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 寒い夜は人恋しさも募り、心が緩むので過ちを犯しやすくなると言う。一夜限りの過ちは、大抵、人
生を大きく変えてしまうのだとも聞く。果たして俺の場合はどうであったのか。今のトコまだ後悔して
はいないが、人生の転機だったとは思っている。あんなことさえなければ。あんなことにさえならなけ
れば。やり直しを願ったことはないけれど、あの日を忘れることは出来ない。強烈過ぎて忘れることな
んて出来やしない。それにどう足掻いたって今を造ったのはあの日あんなことがあったから……という
のは否定仕切れない事実。一生、ついてまわる出来事なのだと思う。

 あんなことがなければ多分、俺は英士と同じ高校を受験していただろうし、同じクラスで学んでいた
かもしれないのだ。

 そして。今、こんな風にキスされてることもなかったはず……。

 ただ一度の過ちは、俺のものでありながら俺の意見を無視して、俺の人生を大きく変えてしまった。

 

 

                      日 々

 

 

 「また、ほだされてしまった……」

 「なんだよ一馬、お前まだ諦めてなかったのか」

 「人のことだと思って簡単に言うけどな、そうそうあっさり覚悟なんて決まるもんか。一生の問題な
んだぞ」

 「じゃあこの際だからはっきり言うけどほだされ続けて三年も続いてたらそりゃもう愛情がないって
言う方がウソっぽいって。なんだかんだ言いつつもお前はもうとっくにあいつにフォーリンラブしちゃ
ってんだよ。いい加減素直になれっての。お前が自分で認めちまえば楽になれんだよ」

 「だーから。簡単に言わないでくれっての。つーかお前なんでそんなに物分りがいいんだよ。自分の
友達が二人ホモの道走ってんのにイヤじゃないのかよ。なんとも思わないわけ? ねえ」

 「だって今さらだもんよ」

 こたつの上に乗った籠からもう一つミカンを手に取って、皮を剥き出す結人に俺は肩を落とした。こ
いつ全然親身じゃない。俺の気持ちが、全然わかってない。

 「そんなぶすくれた面すんなよ。ほら、そーいう目つきして人のこと見ない。ま、あれだ。イヤなら
はっきり告げて関係断ち切ればいいじゃん。お前が本気で『イヤだ』って言えばあいつだって無理強い
はしないだろうし、英士の性格だったらお前が困ってるって知ったらその場で身を引く覚悟くらい持ち
そうじゃん。わかるだろ?」

 ……みかん食いながら言うセリフじゃねーよそれ。お前こそなに真剣な顔つき見せてんだよ。らしく
ねぇーよ。似合わないっての。

 つーかなんで俺が責められなきゃいけねんだよ。強引なのは英士なのに引っ張りまわされてる俺に問
題があるって言うのかよ。なんでだよ。それって可笑しなハナシじゃん。納得いかねぇーよ。

 「あーあ。英士カワイソ」

 は?

 「なにそれ」

 「だってあんなに一馬にぞっこんなのに当のお前は鈍ちんなんだもん」

 「あ? それどーいう意味だよ」

 「大切してんのに気持ちわかってもらえてないし。あんっなに愛されてんのにお前はちっとも応えよ
うとしないし。ただ流されて仕方なく付き合ってるだけですみたいな態度取られてんのにめげないから
さ、健気だなあって思ってさ」

 「なんでお前ってすぐにそーやって英士の味方すんだよ。俺のことはどうでもいいわけ? 全然気に
掛からないわけ? 俺でなくて英士が幸せでなくちゃこの世の中は間違ってるってそう言いたいんだ。
へぇ。そう。俺なんか不幸でも全然構わないってそう言いたいんだね」

 「誰もそんなこと言ってないだろ」

 「言ってるようなもんじゃないか」

 「ちょっと待てよ落ち着けよ」

 「別に取り乱してなんかいないよ」

 「だーから。不貞腐れるなっての」

 「不貞腐れてなんかいない!!」

 バンッて、叩いたらコタツがずれてしまったけど今はそんなことどうでもいいことだった。気が昂っ
てまともに結人の顔だって見られやしない。くそっ。すげぇカッコ悪いよ俺……。

 「どーでもいいことなんだけどさ。これすげぇ年季入ってるからあんま乱暴に扱うと脚に負担行くん
だよね。でもうちの母ちゃんこの冬はもたすつもりらしから気ぃ使ってやってくれない?」

 俺のことよりコタツかよ。

 「お前、ホントは俺のこと嫌いだろ」

 「は? なにバカなこと言ってんの」

 「だってお前さっきから俺に対して冷たい態度ばっか取ってるじゃん」

 「そりゃ気のせいだって」

 「違うね。だって英士の肩ばっか持って俺ばっか責めて……俺悪者じゃん……」

 「……悪者って……あのな、一馬……」

 こたつから足を出して、俺の方に向いて正座した結人は、これから説教を垂れるような人の顔をして
俺のことを見つめた。

 その真摯な色にふと引き込まれて俺も正座して向き直った。

 「前々から聞こう聞こうと思ってたことあるんだけど……お前はいったいあいつのことどう想ってん
の? 好きって言う気持ちはマジで全然持ち合わせてないのか? 関係続けているのは本当にただ引き
摺られてのてなんとなく仕方なくで続けているのか? なあ、どうなの?」

 「どうって……」

 関係と言う言葉に引っ掛かりを感じるものの思い浮かんでくるのは英士の顔、顔、顔……。強引な態
度だったりセリフだったり。

 「愚痴ばっかり言ってるけどさ、英士とそういう付き合いすんの本気でイヤだったらもっと抵抗して
みせたら? はっきり好きじゃないとか、やめたいとか、そういうこと言ったことある? ないんだろ
? ないからこうやって三年も続けてるんだろ。こうやって陰に回って文句言うんだったら正面きって
『もうヤダやめたいこんなの耐えられない』とかさ、言ってみればいいじゃん。それなのになんでそれ
はしないの?」

 「……」

 どうしよう。うまく伝えられない。抵抗ならちゃんとしていた。英士の強引さに戸惑いつつ抵抗した
けどでもあいつの強引さには勝てなかったんだ。最初から流されていたわけじゃない。でもあいつ全然
めげなくて……だっていきなりキスしといて『ごめんね、でも好きなんだ』とかってやったあとで告白
してくんだもん……不意を喰らってこっちは動揺しまくりでなにがなんだかわからないまま押されちゃ
ったんだもんよ……ずるいんだよ英士のやり方はさ……。

 最初からそうだったからかそのあともなんて言うか、……気付くとなんかいつもいつも不意を喰らっ
てて……あいつのペースに乗せられちまってるんだもん……。

 イヤダとか、ダメとかヤメロとか言う間がないんだよ……なんかいつもいつもさ……。

 「……俺も確かにマヌケだと思うけどさあいつのやり方、姑息で不意ばっか取るんだもんよ……」

 「隙を作る一馬も悪いと思うけど。一回不意打ちを喰らって痛い目を見たら普通学習して次からは用
心しない? それなのにお前ときたら毎回毎回引っ掛かってさ、迂闊もそこまでいくと『イヤよイヤよ
も好きのうちってことですか』って、こっちはアホらしい気分になってくんだよ」

 一つ一つの言葉に、身に覚えがありすぎて反撃する気なんてあれよという間にそがれてしまって耳が
痛いだけだった。

 言われなくたって毎回毎回バカじゃねえかって俺だって思ってるよ。簡単に引っ掛かってさ。あっさ
りとほだされていいように扱われて……なんで毎回毎回そうなるんだろうって疑問ならもう山積みにな
ってるよ。

 その疑問が解けりゃ、もうこうやって愚痴りになんて来ないよ。

 ……くそっ……。

 「なあ一馬」

 不貞腐れてるわけじゃないけどそっぽ向いて黙り込んでいた俺に、食えとでも言うのか籠の中からみ
かんを一個取り出すと放り投げてきて、カッコつけの為だけなのか、強調するかのように顎に手を持っ
ていって考え込むような思案顔をして見せ始めた。

 またなんかヘンなこと言う気だ。

 くだらないこと言ったら蹴飛ばしてやる。

 「ちょっと胸に手を当ててみろ」

 「は? なんで」

 「いいから。ほら早くやって」

 「……こんなことさせてまるで俺に懺悔でもしろって言うみたいだな」

 「ちがうって。いやまあ似たようなもんか。あ、もいちょい心臓に近付けて。そう。それでいいよ。
これから俺が質問することにウソ偽りなく正直に答えてくれりゃいいから」

 「……答えれないことには黙秘権使うからな。それがダメだって言うんだったら質問なんて一切受け
付けないよ」

 「使いたかったら使えよ。こっちは聞きたいことがあるからこの場を借りて質問させてもらおうって、
そういう軽ーいノリで聞くだけだし」

 結人は、神妙な顔つきを見せてコホンとわざとらしく咳払いなんてものをしてみせた。

 どうせ人の心の中味を暴いていこうと言う腹なんだろう。やることやっといて愚痴ばっか言う俺の本
音は本当はどうなのか、質問していきながら聞き出そうと言うのだろう。

 いいけどさ。どうせ納得のいく答えなんて得られやしないよ。当の俺が山積みされた疑問の上で頭抱
えて唸ってんだ。質問で誘導しようったって無理。答えなんか出るかよ。

 「じゃいくよ。まずはじめにそうだな……一馬は英士のことどう想ってるんだ?」

 「物好き、世話好き、悪賢い、図々しい、ふてぶてしい、恥知らず、まぁ簡単に言っちゃえば性悪」

 「おま……それ言い過ぎ。いいとこ一個もないじゃん」

 「ホントにそう思ってんだから仕方ねーだろ」

 「わかった。じゃあ言い方かえるな。好きか嫌いか、ずばりどっちかで答えて」

 「むかつくこといっぱいするヤツだけど、頭にはきても嫌いって思ったことは一回もないかな」

 「……お前、ホントに素直じゃねぇーな……好きって言えばいいじゃん素直に……」

 「あ? 素直じゃねぇーのはお前の方だろ。人がせっかく素直に答えてやってんのに色々ケチつけち
ゃってさ。あんまねちねちぐたぐた言うんだったら黙秘使うぞ。いいのか」

 「……えっらそうに……わぁっ! 待った待った!! すいません、ごめんなさい。悪かったです。
以後気をつけます」

 素直に従って心臓の上に当ててた手をおろすと、結人はムっとしたらしい口調を慌てて引っ込めて、
臍の辺りまでおりてきていた手首をむんずと掴むとまた心臓のとこまで持っていこうとした。詫びる言
葉を連発するその勢いに負けて渋々手を元に戻したが……。

 わかんないなぁ。なんでそんな聞きたがるかなぁ。俺が英士をどう想ってるかなんて関係ないじゃん。
結人に害も益もないことなのに……。俺たちのどっちかに想いを寄せてるって言うんだったら気に掛け
る動機もあるってもんだけどそうじゃないのになんでこんなむきになるかなぁ……。

 「えっと、もうケチはつけないから、質問続けてもいいよな」

 「いいけど、俺の気持ちなんて知って楽しいか?」

 「ばっかだなぁ、なに言ってんの一馬。お前の気持ちなんてとうに知れてるって。なんだかんだと零
しながらもお前が本当は滅茶苦茶英士のこと大好きなのなんてバレバレだっての。それなのに英士の愛
を素直に受け取ろうとしないからたくさん英士のこと思い出させて想いを募らせて一発素直にがつんと
『好き』って言わせてやろうと思ってさ」

 は? なんだそれは。ばかじゃねぇの。大きなお世話だ。

 「あ。一馬今大きなお世話って思っただろ。それがダメなんだよ。いいか、なんだかんだと言うけど
お前は流されてるわけじゃあない。お前もちゃんと英士のことを好きになってる。だってそうだろ。エ
ッチとかチューとかなんだかんだ言いつつもこなしてんだからさ。一馬の性格考えたらちゃんと『好き』
でなかったらそーいうこと許すはずねえし」

 真面目な顔して人の性格を分析してくれた結人に向けて、俺は手にしていたミカンを投げつけた。あ
れこれ言い過ぎだっての。

 「まあ待て待て。そう怒るなって。続きを聞けって」

 ミカンを投げつけられても懲りた風もなくそのミカンの皮を剥き始めた結人の態度を見て、俺はこた
つ布団を首のとこまで引っ張り上げた。癪だが、結人には相手にする気がないようだ。そんなヤツを相
手にして一人喚いてもかっこ悪いだけである。

 「よしよし、聞き分けが良くって助かるよ。……えっとどこまで話したっけ? ああ思い出した。素
直じゃない態度を取っているけど一馬もちゃんと英士のこと大好きだよねって、とこで切れたんだっけ。
で、確認したいから聞くけど英士のことが『好き』、だよね?」

 「なんで結人にそんなこといちいち答えなきゃいけないんだよ」

 「やっぱな予想通りの答えだぜ」

 「は?」

 「お前ってホント筋金入りの意固地者なのな。でもそれって、突っぱねて振り回されてるみたいな言
動取っちまうのは英士みたくあけっぴろに『好き好き大好き愛してる』なんて言えないからだよな」

 「英士のヤツは言い過ぎなんだよ。あんなしょっちゅう口にされたらときめきもなくなるし、ありが
たみだって薄れるね。またかよって実際思ってるし」

 「確かにあいつは少し言い過ぎかもな」

 「少しどころのハナシじゃないよ」

 「ははは。あいつ、一馬にべた惚れしてっから。マジ本気で好きで好きでどーしようもなく好きみた
いだから黙ってられねぇんじゃないの」

 「正直うざいよ」

 「それでもやっぱり『好き』なんだろ?」

 「……」

 「ホント、素直になれねぇーヤツだな」

 「そういう性格なんだ、仕方ないだろ」

 「ま、そりゃそーだ。素直になれなんて一馬には難しすぎる課題だわな。俺だって素直になった一馬
の姿なんて有り得なさ過ぎて想像もつかねぇーし」

 「おい結人。お前さっきから暴言吐きまくってんな。俺にケンカ売ってんのか」

 「なわけないっしょ。でもさ一馬」

 「んだよ。まだごちゃごちゃ言うのかよ」

 「ばーか。ハナシはまだ終わってねぇーんだよ。あと少しだからもちっと我慢して聞け」

 えっらそうに。

 「お前らちゃんと好き合ってんだから、一馬もたまにでいいからちゃんと言葉にして伝えてやんなき
ゃダメだと思うよ。相手にばっか好き好き言わせてるとむこうの愛情の方が先に尽きちゃうよ。今はた
っぷり愛情を注いでくれてるからって永遠にそれが続く保障はないんだからさ。うまくバランス取って
いかないと。愛情が薄れてきてから慌てて好きって返してももう応えてはもらえないんだぜ。愛情の切
れた相手に必死になっても『うざい、しつこい』って邪険に扱われるだけだよ。そうなっちゃってもい
いの?」

 いつになく手厳しい警告を出すものである。軽い口調を装っているものの眼差しはきつい。素直にな
れない俺を見つめるてくる視線はそれを親切心からなんだろうけど色は辛目に傾いている。

 俺は、こたつ布団を肩まで被って、黙ってその忠告を受け止めることにした。

 付き合いも十年以上クラスになると、お互いにだけど本人以上に本質を見抜いてしまうらしい。普段
から気に掛けているわけではないがふとした時に考えてしまう小さな不安を結人は見逃していなかった。
まいった。考えないわけじゃない不安をまさか突付かれてしまうなんて。痛ぇよ……ものすっごく痛ぇ
よ……。

 「最後にあともう一点」

 ……んだよ、あれで全部じやねぇーのかよ。まだ言い足りねぇってか。

 「相手の言葉だとか想いだとかをただ受け入れてるだけじゃコミュミケーション不足だよ。言わなく
たってわかるだろなんて言い分は自分勝手で甘い戯言だからね。気持ちなんてものは形がないんだから
言葉で伝えてあげなきゃ伝わらないよ。相手だって不安になってるかもね」

 不安? 英士が? こたつの卓を見据えたまま、俺は英士の姿を頭に思い描いて見た。あいつがああ
もあけっぴろなのは俺がきちんと答えないから、だからヘタな玉も数打てば当たるみたいな考えでそれ
であんなにうるさく好き好き言ってくるんだ? 口では言わないけど俺にも言葉で応えて欲しいと思っ
てたりしてるんだ?

 ……マジで? あの余裕シャクシャクな面ばっか見せる温和に見えて実は食えないあの英士が?

 意識せずしてしてしまっていたらしい百面相を見ていたのだろう結人が、肩に入っていた力を抜くみ
たいにして短い笑いを漏らした。視線を上げて結人のものと合わせると、髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き
回された。

 「ちょっ、やめろよ……!」

 「や、なんかいじらしくってさ」

 「るせぇーよ、ほっといてくれよもうっ!」

 「一馬のさぁ、そーいうナイーブな面とさっきまでの意固地な面を見ちゃうとなんつーかほっとけな
くなるんだよ」
 
 そう言うと結人はいきなり携帯を取り出してきて卓の上に置いた。

 「呼び出してやんなよ。つーかこれから会う約束取り付けてやってよ」

 誰を、とは聞くまでもないこと。

 「せっかくの週末に俺んとこになんて来てしかも携帯の電源切っちゃって、今頃あいつやきもきして
る頃だよ」

 ……電源切っていたことまで見通されていたとは。くそぉ……なんかムカツク……。

 「ほら眉間に皺寄せてないで掛けてみろっての」

 「……」

 「これから会おうって一言、それだけでヤツは踊りながら支度始めるって」

 バカだろお前。最低。

 「ほら素直に手にしろっての」

 ちっ。

 別に英士の気持ちの上に胡坐をかいているつもりなんてないし、余裕をかましてるつもりだって全然
ないけど……。

 ……気持ちを受け入れて服を脱ぐだけじゃだめなんだ……。

 こたつ布団から抜けると俺は結人に背を見せて慣れ親しんでいる番号をアドレスから探すと、発信を
押した。

 

 

 

 

 

 

 ねえ、一馬はほんとにちゃんと俺のこと好きだと思う? それとも流されているだけだと思う?

 結人は英士がよくこんな風に零すのを聞くんだと、携帯を切ったあとで教えてくれた。

 

 

 











END

 


 

遅れましたが、郭 英士殿、誕生日おめでとうございます。

あなたの幸せを願って。

一馬からのラブコールが無事に届きますように。

有島の脳内設定では、彼らを高校二年生くらいを希望してる模様。かっこ可愛い一馬に胸ズッキュンさ!

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