麻原いつみ01
『Girls' School サクラ サクラ』 (初出:「ちゃお」1987年5月号付録、145頁)

   ――昭和17年
   日本が
   アメリカ相手に
   戦争を始めた
   次の年のことでした
          ―――…

 物語はそう語り始められる。戦時下、日系二世だった為に、居候先を追われる様に逃げ出した少女――橘 七希(ナギ)。行くあてとてなかった彼女は駅でひとりの少女と出会う。その少女は14で結婚させ られそうになって、家出してきた処だった。その少女を連れ戻そうとする男を振り切り、ふたりは電車に 飛び乗る。それが、珠子(たまこ)との出会いだった。
 ふたりは、珠子が行きたいという“聖蘭女学院”に転がり込む。実は、珠子は14年前に、その“聖蘭女 学院”の門の前に捨てられていた捨て子だったのだ。そして、七希の母も、実はこの“聖蘭”の卒業生だっ たのである。ふたりを引き取る事にした“聖蘭”の校長代理(といっても24歳のハンサムさん)、 真田昂一郎(こういちろう)は女学院の記録簿にこう記す。
   昭和17年4月/ふたりの「代用教員」を採用
   橘  七希 自称18歳/ただし/はじめてあった時は/県立一女の制服をきていた
   珠子    自称/2つ年下の/七希の妹
   ただし/はじめてあった時/手のすり傷に結んでいた/ハンカチのイニシアルは
   T・Sだった………
この真田昂一郎と七希は、それ以前に一度出会っている。
 居候の身で、あまり金銭的に余裕のなかった七希は、ある日、本屋の店頭で辞書を値切っていた。その時、 「どこの大学を受験するの? 」と声を掛けて来た青年がいた。彼は、七希の手から辞書を取り上げ、 「これね! いい辞書だよ。ぼくも、教え子に買ってってやろーかと思ってたんだ! 」そう言って、 七希が値切っていた辞書を買ってしまう。慌てる七希に、「あげる。しっかり勉強しなね! 」そう言って 辞書を手渡し、名も告げずに行ってしまったのが昂一郎だったのだ。
 こうして、偽の姉妹の“聖蘭女学院”での、そして、昂一郎との日々が始まる。
 ある日、七希が「なんであんなにスパルタなんだよっ。女なんて、どーせそのうちヨメにいっちゃうもん だろっ。スーガクとかリカとか、つめこんだって、しゃーないじゃんかっ」と訊くと、昂一郎は 答える。「「勉強しろ」って、いってくれる人がいるうちが、青春だよっ。」
 それから色んな、色んな事があって……。
 ある日、落ち込んでいる七希を心配する珠子に「――きみの方 がまいってしまうよ。」そう気遣う昂一郎に、珠子は「――…先生は、どうしてそんなに、わたしたちに親 切にしてくださるんですか? 同情ですか? 」と、逆に訊ねた。それに答えて、昂一郎は初めて自分の 心を明かす。
   「――ぼくの母が、
   行きたかったのに、家の都合で行けなかった学校があって…
   それから、わるい男に、いっぱいひっかかって、だまされて、
   ずいぶんとひどいホートー暮らしをして…
   ――まァ、明治の昔の話だけどね。
   女、子供は、弱いから、
   世の中の、いやなところが、みんな―――
   弱い者にばかり、しわよせられる。
   そういう時代が、ぼくは、きらいだ。」
 これを <明治の昔の話> として、括ってしまって、良いものだろうか。

 最近、少女まんがは変わってしまった、らしい。そう、「トゥナイト2」が取材に来る様な変わり方、 らしい。もう何年位前(いや、十何年前)になるだろうか、児童文学が現在を描けなくなったと、問題視さ れた頃があった。児童文学の作家達が、挙って自らの少年時代――戦中戦後の時代を題材にして、長篇の力 作を発表する様になっていた。現在を描いてでは、感動の力作は生まれない――かの様な風潮が、何処かに あった、気がする。(児童文学の世界から離れて久しく、今現在の児童文学の世界の事は、残念ながら定か でないが。)で、何が言いたいのかというと、現在の少女まんがは、逆に、現在の少女を描かなければ、 リアリティーを持ち得なくなってしまった、と、いう事らしい。
 本当にそうだろうか。
 これもまた、十何年も前からの風潮だが、かっての少女まんがの大家達が、その読者層の年齢の上昇に 合わせて、《レディースコミック》 というジャンルを形成している。絵柄も作風も変わった人達も多い。 けれども、例えば、もりたじゅん。あるいは、文月今日子。この人達は、例えベッドシーンを描いても、 その作品のエッセンスは、少女まんがなのだ。
 少女まんがの、実に少女まんが故のエッセンスを、それを描く事の難しさを、時代の所為にしてはいけ ないのではないか。過去を描こうと、現在を描こうと、あるいは未来を描こうと、少女まんがの感受性を 描くという事は、同じなのだから。

 話を『Girls' School サクラ サクラ』に戻すが、昂一郎の言う <世の中の、いやなところ が、みんな―――、弱い者にばかり、しわよせられる。> それは、(この作品が描かれた昭和62年も、 そして、)今も、同じだ。どんな時代を背景に描こうと、作者の目線が確かなら、それは、今を描く事に 他ならない。(何もこれは、少女まんがに限った話ではないのだが。)ただ、<女、子供は、弱いから> という発言だけは、テーマとして、少々引っ掛かりを覚えぬでもないが、作品のそれ自体の時代背景を考え れば、あながち、不用意な発言とも決めつけられない。取りあえず、良しとしよう。
 さて、物語の終わりには、とんでもないどんでん返しが待っているのだが、それは、読んで戴く時の楽し みに、残しておこう。現在、テキストとなる物が流通しているかは、判らないのだが。

(2002.01.13)
テキスト:「ちゃお」1987年5月号付録;1987.5.1発行;本体**円


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