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 「痛っ!」
 相変わらず乱暴に投げられ、ベッドに無理やり乗る羽目となったカイは怒気を含んだ声を上げ、不機嫌そうに寄せた眉を威嚇するように大袈裟に吊り上げてもやる。
 だって部屋に連れ込まれるなりいきなり放り投げられたのだ。
 笑顔でなんか迎えてやるわけにはいかないだろう。
 もし自分が女だったら『なにすんのよ! 乱暴はやめてよね! 最低!』とかなんとか、口を尖らせてギャンギャンに喚いてやってるところだ。
 だが生憎とカイは男で、ついでにこんな扱いには嬉しくないことに慣れてもいた。
 投げられれば衝動で尻を打つことなどきっとわかっていないのだろう。ベッドの上だとは言えダイブの仕方によっては受ける衝動はまちまちだ。子供でも知っているようなことがこの男にはわからないらしい。

 だから毎回こうも――…雑に扱えるのだろう。

 恨めしさの混じった結論に至ったその時。
 ぎしりとベッドが軋んだ。
 すでに縁に腰を下ろし終え、男が自分にのしかかろうとしていた。
 自分勝手な男だとちっと舌を打ち、うんざりといった風に、不満に思っていたことがあったカイも渋面を作りながら放ってやった。
 「お前さ、女のように扱えとは言わないがもう少し扱い方考えろよ。毎回毎回放り投げやがってオレは荷物じゃねえっての」
 しかし返ってきた男の答えは冷ややかなもので、
 「下らん注文をつけるな。女でなければ掛ける手間などあるものか」
 と、態度までもが偉そうなものだった。
 これにはカイもぶちんと切れてしまった。
 女だったら喚いてやっていたと、さっきは言ったがそこまで言うのであればカイだってもう黙っていられない。
 傲慢な態度なのは今日に始まったことではないが、いまのは、王様でいるのもいい加減にしろと、あまりに業腹な発言だ。
 だいそれたお願いでもないはずのささやかな希望ですら無下に却下したこの男は、思い遣りという言葉を忘れた『最低野郎』である。
 だからカイも、もう遠慮なんかしねえぞとばかりに唇を震わせ、『お前って最低!』と仏頂面をした男を睨み二十cmと離れてはいない位置にいるデヴィッドに対して腹の底から声を絞り上げて怒鳴りつけてやった。
 もっと、言葉をたくさん拾ってきて罵ってやるつもりだった。いくら辛抱強いカイでも、一度どこかでぶちまけてやろうと思っていたくらい、デヴィッドには不満たっぷりだったのだ。
 それなのに、あれよあれよというまに組み敷かれ気づけばシャツもたくしあげられている状態になっていることにはっと気付き、一気に調子が崩れてしまいカイは急遽、歯軋りをして悔しがった。
 「デヴィッドのクソったれ! オレにしてみたら全然下らなくなんかねんだよ! マゾじゃねんだぞ! あと! がっつき過ぎ!」
 不埒な動きを自分勝手に進めるデヴィッドに、無視して黙々とすすめんなと、矢も盾も堪らない気持ちになったカイは、不埒な手がそれ以上進入してこないように、鳩尾辺りを撫でている手首を取り押さえに掛かった。
 「デヴィッド! ちょっと待てって! オレの気持ちを無視して勝手にすすめてんじゃねえよ!」
 カイとてあっさりと、デヴィッドを阻止出来るなどとは思っていない。
 体勢も、状況も、崖っぷちから片足が出てるようなくらい、カイの方が不利なのだ。
 だけどカイは、オレは怒っているのに、なのになんでお前は黙々とコトを進めているのだと、釈然としなくて、自由にはさせておけなかった。
 「お前の性欲回路って、いったいどういうつくりんなってんだよ。こういう状況でよくそう気になっていられるな。オレは無理。勃つような気分じゃねえよ。つか、いきなり押し倒されて『はい、スタート』てな具合に都合良く勃つか! シたきゃてめえで抜けっての。オレは無理! だからどけ」
 「無理でもつきあってもらう。気分が乗らないって言うのならなにもせず転がってればいい。勃たなくとも問題はない。使いたいのはうしろだ。使えないって言うのなら前はほっといてやるさ」

 お前は鬼か!

 同じ性であるはずのお前が異星人にも見えるぞと、デヴィッドの言葉にカイは青筋を立てて激怒し、あいていたもう片方の手で握った拳を振り上げると、たまたま視界に入った顎の下に、狙いをつけた。

 最初の一発くらいは当たってくれよな!

 たいした効果は望めなさそうだったが、ささやかな抵抗になればそれでいいと、ヒットする一歩手前を計算したあとにカイは拳を強く握り込んでいた。

 が、その目論見はあまりにあっけなく外れてしまった。

 ちっ。
 やっぱ止められちまうか。
 つか、酒ばっか飲んでるくせしてなんで鈍ってねんだよ!
 すっげぇ、むかつく! 腹立つ! ヤなヤロウ!

 「カイ」
 「んだよ!」
 「どうせ無駄な足掻きにしかならん。手を煩わせるな」
 「無駄かどうかなんてわかんねえだろが! 手が使えなくなったならまだ残ってる足でお前のこと蹴りつけてやる!」
 「威勢が良くても状況把握が出来てなくてはなにを言ったところで遠吠えにしか聞こえないな」
 カイの手首を掴んだままちょうど頬のあたりでベッドに縫い止めると、口角をわずかに上げて表情のない薄い笑みをデヴィッドは浮かべ、それに気をとられていたカイの隙をついて彼の膝をあれよと言う間に割ってしまった。カイが慌てて身じろぐも、手も足も封じられ、デヴィッドが口にした通り無駄な足掻きにしかならなかった。
 「デヴィッド!」
 不満の色を含ませて叫びながら、果たしてこの状況に陥ったのは不意を突いたデヴィッドが姑息だったからなのか、それともちょっと気を抜いていた自分が迂闊だったからなのか、カイは必死になって考えを巡らせるが、その間にもデヴィッドの手は不埒な動きを見せ、カイからシャツを肌蹴させようとしているからカイもそっちへと意識が向かってしまって思考はもはやぼろぼろだ。
 こうもがっちりと動きを封じられてしまっては、いいようにされてしまうのも時間の問題である。
 くそぉ。またこのパターンかよ。最近多すぎねえか? つか、明かりもついたままじゃねえか。勘弁してくれよ…。
 腰のあたりがまだなんとか隙間があることをカイは知るが、だがそこを動かせば必然的に押し付けるような態勢となってしまうことから、カイはどうしても動くことが出来なくて、結局、デヴィッドの唇が首筋に触れてきたときに、自分から『中途にひっかかったまんまのシャツって邪魔なんだよ。腕も自由になんねえし。脱がすんならきちっと脱がせよ』と言ってしまい、顔を上げるデヴィッドに首だけをそろりと上げ、カイもデヴィッドの髪にキスをするのだった。
 いつからかデヴィッドにするようになった、降参したことを知らせるカイの作った合図だ。
 自分勝手なデヴィッドが、性欲の処理の為だけのような抱き方でカイに熱をぶつけてくるとき、カイの意思も気持ちもデヴィッドには通じなくて、抵抗すれば力ずくで自由を奪われ、ねじ伏せるようにして両の腕を拘束した状態のカイを揺さぶるのだ。カイだって不感症などではないから、痛みと一緒に躯が悦いと感じてしまえば震えてしまうこともあるし、踵が跳ねてしまうことだってある。力ずくでねじ伏せられてるのに反応する躯を恨んでは悔しさで涙をぼろぼろと零したことも五度や六度ではなく、両の手の指を使っても足りないほどにある。
 なぜ自分がこんな扱いを受けるのか。
 なぜ男の自分が男なんかに組み敷かれているのか。
 なぜこんな関係が続くのか。
 優さしくなんてされた記憶もなければ、いったいどういう感情があってこんな関係が続いているかもわからないというのに、それでも肌を重ねていく回数だけが増えていくのが、カイには理解も出来ずそして悩みのタネでもあった。そもそもきっかけがなんであったかでさえ、ずるずると続くうちに思い出せなくなるくらいあやふやにもなってきている。お前が誘ったからだと、デヴィッドはいまでも言うが、そんな記憶なんてカイにはなくて、果たしてそれが真実であるのかでさえもカイには知る術もない。
 たしかに、沖縄に居た頃には憧れていたというような時期もあった。いくら反発しててもそこはカイも否定はしない。好きか嫌いか当時のデヴィッドをどういう目でいたかを白状すれば、それは…好きであったのだろう。
 父親の古い知り合いだと知った最初の頃の彼は、寡黙で、いつもしかめっ面ばかりをしてて、スーツとかばかりを着ていて、当時はほとんど会話なんかしたことがなかったから、そういった外面とかだけでおとなしいヤツなんだという印象しかなかくて、質だとかを知る機会なんてのはまったくと言っていいほどになかったのである。実は陰湿なんだと知った時、むっつりってのはこういうヤツのことを言うのだと、のこのこと後を追ってなどしてしまった自分を恨んだものである。だって、まさか自分とデヴィッドがこういう躯を合わせる関係になるなんてカイは想像すらしていなかったのだ。人生いろいろと歌っている歌手が居たが、人間生きていると、ほんと色々なことがあるのだなと、カイは二十歳前にして知ってしまった。
 だが、出来ればそんなこと、経験などしたくもなかったことだ。
 優しさなんてものが在るのかと言えば、小石の欠片ほどもない男だ。
 自分本位で、心も言葉も冷たくて、今じゃあ毎晩酒にも溺れているし、酒の匂いをぷんぷんさせていても構わずに人の肩をむんずと掴んでくるのだから、マナーもなにもあったものではない。
 なのに憎悪だけではない別な感情もこの胸には孕んでいた。
 憎悪だけでこの胸が埋め尽くされていたなら、もっと簡単にデヴィッドとの関係を語れたはずなのだ。
 同意をした覚えもないのだから、憎む以外の感情があることが不思議でならない。
 肉体を傷つけられるだけでなく、一緒に自尊心とかをもずたずたに引き裂いてくれる男なれば、殺してやりたいと憎しみを増幅させていくのは至極当然なことだ。なのになぜ、憎むだけでは済まない複雑な感情がこの身には住まうのであろう。
 わからない。
 いまわかっていることは一つ。
 組み敷かれても、力ずくで揺すぶられても、殺したいほど憎むことが出来たなら、カイもこんな合図みたいなものを作ったりはしなかったということ。

 「オレ、隠れマゾだったんかな……」

 いまも腕をぎりっと押さえ付けられ、ろくな抵抗が出来ないよう手足を封じられているというのに、カイはさして焦ってもいない。
 たしかにほんの少し前までは言葉でも抗い身じろぎもして抵抗したのに、今はもう全然そんな気もありはしない。好きにしろな状態だ。

 「それは俺に問いかけたものなのか?」
 「あ? それ? それって?」
 「いまお前が言っただろ、自分はマゾなのかどうなのかって」
 「ああ。あれ。違う。独り言みたいなもんだ、気にしねえでくれ。つーか、あんたにだけは気にされたくねえ内容だよ」

 一瞬泳ぎそうになった視線を、デヴィッドに悟られるのを恐れ、慌ててカイはその眼差しを閉ざした。

 『いや、なんだかんだ言ってもあんたとのこういう関係が長く続いてるからさ、力ずくで押さえ込んでくるあんたになんであっさりと白旗なんか振っちまうんだろって不思議に思ってたとこなんだけど、つらつら考えてたら自分がマゾなんかなって思えてさ』……とこの長いセリフも当然、一緒に飲み込んでいた。
 ばか正直に口にしていようものなら、今頃デヴィッドに『よくわからないようなら、検証させてやる』くらいのことを告げられ、青褪めたカイが大慌てで遠慮を願っても聞き入れて貰えなくて、声にならない悲鳴が何度となく上がったはず。
 カイに痛みを与え、自由を奪おうとする張本人にマゾ云々などと言う言葉、不用意に投げようものならどんなスイッチが入ったデヴィッドが光臨するかわかったものではない。
 もちろん、今のカイのこの状態だって同じように危機は危機である。果たして今夜のデヴィッドにはどんな要求をされてしまうのか。言葉責めでくるのか、焦らし作戦でも立ててくるのか、意地悪大魔王となるのか。三つのうちのどれで責められてもどれも同じようにぞっとしかしてこない。
 それでも、ヘンに刺激されての意地悪でなければましだなんて思うのだから、やっぱり、自分はマゾなんじゃないかと、カイは思ってしまい、元からそういう質があったのか、それとも後天的に開発されたものなのかをちょっとだけ考えてみて、すぐにもしも答えに辿りついたらきっと自分はしばらく地の底に沈み当分の間は浮上も出来なくて、ルイスに茶々を入れられてデヴィッドは多分なんら変わることなく力ずくで襲ってきて、でも凹んでる自分だけが気力もなくて好き勝手やつらに扱われてしまうのだと、それはそれはイヤな想像をしてしまい、それを消し去るのにぶるんぶるんと頭を振った。
 なんて恐ろしい絵だ。冗談じゃねえ。これ以上立場を悪くしてどうするんだ。やめだ、やめ。
 
 「カイ」

 低い、何の感情も読めない、聞きなれた声に、カイはそろりと目を開けた。
 呼ばれたから目を開けただけの、反応としたらごく当たり前と言えるような仕草だ。
 当然、目が合うことになる。
 瞳の中に居たのはカイ自身。当然だ。見つめあってるのだから、カイ以外の誰が映るというのか。

 だけどこのごく当たり前と思えた仕草に、カイはかぁっと頬を染めた。

 バカかオレは。
 なにあっさりと反応なんかしてんだよ!

 呼ばれたのは名前。
 その声は誰のものだったか。デヴィッドのだ。
 散々悪態をついたくせして、なんで素直に男の声に応えてしまうのか。
 呼ばれたから? うるせぇくらい言えただろう、なんで反発しなかった?
 無意識だった? 呼ばれたから、それでつい? いや、無意識でそれってのがマズイ。まるでデヴィッドのヤツから呼ばれ慣れてるみたいじゃないか。
 いや、実際は何度も呼ばれているから、聞きなれてはいる。慣れてはいるが、この状態で、素直に応えるのは、おかしいだろう。
 まるで、デヴィッドになついているみたいな印象を与えるではないか。
 
 なつくという言葉に、カイは鳥肌が立つのを覚えた。
 嫌悪からか、恥ずかしさからか、今自分の心を乱す感情がいったいどちらからきているのか、カイにもそれはよくわかっていない。
 わからないけど心が落ち着かないから、カイは再び瞼を閉ざしてしまった。
 
 そんなカイに、デヴィッドはまだなにも言ってはこない。
 赤くなった顔に気づいていないわけないのに、その静けさがカイには怖かった。

 やばい。やばい。
 危険を知らせるアラームが、もうカイには煩くて堪らない。
 
 まずった。言葉を飲み込んでも態度でデヴィッドにつけいらせるエサを与えてしまっては元も子もない。

 きっとデヴィッドは気づいている。この動揺を見抜かなかったはずがない。

 きっと、そこを突付いてくるにちがいない。

 「……っ」
 自由になる腕を使って、カイは顔を隠すが……そんなことをしてももう遅い。
 「カイ」
 そぉら、きた。
 「カイ」
 デヴィッドは悪魔だ。
 腕で隠してしまっているから薄目を開けても見えないが、きっとデヴィッドは笑ってるのだ。
 声で、息遣いで、それくらいカイにだってわかる。
 「勃つような気分じゃないと、言っていたな? 今はどうなんだ? ん?」
 悪魔は、普段無表情なくせしてどうしてこういうときだけ都合よく表情を崩せるのだろう。
 くそったれが。
 「どうした? 反論もなしとはお前らしくもない。手間を掛けさせるなと言いはしたが人形になれとまでは言ってない。手間が掛からないのは楽でいいかもしれんが、生きが悪いとそれはそれで興味が薄れる」

 つまり、うんともすんとも言わない人形には用がないと。
 適当にまさぐるが、反応がないなら面白くないだろうからそのうちつまらなくなってきて手を引くぞと。
 果たしてそのときお前はどうなっているのだろうなと。
 イヤだやめろとか抵抗しながらも弄られれば反応することなど知った上で、無抵抗な躯を散々弄りまわしたあとで『つまらん』と手を引いてやると。
 そのときお前はどうするのだろうなと。

 楽しくて仕方がないのだろう。だけどカイは脅されているような気分だった。適当に抗い、楽しませてくれと、直接言葉に出さなくともそれまでの口調だとか息遣いだとかでデヴィッドがなにを言いたいのかがわかってしまった。長丁場になるだろうこともわかってしまった。
 言葉責めでもって苛めてくれるつもりなのだろう。

 カイは舌打ちをすることしか出来なかった。

 だけどデヴィッドにはその態度が面白く見えたのだろう。

 足掻きながらも抱かれるカイの心情などきっとデヴィッドにはどうでもいいことだったのだ。

 

 

 


END
(06.09.04)

 


 

デヴィカイに甘さとか恋人っぽさとか、そういうむずがゆくなるような雰囲気ってのは求めてません。つか、想像がつかないよ。だってデヴッイドがあんなんだし、カイもあんなんだし、なんつーか、ヤってるけどつきあってるみたいな空気はなさそうじゃんあの二人には。

希望ならある。カイがぐるぐるしてて、デヴィッドにたっぷりと振り回されてくれてたら嬉しい!

カイ→デヴィッドみたいな? 嫌い嫌いでも好きってな?

デヴィッドは興味と暇つぶし? うそうそ。ちゃんと情くらいはあると思うけど、でも愛情ではないようなカンジ?

カイがデヴィッドを意識しててそれで続いてる関係ってのがいまのところ有島のツボです。

つか、カイと二人きりとかルイスとかが相手だとデヴィッドって『わたし』なのか『俺』なのか、そこが非常に気になります。

なので好みで『俺』と言わせてみた。

カイに『わたし』なデヴィッドは不似合い。つか、有島がもじもじしちゃうのでダメ。

つか、五年後くらいには、カイデヴィになっててもいいなぁみたいな、最近のデヴィッドとカイを見てると妄想ロードには果てがないんだなぁ〜って、思うようになった。

あ。デヴィカイはデヴィッドは服を脱がないでヤるイメージが強いです。
それが不服なカイにキュンします、有島が。