ももたろうリレー童話・テーマ「桃」第一作

「兆しの木」

三、雲の道                            高林 潤子



「えーと、いいのかなあ。あたし、すごく急いでどこかへ行こうとしてたんだ
けどなあ・・・」
 桃子は首をかしげた。だって、へんてこな2人組に会うまで、確かにあわてて走ってたんだもの。けど、考えてるひまはない。狛犬がギロリと桃子をふりかえった。
「おい。早くしろ。この分じゃ兆し坊が困ってるだろうから」
 2人組はそれを聞くと、またクスクス笑った。
「兆し坊、困ってるね」
「さあて、どのあたりでひっかかってるのかしらん」
「・・・はあ? 兆し坊ってなに?」
 困ってるといいながら、クスクス笑ってる二人はやっぱり変だ。でも、とにかく急いで行ってあげないと、兆しはこないみたいだし、兆し坊とかいう人が困っているらしい。
「じゃあ、よろしくお願いしちゃいます」
 桃子は、えいっとばかりに、狛犬の広い背中にまたがり、首の回りにみっしりはえたたてがみを、そうっとつかんだ。
「遠慮するな。しっかりつかまってないと、どこに飛ばされるかわからんぞ」
 狛犬はそう言うと、ぶるぶるっと武者震いするように体をゆすり、もう一匹の狛犬に目で合図すると、神社の境内を勢いよく駆け出した。
 たった今、桃子たちがのぼってきた階段をめがけて、ゆっさゆっさと全身を波うたせて走る。桃子は思わずしっかりとつかまりなおした。
(あの急な階段を駆けおりるの? こんなすさまじい速さで? 落っこっちゃうよお)
 そう思ったとき、二匹の狛犬は仲良く並んで、背中におかしな二人組と桃子をくっつけ、まるでハンググライダーのように、大空に向かって飛びだしていた。


「落っちっるうー」
 狛犬のたてがみにしがみついたまま、桃子は真っ青になってさけんだ。
 狛犬はいったん下降してから、気流にのっかって今度は上昇した。背中がゾワゾワする。桃子におかまいなしに、狛犬は雲をかきわけ進んでいく。
「怖いよー」
 黙っていられなくて、桃子は叫び続けたけど、狛犬ときたら、鼻息もあらく、「ほーりゃー」とかなんとか妙な掛け声をあげながら走っている。
 そうなるとただ怖がってるのがつまらなくなってきた。あたりは真っ白な雲におおわれて、景色もみえない。
「ねえ、どこまで行くの?このスピードだと、かなりすっ飛んでるよね。まだまだ着かないのかなあ。それと、兆し坊ってなに?」
 狛犬はわずかに首を桃子に向けると、
「兆し坊っていうのは、兆しを運ぶ子だ。いつもせっせと兆しを運んでるいい子だ。たぶん、きょうは魔の子に邪魔されてるんだろう。魔の子は時々兆し坊を困らせに出てくる。しかられてもしかられても、こりないやつだ」
 狛犬が言うと、雲の間をかすめ飛びながら隣を走っている二人組が、細い目をますます細くして、
「魔の子の仕業だね」
「久しぶり。兆し坊は魔の子がにがて。きっと困ってる。あせって兆しをなくさなきゃいいけど」
「そうね。あ、甘いにおいがする。兆し坊のにおいがするよ」
と、風に顔を向けた。
 確かに、フルーツみたいないい香りがした。
「いた。兆し坊」
 二人組の視線の先で、雲がはげしくうずまいている。
「あの子が兆し坊」
 うずまきは、ピカピカと光を発しながら、一人の男の子を飲み込もうとしている。白い着物をまとった男の子は、肩まである髪をふりみだして、うずまきに向かって、小さな刀を突き立てている。でも、そんなことでは、うずまきには何の威力もなさそうだ。
「桃子、一緒に来て」
二人組がひらりとうずまきにとびこんだ。
「え? あたしも?」
 怖いけど、まよっているひまはない。桃子はぎゅっと目をつぶると、思いきって二人のあとに続いて、ジャンプした。