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 俺が好きな男は、俺ではない別の人間に恋をしていた。

 

 

 


 「英士」

 珍しく付き合うことが出来た土曜日。

 「それはどう考えてもお前が悪い」

 「どうして?」

 「どうしてって、……」

 約束を守れなくなった一馬を後日呼び出して、ねちねちとしつこく責め続けた挙句に『いやだ、やめ
ろ、放せ、マジでダメ』と抵抗されたにもかまわず強引に床の上で啼かせたと言うのだ。

 乗り気でなかった一馬はムリヤリ突っ込まれて痛い目に合わされたのだから、ことが終わって平手打
ちを喰らったとしてもそれは自業自得と言うものだ。

 「遠い親戚の法事が飛び込んで来たのは仕方ないよ。だけど約束キャンセルされて拗ねてた俺を慰め
るのは一馬の仕事だと思うんだけど。なのに一向に埋め合わせをしてくれる電話がこないから、しょう
がないからこっちから掛けたってのに会ったら会ったで、全然甘えさせてくれないないからさ、さすが
に俺も頭にきちゃったんだよね。だからこっちから動いて埋め合わせしてもらったんだけど、これのど
こが悪いのさ?」

 どこが悪いって、……言い分もわかるけどさ、無理矢理は良くないことだろ。一馬にも非がないわけ
じゃないが、それでもやり過ぎでしょそれは……。一歩間違えたら犯罪になっちゃうコトだぜ?

 つーかさ、あの一馬にそういう気配りを求めるのが間違ってるって。親不在の家に呼んでも最初緊張
しててもそのうち慣れてきちゃったらお前が風呂行ってるあいだにすぴすぴ寝入れちゃうヤツなんだよ
? そういうあいつに色っぽいこと期待してもさ……夢見んのと同じだと思うんだけど、どうなのよ。

 「今回だけは俺からは謝らないから」

 「あっそ……」

 「だから一馬が泣きついてきたら、言ってやってよ」

 「なんて」

 「一馬から謝らなきゃ今度ばかりは仲直り出来ないって俺が言ってたって」

 「一馬の性格知っててそういうこと言うんだ?」

 「そう」

 「そんなに腹が立ってるんだ」

 「かなりね」

 「でもあいつも自分から謝ったりなんてしないと思うけど」

 「だろうね」

 「なんで、わかってて先に謝れなんて言うんだよ」

 「それだけ拗ねてるってことなんじゃないの?」

 人事みたいに言いやがって。

 ちっ。なんて迷惑なやつらなんだ。

 「俺のこと、見捨てないでね。今一番必要としているのは結人の助けなんだから」

 

 

 


 ずるいね英士。

 俺が英士のこと大好きなのを知っててそういうこと言うんだから。

 お前はいつもいつもそうやって一馬とのことを俺に話すけど、俺も席を蹴らずにいつもちゃんと最後
まで話を聞いてやって相談まで受けたりするけど、俺は今でもお前のことが好きなんだぜ。

 蚊帳の外に追いやられるよりは近くに居て二人の間で振り回されても笑っていようと決めたから、だ
から今だってこうして席も立たずに最後まで話を聞いてやったけど、お前も一馬も殴りとばしたくて頭
ん中じゃ拳振り上げてるんだぜ。

 胸倉掴んでさ、俺を好きになってよって叫びたいし、首絞めてさ、お前なんかいらない俺の前から消
えて居なくなれってさ、いっそはっきりと言ってもやりたいしさ、俺だってもう地団駄踏んで暴れちま
いたいのよ。

 それなのにさ、お前、ずりぃーよ。

 ただ好きなだけじゃないんだよ? 独占欲だってちゃんと備わってんだぜ?

 嫉妬だってな、ちゃんとすんだぞ。

 それなのに惚気やがって。その上見捨てないでくれだ?

 ふざけんな。

 ムチ打ちながら傷口に塩塗りやがってさ、それなのに甘えてきやがって……ばぁーか……!!

 

 

 


 「で? まず手付金としてなにしてくれんの? うまくいったら当然祝儀も出してくれるんだよね?」

 「もちろんだよ。このあいだ結人が行きたいって言ってたライブのチケット、それあげるよ」

 「えっ!? うそっ、マジで!? なんでなんで!?」

 「クラスのヤツから、行くはずだった相手が行けなくなったから俺に一緒に行かないかって誘いがあ
ったんだけど俺は興味がないからそれ回したげるよ。チケ代はいらないって話だし、どう?」

 「行きたい!」

 「じゃ決まりだね。うまくいったら俺もちゃんとおごってあげるからね」

 たかが仲裁役に気前がいいのは、それだけ早く仲直りがしたいってことなんだろう。

 まったく、揃いも揃って意地っ張りなんだから。早いトコ仲直りしちゃいたいくせにどうして無理し
て意地なんか張るかなぁ。

 それにしても英士のヤツますます俺の使い方が上手くなってないか? や、まあ……ころりとほださ
れて使われちまう俺にも責任はあんだろうけどさ………………。

 

 

 

 あー……俺が、『ばか』なだけか…………。

 

 

 

 「あのさ、リクエストしていい?」

 「いいよ。なに?」

 「前に食べた中華街のあの肉まんが食いたいんだけど」

 「いいよ。うまくいったら食べに行こう」

 勿体無い笑顔だよ。

 その心は一馬の元へ飛んでいると言うのにね。

 俺の中にあるこの恋心をさらりと無視して優しくしてくれんだからホント、切ねぇよ。

 ぴしゃり払い除けてくれりゃいいのに絶対突き放したりなんかしねえから、残酷な手を差し出すお前
の前で俺は平伏すしかない。

 だけど、絶対俺を愛してはくれないお前が、苛められても苛責られても俺は、こんなにも愛しくて堪
らない。

 好きだよ。

 大好き。

 「結人」

 「ん?」

 「ありがとう」

 「ばーか」

 「結人がいるからさ、安心して我侭が言えるんだ」

 「なんだそりゃ」

 「だって結人は慰めてくれるし、手も貸してくれるだろ? だから安心して我侭に振舞えるんだ」

 「酷い男だぜ」

 「自覚はあるよ。だからこうして感謝してるじゃない。ね? ありがとう」

 魔性を現す男に、悔しいかな、ただ赤くなるしかない。

 英士が我侭を言うのは一馬にだけ。

 かまって欲しくて困らせるのだ。俺への態度はあれは我侭とは言わない。振り回してるだけだ。

 「どうせ行くとこもなくて家でうだうだしてんじゃねぇの? そこにある携帯取ってよ。掛けてみる
から」

 「俺も居るとは思うけど、俺が居ると知ったらいくら一馬でも来ないと思うよ」

 「お前がここにすでに居ることは内緒にして、まずは愚痴をじっくりと聞いてやるんだよ」

 俺はどうしてこんなにも英士に甘いんだろう……。

 気持ちを人質に取って甘い言葉を吐く男の狡さになんで背を向けることが出来ねぇーんだろ。

 自分でも呆れちまうよ。

 こうやって悔しい想いばっかしてんのに、手なんか貸しちまってさ……。

 すげーむかつく……。ホントばかだ俺……。

 「あ、一馬? 俺。今いい? え? べつに用って言う用はねーけどさ、なんとなーく一馬の声が聞
きたくなっちゃったからさ……え? 英士? いねーよ。なんで? あ、さてはお前らまたケンカした
な? あ? 隠すな隠すな。ばればれだっちゅーの。え? そりゃわかるってぇーの。だって元気ない
し。ん? ああ、へーきへーき。いいよ話くらい聞いてやっから。うん。え? うん、うん、ふーん。
で? え? うん……」

 不意に英士と目が合った。間もなくしてやつの唇が俺の名を呼んだ。耳には届かない。

 そんなに恨めしいのかよ。

 じゃかわってやるから自分で話しな――――なんてね。

 ただ胸を焦がすだけの俺がその胸の痛みを押さえて踏ん張って仲裁に入ってやってるってのにその哀
れな俺の頭を撫でるならまだしも頑張る俺を嫉妬の目で見るってぇーのはどういうことよ?

 執り成してやってるだけじゃん、そうやって嫉視すんのヤメテよ……。

 ったく……勘弁してくれよマジで……。

 「……あのさ一馬。お前これからウチ来いよ。え? だってお前べそかくからさ。こっち来たら頭ぽ
んぽんしてやるよ。え? ちがうって、からかってんじゃねーよ。結人さまなりに慰めてやってんだよ。
え、うん、だからいいから来いって。うん。うん、あ、そうだ。このあいだ一馬がやりたがってたゲー
ム、あれ買ったよ。うん。貸してやるよ。うん、あ、手ぶらでいいぜ? 服なら貸してやっから。うん、
ん? わかった。じゃ早く来いな。ん、じゃーな」

 ぬくもりがまだ残る携帯を、英士の手元へと放った。

 「来るってさ。あとは自分でなんとかしろよな」

 「……」

 「お前見て帰ろうとしたらちゃんと掴まえてやれよ、いいな」

 「……」

 「あいつすぐ顔に出んだからあんま泣かすなよ。きっと目、腫れぼったくなってんぜ」

 「……」

 「ほらこれ。さっき言ってたゲーム。対戦してやんな」

 「……」

 おいおい、いつまでだんまり続ける気なんだよ。

 「……いいけど、英士がそーやって意地悪してるとあいつ、俺にばっかくっついてまわるぜ? いい
の? お前のことなんか無視して俺にばっか話し掛けてくっ……!」

 飛んできたのは枕だ。暴力反対! 

 「なにもしなくたってあいつは俺を無視するよ。ケンカするといつもそうだ」

 「お前が怖ぇ顔してるからだろ。話し掛けてやってればそのうちあいつから寄ってくるよ。とにかく、
最初はお前のこと無視すんだろうけどお前は俺を睨むな。いいな?」

 「でも目の前でイチャつかれたら腹が立つよ」

 「ばかやろっ」

 俺が今度は枕を飛ばしてやった。

 「イチャついてなんかいねーよ! そういう風に見て取れるお前の目と頭って腐ってんじゃねぇの?」

 「しょうがないでしょ。一馬が絡むとどうしても熱くなっちゃって心が乱れちゃうんだ……」

 外面の穏やかさと硬さはこの際置いとくとして、実は腹黒くて小賢しくて厚かましくて面の皮の厚い
この男のなんともいじらしい発言に、俺はよろよろしてしまった。

 不機嫌に拗ねた態度は見てるだけでもうざいが痛々しく拗ねる態度にはいじらしさがある。

 やべぇーよ。

 愛しさみたいなもんが這い上がってきやがった……。

 うわぁー…………マジでやっべぇーよ、……マジでホント抱き締めたくなってきたよ……。

 「……」

 「…………」

 英士は枕を抱いたまま、沈黙を守っている。

 俺も自分の爪先を見つめたまま、沈黙を続けた。

 

 

 

 早く来い、一馬!!

 じりじりしながら胸の内でこそりと叫んで、あーまた振り回されてしまったと、俺は力なく項垂れた。

 黙ったままであるけれど、想いに違いはあれど多分英士も、一馬の到着を待ち遠しく思っているにち
がいない。
 

 

 

 











END

 


 

若→郭です。郭に片思いしてる健気な結人に胸キュン。

自分に好意を寄せる人間を時に甘やかし時に虐げ、絶対にきっぱりと突き放さない男っているけど、徹底してると諦めってつかないもんです。

だめでもいいの、報われなくてもいいの、なにかの時に呼んでくれればいいの、男のずるさにあっぷあっぷと溺れてしまい、周りからはバカにされるような愛しかたでも本人が必死に縋ってんだったら、他人の口出しなんて右から左。ほっといてくれ、じゃないでしょうか。

有島の郭若は、絶対報われない結人の片思いってのが絶対条件。(ひでぇーな……)つーか、郭の愛は一馬にしか向けられないらしい……。

若真、須真、一馬受けに色々手を出してるけど絶対譲れないのが郭の相手。こりは絶対なにがなんでも一馬!!それ以外での両思いは有り得ない!らしい……。

一馬万歳なのか、郭万歳なのか、結人万歳なのか、非常に微妙なくせしてこだわりだけはあるらしい……。

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