トピックス88号 03/08/03発行

今後10年に起こると予想される事態

アルゼンチンやロシアなど実際の最近国家破産から様々なコトが起きた国の事例を研究した結果とシンガポール在住の金融関係者の調査事例からまとめてみると以下のように考えられるので今後の参考にして頂きたい。
第一ステージが2003年〜2004年。「嵐の前の静けさ」
まだ一般国民には遠くでかすかに鳴り始めた雷鳴は聞こえない。
注意深くアンテナを張っている人々にのみ、「前兆」らしきものが見え始める。
まだ国債も大きく暴落せず、大幅な円安も訪れない。
しかし、水面下では公的債務が年間60〜70兆円も増えており、急速にタイムリミットが迫っている。
人々の関心は景気回復や年金にのみ集中しており、まさか国が破産するとはまだ思っていない。
そうしたなか、長かったデフレにもそろそろ最終局面が訪れ、債券市場にも徐々に変化が訪れる。
この2年間こそ、国家破産に備えることが出来る最後の時期であり、本格的に手を打つべきである。
第二ステージが2005年〜2008年。「ついに国家破産が表面化、かなりのコトが起き始める」
2005年をすぎると、政府の財政状況はついに臨界点に突入し始め、あちこちでほころびが目立ち始める。 2006年に入ると、崩壊の予兆がいくつも出始め、日本国債の格付けもさらに下げられて、ある程度の人々が 「これは大変なコトが起きる」と気づく。
それに比例してキャピタル・フライト(資本の海外逃避)が急速に拡大し、政府があわて始める。
横並びで国債を買っていた銀行、生保、郵貯も含めて膨大な含み損が発生し、ニッチもサッチもいかなくなり、 倒産に追い込まれる金融機関も出始める。
しかし、日銀も政府もすぐに「先送り」の手を打つ(恐らく日銀が民間金融機関から大量の国債の買いきり オペを実施し、国債の暴落を押さえ込もうとする)ため、1年ほどは大事に至らずに済む。
その間に日銀自体も国債の含み損でその資産内容が大きく痛む(日銀は2003年3月現在で日本国債を 88兆円も抱え込んでおり、自己資本率も8%をすでにきっている。2003年5月28日付け日経より。)が、なんとか平静を装っている。
しかし、その必死のやりくりも2008年頃には限界に到達。
金融機関の財務内容が急速に悪化し、やがてそれが金融システム不安へと発展し、金利の上昇ともあいまって 日本経済に大きな衝撃を与える。
国家破産時代の最初の予兆は債券(国債)市場に現れる。 少なくとも国債の発行残高が600兆円を超えたら要注意(2003年3月現在で国債の発行残高はすでに504兆円)。
国債市場に異変が起きたら、追加の対策を打った方がよい。 これをキッカケとして、それまでの経済環境が激変する。
1990年2月中旬に突然の株価暴落によって日本のバブルが全面崩壊し、大不況の時代が始まったように。
それまでは考えもしないような経済現象や社会現象が出現し、世の中があっという間に変わってしまうので注意。
大きな変化に対応できるだけの「頭の柔軟性」が求められる。
政府は規制に乗り出し、海外への送金制限へ、空港では札束の持ち出し禁止。
金利上昇で中小企業の多くが困難な状況に陥り、やがて連鎖倒産へと発展していく。
円安が進み、180円に。輸入製品の価格が急騰し、ガソリンが150円/g。長期金利が5%超え。
金融機関はもちろん中小企業の倒産もあいつぎ、個人の住宅ローン破綻も続出する。
第三ステージが2010年〜2012年。「国家破産に伴う大不況と混乱が始まる」
やがて2010年をすぎると、ハイパーインフレほどではないが、年10〜15%の通貨価値の減少が続き、 その分物価が上昇する。
政府自体が予算が組めないという状況となる。
2012年における国債の累積発行残高は700兆円となり、それに長期金利10%をかけると利払いだけで毎年70兆円が必要ということになる。
失業者と貧困層が急増、治安も急速に悪化。
上記記事は浅井情報ネットワークのレポートより抜粋
なお、詳細はOMS経済レポート78号に掲載しておりますので、ご参照下さい。