<ワンコとワンコ>

人間社会でもイロイロありますよね。職場で一番嫌なことで必ず上位に登場するのが、「人間関係」「人付き合い」です。自分の家庭よりも長時間にわたりいっしょにいる上司や同僚、管理職では部下との関係がうまくいかないと、毎日が「鬱」になっちやいますよね。最愛の奥様や、可愛い我が子のために、お父さんのなかには「胃」の痛みに耐えて毎日ストレスのなかにご出勤されている方もいらっしやるでしょう。犬の世界でも同じケースがあります。一定温度に保たれた素晴らしい環境で、最愛の飼い主と幸せいっぱいなのに、どうも好きなれない「あのワンコ」がいる公園へ行かなくてはならないとか、遠慮も挨拶もない礼儀知らずのワンコが家にやって来るなどは、社交性が乏しかったり、なわばり意識が強い子の場合では「ストレス」になってしまう場合もあります。その子がいつもお家に一頭でいて、ある日突然「○○ドックイベント」などに連れて行かれたら愛犬は? 自分よりはるかに巨大でお尻の匂いを確認するにも、物理的に不可能な状態の、化物のような同類を突然見せられたら愛犬は?たとえば、貴方がアフリカへ行き、小山のごとき巨大なゾウを前にして、現地のガイドに「ダイジョビよ!OK・OK!お手も出来る賢いよ!」と、言われたら「・・・・・・・」となりませんか?たぶんほとんどの方がどうぞと言われても「ハイ」とは言えないはずです。Mダックスと中大型犬の差はこれに等しいことなのです。

人間からすれば、多少の体格差や種類(気質)の違いなんて問題ないと思われがちですが、ストレスを繰り返せばそれがトラウマになってしまうことも少なくありません。私が他項で書かせていただいた、「社交性」のための矯正を自らが否定するわけではありませんが、飼い主が愛犬と共に過ごす時間を家庭内に重きをおくなら、無理にそのような矯正が必要かな?と最近は疑問をもつようになりました。それは小型の家庭犬が自然動物ではないからです。行動的な飼い主で、ドックカフェやドックランなどへ積極的に愛犬と行くなら、正しい「社交性」をもたせる必要があります。でもそうでないなら、犬の性格を考慮しない強制的な「矯正」は必要ないのでは?サバンナを棲みかとする野獣の子を保護しても、いずれは自然に帰してあげるのが良いでしょうが、家庭犬で愛玩目的の犬は自然では生きていけないある意味人工的な動物なのです。攻撃性や過敏症は別にして、飼い主と愛犬の「幸せと癒しの蜜月関係」に、本当に厳しい訓練が必要かは、個人の判断にゆだねたいと思います。とても難しい問題ですが・・・

人間と人間、ワンコとワンコどちらも他人との付き合い方の難しさは同じなのです。立場や、力関係、などによっても配慮や遠慮も必要となるのも同じなのです。人間もワンコもストレス無しで日々を過ごせたらなんと幸せでしょう。
貴方が嫌なことは愛犬も嫌なことです。

あたりまえですが、犬は自分が犬だとは認識していません。室内飼いの犬で、家族愛が深い犬ほど家族と自分の違いを「順位」以外では理解していません。異質なもの、たとえば家族に襲いかかる熊などの、あきらかに違う「匂い」をもつ相手もそうですし、―家族以外の人間やよその犬も同一の意識外の存在でしかありません。ですから、愛犬に貴方はワンコなんだからという理由で、「○○ちゃんよ〜、美男子でしょう?貴女のお婿さんにどう?」なんていわれて見せられても、彼女は「背は私ぐらいだけど、毛だらけでへんなヤツ」としか思わないかもしれないのです。発情中や、遊びたいさかりの仔犬期は別ですが、飼い主と自分の間に侵入する異邦人は、社交的な相手でも邪魔なだけかしれません。他人も他犬も、受け入れるか、拒否するかはその子の性格と意思ひとつです。

飼い主の貴方が愛犬を観察して心をさぐってあげてください。

愛犬が「ワンコ好きのワンコ」なのかを・・・

次回<[ワンコの気持的]犬の十戒>の予定です。

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