう、気持ちの良さになすすべなく喘ぎまくるだけだ。

 

 なにが『これだけ貸して』だ、バカ。持ち主の俺を『うん』と頷かせるくらいの努力くらいしてから
頼めよな。手、抜くなんて最低。ていうか、約束違反。

 『溢れるほどの愛を注いで俺の愛情で溺れさせてあげるから、付き合って』

 そう言ったくせに。今のは明らかに手抜きじゃんか。

 

 あとで文句言ってやる。

 

 

 

 

 

 

 


 ところで。ケンカをした後のエッチってさ、なんでこうも燃えるんだろ……?

 

 

 

 

 











END

 


 

須真です。須釜は我侭。これ、有島の願望。

郭真や若真と違って、須真の一馬は積極的でかつ、心の強い子。須釜に振り回されつつも愛に振り回されてるってカンジで須釜の頭を撫でそうなくらいかっこよくあって欲しいのです。むしろ、郭真若真では与えられる立場であってもいいけど、須真においては、与えることで幸せを感じる子であって欲しいなと。

そんでもって須真に限って言えばエッチのとき、まぐろな一馬は×!!

むしろ自分から咥えるぐらいの気構えで挑んでいくカンジであって欲しいなと。

語ってんなよと、突っ込みはあるだろうけどお願い、無視させて。

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