ももたろうリレー童話・テーマ「桃」第一作

「兆しの木」


一、掛け軸                               堀切リエ

 木の芽がほんのり色づいて、ふくらみはじめた冬の終わり。桃子は、おばあちゃんの家をたずねた。
「おばあちゃーん、桃子だよ。入るよ〜!」
 おばあちゃんの家は、この辺りにはめずらしい平屋で、玄関を入って庭にまわると縁側がある。桃子が庭からのぞくと、部屋のガラス戸が大きく開け放たれていた。
「桃子、いいところにきたね」
 部屋からおばあちゃんが顔をだして、手招きをしている。
「茶ダンス、動かしてほしいのよ」
 桃子は、部屋にあがってタンスをかかえると、うんしょっともちあげた。
「さすが桃子、力もち〜! こっちへ置いてね」
 おばあちゃんは、声援と拍手を送ってくれた。
「さあて、一息いれようか」
 おばあちゃんは、台所にひっこんだ。桃子は、明るくなった部屋を見渡した。おじいちゃんが亡くなったのは、3か月前のこと。この部屋で寝起きしていたので、長いことガラス戸は閉められたままだった。
「あれ、この部屋、床の間があったんだ」
 部屋の奥の着物ダンスのとなりには、半間ほどの床の間があった。茶色の細い床柱があって、一段高くなっている。きっと雑物が積んであったのだろう。今はきれいに片付けられ、掛け軸がかかっていた。掛け軸には、左のほうに木、中央には木陰で遊ぶ二人の子どもが描かれていた。二人ともまるまると太って、目が細く、たっぷりしたズボンに、桃色と緑色のうわっぱりを着ている。
「おまたせ」
 おばあちゃんが、紅茶とクッキーを持ってきた。
「その掛け軸ね、おじいちゃんがしまっておいたものなの。桃子がくるから見せようと思って」
「どうして?」
「その木、なんの木だと思う?」
 おばあちゃんは、掛け軸に描かれている木を指さした。
「花も実もないからわかんないよ」
「桃の木。あんたの名前、この掛け軸からおじいちゃんがつけたのよ」
「うっそ〜! そんなこと聞いたことない」
「やっぱり。この掛け軸はおじいちゃんの宝物でね。もしあたしが死んだら、あんたにあげるから」
「いきなり、なによ」
「まあ、聞いて」
 おばあちゃんは、紅茶を飲みながらこんな話をした。
 桃の木は「兆し」の木と書くから、兆しを招く縁起のよい木として、古来から愛でられている。掛け軸の木は、「兆し」を察知すると、花を咲かせたり、実をつけたりして、持ち主に知らせるそうだ。
「え〜! どうやって? これって絵じゃない」
「さあね、あたしは見たことないから」
「おじいちゃん、それ本気で信じてたの?」
「さあ、今となっては聞けないもの。でも、話にはつづきがあるのよ」
 おじいちゃんが、あるとき掛け軸を見ると、木に大きな桃の実がひとつ、ぶら下がっていた。普通は花が咲いてから実がなるのだから、「これは不思議なことだ。もしかしたらとびっきりいいことがあるかもしれない」と思っていると、息子がたずねてきて(あんたの父親だよ)、結婚したい女性がいる、じつはおなかに自分の子がいる……と打ち明けられたそうだ。
「うわっ! うちって、できちゃった婚だったの?」
「それはどうでもいいのよ。おじいちゃんは、生まれる子は女の子だから、名は『桃子』にしなさい、と言って息子の結婚を祝ったというわけ」
「……」
「つくり話じゃないよ」
 おばあちゃんは、紅茶を飲みながら上目づかいに桃子を見た。
「ほんとうに女の子が生まれて、それが『桃子』、あんたなんだから」
「あたし、どういうリアクションすればいいわけ?」
 桃子は、掛け軸をふり返った。

 それから二週間ほどたった、ある朝。ねぼうをした桃子は、道を走っていた。
「ふふふ……」「ススス……」
 とつぜん、後ろで風のような笑い声がしたかと思うと、足もとを子どもが二人すりぬけていった。桃色と緑色の洋服が、桃子の目に映った。二人ともまるまると太っていて、色ちがいのうわっぱりに、たっぷりとしたズボンをはいている。不思議なのは髪型だった。周囲を剃りあげて、てっぺんだけ髪を残して結んでたらしていた。
「あんたたち」
 桃子が声をかけると、二人は同時にふりむいた。色白のまあるい顔に、線のように細い目……。
「こんなところでなにしてるの?」
 桃子は思わずそう聞いた。二人はクスクス笑いながら答えた。
「『兆し』をむかえにいくところ」
「桃子もいっしょに行かない?」
 桃子はぎょっとした。
「なんであたしの名前、知ってるの?」
「兆しの木に実がなって、桃子が生まれた」
「桃から生まれた桃子でしょ」
 二人は、走り出した。
「あ、まって」
 桃子は思わず二人のあとを追った。(つづく)