■2025年4月号

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バイオジャーナル

非標的生物に影響をもたらすゲノム編集農薬

 

いま、CRISPR-Cas9を野外散布して用いる農薬の開発が進められている。これまではRNAを散布する「RNA農薬」の開発が世界的に進められていたが、同じ遺伝物質を用いるものの、RNAではなく、新たに「ゲノム編集」を用いた開発が進められている。これまで日本では、ゲノム編集技術で開発されたトマトや魚が屋外で栽培されたり養殖されてきたが、ゲノム編集自体は屋内の封じ込めた環境で行われ、最終製品だけを開放系で用いてきた。しかし、農薬としての使用では、昆虫を殺したり植物を枯らすために野外でゲノム編集が行われることになる。そのため、散布した際にその農薬が、非標的生物である環境中の人、動物、昆虫、植物の遺伝子を「編集」する可能性が出てくる。時には深刻な、あるいは致命的な結果をもたらす可能性がある。

非標的生物にどれほど影響をもたらすのか、ブラジル・サンタカタリーナ大学のAline Martins Hoepers教授らが実験を行なった。教授は、非標的生物に人、牛、鶏、ネズミなど、農業環境で一般的に見られる動物を選んだ。作物ではトウモロコシ、大豆、綿花、一般的な豆。そして花粉媒介昆虫として2種類のミツバチを用い、土壌生物としてミミズや菌類を用い、栄養素を循環させるようにした。その上で、標的になりそうな3つの主要な害虫や雑草に、ニシキツユクサ、カブトムシ、菌類のスクレトロチニア・スクレロチウムを設定した。散布方法は、灌漑、噴霧(燻蒸)、またはペレットの土壌への直接適用(施肥)で行なった。

その結果、CRISPR-Cas9の意図しない活性が、調査した18種の非標的生物のうち12種で発生した。影響を受けたゲノム領域には、ミツバチの中枢神経系の形成に関与する遺伝子が含まれ、人間のがんおよびホルモン代謝に関連するいくつかの経路にも及んだ。合計で155の代謝経路が影響を受けていた。研究者は分析の結果、調査対象のすべての非標的植物および動物に重大な生物学的影響をもたらす可能性があると述べている。その上で、リスク評価を行なうならば、懸念されるすべての生物種を具体的に調査する必要がある、と結論付けた。また、関連するすべての非標的生物種の完全なデータベースは存在しないため、これまでの研究ではゲノム編集農薬の散布の実際の影響が過小評価されていると指摘している。

現在、日本や米国だけでなく、規制が厳しかったヨーロッパやニュージーランドでもゲノム編集技術の規制緩和が進み、野外で規制なしで用いることができるようになってきており、ゲノム
編集農薬の使用が可能になりつつある。この研究について英国の分子遺伝学者マイケル・アントニオウは、「これらのゲノム編集農薬が予測通り市場に登場すれば、数百万ヘクタールで大量に使用されることになり、さまざまな生物がオフターゲットの影響を受けることは確実で、その可能性は時間とともに増加する」と述べている。〔Ecotoxicology and Environmental Safety 2024/9/1〕