文月今日子01
変わらない世界の幸せ、あるいは少女まんがの宝石函
      ――文月今日子を読む@――

 時々、無性に文月今日子作品が読みたくなる。そんな時は概して、自分が落ち込んでいたり、苛立って いたりしていて、心の中に、“幸せ”の種を欲しがっている時だ。(精神安定剤の変わりにされたら、作品 もいい迷惑かも知れないが、効果は絶大だ。(^^ゞ)そして、いつ読んでも、変わらずに“幸せ”にして くれる作品群がある……というのは、ありがたい。
 そんな訳で、折に触れて出会った、“幸せの種”に就いて、徒然に 書き記しておこうと思う。

       * * * * * * *

●「プリンス・ブライド・ストーリー」 (「BE・LOVEパフェ」1994年3月号、45頁)★★★
 男が花背負ってもなぁ……という、女の子強いぞストーリー。

●「まちがえられた花嫁」 (「月刊Me」1990年9月号増刊、40頁)★★★★
 文月版「とりかえばや物語」。なんと言うか、とてもあったかい 物語!
 ただ、タイトルは少々疑問だ。“花嫁”が間違えられた訳ではない。産まれた時に 間違えられた(取り違えられた)のだから。最近の文月作品の掲載誌「幸せな結婚」なら兎も角、 「月刊Me」では、雑誌の所為でタイトルに“花嫁”を入れたとも思えないのだが……。
 で、どこがあったかいかと言うと、間違えられて社長令嬢として 育てられた“一子”さんが、まあ実に社長令嬢らしい(?)傲慢で高飛車な性格に育ったのだが、いざ 取り違えが発覚した後も、変わらず傲慢で高飛車なままな処が、である。「実は」の後にグチャグチャの 愛憎劇が何もなく、呆気らかんとしているのがいい。まあ、その後、新社長になった“元兄”と 結婚して副社長になったので、会社の中でも、家庭の中でも、あまり立場が変わらない……という 事情もあるにはあるのだが。けれど、そういうストーリー(人間関係)を考えた、作者の手腕だろう。
 余談だが、12年前の携帯電話はとても大きい。でも、12年前の文月まんがの小道具に“携帯電話”が 出てきているのが不思議だ。(いや、不思議といっては失礼か? (^^ゞ)

●「大ケチOL物語り王子さまの定期券」 (「月刊Me−twin」1992年4月号、42頁)★★★★
 文月作品のヒロインは、実に様々のタイプが登場するが、ぼくが一番魅力を感じるのは、本作のヒロイン のような元気で男勝りの女の人だ。
 彼女がどうスゴイかと言うと、例えば、課に配属された新入社員の歓迎会を会社の会議室で済ませて しまう。
   「あとで二次会おごるよ。うちの課、桜くん(ヒロインの名だ)が予算握ってて。」と言う課長に、
   「いけません課長。こいつら最初からそんなに甘やかしちゃ。」
   「このくらい」と、課長。すかさず、
   「家のローンまだ25年残ってるでしょ。」
   「経費で落とすから……」
   「会社のパソコン10台も壊した連中の経費は認めません。」
   「桜先輩ってケチ……っ」こっそり新入社員君が桜の同僚に訊くと、
   「ケチ……ってゆーかあ、エコロジーとゆーかあ、」
   「封筒はかならず裏返してまた使うわよね。」
   「コピーの失敗は1枚10円よ。」
   「紙ゴミの分別は徹底的だしい。」という具合だ。堪りかねて、新入社員君達が、
   「よーし、今夜はおれたちのオゴリだ――っ  パーッと飲みにいこ――っ みんな――っ」と叫ぶと、
   「いいとこの坊ちゃんが親の金ムダ遣いすんじゃないわよっ」と、逆に諭される始末。(^^ゞ
 つ、強いっ(笑)
 で、勿論、文月作品だから、本作もただのスポコンOL物語ではなく、新入社員の中にどこぞの国の王子 さまが紛れ込んでいるらしい……なんていう伏線が張られている。王制反対派のテロか……なんていう事件 も起こる。そんなある日、新入社員のひとり梅田君は、桜先輩がケチなのは「両親に家 買ってあげる」為だ と聞かされる。
   「そーかあ、えらいなあ。王子さまの玉の輿ねらってる女より、ず――っとえらいわ。」
   「いっとくけど、うちの女の子は玉の輿なんてねらってないわよ。ほんのちょっと、夢見てる だけよ。
   毎日毎日ギュウギュウの電車に揺られて、オフィスで毎日パソコンたたいて、
   身近に王子さまがいるって、それだけで楽しい夢よ。」
 強い“桜先輩”もいいけれど、こんな“桜先輩”も素敵だ。そして、初デートに誘われた晩、一応 ドレスアップしておきながら、窓から逃げ出そうとする“桜さん”は、 とても可愛い!

●「今夜は眠れない」 (「月刊Me」1988年12月号、40頁)★★★★
 “足長おじさん”物は、少女まんがにとって、魅惑的な題材のひとつに違いない。けれども、それをどう 料理するかは、作家の手腕に掛かっている。
 作中の“足長おじさん”役の青年社長に、彼の“じいちゃん”が言う。「年寄りの道楽ならともかく、 社長のおまえが、あんなハデなマネをやってはいかん。おまえは、めぐみちゃんの愛を金で買おうとしたも 同じじゃ!!」
 そうなのだ。“足長おじさん”物の一番難しい処は、“愛と金”の 問題をどう料理できるかに尽きる!
 それは、読んでもらうとして、本作の名台詞をひとつ。
   「いつからぼくが好きだった?」
   「ゴミ出して、しかられたとき。あなたの真剣な顔が、すてきだったわ。」
 “じいちゃん”曰く。「ゴミ出しとスーパーの特売で盛り上がるとは、おまえらしいリアクションじゃ」 ――これがラヴコメになるから、文月今日子は素敵だ。

●「あぶないドクター」 (「月刊Me−twin」1989年5月号、45頁)★★★
 女の人に向かって言ってはならないひと言が……

●「かわいい悪女」 (「月刊Me−twin」1989年11月号、40頁)★★★と半分
 これまた、逞しい女の人の物語。冒頭からこんな具合。
   「なんですって!? 結婚するから会社を辞めたい!? 」
   「はい 彼がどうしてもと。それに 子供ができてたりして。」
   「それはおめでとう。うちのアフターケアは完璧よ。産んだらすぐに復帰してちょうだい。」
   「辞めてはいけません?」
   「あなた、このプロジェクトチームにはいったときの条件を、
   忘れたわけじゃないでしょうね。
   結婚を理由に会社を辞めない。
   出産を理由に会社を辞めない。
   だいたい 子供ができたぐらいで、会社をやめろなんて、
   あなたの仕事を無視した横暴な彼の態度は許せない!!
   別れなさい!! そんな男!! 」

 いやはや、こんな、殆どギャグ顔で怒ってばかりいるヒロインの“貴久子さん”が、たった1コマだけ シリアス顔のアップになり、“泪は目尻に溜めるのがミソ”の ウルウル美少女顔で、
   「も……もう あなたの顔なんか見たくないわっ。
   見たくない、聡が結婚するところなんて……」

なんて、言うんだもの。聡君ならずとも、クラクラ〜っと来ようってものだ。(^^ゞ

●「危険な恋人」 (「BE・LOVEパフェ」1994年6月号、43頁)★★★と半分
 “能ある鷹は爪を隠す”+“マイ・フェア・レディー”。文月作品には結構出てくるパターン。 悪くはないけど……。

●「恋しくてスキャンダル」 (「月刊Me−twin」1991年11月号、45頁)★★★と半分
 それぞれ兄と姉の身代わりで見合いをした弟と妹が、兄の(姉の)好きな人と知りながら(勘違い しながら)、お互いを好きになってしまって……。よくこんな設定を思いつくものだ。面白い!

       * * * * * * *

 本書に収録された作品は総て、所謂レディースコミック誌に掲載されたもので、「少女まんがの部屋」に 相応しくないと思われる方もいらっしゃるかも知れないが、ぼくは、文月作品は総て、掲載誌のジャンルを 超えて普遍に「少女まんが」であると考えている。

(2002.08.21)
テキスト:『文月今日子傑作集2 ゴージャス・ウエディング編』= 講談社漫画文庫;2001.10.12初版発行;本体650円+税


戻る            進む
タイトルページへ