序 と 概 説
はじめにお断わりしておくが、これは文学論や作家論の本ではない。
それを作るためのデ−タ−ブックであり、まあ、ディレッタントによる「マニアの書」とでも思って頂ければよいだろう。
もとはといえば、これは個人的なメモ帖だった。
むかし、ハンドソ−ト・パンチカ−ド・システムという文献整理法が流行ったことを、ご記憶だろうか。
まだパソコンが普及していないころのことで、現在では廃れてしまったが、けっこう便利なものだった。研究室にいた1950年代の後半には、学術論文の作成に利用したし、
シャバの生活をするようになってからは、推理小説やSF、あるいは文学論の整理にも用いたものだ。古いところでは、逍遥坪内雄藏著『小説神髄』
(明治19年5月、松月堂)なども入っていたが、外国文献との比較研究の頻度が高いので、いきおい発表年等には、西暦を使っていた。
次いで1973年に渡米し、コンピュ−タ−端末機器の勉強をしたが、ここでカルチャ−・ショックに陥ってしまった。ことデ−タ−処理に関する限り、
大学生と小学生ぐらいの差を感じたのだ。それで電脳(コンピュ−タ−)恐怖症になりかけたが、世のなかではコンピュ−タリゼ−ションが普及・浸透していたのである。
梶山季之について言えば、多くの資料が出回っていたのである。生前にも、『梶山季之自選作品集』全16巻刊行のさいに出た『巷説梶山季之 裏から見た梶山読本』
(昭和48年8月、集英社、非売品)があった。
死亡直後は、昭和50年5月12日に各新聞が彼の死を一斉に報じ、『毎日新聞』は尾崎秀樹氏を、『読売新聞』は三浦朱門氏を登場させ、『中國新聞』は
小久保均氏の述懐を載せている。さらに、7月20日発行の『別冊新評』は『梶山季之の世界』として追悼号を編み、没後6年の命日には
『積乱雲とともに−梶山季之追悼文集』が発行された。発行人は美那江夫人、編集人は三土会と梶山グル−プだ。
広島では、『安藝文學』(主宰・岩崎清一郎氏)が回を重ねての特集や言及を載せており、平成3年5月には文学碑が建てられた。6月には未発表資料等を収めた
『梶山季之のジャメ−・コンタント』(16回忌・文学碑建立記念号)が、季節社から発行された。建立記念誌『梶葉−かじのは』が創刊されたのは、同年の8月である。
他方、個人誌『正觀』の水原肇氏は、第5巻第3号(1992年7月)を特集「梶山を読む」とし、翌年1月には『梶山季之研究』創刊号を出した。
また平成9年7月には、元・助手の橋本健午氏が「二〇世紀の群像」(日本経済評論社)の・『梶山季之』を発刊している。
そして、美那江夫人の編集発行による『積乱雲梶山季之−その軌跡と周辺』(1998年2月、紀伊国屋書店、以下『積乱雲』と略す)が刊行された。
これを凌駕するものは出まいと思えるほどの、百科全書的な大冊である。
本書のデ−タ−も、基本的にはこの『積乱雲』を踏襲した。すなわち、ノンフィクション、エッセイ、談話などの章は、それぞれ『積乱雲』の"弍""参""四"に相当している。
ただし、文学論的には創作の比重が大きいので、ここは最初から[少年もの][脚本][短編][長編][詩・詞・句]に分け、
ノンフィクション・エッセイ・談話などのあとに、活字以外の[視聴覚ライブラリ−]的なものを加え、9章構成としたが、基本的な特色としては、次の如きものがある。
第一は、すべて五十音図順に並べたことであり、
第二は、1題名は1件として登録したことである。
また通則として、著しく長い題名は(−−、略)のごとく打ち切り省略した部分が あること、書評の場合は書名を『 』内に入れたことなどが挙げられる。
なお、各 章に特有な表記法は、それぞれの場所に書くこととした。
これは本書が個人的なメモから出発し、索引的な性格がつよかったことによるものであり、シリ−ズもの、異本のあるもの等は第二次以下の索引で処理するが、
伝記的な事項に関しては、別掲・次ペ−ジの5期分類を重ねて見るとよい。
そこで生活史を瞥見しておくと、昭和5年1月2日に京城(ソウル)で生まれた梶山は、戦後広島に引揚げてからの生涯にわたり、親分肌の性向が続いていたように思えるが、
じつは「いじめられっ子」の時期があったらしい。この背景には、引揚者に対する差別があったのかもしれないが、これがトラウマ(精神的外傷)を残したことは確かだろう。
しかも昭和27年1月、22歳になったばかりの彼は、中国新聞社の入社試験で両肺に肺結核の空洞を発見され、自宅療養をする破目に陥った。病跡学(パトグラフィ−)的には、
これが幼少のころからの作家志望をより強固なものとし、たび重なる喀血がそれを増幅して大衆文学の流行作家・梶山季之が生まれた、と考えられる。
だが小説の検討だけでは、不充分ではないか。きわめて多くの講演や談話、作品の視聴覚化の跡を辿ると、「大衆文化の推進者」と言えるのではあるまいか。
これらの点をも確認するために、彼の全業績・総仕事を眺めてみよう。
文中、敬称は略させて頂くが、それでは、どうぞ……。
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