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 約束するよ、なにもしないから一緒に入ろ?
 その言葉を最終的に信じたのは自分だ。だからヤツだけを悪者にして責めるのは筋が違うことくらい、いくらのぼせたこの頭でもわかる。
 でも、わかるけどでも、なにもしないことを約束したから俺は信じたのだ。
 それなのにこんなにもあっさり破られたんじゃあ、騙された俺が間抜けってことになるじゃないか。
 ちくしょう。
 悪党はあいつの方なのになんで俺がこんな情けない気持ちになって凹まなきゃならねんだよ。
 約束を破られ、騙され、嘘までつかれたってのに、このうえまだ怒りを押さえ込んで飲み込めっていうのか? ああ、そりゃあそうさ、済んだことさ。ごちゃごちゃほじくったところで、なかったことには出来はしないさ。
 だから? 冗談じゃねえよ。
 ふざけてもらっちゃ困るぜ。
 たしかに危機管理が低かったことは自分でも認めるよ。
 過去同じようなことがあったのにまた同じ轍を踏んだんだから、甘いって言われるのだけは仕方ないと思う。
 けどやっぱり鳳が嘘なんかつかなければ俺だってひっかかったりなんかするもんか。
 一番悪いやつはダレかなんて決まってる、鳳だ。
 嘘をついたヤツが一番悪いに決まってる。人を簡単に騙しちまうような悪党は、きつく叱ってやらなきゃいけない。俺には、その権利がある。
 そうさ、しつけは大切だ。特にヤツのような男にはがつんと言ってやなければいけない。
 というか、それくらいしなくちゃ俺の腹の虫が治まらねぇ。
 とは言うもののコトが全て済んだ今になってからグチグチ言い出しても、それはそれで虚しいものがあるからあまり声は荒げない方がいいだろう。
 ようはがつんと叱れればそれでいいのだが……。
 くそぉ。
 叱ると言ってもよくも騙したな…ってそんな言葉しか思いつかねんだけど。
 それでいいのか?
 なんかあっさりし過ぎじゃねえ?
 だまされる方が悪いみたいなお決まりな答えとかが返ってきそうなんだが。
 いや、まあなにも言わずにいるよりはなにかしら口にした方が全然気は晴れるけどさ。
 それに、このまま黙ってひとりこっそりと怒っていても、それだとヤツが増長するだろうから、ここは絶対なにかしら怒りの言葉は口にしといた方がいいと思うのだ。
 ――これ以上、増長なんかさせられるかよ。
 冗談じゃねえ。
 今でさえもう勘弁してくれってくらい振り回されてるってのに今以上に好き勝手されてたまるかっての。
 体力はもちろん精神的にもパワーアップなんかされちまっても付き合いきれねぇっての。
 なにせ既にもうぐったりだ。
 このあとのことを考えると頭が沸騰しそうにだってなる。
 そもそも俺はバスん中でヤツより長い時間湯に当たってたんだ。
 …って、馬鹿か、俺は。
 ここで、自分で、悪夢を思い出すような真似をしてどうするよ。
 くそっ。
 
 「あれ?」

 「…………」
 「まだそんな格好で居たの? ダメじゃないせっかく温まったのによく拭けてもいない。それじゃあ湯冷めす…」
 「触るな」
 
 六分、だいたいそれくらいか?
 ――ああ、……。多分、それくらいだ。
 ヤツより先に出てからどれくらい経っていたかが、洗面台の上に転がっている自分の時計で確認ができてしまえた。外したのはヤツだがそこに置いたのは自分だ。こんな形で役立つことが最初からわかってたらそんなとこになんて置かなかったのに…。
 くそ、なんてこった。記憶を呼び起こすもんばかりが転がってるじゃねえかよよく見てみりゃ…。
 しかも、最悪。
 自分で、自分の服踏んでるし…。
 ヤツが言うようにろくに拭いてなかったから自分が歩いてきた跡までわかりやがる…。
 あー、しっかしなにこの状況、ほんとマジで最悪…。

 「いつまでその格好でいるつもり?」
 うるせぇよ。
 「風邪、引いちゃうかもよ?」
 何分か、裸でいたくらで引くかよ。
 「日吉が先に出るって言ったんだよ?」
 当たり前だ。いくらバスが広くたって洗面所にまで出て来て合宿所でもあるまいに並んで体なんか拭きたくない。相手がお前なら、なお更だ。
 「なのになんでまだ着替えが済んでないの?」
 この状況を見たらわかんだろうが。てめえが無造作に放ったりなんかしたから気付かなくて踏ん付けちまってんだよ。俺がこの自分の濡れた足で。わざわざ着替えなんて持って来てねんだよ、わかったか、このエロ・バカトリめ。
 「無理なんかしないで一緒に出れば良かったんだよ」
 だから、そんなのはごめんだったんだよ!
 「結局こうやって俺が拭いてあげなきゃダメなんじゃない」
 「誰のせいで動けなくなったと思ってる! お前が元凶だろうが!」

 俺がお前から説教されるなんてそれはおかしいだろ!
 約束を破った嘘つきヤロウのお前こそが咎められるべきの人間じゃねえのか?
 なのになんだその偉そうな言い草は!
 しかもてめぇ、この野郎、反省の色がまったくねえじゃねえか!
 腰にタオル一枚巻いただけで居るのもろくに躯がふけてないのも結局またここでお前と顔を合わせちまっているのも、それらすべての状況は俺が望んだわけじゃねえ!
 俺のこのまったく動く気のないこの様子を見て、俺のカラダがどういう状況にあるのかぐらいすぐわかりやがれ、馬鹿!
 なんで着替えが済んでない、だ?
 あ?
 風呂場で好き勝手なことをしてくれたからだから動けなくなってんだろうが!
 だるくってまだ動きたくないんだよ!

 「うん。色々と無茶させちゃったなあって俺だってバスにつかりながらずっと心配してたんだよ」

 鳳が取った行動のどれもこれもに俺はいい迷惑を被り、結局貧乏クジを引かされるのは俺だけじゃないかと、毎度のことながら飽きもせずに今夜もそう奥歯を鳴らそうとしたまさにそのタイミングで頭からバスタオルが降ってきた。
 けどその鳳の行動は俺には面白くないものだ。
 この場面で胸のうちを読んでくれても全然ありがたくなどない。
 読むなら無茶をする前にそのときにこそ俺の心情ってやつを汲んで欲しかった。
 いくら今夜は家人が留守でも普段の生活の中で家の者が使うのだとわかる場所でなんて俺は絶対にシたくなどなかったのに。
 それでなくても嫌味な設計してんじゃねえよと、いっそ目隠ししてくれと頼みたくなったほど、トップライトだって点いたままだったし床に転がったら転がったで足元にまでライトが埋められているし。明るいとこでスるのはいやだってもう何度も伝えてあったはずなのに。
 ここで散々イヤがることをされた俺のあの叫びと罵声と懇願の数々。あれらがなぜ伝わることがなかったのか。
 いまさら恨み言を零したって詮無いことだとはわかっているが、恨めしいじゃないか。
 こんな場面で胸中を察するんだったらあのときにもしてくれよと、思ってしまうのなんて当然だと思うが。
 「それにね日吉、」
 待て。俺はまだ許しちゃいねえぞ、近寄ってくんじゃねえ。
 「俺はちゃんと体も拭いてあげてそのあとで服も着せてあげて、…日吉は多分嫌がるだろうけど辛そうなら抱っこして部屋まで戻ろうかと、ちゃんとそこまで考えてたんだよ?」
 「…っ!」
 バスタオルで隠され、顔が見られることがなかったのは助かったが、相変わらずのマイペースでくそ恥ずかしくなるセリフをさらりと言ってくれるヤツに、タオルの下で俺は真っ赤になった。
 散々誰のせいだなんだかんだ愚痴ったあとでなんなのだが、そのさんざ好き勝手にしてくれたその張本人の口からバスルームからベッドまで至れり尽くされりってのを目の前に立たれて聞かされたらそりゃあ死にたくなるほど恥ずかしくもなるっての。
 ほかの奴が同じセリフを吐いたってここまで堪らない気持ちになることはないだろう。
 ――ヤツ、だからだ。
 耳に残るのも、胸に引っ掛かるのもクリアに届くのは、鳳の声だけ。
 心が簡単にざわつきだしたりするのも、パズルのピースがはまるように満たされたりするのも、ヤツが口にした言葉にだけ。
 俺になんらかの変化を起こせるのだって鳳だけ。
 嫌な過去だがヤツなら本気でそこまでしてくれるだろうと確信が持ててしまうくそ苦い体験を俺は幾度かしてきた。
 だから鳳のそれが相手の怒りを和らげその場の気まずさをしのぐに過ぎない口先だけの言葉でないことくらい、知っている。
 同様に、相当甘やかされている自覚も――ある。
 ああほんと計算してやってんだったらぶっ殺してやるのにそうじゃねえから、言いたいことが山とあるのにこうやって一言ですら返せなくなるのだ。
 畜生。
 マジでホント悔しいぜ。
 黙ってムカついてろってか?
 なんかもう、ほかにも色んな感情が混ざり合ってごちゃごちゃだ。
 いつもそうだ。
 簡単に人の心の中掻き回しやがって。
 気に入らねぇ。
 くそ、…。
 だからお前にはムカツクって言うんだ。
 言葉は凶器になりえるんだってことそろそろ覚えろよな。
 頼むからほんと、…勘弁して。 
 確かにバスにつかるその直前からもう体力を使い果たしていてのぼせそうだったし自己嫌悪もしてたしで避けたくもあったからろくろくつかりもしないで先に出て来たけど、ヤツを残して逃げ出してきた最大の理由は、のんびりつかってるさなかに甘やかされたりするのがイヤだったからだ。
 なのに結果これかよ!
 ヤツの口から出てくるかもしれない甘い言葉と労わってくれたであろうヤツ自身、その両方からとっとと逃げ出すことまでしておいて、…なのになんなんだよこの様は。
 ぼけっとなんてしているからみろよ、最初にヤにれた場所で結局また捕まっちまって危機の匂いの残るヤツの手の中に再び戻っちまったじゃねえか…。

 「…っ」

 怒りと惨めさ、そして情けなさがないまぜになった体で打った舌打ちが聞こえただろうにヤツはそのことには触れずに、頑として顔を上げようとはしない俺をこの状態から甘やかそうとでもいうのか、労わるような手つきでタオルの上から俺の髪を掻き乱し始めた。

 …ああほんと、いよいよ状況がやばくなってきたかもしんねえ…。

 濡れた髪のままでいると風邪引くよ?

 ――幾度となく言われてきたセリフだ。
 冬場に限らず夏場にまでヤツは口にしやがる。
 馬鹿じゃねえの。
 お前があんまりうるさくそのセリフを口にするもんだから、涼を求めてクーラーの風の真下に立ことが俺は出来なくなったぞ。

 「で、今日はどうする? ドライヤーは使う? 使わない?」

 めんどくさいからいい。

 タオルの下からぼそり言うと、ヤツは笑った。

 「かけてやるのは俺だよ? 日吉はなにもしないのにめんどくさいっておかしくない?」
 「終わるまでじっとしてんのが今日はイヤなんだよ」
 「そんなに疲れてるんだったらこんなとこでぼけっとしてないで部屋にさっさと戻ってれば良かったのに」
 「俺だって最初はそうするつもりだったさ。けど拭くのもめんどくさくなってちょっと一息入れようとしたら動きたくなくなっちまったんだから仕方ねえだろ」
 「通し切れない意地なんて最初から張るなよ。だるいのなんて湯船につかりながら眠そうにしてたの見てんだからバレバレだよ。結局こうして俺に髪を拭かれちゃった今の心境ってどんなもの?」
 「色んなことにむかついてっけど…葛藤する中でいろんなことを諦めてったら最終的にはもう好きにしてくれって…思ってる。だるくてここでまだこうしてぼけっとしてたい…」
 「素直じゃないなぁ。いっそこのまま抱きついてきて部屋に連れてけくらい言ってくれてもいいのに」

 ばっかじゃねえの…。
 誰がそんなみっともねぇ真似取るかよ。
 好きにしろって思い始めてはいても好きにしていい、なんて爆弾を投下するようなもんじゃねえか、狼にエサを投げつけるようなもんだろうが、誰が言うかよ。
 
 「ねえ、このあと俺は好きにしてもいいの?」

 ヤツには人の心のうちを透かして覗ける特殊な能力でも備わっているんだろうか。
 嫌なタイミングで聞いてくれたものである。
 甘やかすのが好きなお前がどうやったら俺がおとなしくなるのかを知らないわけじゃねえだろうよ。
 お前が側に寄る事を本気で嫌がったらどんなにだるいカラダでだって這いつくばってでも逃げ出してるさ。それをしてないってことはどういうことなのか、わかれよな、バカ。
 
 「日吉」

 ――だからうるせぇよ、ばか。

 

 

 


END
(08.01.02)


 

大晦日の夕方から長太郎の家に遊びに来てた日吉がそのまま泊まることになって、二人で近所の神社にお参りに行って帰ってきたはいいが、すっかりと冷えた体を暖かくする為に鳳が日吉に勧めたのはお風呂。
えぇーなんで? 鳳んちだったら家中を暖かくする装置が標準装備されてそうじゃんと言う突っ込みはあっても綺麗に無視。
そんな当たり前の突っ込みが入ったらせっかくの妄想が先に進まなくなるじゃんよ。だからスルーします。
つーか、そういうのが標準装備されてそうだって言うんだったら、ふふ、鳳んちだったら24時間湯の沸いているお風呂がありそうじゃーん!
あのでかい体が足を伸ばしても余裕なバスタブとかさ!
なおかつつかりながらテレビだって見れちゃうとか!
照明は手元で調整可能とかさ!
お前それはホテル仕様じゃあと言う突っ込みはノーセンキュウ!
ヲたる者自家発電でもって萌えるべし! これぞヲたの精神!
妄想は壮大であればあればこそヲの心は安らぐのじゃ!
って喚き終わったところで話を戻して。
で。だ。
そういうでかいバスがあるわけだからあの二人が一緒に入ったって、空間的にはまったくの問題がない。
問題があるとしたら日吉の身に危機が迫ることくらいだ。
や、本人にしたら『くらい』で済まされたくはない問題だろうけど、でもそこはほら、ヲが妄想ってるんだから彼らはカップルなわけじゃーん?おつきあいしてんだったら身の危険=お約束なわけで。
長太郎有利でコトがどんどん進んでってもらわなきゃ困る。

ん。以上。

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