朝からイヤーな天気はしてたのだ。あーこりゃ午後くらいから降って来るなって、ピンときたね。だ から出掛けにちゃーんとカサ持って出ようとしたのに英士のやつが『一馬、カサは多分いらないよ』な んて予報メールくれたから信じて出たのに。くそ、騙されたよ。
い か さ ま 予 報 「うそつき」 「ごめんね」 「最近のお前の予報って全然当たんねーじゃん。俺これで連続三回も騙されたことになる」 「うーん。ほんと、どうしたんだろ、調子悪いよね。そんなに迷惑掛けてるんだったらしばらく予報 なんてしない方がいいね」 「や。そんな落ち込まれると今度はこっちが困るんだけど。まあ、人間のやることだし、外れるのが 当たり前っていうか、それが普通なのかもな。まあ、途中から降られはしたけど濡れたわけじゃなし、 いいよいいよ、もう気にすんなって」 「ほんと、ごめんね。あ、じゃあ、俺のカサ使って」 「お前はどーすんだよ。一本しかないカサ俺に貸しちゃったりなんかしたらお前が濡れちゃうじゃん か。いいよいいよ」 「でも」 「いいって。それより結人、また遅刻だよ。ほんとしょうがねーよな。あ、俺下行って注文してくる けど、英士は? なんか追加しちゃえば?」 「あ、そうだね。じゃ、今度はホットのコーヒーでも飲もうかな」 「オッケー。じゃ、ちょっと行ってくるな」 「あ、待って。お金」 「あー俺出しておくよ。結人のおごりってことで、もし来たら徴収しといて」 「そういうことならちょっと待って。ホット一つなんて安過ぎるよ。アップルパイの一つでも追加さ せてもらわないと」 「はは、そりゃザマミロだ。じゃ、ちょっと行ってくるよ」 「うん……て、待って。来たよ。ほら、窓の外、見てごらん」 「え? うそ、マジ? あ、ほんとだ。おー走ってる走ってる。でもあそこでのらりくらり歩いてた ら蹴り一発じゃ済ませらんねーよな。あ、時計見てる。ばーか、何度見たところで時間は戻んねーぞと。 あはは、すげえ、真剣な顔。おー来た来たやっと中入ったか。ていうか結人のやつもカサ持ってきてな いじゃん」 「だね」 「あーあ、結局大丈夫なんて人に言っといて自分はちゃっかり持ってきた英士だけが濡れずに済むっ てか」 「だから、貸すって言ってるじゃない」 「だからそんなことされちゃったら英士が濡れちゃうだろってさっき言ったじゃないか」 「でも……」 「英士、一馬!」 お。上がってきたな。 「ごめん!!」 「遅い」 「お前なー、遅刻ばっかすんなよ」 「だからごめんて。そこの窓から俺の姿見えてただろ? 走ってきたんだから許してくれ」 「時間に遅れてんだから走って来るのなんて当たり前のことじゃねーか、なにえばって言ってんだよ」 「そーだけどこの俺様がマジな走りを見せたんだぜ。こんな俺なんて滅多にお目にかかれない貴重な 絵だとは思わねーのかよ」 「だからなんでそうお前はえらそーなんだよ。なんかムカツク。おい英士、お前からもなんか言って やれって」 「でも確かにいつもだったらのらーりくらーりやって来て『よっ』なんて悪びれた様子もなくへらへ ら笑うところだよね。それと比べたら今日の結人は偉いかもね」 ちょっとちょっと英士、お前なに急に優しくなってんだよ。お前こそいつもだったら率先して説教垂 れてるところだぞここは。なんだよなんだよ、どうしちゃったんだよ一体。 「ちょっと結人、その顔はなに」 え? なに、結人がどんな顔してるって? 「や……いつもだったらお前もっと口うるさいのに……今日はどうしちゃったのかなーって……。一 馬だってそう思うだろ?」 「え、あ……うん……」 「へぇ、そう。二人してそうやって俺に対してすっごく失礼な態度とるんだ」 「そうは言うけどさ……」 ん? 「………………」 偶然にもはもった俺たちはしばし、見つめあった。だってなぁ、結人だってやっぱそう思うよな。俺 だって、らしくないって思っちゃったもんよ。 ていうか、せっかくお咎めナシなのになんでお前までびっくりしてんだよ。ラッキー、やー、英士っ て実は優しいヤツだったんだな、とかさ、そういうこと言えちゃうヤツだったはずだろ? お前こそ今 日はどうしちゃったんだよ。なんかお前ら二人揃ってヘンだぞ。 「なんだよ一馬。なんか言いたそうな顔してんじゃん。黙ってねーで言えば?」 「や、言いてーことなんて、特にないよ。俺のことはその、気に掛けてくれなくていいから。それよ りもお前はあっち、英士のことを気に掛けろ。だってアレ、絶対おかしいよ。あそこにいるの、俺のよ く知ってる英士じゃねーみたい」 ペシリ。
アイタっ。
「指で人のこと指さない。行儀悪いよ」 ひどいよ英士っ、いきなりはたくなよ。マジで今の痛かったぞ。お前何気に本気出してはたいただろ。 なんだよなんだよ、もうっ。つうか、なんで睨むんだよ。恐ぇぞその目つき。 あーあ、見ろ、はたかれたトコロ、何気に赤くなってきたぞ。くそう、なんで俺だけが……。 「そんなに強くは叩いてないだろ」 いーや強かった! だって赤くなってきてるもんよ。 「悪かったよ」 全然心がこもってないっ。仕方なくってカンジで謝ってたぞ今のは。 「いつまでそうやって摩ってるつもり? 見せて。なんだ、うっすらと赤くなってるだけじゃないか。 じき引くよ。それよりも一馬、結人のことはほっといてそろそろ下に行って買ってきてくれない? そ れとも俺が行こうか?」 「いい、俺が行ってくる」 くそ。その態度はなんだよ。悪かったなんて言っといてやっぱ全然悪いことしたなんて思ってねーじ ゃねぇか。 くそっ。
………………。
…………おい、手、いつまでそうやって見てる気だよ? はなしてくんなきゃ下なんて行けないだろ。 行けって行ったのお前なのにナニ、やってんだよ? 「おい、……」 「なに?」 「なにじゃねぇよ。手、はなせよ」 「ああ、そうか、ごめんね」 「……英士?」 「なに?」 なにってお前……なんかヘン、だよお前? 「なにひとの顔じっと見てるの?」 「……なんか今日の英士ヘンだ。いつもの英士じゃないよ」 「なにそれ」 なにそれって、……笑うとこじゃないんだけどそこ。 「手はもう、はなしてるよ? ほら、行ってきてよ」 「あ、うん……」 なんか、俺、騙されてる……? 「あー、もしもし?」 あっ。結人が居たこと忘れてた。
「えっと……二人の世界作ってるとこ悪いんだけど俺の分も頼んじゃっていい?」 せかっ……お前なに腐ったこと言ってんだよ。俺たちがいつ、そんな世界作ってたって言うんだよ。 ヘンなこと言い出すなよ。 「わかってて壊してくれるなんて結人、度胸あるじゃないか。みなおしたよ」 ばっ……、なに言ってんだよ英士、お前正気か!? つーか結人、お前もだ、なにマジんなってびび ってんだよっ。 今日のこいつら絶対ヘンっ!! おかしいって。どっか壊れてるよ。 「結人!」 「な、なんだよ」 「金!!」 「わ、わかったよ。怒鳴るなよ、普通に言えよな。ちょっと待ってて」 「俺と英士の分もお前持ちだからな」 「えっ!?」 え、じゃねえ! もとはと言えばお前が遅刻なんかしてくるからだろっ。だからこんなヘンなことに なっちゃったんじゃないか。 「なんで俺が」 「うるさい。がたがた言うな。遅れてきた罰だよ。ほら早く出せよ」 「えっと、そうなの?」 あ、コノヤロ。なんでそこで英士に確認とんだよ。俺の言うことはきけないって言いたいんだなっ。 ジュース一杯っで許してやろうと思ってたけど俺の方もアップルパイ追加してやるっ。 「可哀そうだけど、よろしくね。ちなみに俺はコーヒーとアップルパイを頂こうかと思ってるんだ。 ね、一馬」 へっ。ザマミロってんだ。 「……マジかよ。で、一馬、お前は?」 「ジュースと同じくアップルパイ。ちなみにジュースのサイズはLだから」 「LってなんだLって! おごってもらう身ならここはSだろ、普通」 「罰を受ける者がなに文句言ってんだよ。そんなのに聞く耳なんか持てるかってんだ。ほらさっさと 金出せよ」 「くそー、お前らオニだ。俺の小遣いが幾らだか知ってて容赦無さ過ぎだぜ」 ふん。自業自得だ。 「あーもうっ。こんなんなら英士からばっちり説教食らった方がよかったぜ。くそー、ほら、二千円。 ちゃんとおつりは寄こせよな」 「結人じゃあるまいし、買って来てやったんだからお駄賃くれよなんて、そ・ん・な・こ・と、言い ません。英士、こいつ説教されること望んでるみたいだからしてやんなよ」 「おまっ、誰がいつそんなこと言ったよ。そんなのでたらめだからな英士、マジにとんなよっ」 「ずるいぞ結人。英士の説教の方がよかったって、さっき言ってたじゃないか」 「あれは例えだ、ばーっか」 「ばかはそっちだ、ばーっか」 「この間俺より英語の点悪かったヤツがなーにほざいてんだか」 「なっ、それ言ったらお前だってこの間俺より数学の点はるかに悪かったじゃねーか。50点もいか なかったくせに、ばーかばーか」 「あ、それ言ったらなぁ、お前だってこ、」
「みっともないよ二人とも。周り、見てるよ。ていうか笑われてるからそろそろやめて欲しいんだけ ど。もしこれ以上まだ続けたいって言うんなら俺は蚊帳の外みたいだから帰らせてもらうからさ、二人 きりになったところで存分にやってよ」 俺と結人はそれこそハッとなって英士の方を振り返った。頬杖なんかついて冷めた目を向けてくる英 士としばし見つめあう。やべっ。外見上は穏やかに見えるけど内心は怒ってると思う。ていうか、呆れ 果ててるみたいだ。 俺と結人は真っ赤になって口を結んだ。そしてお互いの脇腹に入ったのは軽く出しあったエルボー。 「えっと、あー……ゴメン」 同時に詫びた。 へたに言い訳することは地雷を踏むようなもの。素直に反省する者に対しては英士は寛大だ。 「気は済んだんだね?」 頷くしかあるまい。 「そう。じゃ、一馬、行ってらっしゃい」 素直にまた頷いて預かった二千円札を握りなおすと回れ右をした。 そのうしろでまた英士の声がした。
「結人はそこへ」 多分あいつは英士の前の席あたりでも指されて『席につけ』とでも言いたげな視線を頂いたにちがい ない。 俺のいない少しの時間、結人にしたらそりゃもうすっげープレッシャーを一人で一身に受けるのだ。 俺以上に頷くしかない気分であったことだろう。 さっきまで言い合っていたせいでザマミロって一瞬思っちゃったんだけど、でもやっぱ可哀そうかも。 しょうがねーなぁ、手を合わせてやるか。ガンバレ。 つうか耐えろ。なるべき早くに戻ってきてやるから。
「あーあ、結局雨やまなかったな。どーすんだ英士?」 「どうしようって言われてもカサは一つしかないし……」 「だよなぁ……あ、なあ結人、お前はなんでカサ持ってこなかったんだ?」
ちらり。 ん? なんでそこで英士のこと見るんだよ。 あっ。そうか。 「なんだ、お前も出掛けに英士からメールもらったのか」 「え?」 「俺もさぁ出掛けに英士からメール入ってさ、降らないって言うから持たないで出て来たのにさぁ……」 「俺は神様じゃないんだから外れることだってあって当然でしょ。ねえ結人?」 「えっ、……あ、うん、そりゃそーだ、うん……一馬、済んだことだ諦めろ」 ちぇっ。 でもさ、このあとどーすんだよ。カサ一本に三人は入れないと思うぞ。 まあでもあれか、ここは持ち主の英士が差して俺らは濡れて行くしかねーか。 「結人」 「え? ……え? ……ええっ!?」 ナニを考え付いたのか、英士のやつ一本しかないカサを結人の手に持たせた。なにそれ、どういう意 味? まさか二人で入ってくから俺一人が濡れて行けってのか!? ガーン……。マジ……? なんか、それってひどいぞ英士。あんまりだ……。 「貸してやるよ」 「え、英士っ……」 そこまで意地悪されるなんて俺、お前になんかした……? 「お、俺、……」 「なに? ああ、ちがうよ。一馬をのけ者にしてるわけじゃないからそんな不安そうな顔しないで。 結人、それ使いな。俺たちはこのまま走って行くから」 「ちょ、待てよ。行くってどこへ!?」 「ちょっと一馬、しっかりしなよ。今日はなんの為に集まったのさ。映画見ようって話だからでしょ。 じゃ結人、俺たちは走って行くから、お前ものろのろしてないで早く来なよ? てことで一馬、このま まコマ劇場まで走るよ」
言うや英士に腕を取られて、足元が転がるようにして雨の降る外に飛び出してしまった。 「ちょっ、英士、あのさ、」 「話はあとだよ。これくらいの雨なら走って行けばずぶ濡れは免れる」 「えっと、じゃあ腕、はなしてくれ。このまま連れ立っていたらそのうち人にぶつかっちゃうって。 それに、走りづらいよ。急がなきゃいけないのにこれじゃ早くも走れないって」 「そう? あ、一馬、スピード上げて。信号が丁度良くかわるみたいだ。一気に行こう」 「え、ちょっ、いや、だからさ、」
「手を握り合ってるわけじゃなし、これくらい許してよ。ね?」 振り返った英士が言った。
お前、ずるいぞ。 振り向きざまに言うなんて俺の意見なんて最初から聞く気ないってことじゃんか。 なにが『ね?』だ。 でもま、いいや。許してやるよ。恥かしいけどイヤってわけじゃないしな。 それに……周りはカサ差してて視界悪いだろうから俺たちに目を止める人間は多くないはず。
「ったくしょうがねーなぁ。雨に感謝しろよ、英士」 「一馬にもね」
えっと……雨が降っててホント良かったよ。 まさかこんな顔が熱くなるなんて思ってなかったからさ、なんてーの? 自力で下げれる自信、情け ねーけど全然ないからさ、あーなんつーか、まあアレだ、ホント、雨が降ってて良かったよ。はは。
END
U−14の休日。 ずるっこ英士くん。 「結人、ちょっと協力して欲しいことがあるんだけど」 「なんだよ」 「カサ、持ってこないで欲しいんだ」 「はぁ? やだよ。だって午後から降るって天気予報で言ってたもんよ」 「だからこうしてお願いしてるんじゃないか」 「おい、まさかお前……」 「あ。わかってくれた? ならハナシは早いや。そういうことなんで協力してよ」 「英士、お前その手はかなりせこいぞ」 「健気と言えよ」 「ちなみに聞くけど、もし途中から……いや、絶対降るんだけどさ、その場合俺はどうするわけ?」 「俺が一本だけ持って行くよ。貸してあげるから安心してよ」 「なるほど。そこまでしてあいつと相合傘したいのか?」 「したい。だって相合傘なんてもう何ヶ月もしてないんだよ? 確かこの梅雨の時期に一回あっただけなんだ。堂々とくっつけるチャンスなんだよ今日は。協力、してくれるよね?」 「させる気なんだろ。いいよ。わかった。してやる」 「ありがと。うわぁ、帰りがすっごく楽しみだよ」 「雨が途中で上がらないことを祈ってるよ」 「ありがと。でも大丈夫。夕方から雨足は強くなるから」
なーんて会話が実は英士と結人の間で既に交わされていたわけです。 いかさま予報士・郭英士、がんばれー。
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