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 夢を見た。遠ざかって行く背中を見送る夢だ。

 一言もなくただ黙って去っていく背を見送るだけの図。

 目が覚めた時、寝汗で身体がぐっしょり濡れていた。目が覚めて少し経ってから、心臓がばくばく騒
いでいるのに気がついた。無意識に口元に持っていったその手の指も震えていた。去って行こうとして
いたあの背を思い出そうとすると、さらに大きく胸がざわついた。

 嫌な夢だと零したその瞬間寒気が来て、慌てて布団の中に潜りなおした。だけど状況は良くはならな
かった。真っ暗になった目の前に、去ろうとしていた背が見えるような気がしたのだ。また慌ててすぐ
に布団の中から飛び出す羽目になった。その夜は眠ることが出来なかった。

 

 

 

 「須釜、今日、これから行ってもいいか?」

 『珍しいですね、真田くんからそういうこと言ってくるなんて。どうしたんです?』

 「ダメだって言うんならいい。じゃーな」

 『ちょっと待ってください。ダメなんて一言も言ってないでしょう。いいですよ。来てください。
待ってますから』

 嬉しそうな声が癪に障ったけど、一時間後に行くからと伝えてその足で寄り道もしないで須釜のうち
を目指した。

 あんな夢を見るから……。夢の中の顔がちらつくから……しょっちゅうちらついてウゼェからだから
顔を見に行くだけだ。

 脇目も振らずに、行動を起す自分に対して俺はしつこいくらい言い訳をした。ただなんとなくと言う
言葉で綺麗に片せることを出来れば望む。無理があることは……自分でもわかっている。

 歯痒い。……そんなことを俺が思うのは、自分勝手過ぎるだろうか。だけど、俺にだってちっぽけな
がらもプライドはあるのだ。

 オトコが愛だ恋だって騒いで好きって言う気持ちに溺れてしまっている姿を晒すなんて、そんなのあ
まりにもみっともないじゃないか。勝負に負けたあとだって悔しくっても、背中は真っ直ぐ伸ばしてい
たいじゃないか。

 『珍しいですね』

 だからなんだって言うんだ。そうさ。会いたい気持ちから目を逸らして俺は今背筋を伸ばしているん
だ。

 『……待ってますから』

 

 

 

 どうか強がる姿勢を、往生際が悪いと言う言葉一つで片さないでくれ。

 

 

 


 「早かったですね」

 「そう? 多分乗り継ぎが良かったからじゃないかな。あ、これ、ローソンで仕入れてきた」

 「わざわざ何を買って来たんですか?」

 「ココア」

 「ココア? 随分んとまあ珍しいものを。どうしたの?」

 「べつに。なんとなく」

 どうせインスタントだ。カップにお湯を注ぐだけで出来上がるばかでも作れるものだ。

 「今飲みたいから作って」

 「いいですよ。じゃあ先に部屋に行ってて下さい」

 「ん。あ。なあ。うちの人は?」

 「誰も居ません。みんな出掛けててこの家に残っているのはぼくだけです」

 ふーん。簡単に答えて、階段を上がった。須釜の部屋に入るのは10日ぐらいぶりだろうか。かかっ
ていたCDが偶然にも、このあいだのものと同じものだった。須釜の部屋で俺が座る場所は大抵、ベッ
ドの上。須釜のとこに限らず結人の部屋でも英士の部屋でも俺が座るのはだいたい、そこ。

 腰をおろして、脱いだダッフルを膝の上に置いた。戻ってきたら須釜に預けるつもりだ。ふと、ベッ
ドヘッドの上……アルバムとばらついている写真とが目に入った。須釜が映っているんだろうか。引き
寄せられるみたいにして、写真を一枚一枚探った。学校で撮ったものばかりだった。撮影場所のほとん
どが教室で、数枚、廊下に出て撮ったものが混じっていた。当たり前なんだけど、俺が知っていたのは
須釜、ただ一人。この見知らぬ誰かさんたちはクラスメイトなんだろうか。……みんな楽しそうに見え
たけど、やっぱり仲のいい友人同士で撮ったものなんだろうか。それとも、フイルムが余ってて消化さ
せたいためにたまたま居合わせた奴らで撮ったものなんだろうか。どっちだろう。仲のいい友人なのか
もしれないと言う思いも捨て切れないが出来れば、後者であって欲しい。

 「それ、クラスの子が撮ったもので焼き増しするからどれが欲しいか選んでくれって、言われてたん
ですよ」

 「ふーん。で、選び終わったのか?」

 「ええ、一応」

 戻ってきた須釜の説明に、疑問が一つ解消された。須釜が撮った写真ではなかったのだ。

 「悪かったな、勝手に見たりして」

 「構いませんよ」

 写真を元に戻した俺は、須釜の手からカップを受け取る。美味しい匂いに鼻孔が膨らんだ。人当たり
がいい須釜らしい写真だと思ったけど須釜には言わなかった。だってあそには俺が居ない。当たり前な
ことは頭では理解出来ていてもやっぱり、面白くない。

 「……ぁつっ……」

 「なにやってんですか。よくふーふーしてから口つけなきゃダメでしょ」

 「……るさい……。須釜が熱くしすぎてるのが悪いんだろ」

 「ぬるいお湯だと溶けないんですよ。ほら、ちょっと舌見せて」

 須釜の顔が近づいてきて、そのまま顔を覗き込まれた。軽くヤケドしたらしい舌を歯で掻いていた俺
は言葉に従って素直にべっと、舌を口の中から出した。

 多分このあとあまり構うのはよくないからそっとしといた方がいいとかなんとか言うんだろう。構い
すぎると痛むことくらいは俺だってわかっている。でも舌ヤケドするとなんか無意識に構っちゃうんだ。
歯で擦ったりとか……。

 「んー、今はまだ見た目そんなにひどくはないですけど、でもあまり構わない方がいいですよ」

 …………ほら、ね。

 「痛みとかあります?」

 「んー……ちょっとヒリヒリはしてるかな」

 「牛乳がありますからそれ少し入れて飲み易く冷まそうか?」

 「いいよべつにそこまでしなくて」

 「だってその舌だと飲みにくいですよ」

 「いいよいいよ平気」

 「ほんとにいいんですか?」

 「ああ」

 「わかりました。あ、もういいですよ」

 そう言って手を離した須釜が今口をつけているものは、カフェオレ。最近はそれにはまっていると前
に言っていたから。

 「須釜」

 「なんですか?」

 目を向けてきた須釜の、カップから離れたその唇を狙って素早く、それを奪ってやった。

 「…………」

 不意をつかれて奪われてしまった須釜は、案の定、し終えたあと、びっくりした顔をして俺を見つめ
なおした。瞬きもしないで目を丸くした姿は珍しい。笑っちゃ悪いだろうとも思ったが、数秒後、我慢
し切れなくなって笑ってしまった。

 「なんでそんなびっくりすんの」

 「なんでってだって……」

 「俺から仕掛けるのって初めてだっけ?」

 「いえ……何度かはあるけどでもやっぱり珍しいことだと思いますから……」

 「俺からされんのってどう?」

 「……そりゃ嬉しいですよ」

 「ほんとに?」

 「ええ」

 「じゃあさ、しようって言ったらどうする?」

 再び、須釜の目が丸くなった。動揺しているのか唇に手を持っていくと、考え込むような顔をし始め
た。その真剣な顔がまた、笑えた。

 「誘うのは、初めてだったよなたしか」

 一歩踏み出して手首を掴んで引き寄せて、そのままその指先に唇を寄せる。きちんとカットされた縦
に長い爪。以前一度伸びかけてた爪に痛い目に合わされて文句を言ったことがあるが、それ以来気を遣
ってくれているのかいつ見てもこんな風にきちんとカットされている。だけどこの目立たない優しさは、
下心のあらわれ。だから気付いてないフリをずっとしてきた。だけど今日だけは別。こんな風にして歯
を当てて軽く噛むなんて仕種を見せるのは一応誘っているつもりなのだ。うっかり忘れてしまうことな
くずっと、カットしてきてくれた須釜にならわかってもらえると思う。あとはそう……ノってくれるか
どうかの問題だ。

 「……えっと、……嬉しいんだけど……でもあれだよ、真田くんらしくない。急にどうしたの?」

 「須釜の方こそらしくないじゃん。嬉しいんだったら素直に手、出しとけよ」

 「そうは言われましても気にもなりますし……だって真田くんからわざわざ会いに来てくれることっ
て珍しいことなんですよ? なにかあったのかなって気に掛かりますよ」

 「別に大した理由なんてないよ。急にさ、会いたくなったんだよ。それだけのハナシ」

 ……あーあ。ここに来る前にあれだけアレヤコレヤと言い訳しまくってたくせに結局言っちまったよ。

 「……でも真田くんはそれを口にしたりこうやって実際に会いに来ちゃったりするようなそういう性
格はしてないはずですよ。これでも真田くんの性質は勉強しているんです。わかりますよ。いくら大し
た理由なんてないと言われても納得することは出来ません。ウソをついてることくらいわかってしまう
んですよ」

 須釜があいているもういっぽうの手で俺の髪を梳くのを、俺は黙って受けながら、途中から目を閉じ
て言葉と指の動きを瞼の裏で追っていた。

 目を閉じた状態で脳裏に浮かび上がってくるものは、あの整えられた爪。指先だけに近い絵で薄く浮
かび上がってきた指は優しい仕種で髪を玩んでいる。揺れる髪の気配のあとにやってくる頭皮が引っ張
られる感覚は、強過ぎることも弱過ぎることもなくて、心地良さを産む絶妙な加減さ。まるで須釜の指
先には透明な目玉でもついているみたいに力の入れ具合が巧い。

 「真田くん? どうしました? なんか黙り込んでしまったけど気分害してしまいましたか?」

 急に黙り込んだ態度を不審に思ったのだろう、絡まっていた指が外されて、隠れている表情を覗こう
とするかのように須釜が身体を前屈みにさせた。

 俺は覗かれる前に顔をあげて近づいてきていた顔を認識したあと再び自分の唇を須釜のそこに押し当
てた。ぶつけるみたいにして唇を塞いだ俺に須釜は瞠目していた。だけど、俺が瞼を下ろすと俺のウエ
ストを抱え込むようにして須釜も腕をまわしてきた。

 唇を重ねるという行為は、数を重ねて最近ようやく慣れてきたとこだ。自分から応えるという反応の
仕方も学んだし舌の使い方も教わって活かすことも覚えた。でもこれやさっきみたく自分から仕掛ける
のは滅多になくて。勢いにまかせてぶつけたはいいが、色気なんてものはゼロだ。慣れないぶん力が入
り過ぎてまさに『ブチュッ』てーなキスをかましている。

 そんな色気もない『ブチュッ』てーなキスを須釜はからかうこともなく、『教えることがたくさんあ
るみたいでぼくは嬉しいですけどね』と最初のキスで余裕を見せながらほざいた通り、巧く舌を使って
唇を舐めたり唇を使って食んだりなどして身体に溜まっていた余分な力みをほぐしていってくれた。

 「……す、が……」

 思わず零れた濡れた声に、ぞくりと背中が震える。ウエストにかかる須釜の手のひらが熱くて、俺は
縋るみたいにして須釜に抱き付いた。

 「珍しいですよね、真田くんがここまで甘えてくるなんて」

 須釜が触れた箇所から熱が灯り思考がゆっくりと溶け出していく。

 「一日に二回も真田くんからしてくれるなんて今日はもしかしてこのあと雪でも降るんでしょうか」

 優しいトーンが耳たぶを撫で付けて、さらに俺の思考は蕩け出す。

 雪? ああ、そうかも。二月に雪ってよく降るじゃん。冴えるような寒さだったし。降るかもな。

 「じゃあ俺がお前を押し倒したら、きっと降るかもよ……」

 珍しいこと続きのとどめはやっぱりそれしかないだろう。

 ベッドがすぐそこにあるにもかかわらず。

 床に押し倒して。

 上に乗りかかって。

 そして降らせたキスの雨。

 

 

 

 

 「無性に、どうしても、須釜に会いたくなって……」

 ちらつく後味の悪い夢の話は内緒。須釜に捨てられる夢を見たんだなんて言ったらいつか本当に起き
てしまいそうで口になんて出来ない。夢の中だけの話で終わってくれないと困るのだ。

 たかが夢。笑い流せるだけの図太さがあればよかったのにと思う。

 「……っ……す、が……」

 いつのまにか見上げて見ることになった須釜の顔。肌の上を滑る愛撫の手。流れる微弱な電流に跳ね
上がる俺を見つめるまなざしは、穏やかで、優しい。

 須釜がこれまで散々甘い蜜を垂らし続けてくれたから、自分から縋りつくことを俺も覚えた。

 須釜が甘やかしてくれなくなったら今度は俺が必死になって甘えるからいい。

 逃がさない。手放さないよ。こんな独占欲植え付けられたまま捨てられるなんて冗談じゃない。

 「欲しいのは唇だけ?」

 首を持ち上げて唇を狙う俺に、太腿をさすりながら須釜が囁く。

 「こっち、少しかたちがかわってきてるけどこれはどうするの?」

 付け根をなぞる動きに、びくんっと腰が跳ね上がる。背中が小さくドームを作るとするりと腕が入り
込んできてそのまま抱き締められてしまいわざと密着してきて須釜が笑う。

 「どうされたい?」

 そんなの決まってる。

 まずはその憎たらしい唇を寄こせ。

 

 

 

 

 

 「……」

 「真田くん、今日は帰らないでこのまま泊まってってよ」

 散々啼かされて、乾いた喉で『やだ』と答えると、

 「なんで。いいじゃない」

 はやっ。

 横でうつ伏せていたのがいきなり覆いかぶさってきて覗き込まれながら尋ねられる。

 「なんでって、だってもう用済んだし」

 会いたかった気持ちはすっかり治まってもう落ち着いてるし。

 「それってすごい我侭ですね。でもそれなら今度はぼくのお願いを聞いてくださいよ」

 「……今日はもうやだ」

 「わかってますよ。だからそばにいてくれるだけでいいんです。まだ、帰したくないんです」

 小さな疼きがまだ残る肌に指を這わされて、意識が一瞬浮つく瞬間を狙っていたのだろう。唇を塞が
れてどう答えろと言うのか。

 言葉を自分で封じたくせして肌を指の腹に舐めさせながら答えを要求してくるなんて卑怯だ。

 こんな強引なやり方で済し崩し的に頷かせようという腹なんだろうけど誰が頷くかよ。汚いよ。

 「……っ」

 ちょっ……! あっ。

 「っん……」

 なんでそこ、触るんだよ……! そばにいるだけでいいって言ったくせに……! あ、ああ……やだ
って……!

 「あ……す、すが、……や、や、だ……!」

 「だって真田くん帰らないって約束してくれそうもないから。それならもう帰れなくしてあげようと
思って……」

 汚いぞ!

 「せっかく会いにきてくれたんです。御もてなしはちゃんとしなくちゃ。ね?」

 もう十分過ぎるほどしてもらったからもういい!!

 「それにぼくがまだ満足してない」

 あっ。

 「……ちょっ、あ、ああ、……す、が、……す、が、……あ、や、やだって……」

 巧みな須釜の手に翻弄されて、気付けば自分から須釜に抱きついていて『帰る』つもりだっのが『帰
れなく』なった俺に須釜がひそりと囁いた。

 「このまま朝がくるまで抱き合っていよう。そしたら明日は一日ゆっくりできるから」

 ちょこっと顔を拝むだけのはずが一泊する羽目になり、強気になり始めた悪魔は最後、もう一泊する
よう脅してきた。冗談。須釜の言うことなんてもう信用出来ないね。つーか朝までなんてもたないって。
無理。絶対途中で意識ぶっ飛ぶっての。

 「ちゃんと朝までもつように優しくしますから心配はしなくていいですよ」

 

 

 

 


 結局、イカされるたびに『あんな夢なんか見たせいで』『のこのこ顔なんか見に足を運ぶから』と
後悔しまくって泣きたくなったけど、途中で意識を飛ばすこともなく俺は頭痛とともに翌朝を迎えてし
まった。

 

 

 











END

 


 

やばい。須釜がオヤジ化してる。それもエロオヤジモード全開。ショーック!!

しかし。須真ならコスプレーもオケーだろと、沸いた頭が唄っております。ガーン。有島本人がやばいのかも。この先須真はどんな路線を走っていくんでしょうか。なぞなぞです。

それにしてもあれです。最初シリアスってるくせに最後これですか……。

しっかり両想いなくせして一馬→須釜っぽいよん。須釜みたくお口が巧くない一馬は一人悶々としそうなので『俺ばっかり』ってのが口癖になってそうだ。可愛い…。苛められてるかじゅまってピカピカ輝いてそうで……ちょっと妄想してみるとやばいです。血圧がマジ上昇します。

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