博士論文(抜粋)
 

1. 研究の成果

 本研究の目的は,
1) 現代社会の日本人学習者が必要とする言語活動を行なえるという学習のニーズに対応した,学習効率の高い英語教育基本語彙を選定し,さらに,
2) 学習者に便利なように,選定された語彙を5段階に分類し,
3) それぞれの有効度を計測して他の基本語彙と比較し,その結果を報告することであった.

 選定された基本語彙「現代英語のキーワード」は,現代の学習者が必要とするであろう以下の @〜E の6分野1,298,977語の言語材料を分析して得られた頻度13以上の語に,FとGより得られた661語を補足することによって作成された5,000語の基本語彙である.

        @ 生活語彙
        A 専門分野の語彙(情報収集,ビジネス,会議,法律,コンピュータ)
        B 日常会話の語彙
        C 女性雑誌の語彙
        D テストの語彙
        E 米国教科書の語彙
        F 日本人の誤りやすい語
        G 科学技術関連の新語

 「現代英語のキーワード」と国内外で選定された主な基本語彙である「10種の基本語彙」の有効度を計測し比較した結果,以下の点が明らかになった.

 1) 日本人学習者が希望するであろう音声言語,文字言語あわせて23種の言語材料で代表されるような言語活動を行なう場合に,「現代英語のキーワード」がどの程度これらの言語活動で使われる語彙をカバーするかを示す有効度は94.3%(音声言語では96.4%,文字言語では92.2%)であった.この値は5,000語をすべて学習したと仮定すれば未知語に遭遇する割合が平均で17.5語に1語(音声言語では28.0語に1語,文字言語では12.8語に1語)ということを示す.

 2) 「現代英語のキーワード」と「10種の基本語彙」の有効度を比較した結果,前者の有効度が後者のどの基本語彙よりも有効度が高いことが示された.「現代英語のキーワード」は10種の中で1番高い THORN より有効度が2.7ポイント高い.その差は「わずか」2.7ポイントであるが,THORN が5,060語で到達している91.6%の有効度に「現代英語のキーワード」は3,545語で達している.従って,「現代英語のキーワード」とTHORNの学習効率の差は語数で表わせば1,515語あると言える.

 3) 比較した基本語彙の語数に違いがあることを考慮に入れ,「現代英語のキーワード」を他の基本語彙とほぼ同語数に区切って比較しても,やはり,有効度は「現代英語のキーワード」が「10種の基本語彙」より約1.5〜13.9ポイント高いことが示された.「現代英語のキーワード」は10種の中で1番差の少ない
JACET より有効度が1.5ポイント高い.その差は「わずか」1.5ポイントであるが,JACET が3,691語で到達している90.7%の有効度に「現代英語のキーワード」はすでに3,125語の時点で達している.従って,「現代英語のキーワード」と JACET の学習効率の差は語数で表わせば566語あると言える.

 4) 学習者の成長段階に合わせて分類した5段階の言語活動の目標語彙別にみると,有効度は「現代英語のキーワード」の方が「10種の基本語彙」よりすべての段階で高く,その差は平均23.2%にのぼり,「現代英語のキーワード」の「教育用語彙」としての有効性が確認された.

 5) 言語活動別で見ると,「現代英語のキーワード」は「10種の基本語彙」より生活語彙(生活用語)で24.1ポイント,情報収集関連用語(経済ニュース,英字新聞,科学誌)で16.9〜12.4ポイント,ビジネス関連用語(ビジネストーク)で12.5ポイント,コンピュータ関連用語(パソコン誌)で17.2ポイント有効度が高く,顕著な差が示された.これらのことから我々の当初の目的である「国際化・情報化社会のニーズに対した基本語彙の選定」は達成されていることが確認できた.
 

2. 基本語彙選定の特徴

本研究では次のような方法で基本語彙が選定・分類されている.

 1) 語彙選定のために使用した言語材料の特徴

@ 日本人英語学習者に必要と考えられる言語活動で用いられる言語材料が重点的,かつ独自に収集されている.

A 比較的最近の語彙と考えられる1980年代の言語材料に限定して,すべて新たに広範な分野の言語材料が収集されている.特に,過去において軽視されてきた「口語英語」,「女性の言語活動」の言語材料が十分に含まれるよう考慮されている.

B 補足的に,頻度基準だけでは抜けてしまうものとして,日本人がその使用において間違いやすいとネーティブスピーカーに指摘されている語や進歩のめざましい分野の科学技術用語(新語)が補足されている.

 2) 語彙選定方法の特徴

 @ 日本人の誤りやすい語と科学技術関連の新語を除き,主観的な選定基準は用いず,計測可能な客観的基準である頻度をもとにした有効度のみを選定基準にしている.特定の言語材料の特徴語を除外してしまうおそれのある分布度は選定基準として用いていない.

 A 基本語彙の語数と有効度の関係を調査した結果,学習効率を考慮して,語数を増やしても有効度があまり増加しなくなる臨界点である5,000語に語数を決定している.

 B 安定した有効度が得られる言語材料の語数が1,500語であることが確認されている.

 3) 分類・表示方法の特徴

 @ 学習者がこの語彙をより効率良く利用できるよう,学習者の成長段階にあわせて5,000語を表6-1の5段階に分類し,順に@からDで表示して,一目でどの段階の語彙かわかるようにしている.これによって学習者の興味や必要に応じた学習が可能になる.

       表1 5段階分類

             表示   段階    語数   累計語数

              @   必修     422語      422語

              A   生活    1,465語    1,887語

              B   基本      844語    2,731語

              C   教育      801語    3,532語

              D   一般    1,468語    5,000語

 A 日本人の誤りやすい語(525語)を「+」の記号で表示しているので,日本人学習者が学習を進める上で注意を要する語が明確である.

 B 使用頻度が付されているので学習している語がどれくらいの頻度で使われるかがわかる.
 
 

3. 結論

 本研究の目的は現代社会の学習者のニーズに対応できる実用の教育用基本語彙を選定し,学習者に便利なように,選定された語彙を分類して提示することにあった.日本人が必要とするであろう分野から,130万語に及ぶ比較的新しい生の言語材料を新たに収集・分析した.しかも高い効率を求めるために頻度を基準にし,かつ,学習する際に問題になると指摘されている語などを補足的に含めて5,000語の「英語教育基本語彙」を選定した.
 その結果,現在普及している主な「10種の基本語彙」のどれよりも有効度が高く,それ自体である程度の言語活動が可能な基本語彙を選定することができた.
 さらに,選定された5,000語を「必修語」から「一般社会人用語」までの5つの段階に分類した結果,学習者が使用頻度順という「論理的な順序」とあまり大きな違いがなく,しかも,認知発達や年齢的成長にあわせて身近な物から広い範囲の物を表わす語へ,そして具体的な語から抽象的な語へ学習語彙を拡大できる分類を行なうことができた.


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