女は知恵と度胸と行動力  (『鬼ヶ島通信45号』掲載) 


 「アリババと四〇人の盗賊」の物語をすすめていくのは、殺されたアリ・ババの兄カシムの家の女奴隷モルギアナだ。カシムの死をかくすために芝居をうったり、切りきざまれた死体を縫いあわさせたり、盗賊がドアにつけた印を発見して他のドアにもつけたり(印を消すのでなく、増殖させてしまう発想がおもしろい)、潜入してきた盗賊たちが潜む壷に煮えたぎった油を流しこんだり、再度やってきた盗賊の変装を見やぶり、見事な剣舞のあとに刺し殺してしまう。すべて、モルギアナの知恵と度胸とすばやい判断による行動だ。
 シンデレラは、妖精の魔法の力で舞踏会へ行き、美しさで王子様をいとめたが、モルギアナは自分の力でそれを成しとげる。イスラムには女性差別があるとよく言われるけれど、コーランには「女は自分が夫に対してなさねばならぬと同じだけのよい待遇を(夫から)受ける権利がある」(2-228)とあるそうだ。少なくともこの話のなかでは、「女だから」「奴隷だから」とは誰も言わない。奴隷から解放されて富を手にする話は、庶民や奴隷たちの夢を語っているのだろうが、女性自ら知恵と度胸で行動をおこすという展開は気持ちよい。最後にアリ・ババは「この女性と結婚することがおまえにとって幸せだ」と甥に語る。イスラムは商人の宗教とも言われるが、危機を乗り越える知恵と力を持つ女性をたたえるのは、商人の実質的な判断なのだろう。
 シャーラザッドがこの物語を語り聞かせている王は、妻の浮気で女性すべてが信じられなくなり、裏切られるのはまっぴらだと関わった処女を毎晩殺していく、なんとも情けない男性だ。対してシャーラザッドは、心配する父親の説得をけって、王の寝所へ出かけていく(けっして悲愴感はない)。いっしょに寝所へ行って「話の続きをして」というセリフをくり返す妹のドゥニャザッドもなかなかの度胸だ。
 そんな行動力のある女性たちが登場するアラビアンナイトが好きだ。そうやって読むものだから、王と弟の妻が浮気したのは、夫のほうになにか問題があったんじゃない? と思ったりする。それともアラブ世界では妻の浮気は多くの夫の悩みの種だったのだろうか? 日本で問題になるのは圧倒的に夫の浮気なのに……と、おもしろい発見もアラビアンナイトにはたくさんある。
 その昔、ヨーロッパの人びとは、アルキメデスもアリストテレスもアラビア語から訳して読んだそうだ。ヨーロッパでもアラビアンナイトは広範囲で子どもたちに読まれているし、私たち日本の子も「開け、ゴマ(アラビア語では“シムシム”)」という呪文を遊びのなかで使うほど慣れ親しんでいる。膨大な訳にとりくんだバートンは解説にこう書いた。
「彼ら(回教徒)との交渉に成功をおさめるような人物は、第一に、誠実真摯でなければならず、第二に、相手方の交渉や宗教は別としても、風俗習慣に通暁し、これに好意をいだかなければならない。(中略)とにかく、わたしたちはたえず接触している東洋人種についてのイギリスの無知を払拭するため、その手段を提供することはできるわけだ。」(一八八五年)〈『バートン版 千夜一夜物語T』大場正史訳・ちくま文庫より〉
 もういちどアラビアンナイト(千夜一夜物語)を読み返し、アラブの世界に出会うのに、今はよい時期ではないだろうか。(堀切リエ)