ももたろうリレー童話・テーマ「桃」第一作
「兆しの木」
四、金色の小舟
清野 志津子
「あーっ」
桃子は悲鳴をあげながら、落下していった。
雲と雲のすき間にジャンプしてしまったのだ。
光る雲のうずまきが、上に見える。それも、みるみる小さくなり遠くへ消えた。
「桃子、桃子、また、かくれんぼなの」
おばあちゃんが、にこにこして、家のまわりをさがしている。
「出ていらっしゃい。おいしい草もちがあるんですよ」
よく桃子がかくれる物置小屋の裏では、猫が昼寝をしていたし、椿の木のかげも、まっ赤な花が落ちたままで、だれも足を踏み入れたようすはなかった。
こんどは、縁側から部屋に上がると、タンスのかげや押入れをのぞいた。
「おかしいわねえ。帰りによるといってたから、もうとっくに来ているはずなのに……。わたしが留守の間に、どこかへ行ったのかしら」
おばあちゃんは首をかしげながら、どっこいしょと、床の間の前に座った。
それから、掛け軸を見て、目を丸くした。
「あれ、ま、まあ、どうしたんでしょう」
絵の中の子どもが、二人とも消えていた。がらーんとして、木が一本立っているだけの絵になっている。
「これは悪い兆しかしら。子どもがいなくなるなんて。もしや、桃子の身になにかあったのでは……」
おばあちゃんは顔色をかえ、立ち上がろうとして、ぐらりとよろけた。
「おじいちゃん、助けてくださいな」
おばあちゃんは、掛け軸にむかって手を合わせた。
「わたしなら、いつそちらへ行ってもいいですから、どうか、かわいい桃子のことを頼みます」
顔をあげると、いっしゅん、絵の中の木がゆれた。
空を、金色の小舟のような雲が、光のように走ってきた。落下する桃子をふわりと乗せると、スーッと上空へ上っていく。
うずまきのある雲のはしのほうに、そっと桃子をおろして、その雲は去った。
桃子は目を開いた。頭がぼーっとしている。
「あら、わたし、どうしたのかしら。おじいちゃんとお舟に乗っていたような気がするけど……」
そんなわけないかと思いながら、でも、ほんとうにおじいちゃんにあったような、懐かしい気分がむねにあった。
ふと気づくと、あまい香り。うずまきのほうからだ。
「あの子が兆し坊か」
白い着物を着たその男の子は、うずまきから出ようと、ひっしにたたかっていた。
みだれた髪の間から、きりっとしたまなざしがのぞく。
桃色と緑色の服の二人組が、兆し坊のうでをつかんで引っぱった。
「よいしょ、よーいしょ」
丸い顔が、トマトのように赤くなった。
とちゅうまで引き上げ、また、ずるずると中へ引きずりこまれていく。
「あっ」
二人組は、そろってしりもちをついた。
そのときとつぜん、どこからか、くぐもったような低い笑い声がした。
「ふっふっふっ、ふっふっふっ」
「あ、あれは、魔の子の声だ」
二人組が、同時にさけんだ。
「どうだ、兆し坊、きょうのしかけはすごいだろう。ふっふっふっ」
「ぼくは負けないぞ。だいじな兆しをとどけるんだ」
兆し坊のりんとした声。しかし、体はもう、むねのあたりまで、雲のうずにうまっている。
「兆し坊、がんばってー」
桃子は思わず大声でさけんだ。
兆し坊は、苦しそうに眉をよせている。
「わたしにまかせて。タンスだって持ち上げる力もちだよ」
桃子は、こぶしでうでをポンとたたくと、兆し坊に近づいた。
足をふんばって、力をこめた。
「うんしょっ」
兆し坊の体が、ズズズズッと持ち上がってきた。白い着物のすそのほうまで現れたとき桃子は目をみはった。
「あっ、なによ、あれは」
なにか黒いものが巻きついている。 (つづく)