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 「一馬、お願いがあるんだけど」

 と、真顔になった英士がいきなり前方に立ちはだかった。

 「あ。ずるい。ぬけがけはナシって約束だったろ」

 と、今度は大口を開けた結人が英士の横に並んで、二人に、行く手を阻まれてしまった。

 なんだ? こいつらなにがしたいわけ? つーか急がないと次の上映時間に間に合わなくなるってこ
と、忘れてないか?

 「ぬけがけ? なに言ってるのさ。結人、ちゃんとここに居るじゃない。一馬が居て、俺が居て、そ
して結人も居て、三人が揃ってるんだよ。切り出すには誂え向きな場面だと思うんだけど」

 「うっ……た、たしかに……」

 「わかってくれて嬉しいよ」

 ぽん。

 や、だから英士。結人の肩叩く前にまず俺に説明してくれっての。俺だけが事情まだ呑み込めてない
からさ。なに? なんの話をしてるわけ?

 「さて、一馬」

 「お、おう。なんだ?」

 「細かい部分は語るとまた揉めそうなんで省かしてもらうんだけど、これからお願いすることはから
かってるわけでも、冗談を言っているわけでもないからね。真剣に聞いてね」

 うっ……。二人してめったに見ることのない深刻な顔するじゃないか。よし、わかった。俺に協力出
来ることだったら喜んで手を貸してやるからな。

 「実はね……あ、そんなに緊張しないで。些細なことだから」

 「そ。ちょっと金はかかるかもしんないけど」

 えっ。金!?

 「ちょっと。結人。横から口挟まないでよ」

 「あ。悪ぃ」

 「ほら、一馬がびっくりしてるじゃないか。ごめんね。違うんだよ。正確にはね……」

 続けられた言葉に、思わず聞き返してしまった。

 「チョコって……食べるあのチョコレート……?」

 「そう。コンビニとかでも売ってるあのチョコレート。あ、メーカーとかはこだわらないから。形に
もね。味は……ヘンに味がついてるよりも普通なものがいいかな」

 「あ、俺はアーモンドが中に入ってるヤツがいいな」

 えっと……。つまり俺はたかられてるのかな?

 「ちょっと英士。こいつまだ理解出来てないみたいだよ。首傾げて考え込んじゃってるじゃん」

 「おかしいなあ。細かく説明したと思うんだけど……じゃちょっともう一回説明し直してみるね」

 四つの目が、俺に語りかけた。あのね一馬、お前ちゃんとハナシ聞いてろよな、右が英士で左が結人。

 ……えっと……なんで俺が買ってやらなきゃいけないんだ? 理由をまだ聞かされてないんだけど。

 「ちょっと一馬。なんでそんなに深く眉間に皺が入ってるの。俺の説明、理解し難いほどまとまってと
なかった?」

 「や、そーいうわけじゃ……つーか、買ってやらなきゃいけない理由が見当たらない。それの説明が
まだ……」

 「あっ」

 そんなとこまではもらなくていいのにキレイに合わさった二人は顔を見合わすと、二人だけにわかる
ようなアイ・コンタクトを交わしていた。

 ……さっきからキモイんだけどお前らの態度。

 なんなんだよもう。

 「えっと……ごめんね一馬。肝心なトコを抜かしてたみたい」

 もう一度俺の方に視線を投げて寄こした英士のその隣で、しきりに結人が頷いている。そっちに目が
行って英士の声がちょっと遠ざかってしまった俺に、英士がちょっとムッとしたような態度で俺を呼ん
だ。

 「結人、少し落ち着いてくれないかな。隣でごちゃごちゃやられると気が散るじゃないか」

 「あ、悪ぃ……」

 「一馬も。説明するのは俺なんだからちゃんと俺に意識集中させててね」

 英士らしく穏やかに微笑んでいるけど、雰囲気が全然いつもと違った。冴えていて冷たい。社交辞令
で返す時のそれだ。

 英士が俺や結人にそういう態度を見せる時、大抵怒りみたいなものを胸に抱えていたりする。

 「えっと……ごめん……」

 謝っている自分の姿に釈然としないものを感じたけど、英士の隣で触らぬ神に祟りナシと言った態度
で文句一つ言わない結人を見てしまって、俺も楯突けなくなった。一言返せば恐らく、余所見をするな
んて失礼だとか、人が話している時はきちんと耳を傾けるのが礼儀だと思うけどどうなのとか、いらぬ
説教を喰らうであろう。俺だって雷は受けたくない。

 「立ち話もなんだから歩きながら話すよ」

 そう言うと英士は俺の隣に並び、結人を先頭に立てて、俺たちは再び駅に向かって歩き始めた。

 「今月の14日、何の日かわかる?」

 「14日? 今月って2月だよな……あ。……」

 「何の日?」

 「……」

 忘れてたけど思い出した。女の子が好きな男の子にチョコレートを贈る日だ。

 まさかと思うけど。だから俺からチョコが欲しいと、そう言いたいわけか?

 「……」

 本気? そう聞こうと思ったけどとどまった。だってからかうわけでもないし、冗談のつもりで言う
わけでもないと、そう最初に宣言されていたはず。つまり。本気で言ってるってことだ。

 「……」

 結人はどうなんだろうか。

 「あ。さっきの俺のあれも冗談なんかでねだったんじゃないからな」

 突き刺す視線に気付いたんだろうか。振り返った結人は照らいもなくさらりと同調した。

 ……ちょ、ちょっと待ってくれ……!

 俺は頭を抱えたい気分に襲われながら足を止めて、足元に目を向けた。少し自分で整理してみようと
思う。

 えっと……今月の14日はバレンタインって言うヤツの日で、その日は女の子が好きな男の子にチョ
コを上げる日と世間では言われてて……そういう日に合わせて英士も結人も俺からチョコをもらいたい
と……。えっと……。それってつまり……。俺があの二人を好きだからだから俺があいつらにチョコを
渡さなきゃならんと、そーいうこと? え? ええっ!?

 違う。なんか間違ってるぞ。俺がすごくないがしろにされて、あいつらを中心にして地球が回ってな
いか!?

 「一馬。そんなに真剣に悩まれると深く傷つくんだけど」

 「右に同じく」

 「だって……」

 「一馬、俺たちのことどう思ってるの?」

 「どうって……」

 友達。

 言ったら臍曲げるだろうから言わないけど……。

 「暮に告ったこと、まーさか、忘れてないよな?」

 去年の暮に、同日ではなかったが一日の差で、結人、英士の順で『一馬のことがずっと好きだった。
付き合って欲しいんだけど、どう?』と、告白&申込みをされていた。突然過ぎて頭の思考回路が停止
してしまって、ずっと保留にしてきたのだが……。二人のことは好きだが『コイビト』にするならどっ
ちだろうかと天秤にかけても選ぶことが出来なかったのだ。二人のことは勿論大好きだ。信用もしてい
るし信頼もしている。このさき道を違えても変わらず友達でありたいと、そういう風にも思っている。

 だけど二人に対する好きと言う気持ちは友達と言う枠の中でのこと。

 その枠を超えた付き合いと言うのが、二人には悪いがどうも俺には今ひとつ想像出来ないのだ。

 キスをするとことか、抱き合うとことか、そういうことをするのは『男と女がすること』と俺の中で
は常識としてあるわけで。俺たちの間でそういうことが『起きる』なんてのは有り得ないハナシでもあ
り、告られたからと言って自分達に置き換えることもまた『想像の域を超えた』ものであり、気持ち悪
いとは言わないが受け入れろと言われても整理がつかなくて困り果てることしか出来ないのだ。

 好きだから付き合ってくれと言われても、俺もお前らのことは好きだけど友達の枠を超えた愛情は持
っていないのでそう言われてもちょっと困りますとしか答えようがなくて。

 そもそも……そういう目で見たことなんてなかったからさ、なんで今のままじゃダメなのかと、逆に
こっちが質問したいくらいだ。

 「そんなに真剣に考えてくれてるってことは期待していいのかな?」

 英士の発言を聞いて、俺はどう答えていいのかもわからないまま顔を上げた。

 「英士。そう思うのは早計じゃないか? 見ろよ一馬のあの顔。追い詰められて逃げ場失ってうろう
ろしてますって顔だ。どうせ一馬のことだから『俺もお前らのことは好きだよ。でもそれは特別な感情
からくるものではなくて……えっと……あの、えっと……好きなのは間違いないんだけど、でも、でも、
あーもうっ。どう言えば伝わるかなぁ。えっとえっとえっと……』って、考えがまとめられなくてうだ
うだやってんだぜ」

 「まあ一馬だしね。しょうがないよ」

 「わかっちゃいたけど、お前ってホント一馬に甘いよな。そういう悠長なこと言ってると御預けばっ
か喰らう羽目になるからな。甘い顔ばっかしてると、押し倒した時にこいつに足元見られて『英士、待
って待って、お願いもー少し待って。俺、まだ心の整理がついてなくて』とかなんとか泣きつかれるか
らな」

 「ちょっと結人。なに勝手に話しを飛躍させてんのさ」

 「飛躍じゃねーよ。現実的な話をしてんだよ」

 「さっきのあの話はお前が勝手に想像してるだけじゃないか。俺が一馬に甘いのは真実だけどさ、そ
れが原因で御預けばっか喰らうかどうかなんてのはお前にも俺にもわからないことだろ。憶測で人の未
来にけちをつけないでよ。不愉快だね」

 「むきになるなよ。英士らしくねぇぞ」

 「結人がくだらない話なんかするからこういうことになったんでしょ」

 

 「おいおいお前ら! 俺を抜きにして勝手に話を進めてんなよ!」


 
 「あ?」

 「あ、じゃねぇ! 人が真剣に考えてる時に茶化しやがって! それと黙って聞いてりゃなんだその
話の内容は!!」

 「なにって……そりゃ聞いた通りの話なんじゃねーの? なあ英士?」

 「うん……でも」

 「でも?」

 「一馬には刺激強過ぎる話だったかも」

 「あ。そっか。や、悪ぃ悪ぃ」

 最っ悪! なにこいつら!

 「お前ら最低! もう知らない!!」

 バカにしやがって! バカにしやがって! 

 「待って一馬」

 今頃謝ってきても遅い!

 「お前さっき真剣に考えてたのにって言ったけど、で、答えは出たのか?」

 左には英士。右には結人。話を蒸し返されて、一瞬俺は言葉に詰まった。だけどすぐに、はっと、二
人の立ち位置に気付いて天を仰いだ。

 やられた! 二人に挟まれて、これじゃ……逃げる道が……ない!

 「ん?」

 結人が笑顔なのは……理解出来る。俺が困っているのが見てて面白いから楽しんでいるんだろう。む
かしから俺が困っているのを見ると、更に困らせるような言動を取ってきた結人だ。あの笑顔の下でこ
のあとどこを突付いて遊んでやろうか、そういうことを考えているにちがいない。

 ホント嫌なヤツ。こういうことしてきといてよく好きだなんて言えるよな。いじめるのは好きだから、
なんて世間では言われてるけど、実際そういうヤツもいるんだろうけど、いじめられる側にしてみりゃ
いい迷惑だっての。

 いじめられてんのにどうして好意なんか持てんだよ。近づきたくない、関わりあいたくない、目も合
わせたくない、そう思って避けるっての。

 ホント結人ってバカだよ。俺に嫌われたりしたら元も子もないのに。

 や、まあ……俺は嫌ったりはしなかったけどさ……普通に考えたら嫌われる可能性の方が高いって言
うハナシなだけで俺も実はキライですって言ってるわけじゃないからさ……。

 ……て、なに言い訳ぶっこいてんだろ俺……。とにかくアレだ。こーいう時は無視すんのが一番。い
ちいち相手にしなきゃ絡まれることはないんだから、とにかくバカ結人は無視!

 で。英士も無視だ。

 だってこいつって顔に表れないんだもんよ。なに考えてんだかさっぱりだぜ。結人みたく意地悪もし
ないけど結人とちがってほとんど感情を表に出さないからさ、静かって言うか……自分のことあんま語
んないから読むのが難しいんだよ。

 今だってじっと見るくせに顔になんも表してないからなに考えてんのかかがわかんねーよ。

 結人とよくバカやるくせに黙っちゃうと全然何も見せないの。ずりーよ。好きって言われても……本
気で言ったのかからかわれただけなのか……英士がこういうことを冗談でも言ったりするヤツじゃない
ってことは頭では理解してんだけど……俺も動揺してるからさ、色々考えちゃうわけよ。そういう時に
心ん中が覗けないと不安になってくんだよ。英士はこういうことしない、とかさ、英士だったら絶対こ
ういう時はこうしてくれる、とかさ、英士に対しては固定観念みたいのが強くあるからさ、結人と比べ
たらはるかに常識人だからさ、常識に外れたことされると悩んじゃうんだよ。意図はなんなんだろ、真
意はどこにあるんだろって。

 や、英士のことも嫌いではないよ。でもよくわかんないとこいっぱいあるから、なんて言うかあえて
自分の方から突付く必要もないかなぁと……思うわけよ。

 

 「ちぇっ。まだ結論出せないのかよ」

 

 うっ。

 「ごめん、やっぱり友達としか見れない、そういう答えが出てんだったらそれはそれでいいからはっ
きり言っていいんだぜ?」

 そ、そこまではまだ……。

 「考えさせてくれって言われたから、俺ら期待してんだけど、このまま期待して待っててもいいんだ
な?」

 うっ……。う、うぅ……。

 「好きな方を選べばいいだけのことなんだからさ、比べてとっとと選んでくれ、な?」

 落胆の色の混じった言葉が溜息とともに結人の口から零れ、責められてる気がしてしまった俺は、そ
れほど結人の顔色は変わっていないのに返す言葉を見つけられず、ごめんと、自分の足元を見つめなが
ら謝ってしまった。

 ん?

 おいおい。なんで俺が謝ってんだよ。ちがうだろ。俺は全然悪くないだろ。

 「そうだ。こういうのどう? キライじゃないって言うんだったらお試し期間みたいなの作って一回
俺たち付き合ってみない?」

 えっ!?

 「ようは、友達を超えたお付き合いも全然平気ってことがわかればいいんだからさ、ね、どう? 騙
されたと思って試してみようぜ?」

 ええっ!? ちょっと待ってよ! なんでいきなりそういうことになるわけよ!? お試しってなに
を試すって言うんだよ!? 

 「相手にしなくていいよ一馬」

 えっ!?

 「あっ! こら英士! お前なにどさくさに紛れて触ってんだよ!」

 抱き寄せるみたいにして肩が抱かれて、俺は、キラキラ輝く結人の目の前から救い出された。視界か
ら結人の顔が外れて、俺は胸を撫で下ろす。

 助かった。英士の助けが入らなければあのまま勢いに飲まれて、……危うく押し切られるとこだった。

 「おいこら一馬! お前もなにおとなしく受け入れてんだよ!! まさかお前! 心は既にそいつに
傾いてんのか!?」

 「ばっ……!!」

 「あぁ!! 顔が赤くなった!! やっぱりなんだ!!」

 唖然となる俺を抱き寄せたままの英士が、ばかはほっといて行こうと、結人が更に喚くようなセリフ
を放って俺を連れて歩き出した。

 ちょっ、ちょっと待った英士!! 手、離してくれよ。こーいうことするから結人が騒ぐんだよ。

 お前、煽ってどーすんの?

 「一馬のばか!! 英士の卑怯者!!!」

 「ずるい手を先に使ったのは結人のくせしてよく言うよね」

 にこり。品良く微笑まれても困んだけど……。つーか、お前いい加減この手離してくれよ。

 「ねえ、一馬」

 「なんだよ……?」

 「俺も期待してるから」

 うっ。

 穏やかな微笑が脅してきてるように……感じてしまうのはなんでだ?

 「とりあえず、チョコは頂戴ね」

 「なんでそーなんだよ……!」

 「欲しいから」

 欲しいってお前……。

 「俺たちのこと、それなりに好きでいてくれてるんでしょ? だったら気持ちをちょこっと表してく
れないかな? ね?」

 ね、と請われても……。つーかお前の言い方ってなんか、お願いって言うより口で巧いこと言って、
たかろうとしてないか……?

 「ポッキーでもかまわないよ。安いやつでいいからさ。ね? 頂戴?」

 ……俺が、下手に出られると強く出れないことを知っているくせに……そーいう手をこういう場面で
使うなんて汚ねぇーなぁ……。結人のこと、とやかく言えないじゃん。お前もかなりずるい手、使って
るじゃんか。

 「いい加減離れろよ英士!!」

 「ほら。うるさいのもやって来ることだし。ね?」

 「一馬ぁ!!」

 「多分俺が離れてもあいつ、うるさいと思うよ? 拗ねてるから、うだうだ言って絡んでくるかもね。
だけどチョコがもらえることになったよって教えてあげたら、結人もあれで単純だから喜んで機嫌直す
と思うよ?」

 俺がちらっと後ろを振り返ると、怖い顔して睨みつけてくる結人と目が合った。

 「ばかずま、ばかずま、ばかずま、ばかずま!」

 お前は幼稚園児かよ……。

 溜息が思わず零れて、鬱陶しく思う気持ちが膨らむと、狙ったかのように耳のすぐ近くまで口を寄せ
てきて英士が囁いた。

 「……映画はまた今度にして、これからチョコを買いに行かない?」

 ああっもう!!

 「……わかったよ。で、どこで買えって? デパートの地下とかって言うのはなしだからな」

 「わかってる。ありがとう。……結人!」

 ……なんだかなぁ、もう……。

 たかがチョコじゃねーか。どーせ他からいっぱい貰うんだからさ、俺ひとりにそんなこだわるなよ……。

 

 

 

 

 

 

 

 2月11日。どこぞのメーカーのムースポッキーを二箱、スーパーにて購入。一箱、99円。

 愛は、値段じゃないの、気持ちだよ。

 英士と結人が口を揃えて言ってたけど、俺は面白くない気分だった。

 だって。

 安く上がって助かったけど、99円で買える愛って、なんか軽くてうわついてそうじゃん。

 

 

 











END

 


 

CPは成立してません。郭→真←若です。

好かれまくりの一馬きゅん。鈍ちんクン。天然で二人の男を手玉に取ってます。でもいいの。当の二人がめげてないから、問題なーい。

いっそ未来は3Pで愛を確かめ合っていてほしい。

それが正しい三人の在り方。

てなわけで、バレンタイン・ネタです。

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