ひぐらしのなく頃にSS@適当に用意したもののはずが……意外と長くなった

『ぴぐらし』


 前原圭一

 田舎者を軽蔑している都会っ子。
 だが、無類の女好き。
 前の学校でモテまくったわけでもないのに、
「都会の女はメイク・アップでどいつもこいつも代わり映えしねーから、つまんねーよ」
 などと凡そその年齢らしからぬことを公言して憚らない。
 だが、周りが女ばかりなので、そういう本心は常時抑圧されている。

 竜宮レナ(礼奈)

 事実上のトップ。野球で言えばエースであり、サッカーで言ってもエースである。
 だからやや攻撃的な面が目につく。
 自分の言うことを聞かない人間はみんな馬鹿だと思って憚りない。
 全ての面において最強を自負しているから、周りもそれに合わせるのに気を使っている。

 園崎魅音

 名目上の部長。野球で言えばキャプテンであり、サッカーで言ってもキャプテンである。
 だが、同時に監督業までこなす辺りに懐の深さを感じさせる。
 双子の妹に詩音というあまり代わり映えしないキャラがいるが、彼女との関係は複雑である。
 圭一に女として見られていないことに複雑な心境を抱いている。

 北条沙都子

 単なる馬鹿。
 というのも、プログレッシヴ・ロック音楽や大元ではアルバム、サージェントペッパーズロンリーハーツクラブバンドに見られる「無意味な高等技術のひけらかし」とでも評されるような緻密な実験精神を、くだらない子どもの悪戯に宛ててしまい、それを自分ででも「意外とアートかしらん? ににににに(にーにーの略)」という風な多くのSS書きが陥りやすい罠に見事ハマっていることからそれが断言できる。

 古手梨花

 キモさ一割増しのハードコア思想を持つ雛見沢ロリオタの痛々しい視線が突き刺さりまくる日常に嫌気が差し……ているような素振りをまったく見せない健気な少女。
 だがそういった視線に晒されていることに原因があるのか、本性は極めて残忍。
 過去に雛見沢で起きた連続殺人事件の最重要容疑者。
 その罪を北条家に擦り付けることなんて御茶の子さいさい。
 だが北条家の長女沙都子には友達のフリをしてあげている。


 押忍!
 オレ前原圭一。
 まあ、オレのことなんて聞いたって一文の得にもなりゃしねぇからいきなり始めっけどさ、聞いてくれよ。オレの周りにいる勘違い甚だしいビッチどものやり口をさ。
 田舎の女ってのはみんなこうなのかっていう、なんだ、カルチャーショックっていうの? それなんだよな。
 とりあえずそいつら四人を裏で牛耳っている竜宮礼奈っつーAV女優もかくやっていう名前に嫌気が差したのかしらねぇよ? 他の三人も含め、オレやクラスメートにまで「レナ」って呼ばせるその見上げた根性にはほんと溜息が出るね。なんか異常なくらいの独占欲の塊っつーか、一番ババアなんだよな。それ単体だとたぶんオレは無視を決め込んでいたな。ああいう手合いは関わらないのが一番だって知ってるし。
 だが不味いことにそれを好意的にしか受け取れない耄碌してる園崎魅音なんていう猿山のボス的キャラがいるもんだから、事態収拾に困難を極めちまうんだな、これが。
 ヤツは多少男に免疫がない風な素振りを見せてるけど、本心はどうかわかんねぇな。
 単にそっちのケ、レズだったりするんじゃねぇかっていう疑いを持つに至るには自然だと思うんだよ。で、それを新参者のオレにばれないように、美しい友情〜♪ なんてマッザーファカーみてぇな修飾用法を極めて政治的なワードに関連付けて(しかも、隠して)話すもんだから、必然的に声は大きくなるわな。
 基本的にオレは魅音(みおん? みねだとおもってたぜ)については醒めた視点を維持しているわけだけれど、奴(やっこ)さんはそれが気に喰わないらしくてさ、いろいろ二人だけの時には言われたりしてるよ。
 まあ、そつなく同意してるんだけどさ、こんな田舎だとウザイやつをスルーできない窮屈さに押し込められた形になっちまってるな。
 まあ、おっぱいは実年齢離れしてるから、そいつを服の上から拝めるだけでも帳消しにしてやってるって感じか。
 奴さん、その視線に気付いていながらも言い返さないでいるところなんか笑えるな。ちょっと可哀相だからあんま見ないでやってるつもりだけどね。
 次には北条沙都子っていう、いつか殺されちまいそうな憐憫の情を掻き立てられる、萌えキャラ自己申告性バカの話。
 たぶん四人の中では一番能無しなんじゃねぇかな。
 いろいろやるんだが(そのほとんどがくだらない子どもの悪戯というから涙ナシには語れない)どれもこれもユーモアの欠片もなく、こっちが仕方なく付き合ってやっているというのに、そういう雰囲気を察しもしねぇ。
 だが、ここでもっと面白いことをやれよなんて言っちまったら、あのバカは逆ギレするんだろうな。
 バカだから、自分のことしか考えてないことに気付きもしねぇ。
 まあ、そんなところが他のビッチたちよりまだ救いようがある点かもしれないけどよ。
 最後に古手梨花ってのか。
 ……ああ、アイツ人間なのかっていう生理的違和感を感じるんだよな。
 嫌な目をしているんだな。すべて自分はお見通しですよ〜♪ みたいな、そのこと自体に価値を見出している的傲慢さから来ているんだろう。
 別にオマエの脳内でどう解釈されてようが知ったことじゃないし。そういうツッコミを避けるために、にぱ〜、やら、みー、やらアホみてぇな感嘆符を浮かべて見せるんだが、そいつがアンバランスったらねぇんだよ。
 基本的に性格ブスだから、そいつを隠すために必死になっているっていうのが実情なんじゃねぇの? あいつ、頭の可哀相な男にしか相手されないぜ。きっと。

 そんなこんなで、玉の休日にくらい原始時代を抜け出したくってさ、非常に文化的な催し物、要約すれば絵画展に足を運ぶ機会にようやく恵まれたのさ。
 うふふっ。イモ女どもはせいぜい非近代的な遊戯に身を費やしてるがいいさ。オレは父親がああだから、多少芸術に理解があるんだな。まあ、それを差し引いてもあの女衆に堪えられるだけの感性の腐敗があったとは思えないことは伝えておくよ。
 だが、一人忘れてたんだな。
 やくざ一家の園崎家のなんとやら、多少話は分かるが、オレレベルには決して落とさずに上から見下すような意見ばかりする、ちょっとフォービドゥン警戒対象の阿婆擦れが。
 まあ、事情を正直に話すしかないってのは、考えすぎだったかな。
「もしかして? えっちな本とか遠くに買いに来た訳?」
 とか適当なことを言いやがる。
 オレがひとりで街に出るのは、えっ? あ? おかしな話かよ?
 一丁前に煽ってんじゃねぇ。どの顔下げてそんなきれいなおねぇさん的台詞を吐けるのかね。まあ、美人だってことは認めるけどな。
「うるせぇな。んなもんわざわざ買わねぇよ。ガキじゃあるめーし」
 別段必死になっているつもりもなかったのに、奴さん、
「うっわ、図星だったんだ。ショック〜……うるうる。圭ちゃんも男の子なのねぇ〜」
 なんてことを往来の真ん中で言いやがる。
 蹴りてぇ。
 蹴りたい背中どころか、蹴りたい前身だよコノヤロー。
 やけに洒落た服なのも、件の女子校故なのかね。
 魅音が似合いもしねぇ服着てるようで、オレにとっちゃ微妙も微妙。



 ああいう手合いと関わっていると、日は幾つ落ちても足りはしない。
 機敏な判断で奴さん(名前なんだっけ?)と適当に話を結論付けて、俺は産業文化会館なるハコモノの洗練された建築物目指して自転車をこいだ。ほら、バスなんてほとんど廃路寸前だしな。雛見沢だし。
「片道45分ってトコか」おれのBショックが精確な時間を常時弾き出しているのを確認すると、建物の裾にあたる坂道に差し掛かる直前の舗道をこぎ続けた。
 そして、俺は白昼の悪夢に遭遇してしまったのだ。
 それらのいかにもキャラが立ちすぎて目障りな四人組は、いかにも幸せそうに笑い、いかにも自分たちが一目置かれる存在だということを誇示したいが故に、いかにもわざとらしく着飾っていた。
 あのイモどもだった。
 俺はこの期に及んでも、やつらと面識があるようには誰一人として思われたくなかったので、やつらに気付かれぬよう、駐輪場にバイセコゥォールを停めた。
 さてどうしようあの馬鹿どもを。
 いやしかしちょっと待った。なのである。
 会場に足を運び、尚且つその正面をペタペタ鷹揚に歩いているということは、つまり、あの四人もチケットを手にしていた。ということになる。
 現段階ではその時期がいつであったかは問わない。
 すると、父のコネクションでようやく手にしたはずのチケットが、あの四人組の手中それぞれに存在しているということになりはしまいか? というか、そうなる。
 だが、いかにも暴れるしか能のない、粗暴極まる性向のガキンチョがこういった催しに意気投合して参加するだろうか? いやしない。
 となると、あの傍迷惑な四人組がここにいるという説明が難しくなる。
 それに、正直に白状してしまえば、
「俺、つまり前原圭一はハブられた?」
 というお前が言うな! というツッコミも甘んじて受けなければいけない疑念が生じてきたのだった。
 俺はちょっと怒り狂ったのだが、冷静になって会場内の様相を想像して、すぐに心を落ち着けることができた。
 鋭敏たる感性を所有するが故の繊細さと素朴さが為せた技だ。
 そして、機嫌を良くした俺は無心、所謂明鏡止水の境地で彼女らに歩み寄り、いまだ入り口で立ち止まっている四人組に声をかけた。
 それを耳にした彼女らの驚愕は、度を越していた。
 俺は、なにか触れてはならぬものに触れたような、そんな心地がして、
「ぃょぅ、奇遇! ふは♪」
 なんて意味のない言葉を吐いた。
 彼女らはその意味のなさにさえ、腹を立てているような、嘲笑しているような、戸惑いと憐憫の交じり合った視線を、俺に憚りもなく注いできた。
「いやははは……どうしたの? なんかいつもとふいんき(←なぜか変換できない)ちがうじゃん? むむむ」
 さらに無意味な穴埋め式の挨拶に、とうとう堪忍袋の緒がブチブチブチという、ほつれ気味の綱の限界を思わせる現代の若者っぽくない切れ方をした後に、彼女らを代表して、魅音が言った。
 俺は心底、穏健から過激へと一瞬で転じてしまう心性脱皮を常とするタイプのキチガイが友達じゃなくて良かったと神に感謝した。
「圭ちゃん……やっぱ言えない……っていうかいうかいうかさー……もー、レナ言ってよっ! レナが気付いたんでしょー!」
「えー、わたし圭一くんにちょっと距離置かれているっぽいから、そういうことをわたしが言うと、圭一くんのプライドというか……ちがうのちがうの、なんでもなくて、わたし圭一くんにはしたない女だと思われたくないのっ!」
 どうやら愉快なくらいに内輪で切れているようで、それの要因が俺にあるのだということらしいが、俺にはちょっと検討がつかない。
「最悪な男ですの……」
 沙都子のバナナが半分しか租借できそうにない小さな口から「男」なんて単語が出ると、その問題の大きさが、なんとなく伝わってきた。
「みー。すこしボクに付き合って欲しいのです……」
 そうして、一定の距離を置いていた俺たちの均衡を破るが如く、梨花ちゃんが歩み寄って、すぐに俺のそばを通り過ぎた。
 振り向いて彼女の俯きがちの顔を確認すると、彼女は目を合わせずに手招きした。
「な、なんだっていうんだ?」
 俺は彼女の機知に感謝することとなる。
 角を曲がった人気のない場所で指摘されたのは、ズボンのチャックがフルオープンになっているといういたらん状態だったからである。
 そして、
「にぱー♪」
 と満足げに笑う梨花ちゃんとともに戻ってきた俺は、いまだぎこちない三人へ向けて、
「どうしたんだよ? 早く中に入ろうぜっ♪」
 と、無意味に笑った。
 レナと沙都子は、すぐに魅音の反応を窺い、魅音は俺が言い終わるや否やこくこく頷いて、
「うんうんうん、圭ちゃん奇遇! 入ろう入ろう入ろう、うんうんうん、いや、おじさんも……そう、そう! レナも……でしょ? うんうん」
「うん、沙都子ちゃんも……だよね? ね?」
 沙都子だけは気難しい顔をしていたが、俺が「なーに不貞腐れてんだよ。沙都子らしくねーぞ」
 と意地悪のつもりで笑うと、
「なっ、ひとにどれだけ恥をかかせればすむんですのー!」
 と正直なところを口にしてくれた。
 それをなでなでする梨花ちゃんの棒目は怖かったが……。


 事は、世の中の事象全てはすんなり運びたがるものだ。
 例えばレナが独善的なのも、魅音が仕切り屋なのも、沙都子に脳みそがないのも、梨花ちゃんのペースは誰にも崩せないのも、思ったよりこの世の中では自然なものなのかもしれない。
 だけれど誤解しないでくれよ。
 彼女らがそのまんま大人になってしまったらなんて考えたくもないものだ。
 ちょうどのび太があのまんま成人してしまうようなイメージさ。
 それが杞憂だとしても、不安になるのはもっともな話。
 すんなりと俺らは展示場へと入り込んだ。
 そしてあるポスターを目にした。
 Girl's in HINAMIZAWAというタイトルと、欲情をそそるコンピューターグラフィックスで描かれたいたらん画像がでかでかと印刷されていた。
(同人会場?)
 あらかじめ言っておきたいのだが、俺はそんな場所に足を踏み入れたことなどない。というのも、父親が過去に一山当てたせいで原画家としては所謂「上がり」の状態。悪くいえば、ブームが去った状態であるから、すでにその手によるキャラクタは多く模倣されており。自身がオタクではなくても、OTAKU's DNAを見事に継承してしまっているのだから、あちらこちら反応して気が狂いそうになるのだ。
 ちょうど絶対音感を持つ人間がそこに音階を感じ取ってしまうことと同じだった。
 それを鑑みれば、オタクの資質というのはバイオリニストと同じで、幼少期よりアニメに親しんでいなければ本物足り得ないのである。
 もちろんこの分野に本物志向があまりないせいか、マジオタクとエセオタクとの差はないにも等しい。
 例を挙げるとするなら、よーろー&イシハラ両氏の対談で明かされた、
 映画監督、宮崎駿に「作品を子どもと20回は見ました!」(どのくらいの頻度であるかは不明)と手紙を寄稿して、監督が引いてしまうような憐れ、だがある種の機知を有す自分こそがオタクであることを気付いていない親が必要なのである。
 ここで言いたいことは、スタジオジブリだろうがなんだろうが、20回も見てしまうことの影響が母子、または父子に与えるものの大きさはは、圧倒的に子どもの方にあるということだ。
 そうすることで、やっとマジオタクが育つのである。
 都心で私立中学受験組からのドロップアウト宣言を兼ねて雛見沢に引っ越してきた俺にとって、マジオタクであるという目を逸らすことの出来ない「才能」は、単なる特技のひとつとしか認識されないまでになってきたのである。
 幸福なことだった。
 だが、目の前のオタクメディアの手先はまた俺の呪わしい才能を引き出すこととなってしまった。
 今ならわかる。
 俺はピンク色の髪に集約される萌えの帝国主義的一面を、それこそ「無意味な知識のひけらかし」と罵られることも忘れて解説したかったのである。
 そんな自分に気付き、心底死にたいと思った。


   第4節(2005.9.02)


 まあ、僭越ながらこの場で伝えさせていただくわけなんだがよ。
 オレはちにましぇん! 萌えが! 萌えがぼくのいのちだから! 小生はここで倒れるわけにはいけないのーっ!
 まあ、そういうこった。
 先んじて例の四人組が、物珍しそうにいたらん絵画を視認している様子を見取ると、意外や意外、別段嫌悪感なんかを抱かないという状況。
 かえってオレのほうが冷静じゃないことは特筆すべき事項にあたるだろうね。
 まあ、なんだ? 極めて冷静にだが、アレだよ、アレ。
 人間が苦労して作り上げたものはいつだって感動をもたらすわけだよ。
 それだから雛見沢の部活チーム女四人組が、アートの皮を被ったポルノグラフティーに目を爛々とさせて食い入っているのにも別段解説が必要なものでもない。だろ?
 オレは彼女らの背中に歩み寄り、それらの姿と「アート」を見比べた。
 勿論チーム雛見沢のほうがクオリティが低かった。
 って、オレは何を二次元と三次元を混同してやがるのだ?
 嫌な汗が吹き出てきた。
 いや待てよ。確かにチーム雛見沢のほうがクオリティが低い、というか人間じゃねぇほどデフォルメされている。所謂フィギュア萌え族の愛好対象と思わんばかりのぷにぷにぶりだ。うっわ、語呂わるー。
 すると竜宮礼奈が振り向いて、
「これってどうやって描いたのかなー?」
 なんてつまんねぇことを言いやがるものだから、オレは持てる限りの知識と語彙と語調と明瞭さで語った。
「これは九十年代後半にPCのスペックが上がることで、主にパソコンモニターに斜影する形で作品を公開していた時代における同時発色数の制約からの脱却がちらほらと見え始めた時期の作品だ。当時は8bit、つまり256色でのみ最終的にデジタル画像をファイルに出力することで、低スペックパソコンでも見られるように配慮がなされていた。だがこれはおそらく16か24bitでの環境で見られることを想定したものだろうと思う。あ、下に何年発表か書いてあるな……どれどれ……」

 昭和56年。(西暦1981年作品)

 ……は?

 ごしごしごし。

 目を擦ってみる。

 ……依然としてその作品解説プレートはありえない数字が描かれている。

 八十年代初期? って、ムリムリムリムリ(ry

「どうしたの? 顔が青いよ……」
 竜宮礼奈……レナが、心配そうにオレを見つめていた。
「いや、オレって平成男児っていうかさ……いまさっき言ったこと忘れてくれるか?」
「う、うん……わたしもわからなかったし……」
「圭ちゃんなんか悪いもの食べた?」
「おほほほほー。圭一さん道端に落ちてたものでも食べたのではございませんことー?」
「みー。雛見沢からは遠いので、体力補給は必須なのですよ」
 オレは芸術を愛好することで時代さえ超えてしまったのか。
 状況を説明すると、おれは昭和58年の雛見沢にいる。
 その上、今度のWindowsの新バージョンがWindows Vistaなんていうことも知っている。
 それは、オレの混乱する記憶において、看過できない矛盾であった。

   第五節(9.14)

 その看過できるはずのない矛盾が間接的に引き起こした悲劇であった。
 俺の腰に巻くタイプのポーチにはAUのケータイがあったのだが、無論この時代にこのような小型化された通信端末が存在するわけもない。
 彼女らに気取られぬようにそっとポーチの中を確認しようとするが、なかなかその機会は訪れなかった。ドントファックアップ。こいつは最重要確認事項だ。諦めたらたいへんなことになる。
 それから案外入場者を稼げている会場を物珍しげに歩く4人+それどころじゃないオレは、TOILETの案内板を見つけ、ついには用を足すフリをして確認するしかないかと緊張感を高めていくのだった。
 もしそこにあるのが紛れもないAUのケータイであるなら、オレはこの世界に存在する一固体として、国家警察に追われる破目になり、さらに雛見沢で一年に一回起きているという殺人事件と失踪事件との関連も追及されてしまうだろう。
 いや、それだけには留まらない。オレはそのスーパーコンピュータの演算能力を遥かに超える神機を所有するという事実が東西冷戦に象徴され予期される核戦争のカタストロフィーを無闇に刺激してしまう。そうなれば前原圭一はCIAとKGBとの間で逃走生活を送るしかなくなってしまうのだ。
 ええい、アホかオレは。もしそんなことになったら、雛見沢がダム建設で湖の下に沈むどころの話じゃねぇ。世界の危機だ。だから、オレはもしAUのケータイをオレ自身が所有していることを確認したら、真っ先にそいつを粉々に破壊し、端末の一欠けらも残さず灰にしなければならないのだ。
「わりぃ、手洗いいってくる」
 他の好奇心に沸き立った三人を脇に、魅音が、「おーけー」と見届けてくれた。
 静かにトイレに駆け込むと、混乱に震える両腕を必死に抑えながら、個室にさらに駆け込んだ。
 そして、何度か深呼吸し、ポーチを開いた。
 そこにあったのは――


   第六節(11.12)

 オレはやっぱしなって感じだったな。脱力感と同時に倦怠感。この事実がオレに突きつけたのは機関の銃口だけじゃない。
 あのアホどもともお別れってこと。
 オレはきっと悟史みたいに転校してしまうってこと。
 ああ? 時代が時代なら「転向」だな。政府にとって都合の悪い思想を棄てさせるよう迫られるわけだ。
 だけどな。残念ながら思想なんてありゃしない。こいつを見てみろ。
 AUのケータイだ。
 こいつにつまってるこの国の怨念は、どいつもこいつもくだらねぇ痴話喧嘩。
 ゴミの中から光るものを探し出しても、力尽きるのはそのすぐあと。
 結局オレはこいつに利用されるだろうってことさ。翻弄されるだろうってことさ。
 トゥルルルッル……。トゥルルルル……。
 早速きやがった。
 オレはやる気のないまま発信者不明のそいつを取った。
「ああ、誰だよ? そっちは西暦いくらだ?」
「1983年。昭和も残すところあと五年だ」
「ち。明快すぎる返答だ。2005って答えてほしかったな。だがあんたはそれをしないだろう」
「ではミスターK。作戦内容を通達する」
「まっぴらごめんだ」
「ミスターK。その周りには4人の重要人物がいる」
「ああ、見当はつくがあんたらがなんとかしてくれってのが正直なところだね」
「K.。「彼女ら」のなかに雛見沢連続怪死失踪事件の犯人がいる」
「なんだ? 組織的犯行じゃないのか? まあいい。それでオレになにをしろっていうんだ?」
「証拠を掴め」
「オレは警官じゃねぇ。あんたらが嗅ぎ回ることだぜ」
「ミスターK.の行動半径に四人の点在地はすべて含まれている。だが我らにとってはそうじゃない」
「へっ、つまりオレに裏切りを強要しているのか。オヤシロさまに祟られちまうな」
「オヤシロ・ンジャーペロペロシテーナの身柄はこちらにある」
「何人だよ。とんちを聞いているつもりはないぜ」
「アラブ人だ。大都市を狙ったテロの実行犯グループのリーダーだと思われる」
「ダム反対派なのか?」
「それはいう必要はない」
「もう一人だ。フレデリカのほうも確保してくれ」
「フレデリカは銃撃戦で負傷して今は基地の治療室にいる」
「なんだ。あんたらアメリカか?」
「そうだ。フレデリカを捉えるにあたっては雛見沢の天皇にことがばれてしまった」
「そりゃ銃撃戦になれば別に園崎どもでなくてもばれるだろ。まあ、外人のあんたには関係のないことだろうけどな」
「それでミスターKへのマークは限りなく薄くなっている。そこが突破口だ」
「このトチ狂った世界がミステリの構築物だとしても、オレは探偵でもないし助手でもない、犯人でもないし被害者でもない。さらに作者でもないし読者でもない。俺はたったひとりのオタクに過ぎないんだ。デッサンの狂った世界で喜劇とも惨劇ともつかない遊戯を繰り返しているだけの」
「協力は不可能だと?」
「ハナっからそのつもりだね。もしオレの要求が通らなければの話さ」
「では聞こう」
「オレについてだ。オレの戸籍標本はどうなっている?」
「日本国には存在しない」
「やっぱりか」
「ミスターK。不安がらなくてもいい」
「不思議と不安じゃないぜ。オレはおそらく人造人間……そういったものだっていうんだろ?」
「正解だ」
「はっは、なんてこった。満足したよ。オマケにひとつ」
「なんだ? 時間はとらせるな」
「オレに繁殖能力はあるのか?」
「現代の科学ではその機能を作り出すのは不可能だ」
「現代? 西暦で言ってくれ」
「それはできない」
「なぜだ?」
「西側のほうに転ぶ可能性を危惧してのことだ」
「なるほど。あちらさんのほうが部分では優れている可能性もまったくないわけじゃない。そういいたいんだな」
「ご明察。では、作戦は伝えた。健闘を祈る」
「祈りじゃなく、支援部隊を捧げてくれ」
「この通話が終了次第。端末は爆破により破棄される。まずは身の安全を確保してくれ。では」
「話を聞け、馬鹿野郎!」
 オレは端末を便器に放り込み、水を流してふたをした。無駄な行為だとわかっていつつも。
 そしてすぐに走り出した。
 まったくナンセンスなことだぜ。レナとか魅音とか沙都子とか梨花ちゃんとかが陰謀の中核にいて、オレがそいつを糾弾しなくちゃいけないだなんてさ。
 それにあいつら、大抵いつも一緒にいるし、下校後の行動をそれぞれ探るしかねぇ。
 それなら別にオレに捜査の優位性があるとはまったく思えないんだよな。
 オレは魅音を見た。
 魅音はオレを待っていたらしく、レナたち先行ったよ、あっちあっちとオレを急かせた。
 なあ、オレってマジで人造人間なの? いろいろおかしなところあるのはわかるけどさ。



 第七節(11.14)

 誰から調べるかに迷った。
 個人的には梨花ちゃんからが得策だと感じてはいた。梨花ちゃんは多少秘密を共有できそうだった。彼女自身が秘密主義的傾向にあることも加味してだ。
 沙都子は最後が良かった。陰謀からは無縁に思えたし、彼女に嘘をつく器量も能力もない。
 問題はレナと魅音のふたりだった。
 しばし悩んだが、結局ふたり同時に相手をするのが一番いいことに気付いた。
 もし人選を誤ったら、おそらくは不意を突かれる形で襲撃されてしまうだろう。
 それならこちらから先に突撃取材を試みるだけだ。なにしろふたりとも都合の悪いときには黙りこくってしまうという悪癖があることを俺は見抜いている。
 とりあえず、この会場から出てから考える必要があった。
 オレは自分が人造人間だと知らされてから、すべての人間的欲求と欲望が潰えてしまった。
 会場の創作行為の結果物について、オレの思考回路が下した結論は、
「狂気」
 でしかなかった。

 オレと四人は会場を後にした。
 オレ自身、時間が経つに連れ、会場の様相が変化していくのに感付いていた。
 眼球の位置でレンズがシャッフルして、昭和の感性に見合った色眼鏡を選択してくれたせいだった。
 それでようやく先鋭化した芸術を芸術と認識できるようになった。だが、それらはオレの無機質な感性に触れることはなかった。

 オレは大胆にも四人全員に聞こえるように言った。
「梨花ちゃんとサシで話がしたい」
 レナはぶっ飛んだ。魅音は目と鼻と口をみっともなく開いて唖然としていた。沙都子は妙な構えを取った。梨花ちゃんにはネコ耳が生えていた。
 だがオレは和むことはない。だって人造人間だから。オレには心が必要なかったのだ。
「圭一君……そういうの良くないと思うな……思うな」
「圭ちゃ……まあ、止めはしないけどさ、後どうなるかわかってて言ってるなら止めはしない」
「梨花の敵ー! フーッ! フーッ!」
 オレはそれらの雑音を遮って言った。
「勘違いしてほしくない。オレは人造人間だから、梨花ちゃんに妙なことをしようとかいう予定は一切ない」
 だが、その言葉は彼女らの怒りをさらに高ぶらせる結果となってしまった。
「最低……」
「あちゃー。なにを言い出すかと思えば、人造人間って、風邪でも引いたかなー?」
「……」
 だがそこで梨花ちゃん本人が驚愕の事実を口にした。
「圭一は未来から来たのです。さっき会館でひとり外れて、指令を受けたはずなのです」
 オレはやばいと思った。今何が起きているのか、把握に苦心した。
「そうなのですよね。圭一。ミスターK」
 オレは黙るしかなかった。早くもこの中にいる真犯人に手の内がばれてしまった。


 ああ、ほんとにやれんよ。やれん。
 ああもう、マジどうにかならんとね!? だご頑張ったとばい? ほんとむごかよ。マジむぎぇー。ちょっつ、信じられんこつすんね。
(訳:ああもう、ほんとうに(これ)どうにかならない? すごく頑張ったんだよ? ほんとうにむごいよ。ほんとうにむごい。ちょっと(きみは)信じられないことしたね)
 彼の言うところに拠ると、「この物語の主人公は俺なんだけれど、こんなピンチに視点切り替えするのはやめてくれ。俺はボコボコされるよほんと。だって、そうだろ?」ということが言いたいらしかった。
 そういう圭一の思念をすべて読み取っている古手梨花は、慈悲に満ちた(だがそれゆえ不気味な)表情で告げた。
「圭一はなにも悪くないのです」
 圭一は固まったままだった。ハァーァ? なにも悪くなかとかよく言えたもんばい。ぬしゃおればなめとっとか? 悪いとかいいとか判断できっとか? 勝手かこつばっか言うな。ふざけとっとだろ。超能力とかテレパシーとかそういう系マジありえん。嘘ばっかつく古手梨花最低。先に俺が人造人間という話から始めんといかんとじゃなかとだろうか? とかそういう機敏な判断をしろと言いたかったばってんできん。しかたなかじゃなかか? 囲まれて睨まれとっとだっけん。
 それも標準語に翻訳されて梨花の脳裏にまるでプログラムコードのような繊細さで流れる。
「圭一は人造人間なのですよね?」
 そっったい! それ! はよ言わんけん殺さるって思たばい! マジ勘弁。こぎゃなもったいぶったやり方じゃ命が幾つあっても足りん。レナや魅音、それに沙都子もはよその目はやめんと。梨花ちゃんが言っとることが正しかとだけん。はよ。こわかーもう。なんでそぎゃんすぐ機嫌そこぬっと? 短気は損気ゆーたぃ?
「圭一はロリコンのオタクなのですよね?」
「いや、それは違う。というかそれは侮辱だ。俺はオタクをやめた……やめたんだ。すっかり足を洗ったんだ。全部処分した」
 オタクなんて最低だ。
 根拠なき自己充足の心地よさから抜け出すことを放棄し、すべて自己の中にある認識でしか世界が見えない不自由さは彼らにおいては否認される。
 他者も他人もいないのと同じ。知らない人間はいないのと同じ。そして見苦しいことにそれが達観だと誤解している。
 だから結局ロリコンとオタクは関連付けられ、実際に幼女を誘拐する不届き者すらでてくる。
 常識の優位性の転倒。単純なる性的倒錯。なにより厄介な自己万能感。
 それらが組み合わさって、ある日、どこかの女の子がお家に生きて帰ることができないという悲劇が起きる。
 そしてノーマライゼーションの洗礼を受けたプロ市民、いやプロオタクがアキバ系の名の下、一日天下とわかっていながらマグマのように渦巻く自己顕示欲を発散する。そう、発散だ。
 自分たちが一番コアなオタクだと言わんばかりに、TVショウの幻想と誤解に応えて見せる。まるで名の知れないプロレスラーみたいに。
「圭一はなにかオタクさんに恨みがあるのですか? まるで目の前にいたら殴りかからんばかりの様子なのです」
「全部処分したんだ。全部。そう全部。だけれど、部屋に残ったものといえばなにがあったと思う? 俺が今まで見えなかったものさ! まるで見ようとしなかった現実なんだ! 軽蔑して見下していたすべてが立ち上がってきたんだ。俺は俺が憎いんだ。俺はオタクだった俺を憎いんだ」
「圭一はメディアが先導する消費構造に乗っかっただけなのですよ。なにも悪くないのです」
「ああ、俺は理念の喪失……いや、最初からそれが存在しないということを忘れていたんだ。違う、それも違うんだ。それがないからこそ、楽園思想に被れてしまった。既存のすべてを否定するために、合言葉はすべては夢だ。自分のものの見方だ。こころの動きだけだと……。だが、本当に忌むべきことだよ。俺は「転倒」することを拒んだ。拒否した。たとえそうした結果が出たとしても、俺はそれを断固として認めようとしなかった」
「誰だって弱い部分はあるのです。圭一は偶然そこを埋めるために何かを求めただけなのですよ」
「俺は飼いならされた動物たちの群れから外れて黒い森にいる。俺を追い縋る声は、俺に完全な負け、敗退の自覚を求めている。俺には最初からそれがあったというのに。見える見えていない見える見えてない? ああうんざりだ。そんな論争はうんざりだ。答えなんか誰も欲しがっちゃいないことにわかっていながら繰り返すのか? それに梨花ちゃん。梨花ちゃんだって怖いと思ったことがあるはずだ。梨花ちゃんの笑顔に影を落としているのが一番遠ざけるべき不可触民の魂のない掛け声。萌え? 萌えだって? もう一度言ってみろよ。本当にお前は自分が「萌え!」と言ったことに責任が取れるのか? 自分が誰に「萌え」と言ったのか自覚があるのか? やつらには魂がない。やつらには本懐がない。やつらには理解がない」
「どうしてオタクさん同志で憎みあうのですか? ボクをダシにしてなにを言っているのですか? 本当にそう思うならもう圭一はオタクさんじゃないのです。なにも激昂することはないのです」
「組織が構造化され再構築されるたびに俺はどこかに位置づけられる。やつらのどうしようもないものの見方によって。なに系だとかなに派だとかいう煩悩的盲目的としか言えないような価値判断基準によって」
「圭一とオタクさんたちが重なり合わない部分が浮き立ってきて、圭一はそれに気付いたのですよ」
「俺は定位置を得た。だが流動することのない指定席。俺が例えば梨花ちゃんの目の前に現れれば酷い仕打ちを受けても文句が言えないという広大な闇に浮かぶちっぽけな椅子。お約束ごとばかりの再構築で、やつらはそれでも再確認の「納得」を得るのさ。やはり前原圭一はつまはじきにされるべきだった、と」
「圭一は愛情を弄ばれたと憤慨しているだけなのです。愛着していたものへの誠実さを捻じ曲げられたと落胆しているだけなのです」
「俺に消えて欲しいって思うだろ? 梨花ちゃんも一度は思ったはずなんだ。だけど口にしなかった。いや、俺が先に梨花ちゃんの前から消えたいと思っただけかもしれない。コンプレッションで増大した自己顕示のサスティン。それでも気持ちだけが消せないんだよ。消せないんだよ。それは弱さなのか。徹し切れなかった弱さなのか?」
「ボクは一度も圭一に消えて欲しいなんて思ったことはないのです」
「嘘だ。俺が思ったんだ! 俺が気付いたんだ! 梨花ちゃんが俺なんかを見ていて心地いいはずがないって! 俺が梨花ちゃんなら絶対そう思うんだ!」
「……圭一……。可哀相なのです。どうしてそんな無限に沈む沼に迷い込んでしまったのですか?」
 そのとき園崎魅音がゆっくり切り出した。
「圭ちゃもさ、自分が思ったことが正しいって考えるのは自然だと思うんだよ。……でもね、自分と他人の境界線はしっかり見据えて守らなくちゃいけない。それは危害や利害といった観点からの意見じゃなくて、人類が経験則で作り出してきたルール。圭ちゃはそういうルールを破ってきた人たちをたくさん見てきた。だからそれより利害関係のみの打算が世の中の摂理だと思ってしまった……んじゃないかなー、なんてさ」
「うん。その意見には賛成かな。えっとね、わたしもびっくりしたんだよ。圭一くんが予想もしないことを言ったから。梨花ちゃんはここにいるみんなに平等だし、でも五人揃うとすごくご機嫌で、その気持ちはわたしもわかるから。でも、圭一くんは心の隅ではそういう不安に苛まれていたんだね。気付かなくてごめんね」
「う……ぁ。頭が……。オタク……という、レッテル……とされる……そして……綺麗に……剥がせない……シールのような……」

 ボクは軽い気持ちで圭一の手を取ったのです。いつの間にかしゃがみ込んでいた圭一を立ち上がらせようとしたのですが、ボクがちいさいから無理だったようで、その役はレナが代わってくれたのです。圭一、こんな些細なことでもすごく悔しいのですよ。



   第八節(12.10)

 さて。
 田舎特有の緩やかな時間に身を任せ、新鮮な空気で胸を満たした富竹は立ち上がった。
「さーて、さてさて」
 彼が狙っている獲物は一年に一度しか表れない現象だった。
 だが、その現象が起きる前後の期間もこの雛見沢に滞在する理由があった。
 村の往診所に勤務する美人看護婦名前なんだっけ? ああ、そう、そうそう、思い出した。高野っていう苗字の、名前は……まあ知らない。一ニとか三四だったと思うんだけど、五六かもしれないし七八かもしれない。少なくとも波平じゃないことは確かだ。彼女のトレードマークはあの豊かな長い髪で、富竹は彼女の下の名前よりその蜂蜜色の甘い香りのする品のよさを象徴するかのようなそれのほうが重要だった。だが、性格はまったく正反対で、オカルト好きの下衆な女であることをベッドの上で知る破目になった。
 それが萌えるんじゃねぇか。お前はオタク失格だぜ! といま新しい才能と叫ばれ全国を圧巻している劇場作『ひぐらしがわんわん喚いて夜も眠れない頃合に』の昔友人だった監督にもはねつけられそうだが、高野がわんわん鳴こうがにゃんにゃん騒ごうが、身体に五芒星の刺繍が入っていやがるんだ。呆気にとられたね。しかもそれを乙女の嗜みかしら? ふふり、なんつー味のない返答でごまかそうとしたのには切れた。せめて悪魔くんの大ファンだったの、(おっと、あれは十二芒星になるんだったか)くらい言えねーのかという感じだろ? まあ、仮にそう応えたにしろ俺はひいただろうな。同属嫌悪ってやつだ。高野女史はそんな人間関係に慣れたような素振りで、罠にはめた獲物の前で舌なめずりするような常時プッツン状態な女だったんだよ。まあ、大概の女はそんな感じだけど、女史はそれをわかってて恥じ入らず開き直る悪質極まりない教義を是としてたんだ。
 だからかつて映画学校で学んでいた頃、ストレスに耐えかねて嘔吐してしまった以来久方ぶりに吐いた。
 あの外面と内面とのギャップに精神が堪えられなかったのだ。
 彼女は看護婦でそれなりに属性があるが、村民には女史と特別な関係にあるんじゃないかと疑われてる。
 さらにオタクだ。きんもー☆ なオタクの存在だ。
 彼らはハイテクを駆使し、富竹ジロウを雛見沢から追い出そうとあらゆる手段を講じている。
 例えばあのY字型をしたハードウェアで攻撃メディアである弾丸を超強力ゴムで飛ばすアレだ。人間工学に基づきアレのさらなる強力版を自作するくらいのハイテクぶりだ。
 パチンコ? ああそんな名前だったな。だがやつらは気難しく、その凶器をそんな格の低い名前で呼ばれるのが堪えられないらしく、こうその武器を呼んでいるらしいことを耳にした。
 凡庸Y字型決戦兵器、と。
 アレがこのキャメーラメラメラに命中してみろ。このメラメラ萌え……ちがう、燃える拳は黙っちゃいないぜ。
「俺がオヤシロさまに成り代わって敵を打つ!」
 富竹は脈絡なく叫んだ。
 とどのつまり女に狂った単なる盛りのついた犬でしかないと分類して支障がない堕落ぶりを露呈した形となる。


   第九節(3.09)


 綿流しの夜が来た。
 圭一は露店を渡り歩きながらぼんやりと考えた。
「殺人事件か……毎年起こるっていう、今年もそうなのか?」
 という人造人間ならば当然知っているだろう事実をあらためて思った。
 ふてぶてしい野郎である。
「今年は……園崎家としてもそうとう苦しいみたいだよ。箔がつくから甘んじて園崎家の陰謀の一部みたいなことにしているけど、実際のところはみんな独自に経緯を追っているというのが実情、みたいな」
「へー、初めて聞くよ。私は園崎一族は大きく構えていると思ってたし」
「村民が殺されて大きく構えていられるのは表面上の話なのです。裏では独自に動くくらいしないと御三家の面目が立たないのです」
「確かに殺人事件を放っておくのは褒められた話じゃありませんわね……」
 圭一は魅音の言うことは真実だと思った。そもそも園崎家が村民を手に掛けるという風説事態が厄介なものであるが、同時に園崎家が「関わっている」という段階についてはヤクザ者の基本姿勢として受け入れざるを得ない。建前と本音の使い分けだ。

 そして、綿流しの祭りは無事に終了した……ように思われていた。

 翌日。
 学校の教室に顔を出すと、魅音が浮かない顔をしていた。
「どうしたんだ? 気分でも悪いのか?」
「……違うよ。おじさんはもう説明の連続で疲れた。レナに訊いて」
 そう告げて静かに自分の席に収まった。それからはのろりとした動作で窓の外を見遣っているだけだった。
「レナ?」
「うん。昨日からずっと園崎家の「窓口」役をしていたみたいなんだよ。起きたんだ。オヤシロさまの祟り」
「ほんとか?」
「確かだよ。被害者は例年と同じで二人。診療所の看護婦さんと、雛見沢にこの時期だけ来るカメラマンのひと」
「よくわからない組み合わせだ。看護婦さんはわかるが、雛見沢在住でないカメラマンが殺されるなんて」
「私はわかるよ。富竹さん。そのカメラマンのひとなんだけど、毎年綿流しの時期に限って来るんだよ。きっとオヤシロさまが祟ることもありえる、話だと思う」
「オレにはわからない。レナはオヤシロさまの祟りを信じているのか?」
「うん。でも別の理由が濃厚だと思う。綿流しを撮影するカメラマンって少なくとも象徴としては冒涜的な存在とみなすことも無理じゃない、と」
「そんなのってアリか? オヤシロさまっていうのも悪い神様じゃないんだろう。そんなだったら村の外部の人間には冷たい神様だ」
「だからあくまで祟りという名目上での話。私も過去の事件は単なる偶然だと思ってた。けど、今年も続いて来年も起きるようなら偶然と看過していい程度をもう超えてしまっている」
「来年……? ああそうだな。引っ越してきたばかりでピンと来なかった。毎年綿流し祭りの後に事件が発覚するのか。……しかしなぁ、殺人だなんて信じられないよ。なんで人殺しなんて嫌な行為を平気でやってのける人間が近くにいるんだろう。しかも、この村で起きたのなら……」
「祟りが「人災」なら私は外部犯だと思いたいよ。でも「天災」はありえない。私は理的な考え方をしたいの。もちろんそれはアプローチとして」
「レナが言いたいのは、村内で疑心暗鬼を強めまいとする捜査方法だよな。だけど警察はそうしてくれない。よくわからないが、人間関係から洗いざらい調べ上げる。もんだいはそこで別の事件が発覚してしまうってこと。ほんの些細な過ちだろうけど、役所でもある警察は見逃してはくれない」
「そうだね。園崎家が果たしている役割はそこに横たわることなんだ」
「わからなくもないが、そういうのが「しがらみ」っていうんだろうな。レナは何より「殺人事件が起きる構造」を「心理的」に分析しようという態度に待ったをかける、ってことだろう」
「うん。それにね、圭一くんならわかってくれると思ったんだ。雛見沢で生まれてずっとここにいるわけじゃないから。都会のひとのそつない温かさとか。この村は……悪く言うつもりはないんだけれど、一度悪いことが起きると外部の者がしたことだという意見は表明しながらも、それは単に村内の人間がやったという可能性を少しでも考えまいとする裏返しの態度なんだ」
「おれもそこは同じだぜ。むしろ外部だと断定しているよ。だけど確かに内部だったら……途方もない闇に足を踏み入れた感覚だよ。あっち……街中だな。あっちにいたときはマンション住まいだっけど、実際隣の家の住人を知らないというわけじゃなかった、もうひと隣となると見かけたことはあるが、記憶に残らないっていう状態。だけど雛見沢に住んでいると違うんだ。どこかで一度会ったぐらいの人間でもそのひとがどの区域に住んでいるか、「なんとなくだけど見当がつく」んだよ」
「そうだね。そういえば日本が山あり谷ありの地形をしているせいか、上に居を構えているひとほど偉いっていうヘンな認識もあるよね。あれって実際は狭い範囲での認識だよ。隣……といってもすごく離れているんだけれど、数件内でどこが裕福かっていうことを決める漠然とした指標みたいなもの」
「都会だってあるだろう? マンションの最上階に住めるのは裕福層だよ。ほぼ確実に」
「あはは、そうだね。だけど雛見沢では家賃を支払っているひとなんかいないよ。だから比較したがるんだ」
「それに、退屈しているからな。特に子どもなんかは」
「私たちも子どもだよ」
「部活がなければやってけないくらいにな。魅音のアイディア……思い付きとも言えそうだが、悪くないんだよ。そんな生活しているオレらに殺人事件なんて厄介なこととは係わり合いにしてほしくない」
「だけど圭一くんはわかってない。この事件は過去に数度起きているんだよ。今までは偶然の出来事だと片付けてしまえる程度だった。だけどもう違うよ」
「なによりオレは綿流しがどういう意味を持つのかを知ったほうがよさそうだな」
「祭りは知るんじゃなく、体験するものなんだよ。だから知識として得たところでそれは警察のやっていることと変わりがない」
「人並みの正義感はあるつもりだぜ。だがこう言ってはなんだが……毎年綿流しの夜に起きる……ってことはそれが終わったらしばらくは安心……悪い、失言だ」
「それが理的じゃない考え方なんだよ。人間の感情論だよ。低いレベルの統計学に憶測を交えただけの」
「ああわかる。要は……不安を払拭する。不安の根を摘み取る。それだけなんだよな」
「それは部活を続けることでだって達成しているんだよ。みんなで楽しい時間を過ごすだけでそこには殺人なんて負の感情のない空間ができるから」
「だな」
 レナが危惧していることがわかった。
 だけどオレは人造人間で、他人より優れた戦闘能力がある。
 それを考慮すると疚しい欲望が脳裏を掠める。
 オレが超人的行動によって犯人を独自に追い、捕まえる。
 だがいまだにレナ、魅音、沙都子、梨花ちゃんたちの誰かが犯人だなんて信じたくない気持ちが強かった。
 おかしいな……これが人間らしい感情なんだって頭ではわかってる。
 だけどおれは決してホンモノじゃない。人間に似せて作られた、だけど人間そのものじゃない。
 今日は事件の影響もあり、午前で授業は終わり下校することになった。
 殺人事件のことは年長(オレたちだ)の者にしか伝えられなかった。
 それを受けて何班かに分けてグループで下校することとなったのだった。



   第十節(3.10)

 雛見沢診療所。
「き、君たちはいったい……」
 そこには診療所所長、入江京介を取り囲む無数の人影があった。
「きゃーっ」
 という金切り声が上がり、続いて物音がした。それは近づいてくる。
 扉が開かれると、看護婦が運び込まれてきた。
「これでHウイルス関係者は全てか?」
「診療所勤務扱いになっている者は以上二名です」
「よし」
 どうやらリーダー格らしい男が前に進み出た。
「Hウイルスはどこだ?」
「し……知らない」
 ドゴォッ!
 言い終えたか否かの瞬間に腹部に拳が叩き込まれる。
「拒否権はない。無論黙秘権もだ」
 そうして指を鳴らし、看護婦――三四を捕らえている男たちに命令した。
 すぐさま彼らは刃物を取り出し、彼女の首筋に当てた。
「医者としての良心に問う。ウイルスはどこだ?」
「……」
「……やれ」
「……ま、待ってくれ」
「答えろ」
「……く、地下だ」
「そうか……よし、地下を調べろ」
 診療所に地下室があるというのは非現実的な話だった。実際彼らはそれを把握していなかったので、結局入江の口を開かせるのにしばらく時間がかかった。
 結果、隠し階段の存在が明らかになった。

「これがそうか……」
 試験管を包むジェル。さらにそれらを包むカプセルに目を細める男。
 それを隙だと思ったのか三四が拘束の手を振り払い、飛び上がって奪い返そうとする。
「止めるんだ!」
 入江の声も虚しく三四は背中から銃弾に倒れた。
「ん?」
 6つ存在したカプセルのうちリーダー格の手元にひとつ、残り四つが台の上にあったはずだった。
「どこにやった?」
 部下に問う。だが答えはない。
「こいつかっ!」
 すでに亡骸と化した三四の身体を乱暴にひっくり返す。
 入江はまずいと思った。
 彼らは戦闘のプロフェッショナルであるだけで、化学の知識は皆無だ。
 そして抱いていた悪い予感は的中した。
 ウイルスが保存されていたカプセルは砕け、中の試験管にもヒビが入っていた。
「……最悪の事態だ」
 さすがに病原体の脅威を感じ取ったのか、今度は威圧感の消えた態度で男が問う。
「このウイルスはどんな作用をもたらす? そして、抗体はどこだ?」
「作用は聞かないでいたほうが幸せだ。抗体のほうは存在しない」
「嘘をつけっ! 病原体を生成、培養する場合には必ず抗体を用意することは常識だっ!」
「こんな非常識なやり方で奪われるくらいのものなんだ。例外だっていくらでも存在する」
「クソっ!」
 彼らは事前に詳細を知らされることなく請け負ったのだった。
 こんな田舎村の診療所での仕事など大きなヤマであるはずがないと踏んでいた。
「利用されたな。私もどうせ正気をなくす。どうせなら教えてくれないか」
「いいや! お前はたいした作用もない病原体を過大に吹聴しただけだ」
 だがそれは嘘だと彼も感づいていた。何人もの暗殺をこなしてきた彼は、入江の表情が死を間近に控えた者の目をしていると見抜いた。
「本部に連絡を!」
「止めておいたほうがいい」
 なぜだ? 男が問う。
「死期が早まるだけだ」
 ついに間近に迫った死を受けいれたのか、男が再び問う。
「わかった。教えるんだ。このウイルスはどんな作用をもたらす?」
「あらゆる生命体への筋力増強、精神力への極度の低下、知能の大幅な低下、副作用としての肉体の腐敗。結果としてゾンビができる」
「重要な質問だ。そうなった場合、元に戻る可能性は?」
「肉体が腐敗して元に戻るもなにもない。だから戻る可能性はない」
「もうひとつ。発症までの時間は?」
「一日……二十四時間以内だ」
「感染経路は?」
「空気感染。だが、人体及び動物植物を含める固体に感染した後半日で変化する。その後は触れることで感染されると資料にはあるが、定かではない」
「お前が開発責任者じゃなかったのか?」
「この村ではそうだった。だが、これはもっと大きな陰謀――」
 ズドォォン!!
「ぐわぁー!!」
 診療所の一角が大破した。
 入江を含めた男たちは全員突如としての爆撃で吹き飛ばされた。
 最期に男が見たのはヘリから降りて走り来る防護服を装着した無数の人影だった。

 そのころ……。

 興宮。
「K! そんなおいしいイベントに抜け駆けて性春はカンベンっすよぉ〜っ!」
 ドォォォン! バシッ! ズゴォォォッ! テカテカテカ……という例の効果音を上げながら彼が叫びだす。
「きみって完全にマジオタクなのな……」
 球技のできるオタクはそれだけでエセと認知してしまう圭一にもかれがマジなのは疑いようもなかった。こんな半分メイド喫茶みたいな店で、大声で叫べるクオリティからそれが断言できる。
「そんなの聞いてないですってー。そのイベントで得たグッズとか見せてくださいよぉ〜」
 知らん。というかグッズってなんだ?
「真の男道を究めたKならレアものは確実にゲット、ですよねぇー」
 どこか違う次元を見据えるかのようにうっとりしてみせる彼は心底キモかった。
「だから……絵画展なんだって」
「いいや、K。水臭いじゃないですかぁ。僕らはあの試合で互いの男と男を真正面からぶつけ合った言うなれば戦友! そんな形式ばった言い方はナシですよぉ」
 彼には圭一の苦悩は伝わらないだろう。前原圭一が未来からやってきた宇宙人……違う、人造人間だということを知らないのだから……。
 それはともかく、男と男をぶつけ合うって誤解されそうな言い方するんじゃねぇっ! と言いたかったができなかった。
「わかったよ。わかった。確かに萌えた。一緒にいたレナたちはどうだったか知らないけど……」
 そのとき彼も含めた店内の視線がギロリと圭一に突き刺さった。
「うわっ」
 圭一はその組織的ともいえる行動に思わず身を引いた。
 彼は口をパクパクさせ……。
「そ、そんな……。女の子と一緒に? くぅあぁぁぁぁあぁぁぁ!! このマザーファッカー&シスターファッカーめ! レナたちってなんだそれー! しかもハーレムの可能性示唆? K。残念ながら同盟関係は解消する。リアル女なんぞに現を抜かしてグッズの選定眼を鈍らせてどうするんだ! 失格だ、完全失格! こいつは男じゃない、インポテンツのホモ野郎だっ!」
 店内のむさい男たちから静かにパチパチと拍手が上がる。
 や、やばっ。
 圭一は逃げ出した。
 いくら人造人間でも心理戦にだけは勝てない。
 なぜなら彼は人間に準ずる存在だったから……。

 前原圭一はバスの停留所まで走った。自分の自転車さえ取るのが難しかったからだ。
「なんてこった……」
 そのときトタン屋根の停留所に設置された屋根の下にひとりの男がいることに気付いた。
「はぁ……」
 彼は溜息をついた。しばらく黙っていると、彼はそればかり繰り返していたのだった。
「どうしたんですか?」
 彼はゆっくり顔を上げて、
「失恋したんだ」
 と返答の仕様のない本心を打ち明けた。
「そ、そうですか……」
「そうだね……聴いてくれるかい。雛見沢診療所の看護婦……ここではMとしておこうか、彼女とぼく……富竹ジロウの話をさ……」

 圭一は心臓の止まる思いだった。
 富竹ジロウって死んだはずのカメラマンのひとじゃねーか! っていうかカメラ提げてるしーっ!
 突如表情を変えた圭一に、力なく「なんだい? 今のぼくの顔はそれほど惨めかい?」と問いかけた。
 圭一は、「いや……たぶん気のせいっス。死んだ人間が生き返るはずがないし……」

 だが圭一の危惧は当たっていた。
 富竹ジロウの表情に力が篭っていなかったのは、「蘇生」して間もなかったからであり、その彼が「蘇生」した原因は、Hウイルスだったからである。

   第十一節(5.09)


 停留所へとバスが回ってきた。
 富竹ジロウはそれに乗り込んで去っていった。
 だがしかし……! そのバスが突如として爆発し、炎上する姿を前原圭一……つまりオレだ。は目にした。
「何が起こったんだ!」
 急いで炎に包まれたバスに向かって駆け出す。すると、不気味なものを目にした。
 燃え移った炎の熱を感じているとは思えないくらいのろりとした人影だ。
 そのまま走り寄ると、無残な富竹ジロウの死体……いや、生きている? が、奇妙な姿勢で近づいてくる。
 信じられなかった。
 もしかして、富竹ジロウも人造人間? オレはその可能性は十分ありえると見当をつけていた。確かにそうだとしたら雛見沢連続殺人失踪事件との整合性も保てる。
 オレは彼……だったものと距離をとる。
 そしてしばらく対峙した後に、背を向けて逃げ出した。

 興宮。
「Kは裏切った。オタクだからとぼくらを見下して、都合が悪ければ切り捨てるつもりだったんだ!」
「まーおじちゃんもこう長年オタクをやっているから、そんなこともあるよ。若いうちは」
「そそ、あんま気にすんな。オタクは若気の至り、ってね」
 なんかうじうじしてしまっている例の彼を中心に興宮の要塞は奇妙な空気に包まれていた。
 そこへ飛び込んできたのが、前原圭一だった。
「雛見沢住人はいるか?」
 まったく口の利き方を知らない男である。
「たぶんいないよ。雛見沢っていったら山奥でねぇか」
「雛見沢村が危機なんだ」
 ……。
「K。それは雛見沢の問題。面倒な話はうんざりなんだ」
「沙都子の危機だ」
「……詳しく」
 気取られぬようキモオタ集団は自然に態度を変えたつもりでいたが、その場の誰もがそのことに気付いていた。
「雛見沢では例年起きるとされている殺人と失踪事件が今年も起きた」
「まあ、おれたちの情報網を舐めてもらっても困るよ。さっき富竹ジロウをマークしていた部隊から連絡が来た。富竹ジロウを乗せたバスが爆破、炎上したってね」
「そこまで見通していたなら何故阻止しなかった!?」
「それはぼくらがオタクだからだよ。オタクは決して物事に積極的に関わりたがらない」
「……くっ!」
「K。オタクはKほど機敏でもないし、正義感も強くない」
「……それがオタクか」
「それでその後きみが事故後のバスに接近したことも前もって知らされていた」
「そうか」
 もはや何を言い返すつもりもない。
「それでだが、雛見沢地区はもう手遅れだ」
「はぁ?」
「ウイルスが蔓延している」
「病原体? なぜ突然」
「そういう陰謀があったということだ」
「こんな辺鄙なところに?」
「雛見沢だから安心という根拠はどこにもない」
「まあそうだが」
 彼らは雛見沢に立ち入るつもりはないようだった。
「きみは人造人間なんだろう? 未来の抗体がすでに注射されているはず」
「それもオタクの情報網にはしっかり引っかかっていたというわけか」
 もはや何を聞いても驚くつもりもない。
「その目で見れ来ればいい。雛見沢村の本当の姿をな」
 オレはその意見には賛成だった。
「そうするよ」
 すぐさま店を出る。今度は自転車で村に向かう。途中、先ほどの事件現場を通ったが、残骸は跡形もなく消え失せていた。
 何かあるな。と思った。

   第十二節(5.24)

 遠くからは雛見沢が普段と変わりないように見えた。だがよく見渡せばいつもより静かなことに気付く。
 ますます何かあるという実感が湧いてきた。
 オレはすこし離れた所にある自宅へと自転車を進ませる。
 家には誰もいなかった。
 書置きもなにもなかったので知れた。
 確実に村で何かあった、と。
 そこで冷蔵庫からCoca-Cola のボトルを取り出して蓋を開け飲み干すと、オタクについての考察をしようかと思い立った。
 さっき会った奴らは極めて地方的な存在だ。というのも自分らのテリトリーを厳格に定め、それ以外の分野には滅茶苦茶冷たい。
 そう、ちょうどこの炭酸飲料の如くな。あ、自分で言っててわかる。こいつは臭ぇ。まあオタクの体臭ほどじゃないからたいしたものじゃないが。
 そして奴らは傍迷惑なことに北条砂都子を内部領域だと分別した。そいつは受け入れられない。沙都子があんなキモいやつらを肯定するはずがないからだ。オレが沙都子を好きなのは、建前しか言わないつまらない女とは違って、大抵本音しか言えない我侭放題の信条を有しているからで、それが結局オタク的な感性と重なり合う部分を持つこととなってしまった。それはピュア=バカに自覚的なオレと、ピュア≠バカであることを信じるやつらとの齟齬だ。
 オレはそれを含めて、
  ,j;;;;;j,. ---一、 `  ―--‐、_ l;;;;;;  「どうせバカってことには変わりがないんだから、どっちでもいいんじゃね?」
 {;;;;;;ゝ T辷iフ i    f'辷jァ  !i;;;;; 
  ヾ;;;ハ    ノ       .::!lリ;;r゙  
   `Z;i   〈.,_..,.      ノ;;;;;;;;>  そんなふうに考えていた時期が
   ,;ぇハ、 、_,.ー-、_',.    ,f゙: Y;;f     俺にもありました
   ~''戈ヽ   `二´    r'´:::. `!
 だがオタクにはそれが許せないらしく、オレはしこたま攻撃された。ほんと、オタクって陰険なやつらばっかりだ。オレだってバカじゃないピュアだってそりゃあるだろうって話は信じるけど、奴らはピュアだけどバカならそれはピュアとはまた違うという奇妙な価値観を有している。
 そして、その世界観はオレの沙都子観を覆すまでになってきていて、沙都子ってバカじゃないピュアなのかもな……。
 と思い始めるようになった。
 まあ、正直どっちでもよかった。
 少なくとも俳優やタレントのゴシップネタが大好きな現代女性のスタンダードから外れているという点で、オレは沙都子がお気に入りだった。
 だが同時に気付く。梨花ちゃんは案外そっちの話には詳しくて、沙都子もそれを聞かされているはずなのだが、沙都子だって女性のひとり。所謂有閑セレブに憧れてもおかしくない。というかそうじゃない女は世の中に存在しない。建前では言わないだけだ。そして彼女らにはほとんど建前しか存在しない。
 そして、結局鈍感なオレが沙都子を寝た子を起こすなのスタンスで愛玩化しているのだとすれば、オレのはオタクのやっていることとなにひとつ変わりがない。
 そういえば、沙都子ってブラコンだったよな。
 思い出した。親戚に悪道いジジババがいて、そいつらが沙都子とその兄に虐待を加えていたという事件があったという話だ。
 それでその兄、北条悟史が沙都子を身を呈して庇ったらしい。
 それで当然沙都子は悟史に対して並ならぬ恩義や忠義や慕情や感謝を抱いているわけだが、その悟史はずいぶん前に失踪した。
 そこでオレは怒りを感じたが、それは過ぎた真似だった。その苛烈な虐待の現場を見ずに知ったかぶりできるほど無神経じゃないつもりだ。
 悟史だって沙都子とそう年は離れていないひとりの男の子に過ぎない。問題は抵抗できない相手に非道の振る舞いをする大人にある。
 いろいろあってそういう沙都子のバックグラウンドを知らず、単に幼女大好き集団――オタクだ――が萌え萌え言っているのには吐き気を感じる。沙都子がその傷を隠しながら健気に振舞っていることも知らずに……いや、知りながら? まさかな、そこまでオタクが人間として終わっているとは思いたくないものだ。
 そしてオレはボトルをテーブルに置いた。
「さて、ウイルスだって?」
 オレは人造人間で、全百八パーツの部位によって成り立つ存在だ。
 だからパーツ交換でいくらでも延命できる。
 だがそうじゃない人間にとって、ウイルスがどれだけ凶悪なものかわからないが、後遺症を残すことだってありえる。富竹ジロウのあの姿を思い出せば自然と導き出される答だ。
 とりあえずオレは園崎家に向かうことにした。あそこがダメなら他のどこもダメだろうと憶測して。



   第十三節(5.30)



 ま、園崎家ってやつぁ村の重鎮の一家が住む要塞みたいなもん。庭は広いが、そこだってきれいに手入れされている。
 これだけの敷地を維持するのは大変だろうと確信できるが、それだけの財力を有しているから園崎家と言える。
 だが今は人の気配がしない。
 オレはそっと敷地内に進入した。
 そして家屋の引き戸をカラカラと開き、中の様子を伺って魅音の部屋へと歩を進めた。
 魅音の部屋の前で一応ノックをする。
 返事がないのでドアノブに手をかけて、静かに開いた。
 やはり誰もいなかった。
 オレは「悪いけど探させてもらうぜ」と呟いて魅音の勉強机を調べようとした。
 その必要性はなかった。
 一枚の書置きがあったからである。
 ここに辿り着くことができるのは前原圭一……圭ちゃだけ。もし本当にこれを読んでいるのなら、園崎家の武器庫のパスワードを教えるつもり。以下は暗号になるよ。部活メンバーの圭ちゃんならわかるはず。
『キモオタは全員死んだほうがいい』
 以上。
 P.S.
 おじさんは今頃シチリアにいるだろうと思う。雛見沢から離れなくちゃいけない状況だから。
 オレはそれを読んで確信した。
 この村が危機にあることを。
 園崎家が村民を守ることなく退避した。
 そして村民はいずれも行方不明。
 前もって興宮に退避しているとも思えない。キモオタ軍団もそのことについては触れなかった。
 すると、拉致された疑いも出てくる。
 何よりまずオレは急いで園崎家の武器庫を探すことにした。
 そこでオレは初めて自分の特殊能力を発動させたのだった。
 オレはすべてのコンピュータの成立条件である戦闘勝利目的のために作られた。
 だから武器をサーチする千里眼的能力は基本性能として機能する。
 脳内に園崎家の見取り図が軌道衛星上から送られてくる。それらを分析して武器庫の位置を割り出した。
 すぐさまそこへ向かうことにした。
 パスワードは予想通り四桁だった。
 そしてオレは9111を打ち込んだ。
 キモ(91)オタ〜死んだほうがいい(11)
 の文頭と文脚を数値化する暗号だ。
 文の長さからそれほどシンプルな内容を伝えるものだという意外性もあるいいやり方だ。
 予想通りロックが外された。
 そして鋼鉄の扉を開くと、そこに人影があった。
「敵か!」
 オレは予想外の存在に身を構えた。
「違うよ」
 その声は聞き慣れたものだった。
「私だよ。竜宮レナ」
 するとレナはオレより先に魅音のアレを……。
「どうしてここに?」
「私は人造人間じゃないけど、民間のアウトソーシング会社の傭兵だったの。だからそれなりに戦闘時期は冷静な対応ができる」
 いや、それにしたって出来過ぎだ。オレはもしかすると人造人間としても大した出来ではないのではないかと考えもする。
「圭一くんは優秀なマシーンだよ。だけど人間は人間性が武器なの。人類固有の文脈があって、それが私の場合有効に機能しただけ。魅ぃちゃんの暗号が解けたのは私も部活メンバーだからという理由があるけど、ここにより早く辿り着いたのはそれがあったから。肌で感じたの。そして圭一くん? 圭一くんにはその感性が欠落している。私たちは協力してこの未曾有の危機を乗り越えるべきなの」
 オレはそれならとレナに飛び掛った。
 レナはそのまま押し倒され、オレが馬乗りになったまた表情ひとつ変えなかった。
「さすがだ。頭打たなかったか? ここは地面が固いからな」
 オレはレナを試したのだった。不意に攻撃することでどういう反応が返ってくるかでレナの能力を測れる。
 無駄な反応が一切なかったという点で、彼女は一流だった。
「こんな時じゃないのなら、圭一くんを抱き寄せることだってできるのにね」
 逆にオレが顔を赤くしたようだった。
「冗談だよ。圭一くんはみんなにとっての友達だから。誰かひとり抜け駆けなんかしない」
 オレはそれを聞いて体を起こした。
「レナ。この武器庫の装備で雛見沢を救えるか?」
「できるよ。もっとも、それができるのは私たちだけなんだけどね」
 深く頷いた。